第68話 助勢

首都高速道路



ダンプカーの屋根であぐらをかきながら途方に暮れる矢口の耳に



自分の心音さえ聞こえてきそうな静寂した街に



小さな音が舞い込んできた。



なんだ…?



立ち上がった矢口が手を添え耳を澄ました。



ゾンビ発生から久しく聞かなかったが



この音は…



矢口の耳に届いて来たのは上空遠方から響いてくるプロペラ音



ヘリコプターだ



よし きっと自衛隊のヘリだ…



矢口は急いで屋根から飛び降り、車内のダッシュボード積まれた発煙筒とロケット花火を取り出した。



また飲みほした空のジュース瓶も手に取る。



ロケット花火は中国産の最高にうるさい音の鳴る笛ロケット10本入り



矢口の耳に近づいてくるヘリの羽音は2つ聞こえてきた。



上空を見上げるがまだ視覚には入ってこない



矢口はその間に空のジュース瓶にロケット花火を5本程セット、100ライターを手に準備を整え、待機した。



こっちに来い来い… 頼むぞ気づいてくれよ…



生まれてこの方ヘリコプターに乗った事は無いが多分ヘリ内はエンジン音やらメインローターの回転音、機体尾部のプロペラの回転音などの騒音で聞こえないかもしれない…



そんな一抹の不安もよぎるが…頼む



これに賭けるしかない…



音が近づき高層ビルの合間に2機のヘリコプターを発見、視認した。



矢口はすかさずライターで火を点けた。



着火され導火線を伝う火花



そして ピュルルルル ピュルルルル ピュルルルル ピュルルルル ピュルルルル



空に5連発のロケット花火が打ち上げられ、上空でパァンパァンと大きな破裂音を鳴り響かせた。



矢口は再度5本のロケット花火を瓶にセットし、双眼鏡でヘリの動向を確認する



すると飛行する2機のヘリが大きく旋回をはじめた。



よし!やった 気付いたぞ…



矢口は5本の花火に着火、それと同時に発煙筒を焚き始める。



ピュルルルル ピュルルルル ピュルルルル ピュルルルル ピュルルルル



爆竹と並ぶ夏の夜の…



うるさい 今何時だと思ってるんだ… そんな近所迷惑の代名詞とも言えるロケット花火が初めて役にたった



このうるさい花火に感謝する



モクモク煙りがあがるこの場に向かってくるヘリを矢口は双眼鏡で確認した。



1機は陸自の軍用輸送ヘリ、チヌーク(CH47J)



