第144話 現前

冴木家



由美が玄関で靴を脱ぎ、小声で開口した。



由美「ただいまぁ」



小窓が布で遮光され薄暗い玄関



出迎えも無ければ



誰の返事も無い…



由美は暗がりの中、摺り足で恐る恐るリビングへと近寄るや



リビングからいきなり1人の男が現れ、木刀を身構えた。



由美は振りかぶる木刀と意表を突かれた事に驚きを見せた。



由美「ひぃ…」



驚き、たじろぎ、声を漏らした由美に



「あれ ねーちゃんかぁ?」



この声は…



由美「たーね んもぉ拓人 びっくりさせないでよ」



木刀を下ろす少年は1つ年下の弟、拓人だった



拓人「母さん 姉ちゃんだよ」



すると 拓人のすぐ後から懐中電灯と包丁を手にした母親が現れた。



母親「由美!?」



由美「うん お母さんただいま」



母親「良かったぁ~ 良かった あんた無事だったのね?本当心配したのよ お帰りなさい あぁ~ ホント良かった良かったわ」



由美「うん 何とか平気…」



そして由美はリビングへと入って行った。



雨戸が閉められ、真っ昼間なのに完全に外光が遮断された室内



真昼の日の光から隔離された暗い部屋に電気の代わりに一本のロウソクが灯されている。



ほのかに部屋を照らす蝋燭の灯火が明かりの尊さを改めて認識させ、空間に微かな和みが演出されている。



由美はすぐに分かった



これら雨戸で部屋を締め切っている理由を



ロウソクの火の明かりを灯しているのはムード作りなんかじゃない



ましてや節電してる訳でも無ければレトロ好きな懐古趣味の一貫で行っている訳でも無いと



既に理由は察しがつくが、由美は念の為尋ねてみた。



由美「昼間っからなんで部屋締めきってるの?」



拓人「そんなの奴等にバレないようにと侵入を防ぐ為だよ 外でウヨウヨしてる化け物人間をこの部屋に入れさせない為」



やはり察した通りの答えが来た



由美「そっかぁ やっぱり…」



またリビングには消音されたテレビの映像が流され、その明かりが由美を照らす。



母親「物騒よねぇ~ 世の中どうしちゃったのかしら?お隣の武田さんの奥さんもお向かいの内山さんちの奥さんも変な風になっちゃったのよね お母さん怖いわ… はぁー あ そうそう由美 ご飯は?」



由美「いらない」



母親「じゃあ飲み物は?何か飲む?」



由美「ううん いい それより たーは何で?学校行ったんだよね?」



木刀を壁に立てかけソファーに寝そべる拓人



拓人「あぁ~ 朝練行ったよ ちっと朝練中に体調悪くなっちゃってさぁ~ たまたま早退したんだわ こんなんなる前に帰ってこれたし… なんか俺ってツイてるな…」



その隣りに由美が腰を据えた。



由美「そう」



拓人「ねーちゃんもツイてるな?」



由美「はぁ?ツイてる?」



拓人「そりゃあツイてるだろ 外はゾンビだらけなんだぜ 生きて帰ってこれただけでも相当運がいいよ」



由美「…」



拓人はリモコンで音量をあげながら



拓人「だってよ ねーちゃんこれ見てみろよ 今、外はムキ凄い事になってんだぜ」



母親「たー あまり音は大きくしないでよ」



拓人「分かってる」



テレビの映像にはLIVEの文字



「…ここはホントに日本なのでしょうか?只今自衛隊が発砲をおこなっております」



ヘリの回転翼音が入り込み、リポーターらしき女性の喋り声が流れてきた。



上空から映された揺れる映像



新宿の街並みが生中継されていた。



タタタタタタタ また…地上から響いて来るこの音声



タタタタタタタ タタタタタタタ



波の様に押し寄せ、向かって来る群衆に自衛隊が銃を発砲していた。



タタタタタタタ タタタタタタタ!



拓人「なぁこれ マジもんの銃撃戦だぜ すげぇー」



由美「たー それより機動隊は?この前に機動隊が鎮圧にあたってた筈でしょ…」



拓人「はぁ? そんなのとっくに失敗したよ あの群衆に呑み込まれ、見事に散ってったわ」



由美「呑み込まれて散った…?」



拓人「チョースゲェーよなこの映像 まるで映画じゃん」



由美「ねぇ 確か5000人動員されたんだよね…全然だったの?」



拓人「あぁ 全く駄目 瞬よりも早い殺だったんじゃないかな… 30分もたなかったと思う」



5000人の機動隊がたったの30分で…?



