第179話 開栓

無機質で暗く空洞の様な空疎な眼差し…



生死が不確かなリビングデッド御一行の赤化した眼がまばたきも無く向けられていた…



機械室



数秒間の黙視後



奴等が一挙に群がり、腕が伸ばされた。



ハサウェイの足下で7~8体の手が激しく動かされ、足掻いている。



感染者がハサウェイを見上げながら口をぱくぱく動かし、何かを発しているようだがその声は機械音やら換気音に掻き消されていた。



奴等を見下ろすハサウェイが仕舞い込んだナイフに手をかけながら思考した。



このまま騒がれたら…



周囲にいる奴等まで呼び寄せ、群がり始める…



地に降りて速やかにこいつで…



ハサウェイはアンカライトナイフのハンドルを握りしめた。



殺るべきか…?



それとも上を移動してこの場から逃げるべきか…?



どうする…?考えろ…



選択を誤れば自滅する…



どうする…?



上から逃げても奴等は追ってくるだろう…



かといって7~8体も相手に接近戦でやれるか…?



50体近い奴等が全て集まって来る前に早く決断して行動に移さなければ…



ゾンビ達を見下ろすハサウェイ



今…この場でこいつらを片付けるしかない…



行くか…



近接で始末を選択したハサウェイが飛び降り態勢に入り、身を構えた時だ



ハサウェイはある物に気付いた。



そうだ…



コンパクトに折りたたまれ、背中に掛けられた物



こいつで…



手を伸ばし、見上げる感染者の顔面に



シュ



突如、弓箭が眼球に突き刺された。



シュ シュ



それから続け様に弦が弾かれ、感染者、ゾンビの額や脳天に次々と矢が突き刺される。



アーチェリーの競技用コンパウンドボウが放たれていたのだ



ラストか…



そして最後の1本となる次矢が筒から抜かれ、装填され、放射された。



その弓矢を解き放ったと同時に



弓を捨て、右手にナイフを持ち替えたハサウェイが飛び下りた。



半分まで減らせば…



4体くらいならイケる…



そして倒れた感染者の背中に着地、ハサウェイが周囲の奴等に先制攻撃の一手を振るった。



順手で握られたナイフを…



左側に位置する感染者のコメカミに素早く突き刺し、抜くと同時に逆手にチェンジさせながら右側に位置するゾンビの顔面にナイフを斬りつけた。



パックリと顔面を斬りつけられたゾンビが仰け反り、ひるんだ



それから正面にいる感染者を力強く両手で押し退けた。



押された勢いで感染者は転倒



その隙にハサウェイは右側のひるんだゾンビにナイフを振るった。



再度順手に持ち替えられたナイフを



弓なりな線を描き、ゾンビの脳天へとナイフを叩き込んだ。



ヒルト(ブレードとグリップの境目)まで深く貫き到達した刃



顔面から床に叩きつけられたゾンビはソッコーで沈黙した。



残すとこ2体…



半身で鋭い視線を向け、残りを捕捉するハサウェイ



清掃服を着用したおばさんゾンビが片足を引きずりながらモップを振り上げハサウェイに襲いかかろうとしている。



ハサウェイは片手を地に付け、そのまま姿勢を低くするや、左足でおばさんゾンビを足払いした。



モップを持ち上げたまま、足をすくわれ、豪快にすっ転ぶおばはんゾンビ



肩から直撃し転んだクソババアゾンビの手からモップが離れた。



前方で倒れた感染者が起き上がろうとしている



ぎこちなく身体を捻らせながら、上体を上げた瞬間



感染者の顔面が踏みつけられた。



再び後頭部から床へ打ちつけ、倒れ込む感染者に…



ハサウェイが足で踏みつけている。



そして足がどかされると同時に額にナイフが食い込まれた。



始末され仰向けで沈黙する感染者



あと1匹…



ハサウェイは間髪入れずに転んだオバサンゾンビを仕留めにかかった。



オバサンゾンビの空虚なまなこにハサウェイの姿が飛び込み、映し出される。



ナイフを振りかぶるハサウェイの残像が黒眼に映り



その直後 映像は瞬く間に途絶え、漆黒へと変わった。



横たわる骸、まだ微かに手足を動かす者もいるが単なる反射運動的な痙攣反応なんだろう…何ら支障は無い



奴等を鮮やかに葬った。



その眼下にある、排除された奴等の遺体を見渡し、駆逐され頭部に突き刺さる弓矢の回収作業を行った。



感染者、ゾンビの頭部から血のこびり付いた矢が抜き取られ、筒に戻されて行く



そしてゾンビの首に足を乗せ、引っこ抜いた最後の弓矢が回収された時



床に転がるモップに目を付けたハサウェイがそれをやおらに拾い上げた。



柄も細い…これでならイケそうだ…



モップを手に取り、ハサウェイは管を上がって行った。



しかし暑いな…



流石に尋常じゃないこの暑さ



全身から汗が流れ、流れ落ちる汗が眼に入り、ハサウェイはその汗を手で拭った。



ハンドル式のバルブ弁



そのハンドルの隙間にモップの柄を丁度はめ込み、ハサウェイはテコの要領でバルブを反時計に回しはじめた。



フルパワーでも全く動じなかったバルブがいとも簡単に回り出す



そして役目を終えたモップがポイ捨てされ、ハサウェイは人力でバルブを回し続けた。



すると みるみるボイラーへの送水が遮断され、回し続けるや完全に給水が止まり、バルブがキツく閉められた。



よし… 次は排出…



給水タンクを見渡し排出部を探るハサウェイ



水抜きの管… もしくわ排水管って何処にあるんだ…



みる限り



管は貯水槽から伸びる流入管が1本とボイラーに伸びる給水管があるのみで排出部らしき管が何処にも見当たらなかった。



おいおい… 嘘だろ… まさか無いって事は…普通はついてるだろう…



こうゆうのって普通何年かに一回は水抜きしてタンクの中掃除したり点検したりするもんじゃないのかよ…?



それなのに付いて無いって…事…ありえないよな



故障したらどうやって排出するんだ…?



まさかの排出管無しに苛立ちの表情を浮かべるハサウェイ



どうやって排出する…?



いや…無い筈ない…何処かに絶対ある筈だ



ハサウェイは諦めずにタンクに触れながら観察を続けた。



この裏側は…?



給水タンク本体へとよじ登る



そのまま登って行くとタンクの上部に何やら施錠されたマンホール式の開口部が見られた。



内部の清掃、点検用の開口扉…



ちゃんとあるじゃねえか…



なら…やっぱりある筈だ…



ハサウェイはタンクの裏側へと身を乗り出し、顔を覗かせると



眼の色が一瞬にして変わった



死角な位置に



ある突出した2本の管を発見した。



やっぱりあった…



業務用のホースで繋がる管



ハサウェイは落下ギリギリまで身を乗り出し、まずは管に繋げられたホースにナイフを突き刺し、切り込みを入れると、そのまま一気にホースを切り裂いた。



次に取り付けられた2つのバルブに手を伸ばし、そのバルブを回し始めた。



主栓、予備栓とも開栓された管からたちまち水が飛び出す



タンク貯水量1万2000ℓ



裂かれたホースから滝の様に…



水抜管から猛烈に吐き出された水が床へと流れ出した。

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