第37話 不吉

ハサウェイ「準備を済ませて下さい すぐにでも出発しましょう」



山本「すいません その前に… ご覧の通り皆限界です。とても自らの足で外まで移動出来るかどうかも怪しいです 気力だけで何とか持ちこたえてきましたが、次ゾンビに襲われたら…精神的にも体力的にもみんな逃げ切れるかどうか…?」



生存者達は襲撃を受けた恐怖に完全に心が折られ、加えて飢餓状態、疲弊しきっていた。



警備員の男「食い物…なんでもいいから食い物とかないのか?」



男「そうだぁ 雨水だけで飢えを凌いでたんだぞ 何でもいい 食いもんならなんでもいいから早くよこせ」



空腹とストレス、恐怖で取り乱した人集りがざわつき始めた。



「そうだぁ 何かあるだろ 早く出せ」



ハサウェイ「う……」



「出してくれ」



「私にも頂戴」 



「くれ 何でもいいから」



食ってかかる勢いの生存者達に詰め寄られ、ハサウェイがたじろぐと



エレナがすかさず間に入り首を横に振った。



エレナ「ごめんなさい 皆さん 今は何も持ちあわせて無いの でも私達のお家へ帰ればたっくさんのゴハンがあるから、もう一踏ん張りして欲しいの」



「沢山?」



エレナ「うん」



男「それってカップ焼そばとかある?」



エレナ「えぇ いっぱいあるわ」



「おぉ」 



「なら 俺はカレーが食いたい…」 



エレナ「えぇ 勿論食べれます カレーのルーだって、じゃがいも、人参、玉ねぎだってあるんだから」



「おお~~」 「カレー食いてぇ」



エレナは笑顔を振りまきながらガッツポーズを取った。



エレナ「私達の住まいは安心、安全、快適なマンションなんだから みんなで家路を目指し、食事をとりましょ みんなで元気を出して脱出しましょうよ」



エレナの魔法の様な言葉で生命力の低下した生存者達に一気に活力が湧き上がってきた。



葛籐「おぉ~ 姉ちゃんやるなぁ」



江藤「うん 空気が一気に変わった」



エレナは立ち上がると山本を目にしコクりと頷いた。



そしてその状況を目にしながらハサウェイが皆に口にした。



ハサウェイ「どちらにせよ この人数を引き連れて行くには奴等に遭遇しない安全なルートがいいな」



純や「えぇ なら非常階段を下るのが最良かと俺達が来たルートを下れば安全です」



スタイル「こっから下まで降りて貰うの? しんどいわよ エレベーターでいいじゃない」



江藤「いや 敵はゾンビだけじゃないし 仮にエレベーターなんかで襲われたらひとたまりもない 危険だよ」



スタイル「ふぇ~ またこの80階を降りるの…」



ハサウェイ「中村さん すぐに脱出しましょう そこで… そうだなぁ… スタイルさん、由美さんにみんなの誘導を頼むよ それから何が起きるか分からないから…純や!護衛を頼む」



中村、スタイル、由美は頷くも純やは不服な表情を見せた。



純や「チョット待って下さい どうゆう事です? みんなじゃ無くて…?」



ハサウェイ「ここから二手に別れようと思う」



純や「は? 何故?…まさかあいつらと…?」



ハサウェイが頷いた。



純や「いやいや 止めましょうよ 確かにあいつらは許せないけど…もうどうでもいいじゃないですか 仇討ちよりもまずはみんなで力を合わせてここから脱出する方が先決ですよ」



純やがハサウェイに詰め寄った。



ハサウェイ「…」



純や「敵討ちなんかしても死んだ人は戻ってきません あんな奴等もう放っておけばいいんです」



葛籐「いいやぁ 放ってなんておけねぇ~なぁ~ 脱出するよりもあいつらと決着つける方が先決だ」



純やが葛籐を見ると、揺るぎない決意の表情をしていた。



ハサウェイ「勿論 今俺達がここにいる理由は生存者達の救出で、ここの人達を無事脱出させる事が第1優先だよ だからそれをおまえに任せたい 俺達は俺達のやるべき事をやる」



