第143話 永訣

国道17号線 白山通り



カァー カァー



捨てられた車の上で鳴くカラス



地面では5~6羽のカラスが何かに群がっていた。



何やら気配を察知したのか…?1羽のカラスが黒いくちばしに何やら咥えながら頭をあげる。



何かが近づいて来る…



その近づく気配に他のカラスも一斉に顔をあげるや、一斉に羽ばたいた。



一気に5~6羽のカラスがその場から飛び立つや道路には血みどろの衣服と肉塊が残され、そのすぐ横をエスティマが走り去って行った。



車が通過した後、再び肉塊に集まるカラスの群れ…



堂々と道路に落ちている人間の肉塊



ネズミなども肉塊に群れ、食している



加速する狂乱に、当たり前の様に繰り広げられる普遍化した殺人、早くも街のあちこちに人の死骸が放置され、散らばっていた。



それら死骸を啄むカラスの群れやネズミの群れこそが今の現世の縮図を思わせる惨状の絵図



あと数日も経てばこの絵図が日本全土へと広がり、至る街、町、村で消失した秩序、崩壊した社会と共に死した人の魂の抜けた肉塊が他の生物の糧となる事だろう…



支配権は奪われ、人に安全な場所などもう無くなった…



割れたフロントから風が舞い込み、悲しみに暮れる茜と由美に諒恕無く風が吹きつけた。



沈黙する車内に風の気流音のみが聞こえ、無言になる由美と茜



いや 無言では無い…



風の音が邪魔しているだけで微かに聞こえる…後部席から微かに漏れる由美の嗚咽が



茜がバックミラー越しに隠れる様にうずくまり涙する由美を目にした。



泣く姿を見られたくないのか…?それとも泣く声を聞かれたくないのか…?



茜にその理由は分からないが、自分から身を隠し、必死に声を殺しながら泣く由美を見て茜も悲しみで胸を痛めた。



私も目の前で彼を失った…



親友を目の前で失った冴木さんのショックや悲しみはホント痛い程に…良く分かる…



今は少しだけそっとしておいてあげよ…



茜はそう思い、言葉を掛ける事無く無言で車を走らせた。



歩道を徘徊するランナーやウォーカー達



走行する車を見つけては途端に興奮しざわつき始める。



車目掛けて走って来る者や、それをただ眺めて見送る者



今や街には普通の人間など1人も歩いていない



あまりにも火急すぎるこの変貌ぶり



見渡す限り、急激に増加した奴等の存在で街は氾濫していた。



ガラスが割れ、至る所ボディーがヘコむボロボロのエスティマが外堀通りへと差し掛かかった時、茜の目に東京ドームシティーホテルが映し出された、その背後には丸みを帯びた東京ドームの屋根も見える。



また…その敷地内にも大量に徘徊する奴等の姿も見え、車の音に反応した奴等がこちらへ振り向くのを茜は目にした。



どこもかしこも奴等でいっぱい…



茜はそんな不安を抱えつつ、外堀をそのまま左折し車を走らせた。



この道路にも玉突き事故した車、中央分離帯に乗り上げ煙りを上げるトレーラー、他にも様々な車両が乗り捨てられていた。



徐行しながらそれら障害物をかわすエスティマ



これが教習所ならまず教官からハンコは貰えないだろう



不慣れで下手っぴなハンドル捌きで蛇行する度に何処かしらボディーが擦られる。



茜は溜息をつき、自分の運転技術を呪いながら何とか障害物をすり抜けて行くと



数百メートル先の飯田橋交差点から十数台もの車両が現れ、茜は目にした。



それら車両が市ヶ谷、新宿方面へと曲がって行く



え?なに?



グリーン系オリーブ色や茶系のカーキ色の塗装が施された車両



茜の目に飛び込んで来たのは軍用車両



陸上自衛隊の車両だ



先頭を走る通信、指揮車らしき小型車両が1台、次いで大型の73式輸送トラックが7台、中型輸送トラックが3台、装甲車が1台、AAV7が1台



それら車両が列を成し、猛スピードで何処かへと向かって行く。



茜は行き交う車の無い物静かな飯田橋交差点手前で車を止め、車から降りると遠のいて行く軍用車を眺めた。



そして耳を澄ますと茜の耳には日常では聞き慣れぬ発砲音らしき音が聞こえて来るのが分かった。



発砲音…



自衛隊が発砲してる…?



例の新宿の暴動鎮圧かな…?



