第145話 惨殺

家族の目の前で倒れ伏した父親



母親「え…え…お父さん…」



拓人「な…」



唐突な出来事に母親と拓人は焦思した。



玄関前に佇む恐怖の化身…



由美の目の前でまたも大事な人が殺され…



由美は父親が殺害されたショックと同時にその殺した相手に意識を向けた…



頻出する不気味なハンチングに…



なんで…つけ回すの…?



どうして…つきまとって来るの…?



執拗に現れ次々と仲間や身内に手をかけるハンチングに…由美は凝視した。



すると ハンチングの視線の鋒(ほこさき)がギロリと由美へ向けられ目が合う。



感受の欠いた嗜虐で冷血なまなこ



由美は芯から寒気を感じた。



そして由美はふとある事に気がついた。



死体と化した父親に見向きもしないハンチング



死した体に興味を示さない…



こいつの目的は食す為じゃないと…



由美が学校で目にしてきた凄惨な光景の数々



感染者やゾンビは生徒達に襲いかかり捕獲するや何のためらいも無くその食料を貪り食する傾向があった。



空腹を満たす為、ひたすら食事に夢中になる傾向が見られた。



だが…目の前のこいつは違う…



父親の死体に全く見向きもしないのだ…



何なの…こいつは…?



異質で異様な感染者に強烈な恐怖を感じ辟易する由美



母親も身体を震わせながら後退りした。



母親「あ…やや…」



そして、ハンチングが後ずさる母親へ視線を向けハンティング体勢へ入った時だ



ハンチングが一歩を踏み出したと同時に



木刀を強く握り締めた拓人が父親の死に激情し、怒りの表情を露わに前へと出た。



クソゾンビ… よくも… 親父を…



高校1年にして剣道3段の腕前、日々部活も真面目に朝練をこなし、日々辛く、厳しい稽古に励む立派で優秀な玄人剣士



手にするのは竹刀じゃない…



木刀



ゾンビ野郎… 打ちのめしてやる…



拓人は中段の構えで半刀身離れた遠間から素早い摺り足で一足一刀の打間へ接近した。



打突圏に入るや素早い動作で木刀を振り上げ



素早い打突で木刀を振り下ろした。



拓人「ーーーん」



円滑な体移動で左足を踏み込むやキレイな放物線を描いた一拍子の打突の面が振るわれた。



ハンチングの頭部に直撃し打ち込まれた木刀



拓人は素早く一歩引くと、今度は上段の構えから再び素早い一歩を踏み込んだ



横からえぐる様な、閃光の様な横一線の太刀筋を描く



先程よりも速度を上げた打突が振るわれ。



ハンチングの脇腹へ強烈な胴が打ち込まれた。



拓人「ドォォー」



気勢を上げた拓人の掛け声



脇腹へと木刀が食い込んだ



拓人はまたも一歩体勢退き、その引き際に再度上段の構えをとるや



また一歩左足を踏み出し、1振りを繰り出した。



上段の構えから更にスピードを上げた右袈裟斬りの半円



斜め一閃の打撃が見事に決まる



近間から息もつかせぬ速攻の1太刀がハンチングの首筋を捕らえた。



徐々に打突の速度を上げる序破急の打ち込み、手応え有りの3連打の一本が決まったのだが…



痛覚の欠落した感染者に痛みなど無い



ハンチングはよろけた状態からいきなり左手の甲へと噛みついた。



拓人「ぐぅ」



激痛で歪む拓人の表情



甲に深々と歯茎まで食い込んだ



そして、獣ばりな噛力で拓人の左手が噛みちぎられた。



拓人「い…いてぇぇぇぇ」



母親「きあぁぁー たー」



母親の悲鳴があがり、激痛で脱力した拓人の手から木刀が離れた。



由美の目に落下した木刀と同時に髪の毛を掴まれ、引き寄せられた拓人の頭部が映り…



ハンチングの口があんぐり開かれると…



ハンチングが拓人の頬へ食らいついた。



母親「いやぁぁぁ~ たくとぉぉ~」



両手を震わせ絶叫する母親



次にハンチングは拓人の口中両端に両手を突っ込み、指を引っ掛けるや



次の瞬間



そのまま口を引き裂いた。



鮮血が飛び散り、無惨にも耳まで裂かれた拓人は一瞬にして絶命。



下顎の一部が血と共に落下し



拓人の身体が前のめりに崩れ落ちた。



嘘……



今度は父親に次いで弟までもが由美の目の前で殺された…



由美は目に焼き付く一連の出来事に頭を蒼白させる



なんで…?



弟まで殺すの…?



なんで…?なんで…?なんで?なんで?なんで?なんで?なんでなの…?



目の前が真っ白になる由美



床には父親と弟の倒れた死体が転がり、次々と自分の周りの人間が殺されていく中…



現実を受け止め切れず、由美はただ茫然と立ち尽くした。



度重なる衝撃に視界が蒼白していると…



由美の頬へ微かな風が触れた。



え…?



視界が戻り、意識が戻る由美の耳に突然掠れた声が入って来た。



「…み…ゴボォ…ゆ…み…」



ゆっくりと視線を横へ向け、振り向くと…



由美の眼に再び衝撃的な光景が映し出された。



ハンチングが母親の喉元へと食らいついていたのだ



口から血が溢れ、ゴボゴボ何か言いながらこちらへ目を向けている母親の姿



父親、弟に次いで母親までもが自分の目の前で手に掛けられた…



気絶で卒倒しそうな程のショックを受ける由美



母親「がぁ…ゴボォ…み…に…げ…て…」



また 母親の背中から手刀が突き抜けているのが由美には見えた。



夢であって欲しい…



現実逃避したくなる程の信じらんない光景の数々に由美は強烈なショックで全身の力が抜けた。



口をパクパクする母親



何か言おうとしている



由美の全身にガクガクと震えが生じた。



母親と眼を合わせる由美



母親の口から大量の血が飛沫している。



何か言おうと口をパクパクさせるが



やはり口を動かすが思う様に言葉を発せられない母親は目で由美に語った



早く逃げなさい……と!



母親は最後の力を振り絞りハンチングへと抱き付いた



さぁ… 由美… 今の内に早く逃げて…



視線を合わせる母親と由美



由美は動作と目で語る母親の言いたい内容を理解した。



一瞬、困惑する由美に



この子だけでも…



命が尽きる寸前、最後の力を振り絞った母親の口から言葉が告げられた。



「逃げなさい」



すると由美はその場から走り出し、開かれた玄関から外へと飛び出した。



靴も履かずに無我夢中で逃走した。

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