あらゆる説明が雑


ハウンドを地獄のような泥死合どろじあいの果てに倒した俺だが、その甲斐もあってレベルアップすることができた。


 身体が光に包まれ、身体の傷がみるみると癒えていく。レベルアップによるHP全快効果だろう。

 力がみなぎるような感覚。何とも言い難い充実感だ。

 ひとまずステータス画面を確認してみる。


 筋肉ムキ太郎 ノービス

 Lv2

 HP 178/178 SP 35/35

 筋力 1 ▲

 敏捷 1 ▲

 体力 1 ▲

 知力 1 ▲

 精神 1 ▲

 運気 1 ▲


 残りポイント 6


(これだけ苦戦して……レベル2かあ)


 いやまあチュートリアルのMobを1匹倒しただけだから当然なのだが、どう考えても最序盤の敵の強さではなかった。設定ミスだろあれ。

 ステータスポイントはレベルが1上がるごとに6貰えるらしい。これを振り分けて能力を上昇させていくわけだ。 

 自分でポイントを振り分けるのであれば育成方針をよく考えなければならない。

 特定のステに極振りするか、ある程度バランス良く振り分けるか、6種を均等にしたフラット型というのも選択肢として無い訳ではない。


 ただ現状ではポイントは振り分けない。どのステにどんな効果があるかまだ確定できないからだ。

 貴重なポイントをつぎ込んだのに使い道がほとんどない死にステでした、ではシャレにならない。

 まずはチュートリアル役に確認をしてからだろう。


 スタート地点まで戻ると、ニキは先程と同じ場所にいた。

 しかし空中にではなく地上に、俯いてへたり込むようにして座っていた。

 

「ニキー? どうしたー?」


 不思議に思って声をかけてみる。

 するとノロノロとニキは顔を上げてこちらを見上げた。


「ソーイチロー……?」


 おお、生きてる。良かった。


「ゾウイヂロウウウウウウウウウウウウウウウ!!!!」


 唸るような叫び声と共に凄まじいスピードでニキが飛び込んでくる。

 何となくその勢いにハウンドとの戦闘が脳裏を横切る。


 反射的に手を突き出すとガードシステムが作動した。


「ふぎっ!」


 金属音と共に蛙がき潰されたような声を出してニキが吹っ飛ばされて、クラクラと空中で目を回している。

 衝撃による混乱なのか、妖精の硬直モーションなのかは判別がつかない。

 というかガードが機能したということはあの飛びつきは攻撃として世界に認識されていたのか。危ねえな。


「あ、そういえばバグ無くなってるんだな。良かった良かった」


 ニキがここまで飛んでこれたということは、移動制限が解除されたのだろう。

 ここまででこの世界の不具合や理不尽設定は非常に多く、厄介であることはもう身を持って味わっている。

 恐らく他にも色々とあるんだろうなと想像するだけで、気分は憂鬱になった。


「全然良くない! ボク、すっっっっごい心配したんだからね!!!」


 ニキは目に涙を浮かばせながらこちらを睨む。

 そうか、ニキの目の前で倒れて別の場所でリスポーンしたから彼女から見たら俺は死んで消えたように見えたのか。

 そこにのうのうと現れて、さらに思いっきり弾き飛ばしてしまったことを考えると流石に申し訳ない。


「無事だったみたいだけど……あんまり無茶したらいやだよ」


 どうやらこの妖精、自分に対して随分と親しみを持ってくれているらしい。

 出会って間もない相手に何故そこまでとも思うが、彼女はもともとプレイヤー補助のNPC。そう考えると、彼女にとってこの世界における『俺』という存在は特別なものなのかもしれない。

 ニキがどれだけの自我を持っているのかは不明だが、まあ少しくらいは優しく接しようと思う。

 こちらとしても情報は欲しいし、何より一人というのは何とも心細い。

 ギブアンドテイクというとビジネス的になってしまうし、お互い様というところか。

 

「ごめんな、心配かけて。それとありがとう、心配してくれて」


 家族とは早くに離別し、長い間一人で生きてきた。

 一人には慣れていたつもりだが、別に一人でいるのが好きな訳ではない。

 だから誰かが一緒に居て、自分のことを思っていてくれるというのは素直に嬉しいことだった。


「~~~~~~~~っ!!」


 ニキは顔をこれでもかというくらいに真っ赤にして、体をピンと伸ばしたように硬直させた。

 かと思えば突然後ろを向いてうつむいたようにしながらぷるぷる震えている。

 良くわからないけれども、見ようによっては笑いを堪えているようにも見える。

 

 そんなに変な顔をしていただろうか。昔、ちゃんと働いていた頃はそれなりに営業をやれていたし笑顔には自信があったのだが。

 やはりパンツ一丁なのが問題なんだろうか。

 ちょっとこの格好に慣れつつある自分に気付いて戦慄せんりつする。


 そんな俺に背を向けて何か小さな声で「ずるい」とか「反則」とかぶつぶつ言っているニキに改めて声をかける。

 取り急ぎ確認しなければならないことは沢山あるのだ。


     ◇


「『すてーたす』の情報……。あ、うん、知ってるみたい」


 ニキにまずたずねたのはステータスの詳細だ。

 やはり彼女の頭の中には説明書が入っていて読み上げることが出来るだけで、知識として理解している訳ではないらしい。

 それでも仕様が少しでも分かるならばありがたい。

 問題はその仕様が果たしてどれだけ正常に機能しているのかということなのだが。


「ええと、『筋力は攻撃に関係』『敏捷は速度に関係』『体力は体力に関係』『知力は魔法に関係』『精神は魔法に関係』『幸運は運に関係』『転職時にポイント再振り分けが可能』……だって!」


 一息にすらすらとステータスの情報を読み上げるニキ。

 質問に答えられたからか、どこか自慢気だ。こちらは頭を抱えているのだが。


「……一応確認するけど、他に詳細とかある?」


「えっ……ないかな」


 雑すぎる。

 全てがもはや説明の体を成していない。体力や幸運に至ってはそのままだ。


 筋力は近接攻撃と遠距離攻撃の両方に適用されるものなのか。

 速度とは攻撃速度のことなのか、回避力のことなのか。

 知力や精神はどう魔法に関わるのか、最大SPやSP回復量はどちらで上がるのか。

 

 ゲームのシステムにある程度支配された世界だからこそ、そういった情報が欲しかった。


「もしかして……役に立てなかったかな」


「ああいや、すまん。別にそういう訳じゃないよ」


 落ち込んだ様子で言うニキの言葉を否定する。

 知っている情報をありのまま伝えてくれた彼女に落ち度はないし、感謝すらしている。悪いのは彼女に教えた女神とやらか、あるいはこの世界そのものだ。

 

「むしろステリセが出来ると分かっただけでも凄く助かる。ありがとな」


「――――ぇあ、まあ、その、どういたしまして」


 また挙動不審になりながら、絞り出すように返事をするニキ。

 時々コミュニケーションが上手くいかなくなる。リアルは難しい。



 少しだけ苦い思い出が浮かんだが、無視して俺は思考を進めることにした。

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