第6話 救難

09時52分 とあるビル 藤森ビル2F



小さなIT関連会社のオフィス内にエレナ達はたて籠もっていた。



制服姿の若いOL感染者が部屋の入口付近で倒れていた…



首は真横に折れ曲がり、うつ伏せで倒れたその床には大きな円形の血が徐々に広がっている。



江藤はアーミーナイフとサバイバルナイフにこびりつく血をテッシュで拭いながらオフィスの窓から外の様子を伺っている。



ビルの下には門の鉄格子にしがみつく20体程の感染者やゾンビの姿が見られ…



その周辺に徘徊するゾンビ等も群がりつつある…



宅配業者感染者や女子高生の感染者、オバサンから幼稚園児まで老若男女、意味不明な言葉を叫びながら鉄格子を大きく揺すり侵入しようともがいていた。



純やが背中におぶっていた犬を、結んでいた紐をほどき、外した。



犬は床に着地するやすかさずエレナのもとへと駆け寄る。



純や「いや~ 流石に暴れる犬を背負ってのハシゴ登りはしんどいわ~走るのもちときつかったよ」



エレナはお座りする愛犬の全身を撫でながら純やへ



エレナ「この子の名前はクリスティーです クリスって呼んであげて下さい」



純や「へぇークリスってのかぁ クリスお手ぇ」



手を差し出す純やにそっぽを向き、クリスはエレナの頬を舌で舐めまわした。



純や「…」



ハサウェイがそっと江藤の隣りへと近づき、一緒に下の光景を眺めた。



ハサウェイ「凄いパワーだな…」



江藤「えぇ…そうですね…」



ハサウェイ「これじゃあ鉄格子も長くは保たないかも…じきに破られるだろうな…」



江藤「そうですね… 完全に目を付けらたようです 離れてくどころかどんどん集まってきてる…」



ハサウェイ「昨日も歌舞伎町で2グループが襲撃されて全滅したそうだ…みんな奴等の食料にされたか、仲間にされたか… その3日前だって1グループがやられた… その前にも…その前だって… 毎日のようにどこかでそんな被害が出てる 日増しに奴等は数を増やし、日が経つにつれ俺達人間は数が減って行く… 人によって絶滅させられた野生動物達は減りゆく恐怖の中、どう思ってたんだろうな…?」



江藤「さぁ… ハサウェイさんはこれは自然界が作り出した惨劇だと思いますか…?今まで人が行ってきた悪事に対する天罰?神による淘汰?鉄槌?言い方は様々ですが…人はもう絶滅する運命なんですかね?」



ハサウェイ「どうだろうなぁ…そんな事俺に分かる訳無い…でも人肉しか求めないなんて上手く出来たシステムだと思わないか?他の動物には目もくれないなんてご都合過ぎる…」



江藤「ではっ… 人為的なウイルスだと?」



ハサウェイは窓から指を差しながら口にした



ハサウェイ「バイオテロの方がまだ納得が行くんだが… でもな…江藤!あの道路の中央で這ってる奴を見てみろ 体が腐って上半身だけになってる… 奴等に共食いは無い、他の動物も食べない所からして、あくまで欲するのは正常な人間の肉のみだ…」



ハサウェイ「なら…人がいなくなったらどうなる!? 食料が無くなればいずれはあいつの様に腐り いずれは土に還っていくんだろう 感染者にしろいずれは生体維持が困難になってあいつの様に死んで行く筈だ… こうして…いずれは地球上から人のみがキレイさっぱり駆逐される仕組みだ バイオテロでこんなにも上手い計算が出来るのかどうか疑問だな…」



江藤「確かに… ただ言える事は自然界にしろ人為的にしろピンポイントに人間のみを狙った脅威のウイルスってだけは確かですね」



ハサウェイ「あぁ 俺達人間を一匹たりとも生かしておかないって意志がバンバン伝わってくるよ… 死体まで利用するんだ…最強だ」



江藤「ただ…俺はこれが運命だとしても、このまま指をくわえて脅えたまま死を待つなんて嫌なんです。そろそろ散らばった残り少ない人達を集めて本格的に反撃に出ないと、このままではホントに絶滅するシナリオです」



