落下で即死する


 村長から依頼を受けた俺たちは魔物が出るという森にいた。

 位置的には最初に俺が現れた森と村を挟んで反対側にある。とはいえ景色に違いはない、森は森だ。

 というかあまりにも見覚えのある光景にマップそのまま使いまわしてんじゃねえか疑惑が浮かぶ。

 

 ちなみに装備はスタート時から何も変わっていない。パンツ一枚だ。

 もはやこれが自然体になりすぎて、服を着たらむしろ違和感を感じるのではないかと思うようになりつつある。

 村には当然武器屋防具屋アイテム屋と冒険に必要そうな様々な物が売られていたが、いかんせん金がない。

 この世界の通過がゴールドなのは分かったが。俺の所持金は初期状態の0ゴールドだ。ポーションすら買えねえ。

 一番安い剣でも120ゴールド。鎧であれば150ゴールド。防具は無駄にグローブ、兜、鎧、靴、盾と細分化されているので全て揃えるのであれば1000ゴールドは欲しい。

 

 さっきハウンドを倒した時は特に何もドロップしなかったが、あれはチュートリアルMobだからだと信じたい。

 仮にMobからの戦利品が期待出来ないとしてもクエストを達成すれば金と装備は貰えるらしいので、それを頼りに頑張るしかない。

 というか先払いで少し貰っておけばよかった。とはいえ今から戻ってまたあの笑ってはいけない交渉をする気も出ない。

 

 討伐対象となったのはハウンド5匹。

 あのハウンドを5匹も倒さなければならないのかと考えると気分が憂鬱になる。

 まあ下手にMobが変わって、パターンが変わるよりはやりやすいのかもしれないが。


 ちなみにハウンドは一瞬で見つかった。というか見つけ過ぎた。


「うわあ、いっぱいいる」


 どこか呑気にニキが言う。俺の方は何というか呆気に取られて声も出ない。


 森の道を埋め尽くさん限りに溢れているハウンド。

 確かに初期マップってクエストMobの奪い合いになるから大量配置したりするのはお決まりではあるのだが。

 こんなもん5匹程度倒したところで何ひとつ状況は改善されないだろう。

 というか手遅れではないだろうか、こいつらがその気になったら村なんぞ一瞬で滅びそうだ。


 相変わらずノンアクティブであるハウンドはこちらを見向きもせず、その辺をフンフンと嗅ぎ回ったり時々どこかを睨みつけたりしている。

 それが視界を埋め尽くさんばかりにいて、全く同じ動きをしているのだからちょっとしたホラーだ。

 

 まあ指定されたのは5匹だ。それが約束である以上、ノルマを達成すれば文句は言われないだろう。


 しかし俺は手を出せずにいる。理由は二つ。


 一つは単純に相手の強さ。

 ハウンドは初期Mobにあるまじき強さを誇る相手である。

 こちらもレベルは上がっているがたそれでもレベル2である。苦戦は必至だ。


 そしてもう一つは一対一で戦えるとは限らないこと。

 一匹叩いたら近くの仲間が一緒に襲ってくるかもしれない。

 MMOでは一般的なリンクと呼ばれるMobの性質だ。

 普通に考えてこんな序盤でリンクするとは思えないのだが、その『普通』が全く信用できないのがこの世界だ。


 ううむ、とうなる。


 仮にリンクしてボッコボコにされたとしても生き返れるとはいえ、リスポーン地点まで敵が押し寄せてきたら厄介なことになる。

 流石にあの地獄を大群相手に繰り広げるなど考えたくもない。最悪のケースとして、復活速度を敵の攻撃頻度が上回りでもしたら永遠に死に続けることになる。

 想像するだけで怖気おぞけが走る。先程の傷はとっくに癒えているが、全身の見えない傷が疼くような気がした。

 少なくとも一定距離があけばリンクすることはないはずだ。しかしMobは密集しすぎて孤立しているようなハウンドは見当たらない。


 そこで一つ、思いつきが浮かんだ。


 あれ、行けるかこれ?


 ゲームではまず無理だ。しかしこの世界であれば。

 

 悩んで、可能性はあると踏み、恐る恐る手近なハウンドへと近寄ってみる。

 攻撃に対してのみ反応するハウンドは相変わらずフンフンと鼻を鳴らして何もない地面を嗅ぐ動きを繰り返している。


 そっとそれに手を伸ばし、ゆっくり、優しく、持ち上げてみた。


 反応はない。フンフンと空中で鼻を鳴らし、時々くーんと無駄に可愛らしい鳴き声をあげるだけだ。

 上手く行った。攻撃にのみ反応するMobは、やはりただ『持ち上げる』というアクションに対しては何の反応も示さないようだ。

 

「わー!! かわいいー!!!」

 

 ニキがきゃっきゃとはしゃいでいる。ふざけんなこいつ悪魔みてーに強いんだぞ。

 手の中のハウンドはもぞもぞと動いているが特に逃げ出す様子はない。これならいけそうだ。

 ゆっくりと他のMobの動きに注意を払いながら来た道を引き返す。


「いいなー! いいなぁー!!」


 羨ましそうな声が後ろから聞こえるが努めて無視をする。

 腕の中のハウンドを落とさないようにがっちり固定してひたすら歩く。

 森から大分離れてもハウンドに変化はない。

 

 実験は成功。

 この世界、色々面倒もあるが制限は意外と緩いようだ。

 Mobの持ち運びが出来るなら、有利な状況を作ることができる。


 


 そのまま街道から外れ、遠くに見えていた場所を目指す。

 不思議そうにニキはついてくるが、特に何も言わない。

 すたすたと歩き、盛り上がった丘陵を進み、目的地である切り立った崖へとたどり着く。


 そして、そのままポイとハウンドを放り投げた。


「へ?」


 間の抜けた声が後ろから響く。

 崖下を見下ろすと、小さく点になったハウンドが丁度地面に激突して赤くはじける。ちょっとグロい。

 クエストウィンドウを確認すると討伐数が増えている。果たしてどういう判定になるかわからなかったが、『落下ダメージ』を与えたと認識されているのだろうか。

 これなら楽にクエストが進められる。


 その調子でクエストの規定数の10倍以上の犬を崖から叩き落とした。

 レベルは12になり、ドロップで装備は出なかったもののそこそこの小金が溜まった。

 ニキはその後しばらく口を聞いてくれなくなった。

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