第131話 一計

正体不明、原因不明な感染症…



あまりにも特異過ぎるその症状と猛威を振るう病原



まだ… 病原体の正体がウイルスなのか… 細菌なのか…リケッチア、寄生虫、真菌なのか…



その特定さえもされぬままに…



国立感染症研究所、日本細菌学会、理化学研究所、筑波動物高度衛生研究センターがこの未知の病原体をバイオセキュリティーレベル(BSL)



リスクレベル BSL4へと同時に指定した。



これにより政府がアウトブレイクを発令



新宿、渋谷の大都市に厳戒態勢が敷かれた



これから直ちに警察、自衛隊による暴動鎮圧、隔離による感染封じ込めに乗り出すのだが…



奴等は猖獗(しょうけつ)を極める



これはまだほんの序章に過ぎない…



いわばまだエンデミック(地域流行)な段階



あと…2日もすれば猛威をふるうアウトブレイクが全国へと拡大する事だろう



すぐにエピデミック(流行)な段階へと進み…



そして…更に1週間もすれば各国同時多発した感染はパンデミック(大流行)へと強大に力を増して、仲間を増やし続ける事となるだろう…



1人たりとも生かさない強力な意志を持った奴等



今日は奴等が総攻撃を開始した記念日になる



5月22日…そう…今日は…



人間が食物連鎖の頂点から引きずり下ろされた日であり、奴等が本格的に人間へ牙を剥いた日となる



今日と言う日が誰しも忘れられぬ恐怖の起源となる事だろう…




女子更衣室



更衣室に澱んだ空気が流れている。



如実に広がる生命危機の強烈な情動反応



頭からつま先まで不安や危険を警告する信号刺激による予期反応が皆に生じていた。



一同、完全に怖気に取り込まれ



意気消沈している。



これからどうなるのか…?



明日はやって来るのか…?



もし明日生きられたとしても次の日は無事でいられるのか…?



その次の日は…?



その次の日は…??



これから日々奴等に脅えながら生活しないといけないのか…?