ハサウェイ「この大量な数と襲いかかってくる恐怖を前に誰しも怯えきってる… 確かに奮い立たせるキッカケが必要だな… 圧倒的な武器や皆を従えるリーダー、それと勇気を引き出せる何かが…」



すると 突如エレナが2人の会話に入ってきた。



エレナ「あの~ すいません 圧倒的な武器で1つ思い付いたんですが… これから銃を手に入れるってのはどうでしょうか?」



ハサウェイ「銃?この平和な国に銃なんて代物は無いよエレナさん… 映画の世界だけ」



エレナ「ありますよ この日本にだって沢山 裏社会ならヤクザさんが沢山いい拳銃をお持ちだと思いますし、狩猟免許取得して警察に届け出れば猟銃だって個人で所持出来ます。」



純や「へぇー」



エレナ「自衛隊にならアサルトライフルだってありますし」



江藤「ピンと来ないと言うか現実味ないなぁ… 生まれてこの方実物なんて見た事無いし」



エレナ「一般の方には縁の無い世界の話しですが一歩踏み込んで覗けばいっぱいです。」



ハサウェイ「エアーガンとかモデルガンくらいしか知らない俺達に果たして扱えるもんかなぁ?」



エレナ「勿論いきなりは無理ですが練習すればきっとです」



純や「本物の銃かぁ もしそれが手に入れば… 確かに無敵感はあるよね テレビゲームの様にゾンビを撃ちまくって、殺しまくって、格好いい、もしあれば爽快だろうなぁ~ でもさぁー それを探す事自体至難の業だよね」



エレナ「いいえ それがそうでも無いですよ 近くにあります 一番手っ取り早く入手出来る場所なら、皆お馴染みの警察署です。そこに行けば必ず一丁、二丁くらいは置いてあると思います。署の地下には射撃訓練場だってありますから… 拳銃や弾丸が厳重ですが必ず保管されてると思います」



ハサウェイ「エレナさん 妙に詳しいね… 何者?」



エレナ「父親が地元の猟友会の会長をつとめてたもので 銃の世界ならちょこっとだけ詳しいんです」



純や「猟友会?エレナさん撃った事あるの?」



エレナ「はい 学生の頃は父とよく猪狩りや鴨狩に同行してました 最初は、撃ってビックリでした 音で鼓膜が破れそうになりましたし、反動で肩が外れた事もあります。でもそれに伴う威力はやはり凄いです…あと…」 



