第10話 安息

10時24分 本拠地 新宿御苑マンション



エレナ達一行は葛籐達と別れ無事ホームへの帰還を果たした。



10階建てのごく普通なマンション



ガラス張りの正面玄関ドアには金網シャッターが下ろされ、ゾンビ共の侵入を防いでいた。



側面がL字の駐輪場になっておりその奥に非常扉が見える



普段通常の出入りはそこから行っているようだ



その扉の鍵を開け、4人は中へと入って行った。



純や「ふぅ~ 一時はどうなるかと思ったけど…無事到着」 



皆、今まで張り詰めていた緊張から解放され表情が緩んだ



江藤「ここは安全だよエレナさん」



エレナ「はい 安全だってさぁ」



数ヶ月ぶりに安全と言われる場所、久しぶりに安心な場所に辿り着きホッと胸を撫でおろしながら安堵の表情でクリスに微笑みかけた。



通路はエントランスへと直結しており、その中央に受付らしきものが見えた。



管理人室と受付が併用された小部屋の電気が点いている…



純やが受付の小窓から室内に顔を覗かせ中を伺うも、電気は点いているが人の姿は見られない



純や「あれ 大家がいない… 上かなぁ…」



次いでエレナも中を覗いて見るとそこにはマンション内、駐輪場などを映す白黒の防犯モニターやらデスクトップのパソコンが2台、他ノートパソコンから無線装置が完備され、置かれていた。



どれも電源がオンの状態で作動している…



新宿区はまだ電力が問題なく供給されている…



これを見てエレナはすぐにそう悟った。



ハサウェイが徐に扉を開き中へ入るとその部屋に取り付けられた内線電話を手に取った。



ハサウェイ「おおますさん ハサウェイっす 今帰りました はい… 分かりました はい…」



誰かと話してるようだ



エレナが左方へ目を向けるとその奥にあるごく普通のエレベーターが見られ



その数秒後 エレベーターが動きはじめた。



10階で停止していた階表示のランプが動き始め、9、8、7と降下してきた。



そして



チーン チャイムが鳴りEVが1階に到着



ドアが開くや50代半ばだろうか初老の夫妻が姿を現した。  



おおます「おぉー やっと帰ってきおったか 無事で何よりだ 出てったきり帰ってこんから心配したぞ まぁ ホント無事で良かった」



純や「うぃ~す」



ハサウェイ「おおますさん ホント助かりました」



おおます「いやいや それより おぉー 可愛らしい女性ではないかぁ 女の人を1人救えたし、お前達も無事帰ってこれたし万事オーケーオーケー それより早く紹介しろ」



ハサウェイがエレナに向け「はい 紹介するね こちらがこのマンションの大家さんでおおます夫妻だよ おおますさんと奥さんの恵美子さん」



エレナは深々とおじぎした。



エレナ「初めましてエレナです。ハサウェイさん達に危ない所を命を救われました。 こちらで御世話になります」



おおますと恵美子が笑顔で近付くや



おおます「いやいやいや あんたがエレナさんだね 話しは聞いてるよ」



恵美子「まあまあ ご丁寧に 怪物に襲われてさぞ怖かったでしょうに… ここは安全だからくつろいでって頂戴ね」



エレナ「はい ありがとうございます」



恵美子はふとエレナに寄り添う犬を見かけると



恵美子「あらまぁ ワンちゃんもいたのねぇ お名前は?」



エレナ「クリスティーナ クリスって呼んでます」



恵美子はしゃがみ込みクリスの頭を撫でながら「クリス!お手!」



掌を差し出すがクリスはやはり無反応を決め込むようだ



恵美子はすぐに立ち上がり「ふふ エレナさんお腹空いたでしょ?クリスちゃんもね さぁ!さぁ!あんた達も もう出来上がってるわよ ご飯にしましょうね」



純や「腹ペコペコだ」



一同EVに乗り込んだ



純や「おっさん 指令室の電気点けっぱだけど」 



おおます「はっはぁ なんだぁ~電気代の無駄ってかぁー いくらでも料金請求してこいってんだ」



エレナはふと疑問を感じ問い掛けた



エレナ「何故新宿だけ今だに電気が普通に通ってるんですか?」



おおます「新宿だけじゃないぞ あと港区、練馬区、千代田区の都内4区域だけは通常に供給されとるよ 他の区は微力しか送られてないらしいがな… 最近例のザクトと名乗る自衛隊の残存隊員を中心とした組織が発電所を占拠して、それで局地的電力の調整をしてるらしいんだ だからだよ」



ハサウェイ「まぁ エヴァンゲリオンのヤシマ作戦みたいな感じだね」



エレナ「ヤシマ作戦…?? へぇ~ なるほど…そうなんですか…」



恵美子「もうそんな話しは… 今日はおよし はい お終い」 



EVが最上階に到着した。



恵美子「さぁさぁ みんな入った入ったぁ エレナさんもどうぞ入って」



そして、エレナは1010号室に招かれ中へと入った。 



2LDKの小奇麗に整理された部屋



清潔感溢れるこの部屋には狂気や恐怖に満ちた外界を全く感じさせない平和で平穏な生活空間に満ち溢れていた。



恵美子はエレナに近寄るや



恵美子「貴女 泥だらけじゃない、お洋服もこんなにボロボロで… まずはお風呂に入って綺麗にしてきなさい はい これ持って行ってらっしゃい」



お風呂…



久し振りのお風呂…



バスタオルが手渡され、エレナはおじぎすると風呂場に向かって行った。



その頃… リビングではおおますと3人が何やら真剣な顔つきで話しをしていた。



おおますは先程とうって変わり陽気な感じなど微塵も無い真剣な顔つきと口調で



おおます「お前達… ついに呼び掛けに答えてくれるグループが現れた。」 



ハサウェイ「ホントですか?何グループ?」 



おおます「今の所今日助けて貰ったお隣さんを含め3グループだがな」



江藤「まだ足りないっすね でもやっとみんな重い腰を上げる気になったんだ」



おおます「まだ全体的に消極的で弱腰な事には変わりない… まぁ怖いだろうから無理もないんだが… もうちょい掛け合ってみる ところであの娘さん あの子も本当に戦力に加える気なのか?」



