地の果てまで追い回してくるMob


「チュートリアルのMobのくせにあんなスキル使ってくんのかよ!」

 

 座ってHPを自然回復させながら俺、山田宗一郎は叫ぶ。


 あっさりと死亡した俺だが、気付いた時には『帰還の水晶』を使った時に出現した初期の記録地点へとリスポーンしていた。

 リスポーン時のHPは1。身体はもはや18禁グロのスプラッタ映画の被害者のごとき惨状だった。

 ポーションを使おうとも思ったが、残り4個しかないポーションは現状だと貴重品だ。

 座っているとHPが非常にゆっくりとではあるが回復することが分かった俺はじわじわと塞がる傷口を眺めながら完治するのを待っていた。

 同時に人間として何か大切な感性が麻痺していくような気がする。


 それにしてもまさか最初のMobで死んだ挙句、おすわり回復することになるとは思っても見なかった。


 簡単に調べてみたが、20秒にHPは5ずつ回復するようだ。これが固定値なのか、最大体力に依存なのかはまだ分からないが。

 残り半分体力を回復させるには4分ほど座っていなければならない。

 それでも瀕死から8分ほどで全快になると考えれば、凄まじい回復能力と言えなくはないのだろうか。


 中途半端にゲームシステムに縛られた世界に頭をかかえる。

 

 現実とゲームの入り混じったこの世界の法則がまだ掴みきれない。

 とりあえず俺に『死』というものがないのは分かった。これが一番大事な情報だろう。

 ゲームキャラクターのごとく、死んだら何度でもやり直せるのだ。

 ただしHPが減るのは凄まじく痛いし辛いし苦しい。出来ることなら死にたくはない。


 というかそもそも装備がないのが問題なのだ。まず武器なり防具なりを調達することから始めたほうが良いのではないだろうか。

 そうすると街かなにかを探すか。最初のMobに苦戦していることを考えると森の中を探索というのは避けたほうが良い気がする。

 

 ふと、顔を上げると遠くから何かが向かってくるのが分かった。

 何かを認識した俺は、同時に立ち上がり全力で反対方向に逃げ出す。

 俺を追いかけてくるそれの正体は紛れもなくさっきのハウンド。俺が削ったHPはそのままだが、まだまだ元気いっぱいである。

 ここからさっきの場所までそれなりの距離があったはずだが、ここまで追いかけてきたということか。


(タゲ切れてないのかよ!!)


 ターゲッティング――ハウンドの攻撃対象は当然攻撃を仕掛けた俺だった訳だが、普通キャラが死亡すればそれはリセットされる。

 というかこれだけ距離が離れれば、それだけでもタゲはリセットされて元のノンアクティブ状態に戻ってもおかしくないはずなのだ。

 それでも追いかけられている以上、一度攻撃したらMobはひたすらこちらを追い回す設定になっているのだろう。ふざけんな、なんだその糞設定は。


 じわじわとハウンドと俺の距離が詰まる。やはり犬型のモンスターと徒競走をして勝つのは無理か。

 意を決して、立ち止まって振り返り、飛びかかってくるハウンドを睨み返す。

 こちらのHPは100前後まで回復している。これならなんとか戦えるだろう。


 まずは相手の通常攻撃をガード。


 金属音が響く。相手の硬直に3発の拳を叩き込み距離を取る。

 ここまではパターン。


 続いてハウンドが高く飛び上がる。来た、スキル攻撃だ。 

 同時に全力で後ろにステップ。一気に距離をとる。

 赤い閃光が弧を描いて空気を引き裂くが、それは俺に届かない。

 ガードも試そうかと思ったが、回避出来るならそれに越したことはない。

 

 対応出来ることにほくそ笑みながら、続く通常攻撃のかみつきを弾きこちらの拳を叩き込む。

 

 【ハウンド】 HP 47/60


 いい感じである。今度こそいけるか。

 再び開かれた口を見て、防御を固める。


 牙はそのまま腕に突き刺さり、HPがごっそりと削れる。

 

「いってえ!!!!??」


 噛み付いたハウンドの腹に必死に拳を叩き込んで引き剥がす。

 なぜ攻撃を貰ったのか分からず混乱する。さっきまでとほとんど変わらないタイミングでガードをしたのに。


 再び繰り返されるハウンドの噛みつき。

 避けようのない素早い攻撃に、再び防御の体勢を取る。今度こそ慎重に。


 ガギッ!!