由美「生存者は?」



拓人「いる訳ないじゃん あんな盾と警棒と放水車だけで食い止めようってのが無理あったんだよ 嘘だと思うなら22ちゃん覗いてみ 機動隊員の食われてるアップ動画が満載だよ」



TVの映像はカットも中断もされる事無く、バタバタ倒れる奴等の姿をそのまま流していた。



三日月の陣形をとる自衛隊



その自衛隊の放つ銃弾が押し寄せる群衆に容赦なく浴びせられていた。



拓人「すっげぇ~ やっぱ銃ってすげぇ~なぁ~ ガンガン撃ち殺してるよ やれやれ」



テレビ画面に食い入る拓人



拓人「殺れ 殺れぇ~ やっちまえ」



形勢を観望し1人沸き立っている。



唯一迅速に上から発砲許可が下りた陸上自衛隊



もはや暴動鎮圧では無く暴徒の掃討と制圧が行われていた。



拓人「行け行けぇ~ 頑張れ自衛隊」



拓人が興奮しながら観戦していると



暴徒の群れが徐々に陣形へと詰め寄り、間近まで肉薄していた。



拓人「ちょ ちょ… あれ ちっとやばくないか…」



そして、接近する群衆



1体の感染者が1人の自衛官に飛びかかろうとした寸前に



突如 テレビの画面がプツリと消えた。



拓人「は?おい あれ?どうした?」



拓人が液晶テレビを揺すりながら



拓人「おい 何で消えたんだよ… こんな時に壊れたのか?ふざけんなよ どうなったんだ…おい 嘘だろ」



由美「たーちょっとそこどいて」



拓人「え?」



由美「いいから」



拓人がテレビからどくと由美がリモコンでチャンネルを変え始めた。



1チャンネルで小学生用の教育番組が映し出される



また変えると



今度は10チャンネルに韓流ドラマが映された。



拓人「うん?映る?」



次々チャンネルを変えていく由美



8チャン 黒い画面



6チャン 黒い画面



12チャン CMが流れ



先程見ていた4チャンに戻すとまたも黒い画面が映された。



由美「別に壊れてないよこれ」



拓人「じゃあなんでいきなり消えんだよ」



由美「もしかすると… TV局がやられたのかも…」



由美からリモコンを奪う拓人がチャンネルを次々に変えながら



拓人「嘘だろ…なら…8も6もかよ…」



由美「十分ありえるよ」



12チャンで止めると通販番組が始まった。



拓人「つ~かこんな時に通販グッズなんか買う奴いるかよ 買う奴馬鹿だろう」



3局ものテレビ局が既に放送を停止している。



由美と拓人が茫然とテレビ画面を眺めていると



母親「ちょっと音量ストップ」



拓人が慌ててリモコンの消音ボタンを押した。



由美「どしたの?」



母親「なんか外から物音がした」



拓人が立ち上がり、立てかけた木刀を手にする。



由美も立ち上がり耳を澄ましていると



玄関の鍵穴に差し込まれガチャガチャと音が鳴った。



そして鍵のロックが外れる音



玄関の扉が開かれ声が聞こえてきた。



「おーい 無事に帰ってきたぞぉー」



この声 パパンだ



由美の父親の声が聞こえてきた。



母親「お父さん?」



一斉に玄関に出迎える3人



父親「なんでこんな薄暗いんだよ…」



拓人「親父ぃ」



由美「パパン おかえり」



母親「お父さん 良かったわぁ~無事で本当に良かった おかえりなさい」



父親「おぉー おまえら ただいま しっかし大変だったぞ 外はえらい事になってるなぁ 追いかけられては逃げて、隠れて隠れて やっとの事で家に着いたぞ」



拓人「まじ?親父も相当な強運の持ち主だな」



母親「無事でなによりよ さぁお父さん 早く入ってドア閉めて頂戴」



父親「はーはぁっはっ 大丈夫 心配ない 今…例の奴等はここいらにはいな…」



その時だ



急に父親の口が止んだ



父親の口がパクパクと動き吐血する。



え?



拓人「おい 親父…どした?」



父親が背後へ振り返ると共に由美の目にある物が飛び込んできた…



それは…



ハンチングの帽子…



由美の目が大きく見開かれると



父親の腹部から突然手が突き破ってきた。



父親「がふぅ…」



母親「おとうさぁん」



拓人「おい おやじぃ」



真っ赤に染まる一本の手刀が父の腹から伸び、それが見えた。



言葉を失う由美



な… なんでこいつがここに…



いるの…



手刀が引き抜かれるや父親の身体は脆くも崩れ落ちた。



玄関に立ち尽くすは…



由美の見開いた瞳に映し出すのは…



現前するあのハンチングの姿

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