第173話 変怪

1階 エントランスホール



エレナvs理沙



脇腹辺りで構えられたベネリショットガン



ジリジリ後ずさりながら理沙と向かい合った。



首から上が欠損したにも関わらず、悠々で幽幽と立ち尽くす理沙の体躯



言葉と言うコミュニケーションの術を失った理沙がジッとエレナの前で起立している。



頭部を吹き飛ばしたのに…



立ち上がる理沙



頭部を失ったのに…



それは頭部を失っただけに過ぎず…



活発に揺蕩(たゆた)う、いくつもの肉触手が生命力をみなぎらせていた。



その触手の動きからエレナの目には到底理沙が弱体化した様には見えなかった。



頭部が無いのに快活に活動する理沙を目にし



エレナは思考した。



普通頭部をやれば死ぬ筈のこいつら…



だが…目の前の理沙は生きている…



現に動いているって事は…



少なくとも理沙に宿る蟲は脳に寄生していない…



なら…こいつの弱点は一体何処なの…?



通常哺乳類は全てを統括する頭を吹き飛ばせば、すぐに死ぬ



ゾンビしかり感染者しかり、それは特異感染者だろうと脳さえ破壊すれば身体を動かす指令信号は途絶え沈黙する筈…



なのに… 稀に脳を破壊されようが、損失しても理沙の様に動かせる奴が現れた。



個体によって宿場が異なるのか…?



もしくわ脳を介さずに身体を操作出来る奴に進化を遂げたのか…?



どんなメカニニズム…?



真の宿場とは…?



江藤さんを助ける為にも…この真相を解明しなければならない…



また…理沙を倒すには…そこを直接叩かなけばならない…



衆多の溌剌(はつらつ)する肉触を目にし、思考するエレナの頭の中に…



よくもやったわねぇ…エレナ…



突如理沙の声が割り込み、響いてきた。



口から発せられた言葉の信号などでは無い、脳に直接送りつけられたメッセージ…



その不思議な感覚に戸惑うエレナが無言で理沙を見据えた。



人間からしたら超感覚の分野に入るテレパシー…



エレナの頭の中に届く理沙の声が続いた。



もぉ~ お気に入りの入れ物だったのに~ 何て事するのよぉ~



それにさぁ~ これじゃあ大好きな食事出来ないじゃん~



以前と変わらぬ理沙の口調信号…



おどけた感じの声のシグナルがエレナの脳内に響き渡ってきた。



どうしてくれんのよ~



もう 食べたいのにぃぃ… 肉を…肉…肉…肉…肉…肉ぅぅぅぅ



理沙に食べさせろぉぉ~



理沙はお前の脳味噌を食べるんだよぉ~



理沙の身体が力みはじめた。



摺り足で徐々に後退し、距離を空けるエレナの眼中に何やら気張る理沙が映った。



何をするつもり…?



当然 これからよからぬ事が起きる事は察しがつく…



理沙が何かしようとしている



まさか…



ハッとするエレナの脳裏に閃光が走り、それと同時に



理沙の首元から新たな触手が産声をあげた。



血飛沫に混じり、くねる物体



血管、内臓、骨が融合し、変形した異様で不気味なぶっ太い触手がくねりながら上昇



天井へ向かって伸長する血にまみれたおぞましき物体をエレナは見上げた。



宙を浮遊し、見下ろす触手には鋭い3本の犬歯が生えてるのが見える。



どこぞの骨なのか…? 肉を裂き、噛み砕く犬歯へと変形している



そう…理沙の体内で複数の臓器が結合、変態し、いくつもの組織が組み合わされ製造された捕食機能付きの触手が姿を現した。



理沙の身体から生える10本以上もの奇怪な触手にたじろぎ後退するエレナがショットガンのトリガーへ指を添えた。



残弾1発



とても…この1発だけで仕留められると思えない…



この残り1発を放てば私は丸腰になってしまう



その後…どうやってこいつと戦えばいい…?



何か他の武器を入手しなきゃ…



エレナは退きながら対策を練った。



広範囲に伸長、蛇行する触手群



口つきの触手が微かに口を開閉させ、鳴き声を発している。



エレナの脳内に囁きかける理沙の欲求が激しくなってきた。



お口の完成ぇぇ~ さぁ 骨までキレイに食べてあげるから…その香ばしい肉を早く食わせろぉ~ キャハハハハ



エレナ「くっ」



エレナ~ 大人しくしなさい…



理沙の糧となり栄養になるの…



そこを動かないでね…



エレナ「チッ」



浮遊する多数の触手群が捕まえようと一斉にエレナ目掛け飛んで来た。



ドォン



銃口から火薬臭と発砲音をあげ



ベネリショットガンのトリガーが引かれた。



拡散する散弾の鉛や小矢弾が向かって来る触手群に着弾し、空中であがきながら停止



エレナは最後の1発を使い切ったショットガンを投げ捨て、ある物を拾い上げた。



それは純やの愛用する金属バット



それを手にするやエレナはその場からの離脱を図った。



背を向け一目散に逃走する。



すると逃走する背後からブンブン振るわれた風切り音が聞こえ



後ろ髪がなびき、うなじに風を感じた。



エレナがドアノブを握り、チラリと後ろへ振り返るや



動くなって言ってんじゃ~~ん…



待てぇ 待てぇぇぇぇ…



全ての触手をブンブン振り回し追いかけて来る理沙が映った。



エレナの脳に勝手に働きかける理沙からのコミュニケーション手段



食わせろぉ~ 食べさせてよ~ エレナぁぁ~~



食われてたまるか…



扉を開き外へ出たエレナがドアを閉め、鍵を掛けた。



扉を見詰め、後退りするエレナ



一瞬沈黙した空間に飛び込み、息を整えながら凝視した矢先に



ドカァ ドカァ ドカン



ボコボコと3カ所ドアが盛り上がり



たったの1発でドアを固定する上箇所の蝶番(ちょうつがい)が壊された。



蝶番のネジが緩み、床へ落ちると、ぐらついたドア。



パンチを受けたドアの隆起具合…



信じられない威力だ…



見た目も中身も…



人々が想像し思い描く化け物像そのもの



紛れ無き恐怖の化け物がドアの向こうにいる…



エレナは猛ダッシュで廊下を駆け抜けた。



そして、次のドア前へ到着しドアノブを捻った。 瞬間



バコン



大きな強打音が廊下に響き渡り、エレナが振り返ると



外れたドアが上下に回転しながら天井に接触して落下した。



どんな力を加えればこんなにも歪むのだ…?



∧字に歪んだ鉄製のドアが役目無く廊下へ無残に転がる。



ドアノブを握り締めながら、固まるエレナが廊下の先に視線を釘付けた。



グッチャグチャに潰れた触手の先端を優雅に揺らし



理沙が廊下へと足を踏み入れてきた。

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