絶望!この場の誰しもが共通して脳裏にこの言葉を浮かべていた。



言葉を交わす事無くただ黙って茫然とする皆の元へ



慌てた表情の由美、結香が勢い良く皆の前へ駆け込んだ



由美「大変 入り口の先生が動いてる」



結香「ゾンビだよ ゾンビ」



茜「え?」



響子「へ??」



淳「あぁ?」



宗一郎「嘘だろ?」



2人を目にする一座の目が大きく目を剥いた。



結香が何度も後ろを振り返りながら



結香「嘘じゃない ヤバイヤバイ ヤバイよ」



淳が茜に怒鳴った。



淳「だから外に出せって言っただろーがぁ」



茜「だって…」



秀平「よせ 今は痴話喧嘩なんかしてる場合じゃねーぞ」



立ち並ぶロッカーに隠れ、ここからはまだ視認する事が出来ないが同じ室内にゾンビがいる。



淳「おい 1年 なんか武器あるか?」



剣道の防具で身を固める宗一郎は肝心な武具だけ手にしていなかった。



宗一郎「いえ… 無いです」



淳「っかえねぇーなぁ そこまでしてんなら竹刀くらいちゃんと持っとけやぁ」



宗一郎「すいません」



淳「誰か何か持ってないのか?」



結香「マイクスタンドならあります… けど自分のロッカーに置いて来ちゃった…」



由美はすかさず手にするシンバルを淳に見せた



由美「あ なら…これなら…」



淳「何だよそれ?」



由美「シンバルです」



淳「そんなの見りゃあ分かんだよ 欲しいのはぶっ叩く道具だ もういい おまえも端まで下がってろ」



由美「はい…」



結香がマイクスタンドを取りに向かおうとした瞬間



うぅうう~  う…ううぅぅう



身体をくねらせながら、ぎこちない足取りでこちらへと向かって来る先公ゾンビを目にした。



結香「やばい やばい 来たよ」



ロッカーの陰からゾンビを目にする結香、淳、茜、秀平



他の皆は立ち上がり、隅へと集まるや早苗が響子へ抱きつき互いに身を寄せた。



足を震わせながらただ立ち尽くす守



顔を引っ込めた4人



茜「淳 何とかしてよ」



淳「んな事言われてもよ… 素手であのゾンビと戦えってのかよ」



ううぅぅう うううううう



並ぶロッカーの壁で姿は見えぬが確実にうめき声がこちらへと近づいて来るのが分かった。



早苗「怖いよ~」



後退りする淳、茜、結香、秀平



結香「あわわ…あわわわ」



宗一郎「食われるのはやだぁー 食われながら死ぬのだけは勘弁だぁ…生きたまま食われるくらいなら…いっそ…」



響子「っさいなぁー ピーピーピーピー 男なら女子を守る為、前に出て戦えってのよ」



宗一郎「怖ぇーもんは怖えーんだよ あんな化け物と戦えるか」



守「うるせーよ 2人」



宗一郎「あぁ?んじゃあお前が率先してバトって来いよ」



守「ふざけんな」



響子「金玉くらい付いてんなら2人して行って来い」



守「響子 命令すんな ゾンビオタクの中二病サブカル女のくせして」



早苗「止めなよ~ 3人共危機感が…」



響子「うっせぇー 誰がサブカルよ おまえこそ…この馬鹿やさぐれハンチキDQNのくせして」



守「なんだと このユルくもないただのブサイクキャラのくせして」



こんな時に言い合いを始める3人



宗一郎「響子はよー 女のくせしてホント口悪ぃーんだよな おまえみたいに顔も口も悪いモテない女に限ってBLとかゾンビとか気持ちわりぃー系に走ってよ~ 部屋籠もって独りでキュンキュンとかしてんじゃねえぞ」



響子「ボーイズラブに走る?誰がホモに胸キュンなんかするか 宗一郎こそ女子にモテないからって2次元のアニキャラに恋して行ってきますのチューとかやってんでしょ キショいんだよ」



この期に及んでくだらないいがみ合いを続ける3人



茜「淳…」



秀平「どんすんだよ?」



淳「俺にばっか聞くなよ」



その時だ 由実にある案が浮かび、シンバルを宗一郎へ手渡すと、淳と秀平の袖部を掴み前へと飛び出た。



喧嘩を止め、静まる1年生達が由美等へ注目する



秀平「な…」



由美「力手が必要です 来て下さい」



皆の正面から見てズラリと横へ並ぶロッカーに由美等3人は一番端のロッカー前へと立った。



秀平「おい 何すんだよ?」



由美「シッ 静かに」



淳「…」



教諭ゾンビのうめき声がロッカーのすぐ後ろから聞こえて来る。



ゾンビなら動きは遅い…



由美はうめき声に耳を澄ませた。



きっと避けられない筈…



近づいて来るゾンビ



声からゾンビは3個横のロッカーの後ろまで接近している。



ううぅぅう



そして斜め後ろまでゾンビが迫って来た時だ



由美は待ち構えるそのロッカーへ手を添え、ゾンビがすぐ後ろを通る寸前に



ロッカーを押し出した。



由美「今です こいつを押して~ ロッカーを倒してぇぇ」



秀平「え?…あ…あぁ…」



由美に言われるがままに不良男子2人もロッカーをおもいっきり押した。



秀平は肩、腕、手を押し付け、淳も力いっぱいに押し出す



3人がかりで押されたロッカーは容易に倒れ始め、教員ゾンビへと倒れ込んだ。



ドスンと音をたて教職者ゾンビがロッカーの下敷きになる。



宗一郎「おぉ やったか?」



ううぅぅう



うつ伏せに倒れる先生ゾンビの腰部から脚部にかけロッカーが倒れ乗っかっていた。



下敷きになり身動きが取れないゾンビ



だが ゾンビはまだ生きている…



うめき声をあげ、もがいている



由美は倒れたゾンビの横を颯爽と駆け抜け、走り出した。



そして何やら手にして戻ってきた。



由美が手にするのはあのマイクスタンド



由美はそのマイクスタンドを淳へ手渡しながら



由美「はい 武器です」



マイクスタンドを手渡された淳



秀平「淳 早くそいつで富田の頭を叩け」



もがく、先生ゾンビ



淳は元担任の富田を目にしながらマイクスタンドを掴む握力を強めた。

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