その時だ



遠方からクラクションの音が響いてきた。



ハサウェイ「その話しは後で詳しく聞かせて…迎えがきたようだ 窓ガラスを割ろう」



ハサウェイがオフィスに置かれた椅子を持つやそれを窓ガラスに投げつけた。



ガシャャ



豪快な音をたて、割れたガラス



部屋の中へ一気に風が入ってきた。



同時刻



葛藤がクラクションを長押ししながら目的地へと近づいていた。



助手席のよしたかが再度後ろの様子を伺う



よしたか「まだ…全部振り切れてないですね… 1、2、3… 3匹程ついてきてますわ」



葛藤「前を見てみろ… あのクソゾンビ共の数… 3匹くらい屁でもねぇ 拡声器あったろ 貸せ」



よしたかが後部座席に置く拡声器を葛藤へと手渡した。



2人は目的のビルを肉眼で確認



葛藤が拡声器の電源をオンにしながらよしたかへ向け



葛藤「おい 窓に人がいる あそこだ お前見えるか? あのビルの2階にいるぞ」



よしたか「どこっすか? あ!いたいた 見えますた… それよりどうするんす? 入口前にぎょーさんいらっしゃいますけど… これどうやって救出するんですか?」



葛藤「まぁ 見てろ」



すると葛藤が更に強くアクセルを踏み込んだ。



74キロ… 80キロ、85、90、96、102、110、123キロ



スピードメーターが勢い良く上昇していく



よしたかは察したのか慌ててシートベルトをつけはじめた



よしたか「ちょ まじか… 無茶苦茶な…」



葛藤は更に強くアクセル踏み込んだ。



目的地100メール手前まで近づいた時  



スピードは時速120キロまで達していた



それから葛藤が拡声器を使用、窓から顔を出し叫んだ。



葛藤「2階のおまえ等ぁ~ 今から車を真下に着ける 着けたらそこから飛び降りろ ワンチャンスしかないからな 分かったかぁ~?」



同時刻 藤森ビル2F



拡声器から葛藤の大声量な指示が飛んで来た。



4人は下を見下ろした…



高さ5~6メートル



車の屋根になら4~5メートル



十分飛び降り出来る高さだ



ハサウェイ「エレナさん イケる?」



エレナは頷いた。



下で群がる感染者、ゾンビ、辺りを徘徊する奴等が拡声器の声に反応し、鉄格子を揺さぶる宅配業者感染者が顔を向けた直後



群がるゾンビ群に時速150キロのバンが突っ込んだ



そして葛藤が同時にブレーキを踏んだ



キィィィィィ  グシャ グシャ バコ ボゴ



車内にいる2人に凄まじい揺れや衝撃が襲い



タイヤに踏み潰され、何体もの感染者の頭から血と共に脳みそが飛び散り、脇腹から腸を飛び出した。



群がる奴等をまるで横から刈り取る様に…



ガードレールと建物の間を…



歩道を150キロもの車がゾンビの群へと突っ込んだ…



急ブレーキの為タイヤが軽くスリップ、横ボディーをガードレールへ当たりながら車は停止した。



バンのライトは割れ、前方ボディーがボコボコにへこみ、フロントガラスは衝撃で粉々に割れていた…



直線的に突っ込んだ車は、まるでミサイル、走るレーザービームの様に…車線に入る… いや!射線上に入る標的を全てその場からなぎ払った。



ひき殺した奴以外、全て前に弾かれ、鉄格子の前から奴等が一掃された。



よしたか「てて 一歩間違えたら死んでましたよ…」



葛藤の額から一筋の血が垂れるもすかさず後ろを見ながらギアをバックへ入れアクセルを踏んだ。



車が急速にバックし鉄格子の前に着けると。



葛藤「飛べぇ」



葛藤が斧を、よしたかはおそらく模造刀だろう刀を手に降車した。



ハサウェイ「行こう!」



一番にハサウェイが飛び降り、車の屋根へ着地、地へ下りた。



次いで江藤と純やが同時に飛び降り、エレナも飛び降りた。



江藤、純やも着地



エレナが顔を上げ、見上げるや愛犬クリスが降りて来ない…



エレナ「クリス!おいで」



手を広げ、クリスを呼ぶが降りてこない…



葛藤「早く乗れ」



葛藤とよしたかが車に乗り込んだ。



エレナ「クリス どうしたの?あなたなら軽く飛べる高さだよ いい子だから早くおいで!」



足が竦んでいるのか…?



それでも降りようとしないクリス…



ハサウェイが辺りを見渡すやすぐ周辺には感染者やゾンビがうようよしている。



葛藤「早くしろ 何してんだ?」



一秒たりとも停滞するのは危険な状況



エレナ、ハサウェイ、江藤、純やが上を見上げた。



葛藤「お前等死にたいのか?犬なんかほっとけ」



エレナ「お願い!降りてきて」 



純や「ワン公!早く降りてこい…」



危険過ぎる距離と時間に…



4人に緊張が走る…



するとハサウェイがバンの屋根へと飛び乗り、エレナを肩車、そのまま持ち上げた。



ハサウェイ「キャッチを」



エレナ「え! え あ はい」



江藤が辺りへ振り向くと数体がこちらへ向かってきた…



持ち上げられたエレナはクリスに手を伸ばす



江藤「2人共急いで」



手が届いた。



それからエレナは急いでクリスを掴まえ、引き寄せ、抱き締めた。



よしたか「よし キャッチした お前らも早く乗れ」



3体がこちらへ向かってきた。



よしたか「来た来た来た来たぁ~ 早く乗れ」



ハサウェイが着地、エレナへ手を差し伸べ、エレナも着地した。



葛藤「早く乗れ」



葛藤の怒鳴り声で江藤は前席へ、後の三人は後部座席へと飛び乗った。



そして三体の感染者が追いつく寸前



車はバックで急発進



大通りで方向転換してそのまま走り去った。



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