第132話 万策

淳がマイクスタンドを両手で握り締め振り上げた。



ううぅぅぅうう



喉を震わせ低音で唸る教育者ゾンビがのしかかるロッカーから這い出そうと足掻いている。



頭上に擡(もた)げられたマイクスタンド



その場の誰もが淳の一撃に固唾を呑んだ



秀平「ブチかませ」



淳「うおぉぉぉ」



プツリと何かが切れ激昂する淳の表情



淳は咆哮をあげ、教職員ゾンビの頭部目掛けてマイクスタンドを振り下ろした。



ボゴォ



鈍い音を立て、会心の1打が聖教育者ゾンビの脳天に直撃



脳天はへこみ、一瞬動きが停止されたのだが…



う…ううぅぅう…



まだ…恩師ゾンビは生きている…



淳「うおぉぉぉ」



激越した淳は何度も何度もマイクスタンドを振り下ろした。



ボゴォ 



頭蓋骨は割れ、頭皮から終脳が顔を出す



ボゴォ



大脳皮質が潰れ



グチャ



度重なる殴打で頭頂葉が激しく損傷



死後、自己融解な段階の死体



グチャグチャに潰れた脳からはまだ凝血されぬ、みずみずしい血液が噴出した。



致命を与えたのか手足のばたつきが止まり



完全に動きを止めた教育師ゾンビ



だが 淳は今だ手を止めずに打ち続けた。



グチャ



前頭葉、側頭葉もグチャりと潰れ脳皮質の一部がマイクスタンドへ血液と共にこびりつく。



グロテスクな頭部の潰れた死体



宗一郎は目を背け



結香や早苗、響子は顔を手で覆った。



茜「淳 もう止めて」



グチャ



茜の声が届いて無い



淳「らぁぁぁああ」



グチャ



バーサクモード(理性を欠いた狂暴化)に陥った淳は更に振り下ろした。



既に頭部全域が完全に潰れている。



やり過ぎだ…これじゃあただの仏への冒涜だ…



皆、心の中でそう叫んだ



茜「もう止めて」



グチャ



頭蓋骨の欠片が飛沫する血と共に宙へと舞った。



淳「おらぁぁああぁぁ」



慌てて秀平が身を乗り出し淳を止めに入った。



秀平「もういい もう止めろ オーバーキルだぁ」



秀平はすぐに淳を死体から遠ざけた。



呼吸を乱す淳



振り構える淳の両肩を抑えながら秀平が死体へ目を向けると



そこには必要以上に破壊されもはや原型を留めぬ先生の頭部



守は思わず床へゲロを吐いた。



茜も淳へと近寄り



茜「淳 落ち着いて…もう死んだから大丈夫 ゆっくり深呼吸して」



肩で息する淳の目はまだ興奮状態だ



茜は振り上げた淳の手からゆっくりとマイクスタンドを取り上げた。



淳「はぁ はぁ はっ はぁ」



倒れたロッカーや床、先生ゾンビの背広に飛び散った血痕



理性を失った人間の残忍さを垣間見た由美は淳を見ながら一瞬思った。



この世で人が最も恐れるもの…



昨日までの由美の知る人間社会は規律、法律、道徳、常識や教育によって秩序が保たれ、総体的に人々は理性を持って生活を送ってきた。



だが もし…人間社会のこれらが全て消失してしまったら…



秩序が崩壊してしまったら…



ゾンビや感染者の恐怖があるにも関わらず、そんな状況にも関わらずいがみ合い、争い合う人間が出るに違いない…



当然そうなれば理性を欠いた人間も現れるかも知れない



そうなるとこの世で人が最も恐れる存在は…



ゾンビよりも



人間になりうるかも知れない…



淳「もう大丈夫だよ…」



何とか落ち着き、平常心を取り戻した淳



秀平の手を払い、死体へ近寄るや見下ろした。



淳「ぷ…はは グチャグチャだな なぁ 俺がゾンビを1体始末してやったぜ 肉を打つ感触は覚えたよ」



茜「え?」



淳「こいつらが不死身じゃない事はまず証明出来ただろ 頭をやれば簡単に死ぬんだよこいつらは」



秀平「…」



淳は茜へ近寄り茜からマイクスタンドを取り上げた。



淳「感染者だろうとゾンビだろうと 俺にまかせろ 奴等は俺が殺ってやるよ」



淳の勝ち誇り、自信に満ちた眼差し



たかがゾンビ1個体倒したに過ぎないが自信と勝ち気に満ち溢れる淳



だが…いずれ分かる…



奴等の本当の恐怖を



奴等のその数を…



後少し経てばその強気な発言も自信も跡形も無く消し飛ぶ事になるだろう…



秀平「頼もしいなぁ…」



淳はマイクスタンドを横のロッカーへ立て掛けると「まかせとけよ それよりこの死体を仕舞おうぜ」



秀平「何処へ?」



淳「そうだなぁー あ!その辺のロッカーにでもブチ込もうぜ このロッカーどかすの手伝ってくれよ」



秀平「あぁ」



淳、秀平の二人掛かりでロッカーがどかされ、担任の死体が持ち上げられた時だ



潰れた脳の塊の一部が床へと落ち



同時にスーツの上着から財布や携帯タバコなどが落ちて散乱した。



秀平「うっぷ…グロいな…」



淳「ちゃんと持てよ」



また それらに紛れある物も落ちた。



