第189話 再生

1階 エントランスホール



停電を起こし、微かな非常用ライトの光のみが照らし出すエントランスホール  



そのライトの明かりにある1つの人影が映り込んだ



腹部に受けた銃創、折れたあばら骨



脇腹を押さえ、千鳥足にも似たおぼつかない足取りでヨロヨロと広間を横断する芹沢の姿だ



弱った足腰、全身に力が入らずふらつき、足を引きずりながら必死に歩行している。



全身を駆け抜ける痛みに耐えながら、芹沢がある場所を目指していた。



ぼやけた視界、息を吸うにも吐くにも呼吸をする度に痛みの感覚が襲来してくる。



クソッタレ… 痛ぇ~じゃねぇ~かよ…



激痛の起伏に目眩する芹沢が内ポケからある物を取り出した。



ジャラジャラ擦れる金属音



取り出したのは、いくつもの鍵がついた鍵束だ



握力も弱り、自らの意思では抑えられない手の震えから鍵束が手から離れ、床に落とした。



クソ… 



痛みで思うように屈めない身体を無理やり屈め…



腕を伸ばし、人差し指と中指の指先で摘まもうとするが震えてなかなか掴めず



痛ぇ~ うぜぇ~…



心の中でわめき、ようやく指先で摘み上げた鍵束を握り締め、メイン玄関へと脚を引きずらせた。



も~いい~… も~たくさんだ…



も~ あんなカス共に関わり合うのは御免だぜ…



もう終いだ… こんな奴等に付き合いきれねぇー…



痛ぇ~し ダリィーし 面倒くせぇーし… 



もう… こんな所……さっさとおさらばしてやる…



キーリングを掴みジャラジャラ音を鳴らしながら、うすら笑みを浮かべる芹沢



どうせ…どうせあいつらみんなほっといても死ぬ…



エレナ…化け物女…人助けとかほざいてる偽善なクズ野郎共…



全員…



このビルと一緒に業火に焼かれて…死ぬんだ…



へへ…



苦痛と混同した歪んだ笑みを浮かべる芹沢



ヒヒ… 



この俺にこんな傷を負わせたカス共…



エレナ… 焼かれながら悶え苦しめや…



へへ… 死に損ないのクソ化け物女… テメェーも 焼かながら再生可能かよ…



出来るもんなら死ぬまで触手でも再生してろ…



最終的に勝つのは俺だよ…



生き残るのはこの俺様だけなんだよ… ゼヘヘ…



俺が勝者だ… なんぴとたりともここからは出られねぇ~…



ここから出られるのは…



この俺様だけだぜ… ゲヘヘ



更に膨らむ怒りや憎しみに加わり、様々な激しい思念から精神に異常をきたす芹沢



そうだ…



ここを出たら…



作ろう…



俺の理想の世界を…



俺が支配するシャングリラを…



俺が神となるティルナノーグを…



俺の造りあげる世界…俺のパラダイスを…



俺が王となる世界…アヴァロンを…



俺がルールとなるキサナドゥー(桃源郷)を…



俺の都合のいい 夢の様なユートピアを…ハライソを…極楽浄土を…



俺の…俺だけの理想の世界を築いてやるぜ…



そうしよう…



ゾンビと遜色ない、血走り、イかれた目つきへと変わる芹沢



窓と言う窓に張り巡らされた鉄網のシャッター前へ辿り着き



正面玄関前に立ち尽くした。



そして不気味な笑顔で外を眺めた。



自動扉、窓ガラスの外には埋め尽くす程の奴等の群れ



強化ガラスに貼りつきバンバン掌で叩いている。



鍵を開け、外へ出ればたちまち餌食となるだろう…



誰も抜け出せないこの状況にも関わらず…



芹沢はゾンビを見渡し更なる妄想を膨らませた。



ひゃっはぁ~…こいつらも…みんな…



このウジ虫共も全てが…



俺の作りあげた世界なら…意のままに操れる…



俺の使い捨ての駒として…



俺の奴隷共…無能な虫けら共…



こまつかいとして使ってやるよ…



ふへへへ…



誕生だ



今日… 今… 王の誕生だぜ…



おまえらさっさと道を開けな…



ハハッ ハハハハハ



勝手な妄想を膨らませ、勝手な思い込みの芹沢がシャッターの鍵を開け始めた。



今 王が行くぜ…ウジ虫共…



シャッターの鍵が開き



頑強で重量あるシャッターを



芹沢が手動でシャッターを持ち上げた。



この外へ出れば…俺の世界が始まる…



息吹く新世界が俺を待っている



足腰に力の入らない芹沢がシャッターを持ち上げるが、中々思う様に上がらない



独り善がりな勝手な妄想に呑まれ、イかれた芹沢が必死にシャッターを持ち上げるが5分の1程あがった所で停止



上がれぇ~ 皆が俺を待ってる…



ふんんん



奴等 手を叩いて俺を賞賛してんだ…



気張る芹沢が渾身の力で持ち上げようとするが、ビクともせず、これ以上シャッターがあがらない



んんんん



顔を赤らめ、更なるフルパワーで挑むが今の芹沢の人力ではこれが限界のようだ…



シャッターはやはり上がる事無く



ガシャーン



力尽き手を離すや、たちまちシャッターが大きな音をたてた。



肩で息を吸う芹沢が充血した目を見開き、苛立ちの表情で喚いた。



芹沢「王の生誕を… なんで邪魔しやがる このクソシャッターがぁ」



ガシャー



シャッターを蹴りつける



俺を感嘆するこの声…



早く外へ出ねぇーと…



そして再びシャッターを掴み



芹沢「あがれぇぇぇ~ 邪魔するなぁぁぁああ」



持ち上げはじめた。



ゆっくりとシャッターは上がり



芹沢「らぁあぁぁぁぁ 上がりやがれえぇぇぇぇ」



エントランスに響き渡る芹沢の声



シャッターが先程よりも上がり、ゆっくりと持ち上げられた。



取り憑いた様に豹変する不気味な芹沢が力を発揮している。



踏ん張り、真っ赤に赤らめた顔



芹沢「んんんん うぉぉぉおお」



傷口が開き、包帯も真っ赤に染まる中



芹沢は火事場のクソパワー全開でシャッターを持ち上げた。



芹沢「わちゃー あたたたたた おらぁー」



そして胸部を越え、己の肩の位置まで上げられたシャッター



もう少しだ…もうちょい…もうちょい…



息を止め、全身の力で持ち上げて行く



そして、シャッターがゆっくりと芹沢の肩を越えた時



突如 後ろから芹沢の腹部に何かが巻きついた。



ヌメリある物体が腰に巻きつき



あ?



芹沢が視線を落とした途端



瞬く間に身体が引っ張られた。



ガシャー



芹沢が仰向けに倒される



何だ…?



芹沢はすぐに上体を起こし、腰に巻きつくヌメリへ触れようとしたが、既にその物体は消えていた。



また、折角 苦労して持ち上げたシャッターも元通りに降ろされ、網が微動で揺れるのを目にした。



また… 邪魔を… 今度は何だ…?



そして芹沢が後ろへと振り返った時だ



目の前には浮遊する1本の触手



その後方には…



触手を伸ばす主の姿



嘘だ…



充血し見開いた目を更に開かせ目玉が飛び出さんばかりの芹沢が目に映した物…



そこにはバラバラにされた筈の理沙の姿があった。

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