第142話 狩猟

ボンネットに乗るハンチングが天井へと移動した。



ボコ ゴッ



ルーフを踏む足音が車内に響き、天井を見上げる3人は聞き耳を立てた。



時を止めた様に硬直した3人



唇を震わせる結香に



ハンドルを握る手が汗ばむ茜



張り詰めた車内に轍鮒(てっぷ)の急が漂う



何なのこの感染者は…



見上げる由美は思った。



こいつ… さっきからずっと私達を追って来てる…



加賀見先輩を殺したのもこいつ…内藤先輩を殺したのもこいつ…



そして学校から出ても尚、私達を追って来てる…



何度振り切っても…追跡してやってくる…



明らかに私達は狙われている…



明らかに…



私達の命を狙っている…



このままじゃ…



殺される…



逃げなきゃ…



20キロのスロー走行する膠着状態の中



由美が一声を発した。



由美「持田先輩 スピード上げて下さい 上の奴を振り落として」



由美の一声で端を発し、茜がアクセルを強めた時だ



バリン



左側のリア窓が突如ブチ破られ、車内に腕が入り込んできた。



由美「きぁあ」



窓ガラスは細かな破片となって飛び散りリアシートへと落ちる。



車内に伸びてきたその手が由美を捕まえようとするが



由美は間一髪退き、それを回避



いきなり飛び込んできた虚空を弄る不気味な手を由美は目にした。



結香「いやあああ」



後ろへ振り向く結香がまたも悲鳴をあげる。



スピードメーターがグングンと上昇する中



茜もバックミラー越しに映る不気味な腕を見据えた。



伸びた腕が手探りで車内をかき回し



そしてハンチングが天井から顔を覗かせた。



由美と目を合わせるハンチング帽の感染者。



由美から見て逆さに覗き込むその顔は…



間近でまじまじとその顔を目にした。顔面は激しく焼けただれ、焼け焦げのハンチング帽と頭皮、皮膚がまるで同化したように一体化している感染者。



まだ新鮮な火傷の跡は醜悪そのもので、気持ち悪いその姿体に由美は鳥肌が立ち、背筋に寒気を走らせた。



車内を覗き込むハンチングが突如腕を引っ込め、覗き込むその姿を消した。



突如消えたハンチングに…



反対のリア窓から…もしくわはバック窓から…



どっちから襲いかかって来るのか…



由美は警戒した。



狭い道を時速60キロで突き進む車



歩道をヨロヨロと歩く者達を横目に追い越して行く車



過ぎ去る車に遅れた反応で両手を差し伸べ追いかけ様とする生ける屍達



運転する茜が前方の国道を目にした。



茜「見えた 大通りに出るよ」



そして車が国道へと出た



その時だ



ガシャ



今度は突如フロントガラスが割られ車内に腕が入り込んできた。



結香「わぁあ」



茜「きぁ」



前席の2人は粉々になるガラス破片を浴び、飛び込んできた手が結香の胸倉を掴み引っ張り始めた。



左折で曲がる車



一瞬、視界を失い、ハンドル操作を失った茜



茜は即時に薄目を開けるや前方には障害物が…



道路には炎上する乗用車、赤色ランプが点灯したまま、扉が開いたままの救急車、道の真ん中で大胆に横転するタクシー、他にも建物に衝突した平ボディーのトラック、燃え上がる箱車、大破したパトカーが無人状態で点在し放置されていた。



そんな障害物と化けた放置車両にぶつかる寸前



茜が急ハンドルを切り、ギリギリでそれを回避、車は蛇行した。



結香「ぐぅぅ」



結香のブラウスが強引に引っ張られている



シートベルトで固定されている為引き込まれずにいるのだが



肺を圧迫され苦しそうな結香



茜「松浦さん」



由美「結香」



茜は走行を立て直しながら左手で結香の肩を押さえた。



また由美は後部席から身を乗り出し結香の胸倉を掴むその手を離そうと試みる。



「きああぁぁぁぁぁー」



歩道を1人の女性が逃げて行くのが見え、車とすれ違った。



街に出てから初めてみる人間の姿



後ろから何体もの奴等が女性を追いかけている…



街では本格的な鬼ごっこが繰り広げられている



ミラーには遠ざかる女性、それを追う鬼が映り、鬼に捕まり、その女性に群がる奴等が映し出された。



60キロで走行する車の中



ガラスが全壊したフロントからは風が車内に吹き込み3人の髪が靡(なび)いている。



所々ビルから火災があがり、炎上する街の風景



向かいのビル4階から爆発が起き、破片が地面へ降り注ぎ、爆炎と煙りがあがった。



余所見出来ない茜はハンドルを切り障害物を必死に避けながら片手で結香を抑え込むのだが



まるで歯がたたず、完全に力負けしている。



胸をシートベルトに締め付けられ苦しむ結香



茜が結香をチラ見し焦った。



茜「や…やば 息してない」



肺が圧迫され結香は息が出来ずにいたのだ



これじゃ窒息死する…



由美も感染者の手をむりくり引き離そうとするがまるでビクともしない



走行中の車内で繰り広げられる攻防



見る見る顔が赤くなる結香



このままでは本当に結香が窒息死してしまう…



逆さに覗くハンチングとスピードメーターへ目を向ける由美



スピードは現在65キロを越えている。



この手を離さないと…



結香が死んじゃう…



由美が茜に向け言葉を発した。



由美「先輩 急ブレーキ」



茜「え?」



一瞬、反応が遅れるも茜が早急にブレーキペダルを踏んだ



キィィィィィィィィィィ



摩耗するタイヤ、ブレーキ痕をつけながら道路を滑り、車が停止すると



天井にへばり付くハンチングが慣性の法則に伴い前へと運動



一回転しながら剥がれ、ボンネットへと背中を強打した。



ブチブチとブラウスのボタンが外れ、制服用の赤いリボンが切れ、ハンチングの掴む手が外れた。



ハンチングはボンネットからそのまま地面へと落下する。



やった…外れた…



酸欠状態で顔を赤らめる結香



由美はすぐにシートベルトを解除し外した。



由美「結香 大丈夫?」



結香は胸部に手を添え、俯きながら空気を取り入れた。



結香「ゲホォ コォ」



咳き込み苦しそうに悶えながら深呼吸を繰り返す結香



由美は結香の背中をさすった。



茜が再びアクセルペダルを踏み、車を走らせた直後に…



その忽時に…



フロントから腕が伸び



俯く結香の髪の毛が掴まれた。



車内から瞬く間に結香の頭部が引きずり出され、もう一本の手が伸びると結香の喉が鷲掴みにされた。



由美「え?」



唖然とする由美と茜



2人の前からハンチングによって結香が攫われた。



そのまま車から引きずり出され、仰向けで地面へと叩き付けられた結香の身体



間髪入れずに



ハンチングが歯剥き、結香の顔面へと食らいついた。



それを目にした茜は歯を食いしばる様に噛み締め、目を瞑り、車を走らせた。



過ぎ去る車から由美は目にした。



バックガラス越しに映る、倒れた結香へと被さるハンチングの姿を…



由美「い…いや…ゆ…ゆか…」



バックガラスに両手を付け、由美の目に涙が溢れる。



由美「ゆかぁぁぁぁああ」



執拗に迫るハンターにより



親友、結香の命も奪われ…



狩猟された。

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