 今度は上手く弾く。

 その隙にポーションで体力を回復。残り3個になったが、もう温存はしてられない。

 噛みつきをガードで弾きつつこちらの攻撃を入れる。たまにくる切り裂き攻撃は全力で回避する。

 それを繰り返し、4度目の噛みつきを防ごうとした時再び牙が腕に突き刺さる。


「――――っ!!!」


 少し慣れつつある激痛を必死に食いしばりながらこらえる。


 何となくだが理解してきた。


 ガードシステムにはタイミング判定がある。しかし連続で防御していると段々とその判定が厳しくなっていくのだ。

 だから3回目、4回目の防御となるとかなりの精度で防御をしなければガードに失敗してダメージを食らってしまう。

 ダメージを貰ったらガード判定はリセットされる。回避はノーカウントだ。

 また完璧なタイミングであればダメージはほぼ0だが、中途半端なタイミングだとガードそのものは発生するがダメージの軽減率が低く通常の半分程度のダメージを受けてしまうようだ。


(反射神経あんまりよくないんだよなあ……FPSとかも苦手だったし)


 そもそもジャストタイミングがどこなのかも分からないから、まずそこから探らなければならない。

 そうこうしているうちにHPは削られ、ついに30を切る。


(しまっ……!)


 ジャストタイミングを調べることに夢中になって、体力管理がおろそかになってしまったことに気付く。

 動揺は判断ミスを誘発する。

 ガードが甘く、敵の硬直が短かったのに関わらずポーションで体力を回復しようとしてしまう。

 だが、少し間に合わない。ハウンドの牙がポーションを身体にかけるより少し早く腹に突き刺さる。

 HPは0に。視界が暗転する。


     ◇


 気付けばそこはリスポーン地点。

 少し先には猛ダッシュでこちらへ向かってくる、まだHP35も残ったハウンド。


 あっ、これやばい。


 ガードはどんな完璧なタイミングで行ったとしても最低1はダメージを受ける。

 死んだ場合はリスポーン地点にHP1で復活する。

 モンスターはリスポーン地点にいて、こちらをターゲットし続ける。

 ポーションを使うには5秒ほどかかるが、敵の攻撃間隔はおおよそ3秒前後。

 つまり生き返っても回復も防御も出来ずその瞬間死ぬ。


 いや、実は打開の手段がない訳ではない。

 それどころかポーションを使わないでも勝てる作戦がある。

 しかしそんなもの、ゲームでならともかく自分の身体で実行するなど狂気の沙汰である。


 それでもハウンドはもう今にも噛みつかんばかりの距離で、選択の余地は無い。

 もはや、やるしかないのだ。


 少し先に待つ絶望に覚悟を決めて、大きく息を吸い込む。


「うおおおおおおおおおおおお!!! やったらあああああああああああああ!!!」


 ガードをしてもどうせ死ぬのだ。ならば最初から防御は捨てて攻撃だけに専念する。

 噛み付きのために開かれたハウンドの口めがけて拳を叩き込む。

 与えたダメージは1。そのまま腕を食いちぎらんばかりに噛みつかれる。


「ぎゃああああああああああああああああああああああ!!!」


 当然そのままHPは0になり、俺は即死する。


 しかしリスポーン地点はここだ。ハウンドにすぐ手の届く場所に俺は蘇るリスポーン


 拳を叩き込む。噛まれる。


「ぐおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」


 死んで蘇り、拳を叩き込む。切り裂かれる。


「いでええええええええええええええええええええええ!!!!」


 死ぬ。蘇る。攻撃する。される。


「んあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!!」


 もはやずたずたに引き裂かれた身体は、比喩でなしにボロ雑巾となり、血溜まりは海のように広がっている。

 しかしそれでもHP1さえあれば、骨がむき出しになっていようが、はらわたこぼれていようが、世界の法則システムによって俺は戦うことができる。


 『ゾンビアタック』

 

 オンラインゲームではもはや目新しくもない、古来からの伝統といってもいい戦法だが、まさかこの身で実践するハメになるとは思ってもみなかった。

 もはや感覚は麻痺しているが、それでも激痛を誤魔化すように、自分の今の姿から認識を逸らすように叫び続ける。

 

 それは紛れもなく地獄。


 それでも終わりはあっけなく訪れる。

 もはや何度死んだか分からなくなり。ハウンドに最後の攻撃を叩き込む。

 

 【ハウンド】 HP 0/60


 ハウンドのHPゲージが黒く染まり、消える。

 死闘を繰り広げたハウンドは血溜まりの中に倒れ、動くことはなかった。

 綺麗な死体だった。




 そりゃそうだよ、流れてる血全部俺のだもん。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る