世界設定とかでやたら長いチュートリアル

「……あ?」


 きょろきょろと辺りを見回す。

 さっきまで部屋にいたはずなのに、気付いたら森の中一人ぽつんと佇んでいる。

 どこだここは。なんだこれは。

 いや、待て。少し思い出してきたぞ。

 部屋でネトゲの開始待ちをしてたとき、突然窓が割れたんだ。

 凄まじい音にびっくりして顔を上げたら目の前に何か銀だか黒だかの塊が迫ってて、そこで記憶は飛んでいる。


「……え? 死んだ? 俺死んだの?」


 あまりにも突然の出来事に混乱するが、どこか冷静な部分は記憶からそういう結論を下す。

 身体を見下ろすと、どう考えても自分の身体ではない。

 運動嫌いの超インドア派だったお陰で順調にメタボっていたお腹はすっきりとへこみ、足元の視界が確保されている。

 それどころか明らかに筋肉がついている、ボディビルダーとまではいかないが格闘家のごとく絞り込まれた筋肉だ。

 背も少し伸びているように感じる。頭と顔に触れるとボサボサだった髪は短く揃えられ、ニキビ跡でぶつぶつだった肌は妙にすべすべとしていた。


 しかし問題が一つ。格好がパンツ一枚である。

 幸いブリーフではなくトランクスタイプだったがそれが一体どれだけの救いになるというのか、これではただの筋肉質の変質者である。


「ええ……どうすんのこれ……」


 とりあえず今の状況を整理する。

 多分俺は死んだ。で、何故か姿形を変えて生き返った。周囲は森、人の気配はなし。パンツ一枚しか持ってない。

 もうどうしたらいいか全く分からない。

 途方に暮れて、半ば思考を放棄していたその時、どこからか声が聞こえてきた。


「おーい! まってよー!」


(人!? まずい、隠れないと!!)


 一瞬人が居ることに喜んだものの、今の姿を思い出し慌てて姿を隠そうとする。が、身体が全く動かない。


(え、何だこれ! まずい、声が近づいて……!)


 必死に身体を動かそうとするが、金縛りにでもあっているかのように全く身体が動かない。

 段々と声は近づき、ついに目の前へと声の主が現れてしまう。


「まったく、酷いじゃない! ボクを置いていくなんて!」


 姿を表したのは蝶のような形をした透明な羽を2対持った小人。ファタンジーに出てくる妖精そのものだ。

 驚きに目を見開きそうになるが、表情筋まで麻痺まひしたかのように全く動かない。


「いい? あなたは女神デュクス様に選ばれた資格者として世界に平和をもたらさなきゃいけないんだからね!」

「え? お前は誰だって? ちょっと、ボクのこと忘れるなんて酷いじゃない。女神様の使いであなたのサポーターであるニキよ! わからないことがあったらボクに聞いてよね!」

「ちょっと女神様のことまで忘れちゃったの? 女神デュクス様は――――」

「魔王は――――」

「この世界は――――」

「魔法とは――――――」

「マナっていうのは――――――」


 聞いてもいないのにべらべらべらべら延々と話し続ける妖精。彼女の頭の上には『ニキ』と文字が浮いている。

 そして話を聞いている内になんとなく理解した。

 ここは俺が死ぬ直前にプレイしようとしていた『アンリミテッドワールド~完全世界~』の世界の中だ。

 目の前で未だに世界設定を語り続けている妖精にも見覚えがある。公式サイトでトップページに表示されていたNPCのうちの一人だ。

 少年とも少女ともとれる中性的な声だが、胸があったりするから性別は女なのだろう。ボクっ娘設定ってまた微妙にニッチな。

 そして俺のこの姿は恐らくデフォルト設定のキャラクターモデル、さらに今身体が動かないのは最初のチュートリアルイベント中だから。

 そう考えると何となく辻褄つじつまはあう気がしないでもない。非現実的だがもう色々ぶっ飛んでいるのでそういうこともあると無理やり飲み込むだけだ。

 

 彼女の話をざっくりまとめると、どうやら女神に選ばれた『資格者』である俺は人々を助けながら魔王を倒す旅をしなければいけないらしい。テンプレである。

 他の説明内容としては魔法やスキルの発動にはSPを使う、HP無くなったら戦闘不能になるなどのゲームのお決まりだ。回りくどく色々単語を出して設定しているが、そこら辺はまあスキップだ。