純やが江藤に振り向くと



純や「江藤 おまえはどうなんだよ?」



江藤「俺も同感だね あいつらはここで逃げてもいずれは追って来る気がする それならこの場で決着つけるべきだと思うんだ」



純や「馬鹿野郎…」



不服な顔付きを深めた純やは、次にエレナの顔を見た。



目が合いビクッとするエレナは恐る恐る上目づかいで純やを見た。



純や「まさかとは思うけど… エレナさん! まさかエレナさんまで仇(あだ)討ちだぁ~ 敵(かたき)討ちだぁ~ なんて野蛮な事は言わないよね?」



純やの冷ややかかつ恐い表情にたじろぐエレナは、身を縮こませ、小さな言葉で口にした。



エレナ「え… あっ いや~ えーと うん 私も…」



純や「え?何? 聞こえないなぁ~」



エレナ「私も行きたい…」



純や「はぁ? ヒロインのくせに目には目をとか歯には歯をとか復讐には復讐とかそんな凶暴な事言っちゃったりするんだ?」



初めて見る純やの怒りに焦りつつもエレナ「私も…ちょっ~と許せないかなぁ~って…」



純や「何?何?何?さっきはみんなに天使の様な振る舞いで一緒に帰りましょうとか言ってなかったっけ?エレナさんまでそんな事言うんだ?」



エレナ「それは…」



しどろもどろするエレナの肩に手を置き、エレナの手に拳銃を戻す葛籐が口にした。



葛籐「おいおい そんなやたらと突っかかるなよ そりゃあこの姉ちゃんが一番やる気なんだから行くに決まってんだろ 素手で金玉引っこ抜いてゾンビに食わせるかその銃 尻に突っ込んで鉛弾ぶっ放してやるって言ってんだから」



エレナ「そんな事言ってません」



葛籐「はは そうだったっけか それより あいつらの狙い忘れてねぇーか? 俺達を殺す目的同様にこの姉ちゃんとそこの女子高生だって狙われてんだぜ 何処でどう待ち受けているか… すんなり脱出させてくれるとは思えねぇーし それにここの人達だって狙われてんだからよ」



江藤「確かに あの殺人集団は無差別に襲いかかってくるね もし脱出班が鉢合わせしたら全員ジ・エンドする恐れもある かと言ってこの大人数の行動は足手まといになり過ぎるし」



葛籐「だから俺達で奴等を引き付けておくって作戦だよ その隙に逃がすってのはいい手なんじゃないか」



純や「…」



ハサウェイ「純や どうだ?やってくれるか?」



純や「ハッキリ言ってこんなの納得いかないね… フゥ~ それでもやると言うなら1つ条件がある」



葛籐「条件?」



ハサウェイ「なんだその条件って?」



純や「うん この絶対条件は飲んで貰うよ」



皆の視線が純やに釘付けとなる



純や「ハサウェイさん、エレナさん、葛籐さん、江藤! これ以上誰1人として欠ける事は許さないよ やるなら生きて帰る事を誓えるかい? 死んでも死ぬな これが条件だよ」



