クエスト受注で大体ネタバレ

 村に変えるとブルッブ――ハゲのおっさんは相変わらずのロリボイスで出迎えてくれた。

 証拠としてハウンドから剥ぎ取った毛皮の一部を見せると驚いた表情を見せる。

 引き換えに達成報酬である300ゴールドと見習いHPポーション5個を受け取ると、次のイベントに進んだようでおっさんが会話を始めた。


「まさか本当にこの短時間でハウンドを討伐するとは……資格者だというのは本当のようだな。大変失礼をした」


 そういえば証明の為にクエストを受けたという流れだったか。あの時はもう笑いを堪えるのに必死でほとんど話を聞いてなかったしな。

 ニキといえばまだ拗ねているのか、無言で俺の後ろに浮かんでいる。今回は俺が話したほうが良いだろう。

 心構えが出来ている今なら、会話が出来ないほどではない。十分面白いが。

 

「いえ、信じてもらえたようで何よりです。それよりも、これで村の外の安全は確保できたことになるのでしょうか?」


 問いかけるとおっさんは眉間に皺を寄せて、苦しげに答える。


「資格者殿は森の様子を見られただろうか?」


「ええ、まあ」


 魔境ドッグランと化した森を思い出す。


「あの犬にも似た魔物は恐ろしく強いのだが、どういう訳がこちらから手を出さなければ何もしてこない。ある意味では無害な存在だ。非常に不可解ではあるが……」


 このNPC、世界の法則ゲームシステムについて突っ込んでるぞ。随分メタ的なネタを放り込んでくるな。 

 それならまず自分の声に触れろと言いたい。


 いやそれとも、これは設定された会話ではないのか。

 だとするならば、それは何を意味するのか。


 そんな思考を他所におっさんは会話を続ける。


「しかし、本当に恐ろしいのは森の奥を徘徊している化物だ。奴は見つけた人間を無差別に襲ってくる。俺も一度遠くから見たことがあるだけなのだが、あれに敵う人間が居るとは思えん」


 なるほど、アクティブMobが奥のマップに居るわけだ。それは気をつけなければならない。

 この世界で下手に強いMobのターゲットを取ったら、それだけで詰む可能性がある。慎重に動かなければならないだろう。

 

