オッサンのCVが釘◯理恵

 とりあえずステータスポイントは筋力に全てつぎ込むことにした。


 先の攻撃力不足は深刻だったし、防御は捨てたとしても最悪『やり直しリスポーン』が利く。可能ならば避けたいものだが。

 経験上、速度系ステータスは低レベルで効果が出ることが少ないので最初に振るのは避けたい。

 幸運は効果が読みきれない。大抵はクリティカル関係だが、この世界にその概念があるかそもそも不明だ。

 知力精神に関しては魔法どころかスキルすら無いので論外。


 ある意味消去法の結果とも言える 


 手を握ったり開いたりしてみると、ステ振り前と比べて少し力が入るような気はする。といってもただの思いこみかもしれないが。

 そもそもこの世界のステータスってそもそも何なのだろう。別に筋肉量が増えたようには感じないし肉体的に変化が現れる訳ではないようだが。

 ゲームシステムが根幹にある世界でそこら辺を考えるのは無駄なのかもしれないが、生きる世界の法則が分からないというのは流石に不安だ。


 何はともあれイベントを進めなければどうにもならないか。

 この世界でどう生きていくかを決めるためにも、人里まではいかなければならない。

 出だしがハードモードだったことを考えれば、まだまだ先は長いだろう。


 と思ったがあっさりと俺は最初の村へとたどり着いた。装備調達する暇もなく。


「……俺、村入っても大丈夫なのかなこれ」


 結構馴染みつつあるが、装備品は未だパンツ一枚である。

 村入った瞬間に変質者として捕まったりしたら、下手すればそこで冒険が終わる。

 ニキは全く気にした様子無く「別に変じゃないけど?」と言っているが本当に信じて良いのだろうか。

 村についても聞いてみたが良くわからないらしい。


 ちなみに彼女は飛ぶのに疲れたらしく、俺の頭の上に器用に体育座りで座っている。

 なんかちょっと温かくて柔らかい感触がするけど、あまり気にしないようにした。


 とりあえず、入ってみなければ何ともならないだろう。いざとなったら物盗りにでもあったと泣きつけばいい。

 

     ◇


 村に入ると結構人が歩いている。ちらちらとこちらを気にしている様子はあったが、少なくとも変質者を見る目ではない。

 最初の村で即お縄という最悪のパターンは回避したらしい。

 情報収集といきたいが未知の土地、未知のの国どころか未知の世界でいきなり見知らぬ人に話しかけるのは中々勇気がいる。

 

 キョロキョロと辺りを辺りを見回しながら歩く。

 はたから見れば上京したてのおのぼりさんのようだが、目に入る物が全て新鮮で思わず興味を引かれてしまう。

 ゲームに出てくるようなずんぐりむっくりな住居。石畳の道。合間から見える謎の野菜畑。

 気分はファンタジーテーマのアミューズメントパークだ。その生活感はこれ以上無く生々しいが。


 異世界なんだなあ。


 モンスターとの戦闘とはまた違った現実感の無さに、改めて思う。

 遠くから見た時には小さな村という印象だったが、思ったより中は広く賑わっている。

 さらに辺りの観察を続けて、あることに気付いた。


 頭の上に名前が浮いている人間と、何も表示されていない人間がいる。


「なあ、ニキ。俺の上に何か浮いてたりするか?」


「ん? 私以外なんもいないよ?」


 きょとんとした様子で言う。どうも彼女には俺の頭上の『筋肉ムキ太郎』は見えていないらしい。

 となるとこの文字が見えるのは俺だけなのだろうか。


 名前付きと名前無しキャラクター。どう考えても重要度の高いのは前者だ。

 意を決して名前の表示されている大柄な男に近寄っていく。


 『ブルッブ・バル』

 真っ黒に焼けた肌に盛り上がった筋肉、彫りの深い顔立ちに鋭い眼光、そしてスキンヘッド。

 服装こそ農家のそれだが、軍服か革のジャケットでも着せればそのままハリウッド映画にでも出てきそうな風貌だ。

 

 最初に話しかけるにしては少し難度の高い相手を選んでしまったかもしれない。

 が、どう考えても重要キャラっぽいのでスルーする訳にもいかない。

 気持ちを切り替えて、飛び込み営業をするつもりで言葉をかけてみる。


「こんにちは。お忙しいところすみませんが、少しよろしいでしょうか?」


「……何だ?」


 思わず体が固まる。聞き間違いだろうか。


「……何の用だと聞いているんだ」


「え、あ、いや。ちょっと、お聞きしたいことが、ありまして」


 不機嫌そうにこちらを見据えるゴツい男に途切れ途切れに返事をする。

 まずい。こんな歯切れの悪い返事では絶対に印象が悪い。

 でも言わせてくれ。


 なんでこんなゴツいハゲのおっさんが女ボイスなんだよ。


「……さっさと言え、忙しいんだ」


 苛立ちを隠さない口調で男は言う。激甘のロリキャラボイスで。

 嘘だろおい、これと真顔で交渉しろってのか。


「ええと、私は旅をしている者なのですが……」


 ダメだ、頭が真っ白になって何をどう話せばいいのか分からない。

 完全にパニックだ。明らかに男の苛立ちも増している。


 その時、救いの神が頭上から舞い降りた。


「旅人じゃなくて資格者でしょ? 名乗らないと分からないわよ、ソウイチロウ」


 男は驚いたように目を見開き、こちらに向き直る。


「資格者!? 本当にか……? そうは見えんが……」


 やめて喋らないで面白い。

 それでもどうやらイベントが進行したらしい。ニキ、非常にできる子である。


「ちょっと失礼じゃない? ボクは女神デュクス様の使いよ。彼が正真正銘の資格者であることはボクが証明するわ」


「むう……」


 拳を握り込み、下を俯き、必死に笑いを堪える。

 すごいぞニキ。頑張れ頼む。俺が笑いを抑えている間に会話を終わらせてくれ。


「すまない、信じない訳ではないのだが、貴方達の力を知りたい。一つ依頼を受けていただけないだろうか、もちろん達成してくれれば報酬は支払う」


「依頼?」


 ニキがいぶかしげに言葉を返す。

 男の話によると最近この近くでは魔物が増えており、食料や水、薪の調達に出た村人が被害にあっているらしい。

 その魔物を何匹か退治して欲しいとのことだ。

 最初のクエストとしてはお決まりの討伐クエというわけだ。


「……分かりました、引き受けましょう」


 ようやく笑いの波が引きつつあるものの、油断できない状況なので声を落として短く返事をする。

 すると男はここにきて初めて笑みを見せた。


「おお、ありがたい! 俺はこの村の村長をしている『ブルッブ・バル』だ、よろしく頼む」


 そう名乗られてどう答えるべきか悩む。

 ちらりと救いの神――ニキを見ると、彼女はその視線をどう受け取ったのかやけに嬉しそうに笑いこくりと頷いた。

 彼女は俺の頭上から舞い上がり、やけに仰々しい姿勢で胸を張り、口を開く。


「ボクは女神デュクス様の使い『ニキ・エルフィニア・ハーヴェストロード』、そして彼こそ資格者でありボクのパートナー『筋肉ムキ太郎』よ!」


 やっぱりそっちが通り名になるんだなあ、嫌だなあ。


 やけに自慢気に名乗る彼女の名前を羨ましく思う。

 まさか厨二ネームにしておけばよかったと後悔する日がくるとは思わなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る