葛籐「フッ あたりきだろ」



ハサウェイは笑みを浮かべた。



ハサウェイ「勿論 その条件了解した」



葛籐「死ぬのは奴等だけだよ」



江藤は軽く頷き



エレナ「クリスが家で待ってますから 死ぬ訳にはいきませんから」



純や「分かった なら俺もこの人達を全力で守るよ 家に連れて帰る」



そして中村を筆頭に生存者11名の準備が整った。



晴天の光に照らされた18名



人の命を守り脱出を図る者と復讐と言う名の駆逐に出る者



これから二手に別れようとしている。



そんな最中 



青天の霹靂とも言えるある出来事が起った…



「うぅうううう」



突如聞こえてきたうめき声…



ハサウェイが声のする方へ振り返ると驚愕した。



ハサウェイ「おい… あれって…」



全員が声のする方向へ視線を向けると…



葛籐は顔面蒼白になった。



純や「え? ウソ…」



「うぅうううう」



入口からユラユラと不安定な足取りで一体のゾンビが姿を現したのだ



エレナは動転した口調でそいつを目にする



エレナ「うそでしょ… 葛籐さん…な、なんで?」



純や「ホント嘘だろ…これはどうゆう事?」



葛籐は完全に固まり近づくゾンビを見つめていた。



山本も焦りながら前へ出ると



山本「ヤバいです 早く始末して下さい」



ハサウェイがすぐに山本を制しすると



ハサウェイ「待ってくれ あれは仲間なんです…元ですが…」



山本「え?」



首を前後左右に振りながら、ぎこちない歩行で近づいて来るゾンビ



葛籐がボソッと口を開いた



葛籐「よしたか… なんで…なんでおまえがゾンビに…」



純や「トドメは?」



葛籐「刺したに決まってるだろ 額をみてみろ」



よしたかの額にはくっきりと銃痕が刻まれている…



江藤「めまぐるしい変化が起きてる… もういちいち驚くべきじゃないのかも でも…頭を撃ち抜いても復活するんじゃ… もう頭部の完全破壊か首から切断するしかないって事ね ここは俺がやるよ」



江藤が日光に反射された鋭い刃を光らせ、一歩踏み出した時



葛籐が日本刀を伸ばし、江藤を制した。



そして代わりに歩き出した。



葛籐「いや これは俺がやる」



あいつは死んだ…



目の前のこいつはもうよしたかじゃない…



ウイルスだかなんだか知らねぇが動かされた入れ物に過ぎない…



そう… こいつはただのゾンビ…



葛籐は日本刀を一振りするとよしたかに近寄って行く



感情も生気も含まない空虚な瞳でうめき声をあげる元よしたかも葛籐へと近づいて行った。



悪かったな…よしたか…



弔いが不服なようだ…



この場できっちりケジメはつけてやるよ…



葛籐は立ち止まり日本刀を両手で握り締め力を込めた。



それから頭上へと振りかぶり



「うぅうううううぅうううう」



そして元よしたかが間合いへ入ると同時に力強く日本刀が振り抜かれた



スピードと力が加味された刃はよしたかの脳天へと深く斬り込まれ、よしたかはそのまま後ろに倒れ込んだ



それから葛籐は刀を引っこ抜くや、今度は喉元に刃を添え



ジャンプ



そのまま刀の上へと着地させた。



流血と共に根元から切り離され



首が転がった。



そして元よしたかの動きは止まり



完全に沈黙された。



葛籐は無表情で元よしたかの生首を見下ろし、日本刀を拾うとこびり付く血を振り払い皆の元へと戻っていく



エレナ「なんで…?なんで頭を撃ったのに蘇るの? 唯一の弱点じゃないの?」



ハサウェイ「感染者にも変異的な奴が現れたんだ… そのゾンビバージョンって事もありえる 江藤の言った通り何が起きてもおかしくない状況になってるのかもしれない」



純や「確かにそうかもしれないけど でも なんなんだよこのウイルスは… こんなの増えたら俺達人間は生き残れないよ…」



江藤「ゾンビはあまり脅威を感じ無かったけどこんなの出てきたら今後こいつらも軽視出来なくなるね 厄介だな」



葛籐「あいつは…俺の供養に不満があってわざわざトドメ刺されに出て来たんだろう」



エレナ「葛籐さん…」



冗談とは裏腹な葛籐の表情にエレナは、かける言葉が見つからなかった。



ハサウェイ「色々と不吉な空気が漂ってきた 覆われる前にすぐにでも行こう」



皆が動き始め脱出作戦と掃討作戦が同時に行われる。



これから渋谷組との壮絶な争いが開始されようとしている。

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