チュートリアルで死ぬ
ニキ。彼女は元々はプレイヤーサポートの
チュートリアルの進行役の役割を持っているため、この世界の設定には詳しい。
しかし彼女自身その設定についてどこまで理解しているのかは怪しい、ただ台本を覚えて読んでいるだけのような印象を受けた。
このゲームが現実になった世界において、彼女自身の人格とNPCとしての役割が入り混じってしまっているのだろう。
そんな彼女を一人にしておくのは不安がある。数少ないこの世界の情報源を失うわけにもいかない。
さらに、彼女には自分の真名を預けてある。
ただの設定ではあるが、真名は親しい相手にだけ教えるもの。そんな相手を置き去りにするのは心情的にも受け入れがたいものがあった。
森の一本道を勘でまっすぐ進む。
キャラクター作成して最初の出現地点と初期の帰還地点がそう離れているとは考えにくい。
もし見つからなければ、来た道を戻って逆へ進む必要もあるかと思ったが、幸い10分ほど歩くと先程のハウンドとその向こうにいるニキを発見することができた。
「ソ゛ウ゛イ゛チ゛ロ゛ウ゛~~~~~~~~!!! よがったあああああ、帰って来てくれたああああああああああああ」
十数センチほどしかない彼女は、見えない壁にへばりついてボロボロと涙を流す。
よほど不安だったらしい。まあ一人あんなところに閉じ込められたまま置いてかれれば気持ちは分からないでもない。
戻ってこれたのは良いものの、あの
少し先にいるハウンドを見る。同時に視界にHPバーが表示される。
【ハウンド】 HP 60/60
相当近い距離にいるもののこちらには目もくれず、ニキの方を睨み続けている。
チュートリアル用のMob――敵モンスター――だからだろうか。
ノンアクティブ、こちらから手を出さなければ攻撃してこないタイプなのかもしれない。
あの壁の正体は分からないままだが、もし仮にフィールドマップの不具合だとするならあそこまできっちりプレイヤー出現地点の周囲を囲んでいるのは腑に落ちない。
もしかするとチュートリアル時に勝手に動き回れないように制限しているのではないだろうか。そしてそれの解除フラグがおかしくなっている、という仮説をたててみる。
ニキが自我を持った影響だろうか。
まあ原因は今考えても仕方ない、戦闘チュートリアルを終えてしまえば移動制限も解除されるかもしれない。
『見えない壁』に警戒しながらハウンドへと近づく。
しかし杞憂だったのか何にもぶつかることなく、手を伸ばせば届く位置まで距離を詰めることができた。
意を決して隙だらけのハウンドの背に拳を叩き込む。
ハウンドのHPバーがほんの少しだけ削れる。
【ハウンド】 HP 59/60
「えっ」
思わず声が漏れる。
え? ダメージ1? 嘘でしょ?
ハウンドが凄まじい勢いでこちらをギロリと睨み、飛びかかってくる。
とっさに突き出した腕にハウンドの牙が深々と突き刺さり、火で焼かれたかのような熱さと激痛が同時に襲ってくる。
「い゛っっってえ゛!!!!」
振り払うように、がむしゃらに腕を振り回しハウンドを叩き落とすが右腕からは血がだくだくと流れ出し足元に血溜まりを作りつつあった。
同時に視界の隅にあった自分のHPゲージを意識する。
【筋肉ムキ太郎】 HP 81/125
(減りすぎだろ!!)
44の被ダメージ。対して与ダメージは1。
明らかにMobが強すぎる、絶対に勝ち目がない。
止むことのない激痛に背筋が凍るような恐怖を感じながら、慌てて距離を取ろうと駆け出す。
が、間に合わない。続けてハウンドが飛びかかり、背中を引き裂かれる。
「ぐあっ!!!!!」
【筋肉ムキ太郎】 HP 33/125
また40以上のHPを持っていかれる。
まずい、死ぬ。
攻撃はほとんど間を空けること無く、
小剣のような牙が並んだ口が自分の喉を狙っているのが分かる。
自分の血が白い牙に付着して、
まるでスローモーション。
どれほどの意味があるか分からないが、死の恐怖から逃れるように両手を立てて攻撃の射線を遮るように突き出す。
次の瞬間
ガギッ!と金属的な音が響いた。
HPを確認する。
【筋肉ムキ太郎】 HP 32/125
ほとんど減っていない。
ハウンドを見るとバランスを崩したのか、明らかに足元をふらつかせて次の攻撃をしてくる様子はない。
そこで、事態を把握した。
(――ガードシステム!)
タイミングよく防御行動を取ると、敵の攻撃をほとんど無効化出来るのだろう。完全に0ではないが、この軽減率は非常に頼もしい。
しかもガード直後は相手に硬直時間まであたえるおまけ付きだ。
優秀なシステムに感謝しながら急いでインベントリから『見習いHPポーション』を取り出し、少し使用法に迷ってから傷口にふりかけてみる。
【筋肉ムキ太郎】 HP 82/125
回復量は50。少々
連続使用で完全回復しておきたかったが、ポーションのCTは60秒で連打はできない。
そうこうしているうちに体勢を立て直したハウンドがまた飛びかかってくる。
先程までと全く同じ動き。
思わず口角を釣り上げ、タイミングを見計らってガード。ガード成功の金属音と共にハウンドが弾き飛ばされる。
間髪いれず前へと踏み出して拳を叩き込む。
今度のダメージは2。相変わらずしょぼい。
続けて2発の攻撃を入れて、ハウンドの硬直が終わりそうなあたりで少し距離を取る。
【ハウンド】HP 54/60
なんとも地道な作業だがこれを繰り返せばなんとか倒すことができそうである。
最初は逃げる手も考えたが、ハウンドの移動速度はこちらより明らかに高い。どこまで追ってくるかは分からないが、背を向けて追いかけっこをするのは分の悪い賭けだろう。
何度目になるか、ハウンドが飛びかかってくる。
ハウンドの口が開いた瞬間がタイミングだ。じっとハウンドの動きを見守り、その口が開くのを待つ。
ハウンドが飛び上がる。さっきまでより遥かに高い。
頭上をとられた俺は唖然としてハウンドを見上げる。
あれ? なんか爪光ってない?
ハウンドの振り上げられた右前脚の先端が赤い光を放っている。太陽の反射ではない明らかな発光。
絶対やばい。直感で感じながらも防御のために固めた身体はすぐに動いてくれない。
次の瞬間、突き出した腕ごと胴を深々切り裂かれた俺のHPは0となり。
「いやあああああああああああああああ!!! ソウイチロウ!!!」
だんだん遠くなるニキの悲鳴を聞きながら、筋肉ムキ太郎こと山田宗一郎は二度目の死を迎えた。
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