って事は…つまり…この先は戦場と化している…



茜はこの先は危険地帯だと容易に想像する事が出来た。



遠のく軍用車が消え、茜が車に乗り込もうとした時だ



ガチャ



後部のドアが開き、由美が外へと出てきた。



真っ赤に目を腫らした由美



茜が由美へ振り返りその目を見るや由美が目をこすりながら茜へと尋ねた。



由美「これ…何の音ですか…?」



茜「鉄砲の音だと思う…さっき自衛隊の車が何台も通って行ったよ…」



由美「新宿にですか?」



茜「えぇ…多分…」



遠くを眺める2人



連射音が響き渡ってくる



茜が再び由美へ振り向くと



茜「冴木さん…大丈夫?」



由美「え?…あ…あ!…はい!ごめんなさい… こんな顔で…」



茜「ううん… そんなの全然……それより少し気持ちが落ち着けた?」



再び目を擦る由美



由美「はい もう大丈夫です」



茜「そう 良かった… お互い気持ちを切り替えないとね」



由美「はい…」



茜「冴木さんは… これからどうする…?」



由美「はい… 私は…これから家に帰ろうかと思います…母と弟が家にいて…私の帰りを待ってますので」



茜「そっかぁー 家族と連絡取れてるんだぁー 良かったね」



由美「持田先輩は?」



茜「私?ううん…全然繋がらない…母親も父もお姉ちゃんとも全然連絡がつかないの… 私も家に帰らないと… 冴木さん 乗って 家まで送ってく」



茜はそう言い、車へと乗り込む



由美も頷き助手席に乗り込むと車を九段下方面へと走らせた。



空気の変わった車内



茜「響子達って平気かな?」



由美「きっと大丈夫ですよ あそこにたて籠もってれば、奴等は入れ無いですし、安全だと思うので」



茜「うん… そうだね」



由美がふと周囲を見渡すや奴等の姿が無い事に気付いた



由美「持田先輩 それより奴等がいないです 一匹も見当たらなくなりましたね…」



茜も周囲を見渡しながら不思議そうな顔つきで



茜「ホントだね… それにあれから生きた人を全然見てないんだけど…もしやみんな…」



由美「きっとあれじゃないですか 外出禁止令が出たって言ってたんできっとそれでですよ」



茜「みんな家や建物に籠もって隠れてるって事?」



由美「えぇ… じゃなきゃこんなたった半日で街から人の姿が消えるなんてありえないと思います」



茜「ふ~んそうね そうだよね じゃあ私達も家帰ってたて籠もってれば大丈夫だよね 後はお国の方が何とかしてくれるよね?」



由美「えぇ この事件でたっくさんの人が死んでしまったと思います でも私は生き残りたいです 久恵や結香の分までも生きたいんです 絶対に生き延びてお婆ちゃんになるまで死ぬもんかって思ってます」



笑う茜



茜「えぇ~ お婆ちゃんになるまでって… うん でもそうね 私も淳や秀平の分まで生きてやんないと」



由美「自衛隊が動いたのなら 後もうちょっとの辛抱ですよ 共に生き延びて、80まで生きましょうね持田先輩」



再び笑う茜



茜「え~そんなに うんうん そうだね きっと今が踏ん張り所だぁ 私達も何度も危ない目に遭ったけど…今…こうして生きていられるのも神様の思し召しなのかもしれないしね… あ ここを右でいい?」



由美「はい そこ入って3個目の通りをまた右です」



頷く茜が路地へと進入した。



静かな住宅街



前みたいにいきなり奴等が現れるとも限らない



徐行しながら辺りを警戒し慎重に車を走らせる。



奴等の声も気配も今の所無い



ゆっくりと3番目の通りを右折し、4軒目の家の前で車は停車した。



表札には冴木の文字



茜「着いたよ」



由美は大きな音をたてずにドアを閉め、ドア越しから茜に手を差し伸べた。



由美「持田先輩 ありがとうございます 先輩も無事家族の方と会える様に祈ってます」



握手を交わした茜



茜「ありがとう」



由美「気をつけて下さい」



茜「うん… 冴木さんも…じゃあね」



茜と別れた由美は走り去る車に軽い会釈をし、手を振った。



無事、家へと辿り着いた由美は角を曲がり車が消えるまで見送りすると我が家を見上げた。



無事… 帰ってこれた…



玄関のドアノブに手を掛ける由美



一方…



エスティマが徐行しながら角を曲がった直後…



いきなり運転席の窓ガラスがブチ破られた…



ドアを開き家の中へと入っていく由美



そして、茜の首が掴まれ、いきなり首がへし折られ、窓から引きずり出される茜の身体



無人の車はまっすぐに進んで行った。



目を見開き絶命した茜の顔…



別れが永訣へと変わった



へし折った首を掴むその手の主は…



ハンチングだ…



由美に新たなる恐怖が降り注ぐ…

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