もう1機は普通のヘリコプター、機体にフジテレビのロゴマークが入っている所からしてテレビ局の報道ヘリか…



矢口は双眼鏡から目を離し、首をかしげた。



こんな世界に変わった今…



あらゆる生産、物流、供給が絶たれてしまった今…



民間機だろうと何だろうと使える物は何でも使う それは宮本の方針であり、ザクトは乗り物なら何でも軍事作戦に使用していた。



バタバタバタバタバタバタ



ヘリが間近まで迫ってきた。



今の所 奴等はいない



バタバタバタバタバタバタバタバタ



チヌークがダンプカーから5メートル程離れた距離でホバリング、ゆっくりと降下し始めた。



プロペラの回転で生じた風によって道路の微かなチリや細かなゴミが舞い上がり、矢口も強風に目を細めた。



チヌークの斜め後方で空中浮遊しながら待機する報道ヘリもゆっくりと下がってきた。



バタバタバタバタバタバタバタバタバタバタ



静寂した街に2つのうるさい回転翼音が鳴り響く…



2機が無事に着陸を成功させた時



高速の入り口付近を徘徊する1体の感染者の耳に突如入ってきた羽の音



その音のする方向へ振り返り、その音にいざなわれ、感染者が歩み始めた。



またその付近の建物から別の3体、1体のゾンビがゆらゆらと現れ、先頭に続いて首都高に入り込む…



バタバタバタバタバタバタバタバタ



プロペラが回り続けるチヌークから5名、報道ヘリからも5名が降りて来た。



小銃を肩に掛け、ヘルメットを抑えながら近づいて来る20代半ばのリーダーと思われる男 堀口陸士長



続いてまだ10代らしき若い男 中川2等陸士



同様に10代と思われる男 普通科修士の安藤



次いでベテランなオーラをかもしだす男 元警察官の金子と元はあちらさん系 住吉会系3次団体千住一家の若頭をしていた男 新庄



他残りの5名は一般人だが即席の軍事講座を受け、市ヶ谷の地下にある最新鋭射撃シュミレーションシステムで訓練を行い技術を修得、実技に合格し実戦投入



そして早くも作戦に駆り出された者達



そんな10名によって編成された混成部隊だ



堀口陸士長「あなたですね こんな所に人がいるなんて驚きました… 1人ですか?」



矢口「はい」



堀口「ここで何を?」



矢口は超高層ビルを指差し、皆に説明した。



中に閉じこめられた生存者の事、戦闘が行われている事、火災の事、脱出も侵入も困難になってしまった事



中川「めちゃくちゃ燃えてるあれか… 大火災じゃん」



金子巡査「あの中に人が閉じこめられてるのか…」



矢口「えぇ どうしたらいいか途方に暮れてまして」



堀口「手を貸してあげたいのはやまやまなんですが… 本当に申し訳ありません… 実はもっと大変な事が起きてまして すぐに行かなければなりません」



矢口「何があったんですか?」



首相も天皇も防衛大臣もいない今…



指導者、梶を取る役人もいない…



恐怖に陥るこの国を救うのは



日本の最後の切り札となるザクトしかいない



現在この国を救えるガーディアンズ組織はザクトしか…



最初は精鋭1000名から始まった組織も急速に同志を増やし、仲間を増やし、今や全国で5万人まで増大していた。



推測だが全国で生存者は約1000万人



っとなると…



残りの1億1000万が単純に奴等と化している計算だ



そして…関東に今…



大移動で大侵攻するゾンビの大軍勢が迫りつつある。



それに対抗するべき 防衛線が敷かれつつある



東名と関越に4000名の1個旅団が配備されようとしている。



御殿場に第1防衛ライン、20輌の10式戦車、10の155mm榴弾砲(サンダーストーム)が運ばれ、1キロ手前には500個ものクレイモア地雷が敷設されていく



また松田インターに第2防衛ラインが敷かれ、30輌の90式戦車(キュウマル)と30の迫撃砲



最後は厚木に最終防衛ラインが敷かれ、20輌の74式戦車(ナナヨン)と自走式多連装ロケット弾MLRS、35mm2連装機関砲(スカイシューター)が配備される



現在関越道の高坂SA辺りを行進中のゾンビ軍



第1防衛ラインに鶴ヶ島インター、第2防衛ラインに笠幡、最終防衛ラインに川越インター そして各防衛ラインには東名と同様の配備が成される。



「こちらコマンドポストより司令部へ 現在地雷敷設車によるクレイモア設置60%程完了 キュウマル隊は配備完了しました」



東部方面隊司令部「了解 残りの地雷敷設急げ 哨戒ヘリの情報だとおよそ2時間後には接触する ただでさえ数が多い なんとしても東京入りを阻止しろ 本隊が来るまで踏ん張るんだ」



「了解しました」



エレナ達が高層ビルで激戦を繰り広げる中



これから2本のハイウェイで大きな戦闘が始まろうとしている。



ーーーーーーーーーーーーーーーー



首都高速道路



矢口「100万体のゾンビ?」



堀口「関東軍のおよそ4分の3の兵力が投入される大戦となります」



すると機動隊用の透明なバイザーのヘルメットに、背中にPOLICEと書かれた防弾衣、肩や手、股からスネにかけ篭手を装着させる金子が口にした



金子「堀口隊長 自分ここに残って彼に手を貸してもよろしいでしょうか?」



堀口は超高層ビルを眺めながら



堀口「えぇ 放ってはおけません 名乗りをあげてくれるなら是非なんですが… 手を貸すといっても中への侵入は出来ない… しかもあの火事です」



金子「侵入場所ならあります」



金子巡査が指差す先は…



金子「屋上からです」



中川2等陸士「でもあんなに火が広がってますよ… 危険じゃ」



新庄「ホントだぜ… 屋上からは無理じゃないか? 一酸化炭素の毒煙りにソッコーやられちまうぜ」



金子「ヘリにガスマスクがある それを使えば大丈夫だ 隊長よろしいですね?」



しばし悩んだ堀口



堀口「…えぇ… 分かりました お願いします」



中川「隊長 いいんですか?あれはヤバいですよ わざわざあんな危険な場所に行くなんて」



堀口「生存者救助は本来私達自衛官の国防と並ぶ第1優先な職務だった筈です どんなに危険でも救助を待つ者を見捨てるのはしのびないです… 金子巡査が私達の代わりにそれを引き受けてくれるなら ここはお任せしましょう」