「……資格者殿、無理を承知でお願いしたい。その魔物を倒して頂けないだろうか」


「ええ、構わないですよ」


「もちろん、無償ただでとは……いいのか!?」


 イエスの返事をして、クエストを受諾する。

 おっさんは目を見開いて驚いた様子でこちらを見つめている。ちらりと見るとニキも似たような表情だ。

 随分と安請け合いをしたように感じているのだろう。実際そうではあるのだが。

 だがMMOにおいてクエストは原則として受けないと勿体無い。効率の悪い、無駄なクエストであれば放棄してしまえばいいだけだ。

 ならば会話を引き伸ばさず、さっさと受け取ってしまうに限る。


「ほ、本当に受けて貰えるのか!?」


「ええまあ、ただ達成した時の報酬なのですが……」


 クエストウィンドウを確認する。既にオークウォーリアの討伐クエストが発生している。

 なるほど魔物というのはオークか。少なくともハウンドよりは強そうだ。


 さらに達成時の報酬を確認して、そこに表示されていた物を見て驚きが表情に出そうになる。


 それを必死に堪えていると、何か言いにくそうにしていると捉えたのかおっさんは表情を明るくする。


「ああ、もちろんこちらの出せるものは出来るだけ出させてもらう! ここまで快諾してくれるとは……資格者殿、いや資格者様! 本当にありがとうございます!」


 すると報酬に表示されていたゴールドが増える。なるほど、交渉に成功したり、相手の好感度が上がれば報酬が変化するということか。

 できることならもう一つの報酬の方が増えてほしかったが。

 まあ流石にそこまで贅沢は言えない。


 もう一つの報酬。それはあるアイテム。

 『スキルの書』――スキルポイントが獲得出来るという、この世界で生きる上で絶対に獲得しなければなけないであろうアイテムだった。


     ◇


 村長に激励と共に見送られ、装備を揃えるために武器屋へと向かう。

 ニキは相変わらず後ろをふわふわとついてくるが、先程までの様子と違う。

 拗ねている、というよりは単純に元気がない。


「……ごめんね、ソウイチロウ」


 視線を向けられていることには気付いていたのだろう、ニキは俯いたままそう呟く。

 足を止めて後ろを振り返る。道をゆくNPC達は、こちらを気にする様子もなくその横をすり抜けていく。

 全くこちらを見もしない。ただの移動ルーチンに従って移動しているだけだ。


「魔物を倒すのがソウイチロウの使命なのに、下らないことで怒って……ほんと、ボク馬鹿みたい」


 彼女が言っているのは、ハウンドの落下狩りのことだろう。

 裏技テクニックといえば聞こえは良いが、システムの悪用とも、バグ利用とも取れる。

 ゲーム内で実際に行えば、すぐに通報されて修正されるような狩りだったとは自分でも思う。

 だからゲーム世界の存在である彼女が快く思わないのも仕方ないと思っていたのだが、彼女はやけに重々しく反省している。


「村長さんに強い魔物を倒してくれないかってお願いされても、すぐに引き受けて……ソウイチロウはすごいよ、本当に人々や世界を救おうとしてるんだね」


 いや全く。

 完全に作業でクエストを受けているだけなのだけれども。


 この世界で普通に働いて平和に生きていくことも出来るのかもしれない。ただ、それだと折角ゲームの世界に生まれ変わった意味が無い。

 幸い死んでも生き返れるのだ。ならばとりあえず冒険を楽しむ方が良いではないか。


 ただそれだけの理由でMMOの序盤の行動をなぞっているだけだ。まあところどころ普通のMMOらしくない点は見受けられるのだが。

 彼女が心から感心するような、立派な志など何一つない。


 それでも、こんなまっすぐな瞳を向ける彼女になんと言えば良いのだろうか。

 『ニキ・エルフィニア・ハーヴェストロード』はNPCだ。しかしただのNPCではない。

 あの村長のおっさん『ブルッブ・バル』もそうだった。名前持ちネームドは皆、他のNPCと明らかに思考が違う。

 与えられているであろうキャラ設定を超えた人格を所有している。

 この世界の中で確かに生きている。

 俺が、『筋肉ムキ太郎』が世界を救ってくれるのではないかと期待している。


 多分彼女に返すべき言葉は俺には無い。

 本音を言えば、彼女は失望するだろうか。それは嫌だなと思う。

 コロコロと表情を変える妖精の少女。子猫のように可愛らしく、明るく、元気で、すぐ泣いて、きっと優しい。

 彼女とは少し前に会ったばかりだ、それでも十分な好感を抱いている。


 では嘘を付くか。

 資格者として、この世界を救う勇者としての『筋肉ムキ太郎』を演技ロールプレイするか。

 期待に応えようと、嘘に嘘を塗り重ねて、自分を覆い隠して殺せば良いのか。

 それこそ出来ない。そんな不誠実は許されない。

 それが出来なかったから俺は現実の世界から逃げるように仮想の世界オンラインゲームに浸るようになったのではないか。

 また繰り返すなど馬鹿馬鹿しい。


 何も言えず俺は沈黙を保つ。そうすることしか出来ない。

 ニキはそんな俺を見て、どこか寂しそうに笑う。


「ボク、頑張るよ。ソウイチロウが使命を果たせるように。少しでも手助け出来るように」


 そして「わがまま言ってごめんね」と小さく付け加える。

 背を向けて、先に進もうとする彼女に何か言おうとするが、言葉が出ない。


 気付いたら彼女を鷲掴みにしていた。


「ふひゃっ」


 何が起こったか分からなかったのだろう。ニキはうわずった奇妙な声を上げる。

 俺もほとんど何も考えずに動いていたので、自分でしたことに凄まじく焦る。

 

 それでも掌の中に収まっている彼女をこちらに向かせることには成功した。


 だから、言いたいことを言う。


「お前は結局なんで怒ってたんだ」


「へっ……そ、それは、その、犬が可哀想だなって、思って」


 言葉は途切れ途切れだ。混乱は残っているだろうが、それより彼女自身理屈がおかしいことはわかっているのだろう。

 魔物を倒すと言っているのに、魔物に感情移入する矛盾。

 不条理だ、俺がニキに怒られなければいけない理由など何もない。

 

 だが同時に、彼女がそうしてはいけないという理由もないのだ。


「それならそう思っていい。存分に腹を立てろ。俺を酷い奴だと罵れ」


 何を言っているのか理解できないのだろう。ニキは眉を潜めて不安そうにこちらを見つめる。

 分かって欲しいのは一つだ。


 


 彼女の好きにして、その上で一緒に旅をしてくれるならば、少しだけ嬉しい。

 ただそれだけだ。


 ニキは何かを悟ったのか、諦めたのか、小さくため息をつく。


「……ソウイチロウは……優しいよ」


「そうか?」


「……非常識だけど」


 そうだろうか。


「……そろそろ、離して欲しいかな」


 忘れていた。

 潰さないように加減はしていたが、ずっと閉じていた手を開いて彼女を開放する。

 ニキは乱れた服を顔を赤くして、いそいそと直している。ちょっと仕草がエロい。

 握っていた時は意識しなかったが、今思うと非常に柔らかく暖かかった気がする。もったいないことをした。


「あと、結構スケベだよね」


 目を閉じて感触を回想していると思いっきり指摘された。

 彼女の表情に、影はもう見えない。


「はぁ、早くお店いこ? 日が暮れちゃうよ」


 そう言ってニキは俺の頭の上に舞い上がり、静かに、慣れた様子で腰を下ろすのだった。

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