2人は死体を運びながらちょっと大きめのロッカー前まで移動した。



淳「こいつにしよう」



淳が足でロッカーを押しながら



淳「こいつを倒すぞ」



淳と秀平はロッカーを足で押し倒した。



大きな音をたて、倒れたロッカー



そして倒れたロッカーの扉を開き、まるで棺桶に入れる様に元担任の死体を収納した。



膝を屈折させ、何とか納まった死体を見下ろす2人



秀平が扉を閉める寸前に



淳「ちょっち待って」



淳が教師の首へ突き刺さる刃物を引き抜いた。



家庭用の洋包丁だ



淳「よし」



秀平によりロッカーの扉が閉められる。



淳「オツケーだな」



秀平はロッカーへ手を合わせた。



恐怖の余韻が部屋を包む中



早苗が携帯の速報ニュースを目にした。



そしてニュースの記事を声に出し読み始める。



早苗「ねぇ… 混乱する新宿、渋谷に5000名の機動隊配置だってさ あと…国立感染症研究所が未知の病原体をウイルスと示唆 危険レベル4に指定だってさ…」



守「ウイルス?ウイルスで死体が生き返って襲ってきてるのかよ…」



宗一郎「完璧バイオハザードだな  あ!ゲームじゃねえぞ 生物学的危害だったか災害だったかそっちの方だぞ」



由美「レベル4って何?」



宗一郎「ワクチンも無く、感染力も致死率も最高レベルって事 人にとってもっともヤバいウイルスだよ エボラ出血熱レベル」



由美「え… それはヤバいね…」



早苗「まだあるよ 研究所の発表に伴い厚生省が記者会見中にアウトブレイク警報を発令 東京23区に戒厳令が敷かれると共に国民への外出禁止令が勧告された…だって」



響子「もう今更戒厳令だ 外出禁止令だって…手遅れよ…しかも機動隊もたかだか5000人?50万の間違いじゃなくて… お偉いさんホントに危機感あるのかな…?」



宗一郎「5000じゃ無理なのか?」



響子「大都市だよ しかも既にこんだけ蔓延してるのに…たった5000人って…少な過ぎだよ これじゃあすぐにみんな食われるかゾンビになるのがオチね」



守「おまえサイトでゾンビ想定しての対策とかいろいろ考えてたんだよな ならこの先どうなると思う?」



響子「シュミレーションはみんなでよくしたよ まぁまず最初に機動隊が出て来て鎮圧にあたるのは間違いないってみんな言ってた でも拳銃も持たされて無いだろうし持ってても発砲許可が上から中々おりず、ジタバタしてる内にあっけなく全滅かな」



茜「…」



響子「その次に登場するのが自衛隊だろうね 完全武装して一掃に乗り出すも…まあその頃には完全に手が着けられない状態になってて… はい収拾つきません終わりみたいなね」



守「もし予想通り自衛隊でも駄目ならもう他に手はないのか?」



響子「さっきも言ったけどあとは街に核を落として街ごとやるしかないよね」



守「なら俺等はどうなる?」



響子「お先真っ暗よ 個人的サバイバルで言うならゾンビ共から生き残るには部屋で永遠身を潜めて籠城するか、またはゾンビがいない場所へ逃げるしかない」



茜「いない場所って?」



響子「ド田舎とか人里離れた山とか、無人島辺りです」



守「じゃあとりあえず ずっとここで籠城してれば助かる訳だな?」



響子「そうだね とりあえずは…でも食料は?水はどうするの?」



守「…」



響子「ここがサバイバルの一番難しい所なんだよ 外は迂闊に歩けないし、かといって食べなきゃ死んじゃうし」



守「じゃあどうすればいいんだよ?そのみんなで話して出された結論は結局何なんだ?」



響子「聞きたい?」



守「あぁ 教えてくれよ」



響子「全員一致の意見で… 自殺する事だよ」



守「な 死ね…と?」



響子「運良ければ乗り物ゲットして燃料尽きる前にド田舎へ逃げるがベストなんだけど こんな首都じゃ~ちょっと難しいかな」



宗一郎「だからって死ねって結論は…」



響子「これから1億人近くが奴等になるか死ぬよ絶対に そんな世界で生き残ってもね~みたいな これが議論された多くの人の答えだよ」



言葉を失う宗一郎と守



響子「ちょっと固まらないでよ2人共 まあとりあえずここは安全だし2~3日は動かずじっとしてるのが得策ね どうするかはその後考えましょう」



その時だ 話しに割り込む淳が響子に質問した。



淳「なぁ もし 乗り物が手に入ったとしてだ おまえだったら何処へ行く?」



響子「そうですねぇー 私なら自衛隊の基地か食料が沢山あるスーパー まあ他は自分宅かな」



淳「なる スーパーはいい考えかもな 食い物飲み物に困らなくていいし」



秀平「それならデパートとか食料センターみたいなデカい所がいいんじゃないか」



頷く淳が皆へ向けある物を見せた。



摘ままれた物



淳「床に財布と一緒に落ちてたよ これは富田の車の鍵だ これで学校を出れるぞ」

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