金子は軽く敬礼しながら



金子「お巡りさんの職務も同様です 一般人の救出後 安全な場所へ届けたらすぐに合流します」



堀口「頼みます っとなると脱出する際のこのダンプカーの運転手も必要になりますね 正直私達は正式な部隊じゃありません そしてこれは作戦外の行動になります っとなれば命令する事も縛る権限もありません 運転手をしてくれる方がいれば挙手で願います」



中川「隊長じゃないですか 律儀っすね~」



一般人の男「あ いいですよ 俺昔トレーラー転がしてたんで、引き受けるよ」 



堀口「ありがとうございます 他に矢口さんと金子巡査に協力してくれる方いませんか?」



すると 20代前半のらしき1人の男が手を上げた。



高林「あ はい 俺も手伝います」



堀口「ありがとうございます 他には…?」



7~8秒の沈黙…



その際もけたたましくメインの翼が回転し、エンジン音と共に静かな街に響かせている。



堀口「他にはいないようですね 分かりました では早速屋上まで移動させます」



矢口「堀口さん ありがとうございます 御3方!本当にありがとうございます よろしくお願いします」



堀口「いえ 本来なら全面的に行わないとならない事態で全員で手を貸せなく申し訳ないです 頑張って下さい 3分で出発します 矢口さんも用意を」



金子「矢口さん 宜しくお願いします」



高林「宜しく御願い致します。」



堀口が小型の無線機をダンプカーに積み、ドライバーの男と金子に各自トランシーバーを手渡した。



堀口「このトランシーバーでやり取りを」



男「オーケーです」



堀口「それとすいませんが 今はこれくらいしか渡せません 89用の5.56mmの弾倉が5個です どうぞ」



金子巡査は頷きながら、それを受け取り、マガジンを服のあらゆる箇所へと詰めていった。



次いで堀口はベネリM4ショットガンを肩に担ぐ高林へと近寄り



堀口「こっちがスラッグ弾のショットシェル(装弾)15発、これがフレシェット弾のショットシェル20発です あまり数はありません できる限り節約でお願いします」



高林は散弾の入った黒いバッグを片方の肩に担いだ



高林「ありがとうございます」



特に持って行く物も無く矢口がダンプカーのドアを閉めた



その時だ



こっちに向かって走って来る人の姿が矢口の目に映った。



坂道の緩いカーブを駆け上がってくる人影



レストランのホール用のユニフォーム姿、まっ赤に染まる制服姿で何やら怒鳴りながら近づいて来る者



矢口「クソッ 奴等だ」



大半が既にヘリに乗り込んでいる。



矢口は指差し叫んだ



矢口「奴等だ!」



堀口陸士長、金子巡査、高林がその声で振り向いた先 そいつは紛れも無い



感染者だ!



続いて10メートル先にも3体の感染者が見える。



先頭の奴は御大層に工事現場用の半帽を被って頭部をガードしていた



最近感染者が弱点とされる頭部を守る知恵を身につけてるように思われる…



堀口がアサルトライフルを構えると



金子「ここは俺が」



金子が89式自動小銃を身構え、ドットサイトを覗いた。



赤点のレティクルがヘルメットに合わされ



セイフティーを解除、連射機能を単発に変え、狙い定めた。



そしてトリガーに人差し指が置かれ



引かれた。



タァン



空弾が排莢され、見事眉間にヒットさせた。



撃ち抜かれた感染者はスリップし、そのまま倒れた。



金子は再びドットサイトで的に合わせ、狙い定める



タン タァン  タン



単発で3発発射され、ランナーが右から順に崩れ落ちた。



お見事 堀口と高林が心の中で呟いた。



タン また1発が放たれ



坂から上がってきた頭部が見えた瞬間



ゾンビのおでこに着弾、ゾンビはそのまま沈んで姿を消した。



凄い… 



矢口は初めて本物の銃を目にした。



そして射撃も



生の発砲音を聞き、金子の高い射撃レベルに驚きを見せた。



金子がかなり高い技術を持っている事が今ここで証明される



堀口「たった5発で5体を片付けるなんて流石です でわ行きましょう」



堀口、高林、矢口もチヌークに乗り込み、金子は報道ヘリへ



そして2機が浮上、飛び立った。



ダンプカーに残った男が手を振るり



矢口は強力なアサルトライフルを持つ元警察官の金子と散弾銃を手にする青年高林と共に屋上から高層ビル内へと侵入を開始する。




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