入力エラー

 この世界の武器はそれなりに種類が豊富なようだ。

 村の武器屋には両刃の直剣に始まりもちろん短剣、双剣、曲剣、大剣、先端に巨大な鉄塊がついた鎚、明らかに木を伐採する目的ではない巨大な刃がついた斧、人の背丈より遥かに長い槍、大小様々な弓、鞭やブーメランのような物まで並んでいた。

 武器の種類はこれで全てなのか気になったが、店主のNPCは「いらっしゃい」としか言わない。情報収集は無理そうだ。

 

 視界に浮かび上がる商店ウィンドウから武器を一つ一つ吟味する。以前はざっと種類と金額を見た程度だったが、今度は表示される詳細から自分が実際に使う時のことまで考える。

 まず俺の現状の職業ジョブ新米冒険者ビギナー。これからどの職を選ぶかは実際に転職クエストが発生してみないと分からない。

 ただ、現状で装備できる武器でなければ意味はない。弓や鞭などはどうやら職業制限があるらしい。

 試しに鞭を持ってみると、手に持つ分には問題ないがいざ振ってみようとすると体が麻痺したように動かなくなる。なるほど、適正がないとこうなる訳か。

 っていうか職業制限があるのは仕方ないにしろ、どの職業なら装備できるかくらいは表示してくれ。


 初心者が装備出来る武器はそれほど多くない。 

 一番種類の多い剣シリーズの中でも一部と、斧や鎚、槍の中でも最下級の物だけだ。

 とりあえず一番基本っぽい直剣ソードを『試着』。手に取って軽く振ってみる。


 ヒュッ、と風を切る音が室内に響く。

 

 剣なんて実際に手に持つのも初めてだが違和感はない。イメージ通りの軌道を剣がなぞる。

 それから数度、両手で持ったり片手にしたり、身体の角度を変えながら色々試すがまるで何万回と繰り返したような動きのように自然と手足が動く。

 素手で殴るときもそうだったのだが、基本の戦闘技能はデフォルトで所持しているらしい。

 この世界に生まれ変わって色々と恩恵は受けているがこれが一番ありがたいギフトである気がする。思い通りに身体が動くって滅茶苦茶気持ち良い。

 ゲームオーバーがない死なないというのも反則級の設定だけれども、そもそも死ぬのが嫌だし発揮することなく済むならばそちらの方が良い。

 

 他の武器も一通り試してみたがやはり剣が良さそうだ。扱いやすさは群を抜いている。

 まずはこれを購入しようと購入ウィンドウにアイテムを移す。すると数量入力画面が表示された。


 ふと、珍しいなと思う。

 消耗品の購入などでは数量入力は基本だが、装備品で数量を指定する画面というのはあまり見るUIユーザーインターフェースではない。


 当たり前だが武器は原則として1つしか装備出来ない。耐久度の概念があるのならば予備に1本くらいは欲しいがそんな金の余裕はない。

 ウィンドウに『1』と数字を入力して決定ボタンを押す。


 ポンと機械的な音と共に『入力できません』とエラーメッセージが出た。


 あれ、なんか既視感が。


 そうだ、ニキに真名を教えた時のエラーだ。

 この世界では漢字の入力でエラーが出る不具合バグがある。そう思っていた。


 ――数字もダメなの?


 いや。


 いやいや。

 

 いやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいや!!!!!

 

 待って。待ってよ、それはまずいって。

 MMOにおいて数字の入力が出来ないのは致命的過ぎる。


 『1』『01』『一』『いち』『イチ』

 エラー音の乱舞。全角半角関係無し。数字を2や10に増やしてもダメ。


 つまりはアレか。この世界で俺は商店の利用は出来ないという訳か。

 何で縛りプレイを強制されなきゃいかんのだ。

 

「……ニキ、お前買い物出来るか?」


「え、何で? ソウイチロウが普通に買えばいいんじゃ……」


「いいから、出来るか?」


 不思議そうにニキは首をかしげる。まあ意味が分からないだろう、俺だって同じ気持ちだ。


「買うくらいならいいけど、お金さえ貰えれば」


 そこでインベントリウィンドウを開く。こつこつ稼いだ1637ゴールド。

 ニキに渡そうとして開くのは入力画面。続くエラー音。


「……帰ろうか」


「えっ、何で!?」

 

 トボトボと外へ出る。橙色の光が目に滲む。

 視線をやると、日が地平に広がる森へ飲み込まれていくところだった。

 反対方向には凹凸のない人影が長く伸びている。

 柔らかい夕陽だというのに、光が素肌に突き刺さるようだった。

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