 とりあえずステータス画面の見方のチュートリアルに入ったので試してみると、視界にステータスウィンドウが浮かび上がった。


 筋肉ムキ太郎 ノービス

 Lv1

 HP 125/125 SP 30/30

 筋力 1

 敏捷 1

 体力 1

 知力 1

 精神 1

 運気 1

 

 筋肉ムキ太郎。誰だ、俺だな、俺のステータスなんだから。

 そこで思い出す。名前被りを回避するとかでキャラクター名だけはサイトの方で入力したんだった。

 糞ゲーをプレイする時は糞ネームという自分ルールに従って糞のような名前を付けたのを完全に忘れていた。

 え、これ名前変更出来ないの。俺はこの世界で筋肉ムキ太郎として生きていかなければならないのか。

 さっき死んだばかりだというのに、もう死にたくなってきた。

 

「これで分かった? 筋肉ムキ太郎!」

「その名前で俺を呼ぶな!!」


 チュートリアルがようやく終わったのか、声が出るようになっていた。


「何言ってるの? 筋肉ムキ太郎を筋肉ムキ太郎って呼ばなくてどうするの、筋肉ムキ太郎」

「ほんとやめて、結構ダメージでかいわこれ」


 変なあだ名を付けられて虐められた幼少期を思い出して普通に辛い。


「え……じゃあ、キミの真名まなを教えてくれるの?」


 何か急に頬を染めたニキがもじもじとしだす。

 真名まな? 魔法の燃料的設定のマナとは違うよな、文脈的に。


「ええと、真名っていうのは本当に親しい人にだけ許す呼び名だよ。家族とか……恋人、とか」


 そして目の前に浮かび上がる空白の入力ウィンドウ。

 直感的に理解する。これは恋愛ゲーム的要素も含んだネトゲなのだ。

 ここに自分の本名を入れればNPCなどから自分の本名を呼ばれることができる。

 普通に本名プレイするとただの痛々しい奴になるが、これなら普通のキャラ名を装いつつこっそり本名呼びされることが出来るわけだ。


 やるじゃねえか『アンリミ』。ちょっと斬新だぜ、あんだけ糞ゲー臭漂わせといて、実は神ゲーなのか。


 自分の本名を入れることに少し抵抗はあったが、ムキ太郎に続く第三の名前まで持つのは流石に混乱しそうなので素直に『宗一郎』と入力する。

 そして、決定を押したその瞬間。

 

 ポンと機械的な音と共に『入力できません』とエラーメッセージが出た。

 

 どこか後ろめたいような気持ちを感じながらドキドキしたせいもあって、思わずびくりと身体が跳ねる。

 あ、あれ? 何かダメだったのかな?

 もう一度『宗一郎』と入力してみるがやはりダメだ。同じようにエラーメッセージが出る。入力出来ませんじゃなくて、何がダメなのか表示してくれ。

 『山田宗一郎』『宗 一 郎』『宗くん』『筋肉ムキ太郎』などと必死に試行錯誤してみるがエラーメッセージが連発する。むしろダメなのかよムキ太郎。


 そこでふと思いついて『ソウイチロウ』と打ち込んで見る。すると先程までとは違う音が鳴りウィンドウが視界から消えた。


「えへへ……じゃあ、その、よろしくね。ソウイチロウ」


 ああなるほどね、漢字がダメだったんだね。なんでだよ。

 なぜかは分からないがこのゲーム、漢字で入力しようとするとエラーが出るらしい。馬鹿な。

 まあ文字入力する機会なんてそうそうないはず、と割り切ってイベントを進めることにする。

 ムキ太郎から脱却できただけでも良しだ。


「じゃあ改めて行こうか、ソウイチロウ」


 非常に上機嫌に笑いながらニキが言う。ちょっと気恥ずかしいが、非常に可愛らしい。これはなかなか、悪くないぞ?

 同時にふと疑問に思ったことを聞いてみる。


「そういえばニキって真名はないのか?」

「え? ないけど?」


 そっか、ないのか。本当にただユーザーの名前呼ばせるためのシステムなのね。

 もうちょっとそこは設定凝ってもいいんじゃないかな。

 



 そんなこんなで始まった新たな人生。

 頭の上には筋肉ムキ太郎の文字が浮いているが見ない振りをする。

 とりあえずの目標としては。


「早く装備欲しいなあ……」


 パンツ一枚の姿から脱却することから始めよう。

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