ハサウェイ「はい 彼女の意思次第ですが そのつもりです 今はまだか弱い感じですが必ず貴重な戦力になると思ってます」



江藤と純やも頷いた。



おおます「折角の呼び掛けに応えてくれた作戦だ 延期もおじゃんも出来んぞ あと2週間までに間に合うのか?」



江藤「絶対間に合わせます それまでに実戦で経験を積ませます」



ハサウェイ「あの人とは狩りの帰り途中で偶然出会ったんですが 武器も何も持たず、しかも1人切りで 正直目を疑いました… 生き残ってるのには何かしら存在意義があると思います。 運だけで生き残れる程甘い世界ではないので…」



おおます「俺には…虫も殺せぬお嬢さんにしか見えんがなぁ…」



純や「確かに今はまだそんな感じだよ」



江藤「自分も初めて感染者やノロノロと一戦交えた時は、怖くて震えが止まらなかったです。奴等の殺し方、戦い方、度胸は経験で身につけるしかないですから。その前にある程度知識だけでもキッチリ教え込むから一員に加えるのを認めて下さい」



おおますは顔を両手で拭いながら



おおます「お前等3人揃ってそう言うなら駄目とは言えんだろ」



純や「それオーケーって事だよね?」



おおますが深い溜め息をついた後



おおます「あぁ いいだろう ただし2つ条件がある」



純や「条件?何?」



おおます「あのお嬢さんはお前等が死んでも守れよ それともう一つ お前等も死んでも死ぬなだ」



純や「それ結局単に誰も死ぬなって事でしょ」 



おおますは不適な笑みを浮かべながら



おおます「あぁ 勿論 その通りだ 簡単だが一番難しい注文だぞ、さっきハサウェイの言った通り生きるのに厳しい世界になったんだからな あの嬢さんが足手まといと感じた時は即刻下ろす様にな」 



ハサウェイ「了解」 



江藤「了解」 純や「押忍」



ハサウェイ「それと別件なんですが車って用意出来ないですか?」



おおます「今や車の入手も簡単じゃないが手配してみよう… だが…どうしてだ?」



ハサウェイ「歌舞伎町の警察署へ行くのに使いたいんです」



江藤、純やはハサウェイの突然の申し出に驚いた表情を見せた。



おおます「警察署?何の為に?」



そしてハサウェイはエレナから聞いた拳銃の件をおおますに話した。



おおます「それがホントにある確証は?」 



ハサウェイ「ありません 実際行ってみない事には でも俺等にとっても室内戦を兼ねたいい機会になると思いますし」



おおます「そうかぁ… 分かった とりあえず手配はしてみよう」 



その時だ



キッチンからいい香りを漂わせる肉じゃが料理が運ばれて来た。



恵美子「またぁ~ あんた達は何コソコソ話してるの?今日はもう変な話しは終わりって言ったでしょ さぁ みんな運ぶの手伝って頂戴!」



それからシャンプーのいい香りを漂わせたエレナが風呂から出てきた。



エレナ「お風呂頂きました」



おおますは豹変した様に陽気な感じへ戻り



おおます「お!グッドタイミングで母さんの美味しい料理が出来上がったぞ エレナさんも一緒に運ぶの手伝ってくれんかぃ」 



エレナ「はい」



テーブルに置かれた鍋には、肉じゃが料理、それに続きエレナが鯖の味噌煮、おおますがサラダの盛り合わせと次々料理が運ばれた。



豪華な料理が出揃い、食卓が囲まれ、皆が席に着いた。



そしていただきますの掛け声で団欒の食事が成された。



クリスも空腹だったのだろう… それを満たそうと無我夢中にガツガツと飯を頬張っている。



それに負けじと若い男衆もがっついた。



その光景を見てエレナは笑いを堪えられずにいた。 



おおます「どうだ?エレナさん 母さんの手料理の味は?美味いだろ?」



エレナ「えぇ とっても美味しいです」



久しぶりだな… 



もう何年も味わってないくらい久しぶりに感じる光景…



恵美子「あんた達おかわりは?」



ちゃんとした食事を取れる事だけでは無く…



ハサウェイ「おかわり下さい」



こんな素敵な料理を囲んでみんなで喋りながら食べれる事…



純や「おばちゃん 俺も」



こんな光景二度と味わえ無いと思ってた…



おおます「おい こら 純や それ俺のじゃがいもだろ」



今… こうして味わえている…



恵美子「エレナさん!貴女このご時世にダイエットしてるから遠慮とか言ったら怒るわよ… この男達の様に食べれる時にちゃんとお腹いっぱい食べなさい」



まだあったんだ…



こうゆう幸せな食卓が…



エレナは笑顔で答えた「はい 勿論頂きます」



恵美子「フフフ」



ひとときの安息… ひとときのあたたかく、優しい時間がエレナを包み込み、流れて行った。

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