第4話

彼方此方で悲鳴が響き、大地には大量の血が赤い絨毯の如く、広がる。

辺り一面、息絶えた者の躯の山になっていた。

その光景を目の当たりにした壱と嵩は言葉を失った。


『何て酷い有り様だ。』

『止めなくてはならないな。』


『ほぉ、誰を止めると……?』

ふたりは油断をしていたせいか、反応に遅れた。

いや、まさか直々に対面するのは、先だと推測していたからである。


『しまった!』

振り返る暇も無かった。

『汝……我に力を貸せ、彼の者達を煉獄という炎で包み込めー…炎暴風(ファイアリー・ブラスト)!!』

容赦ない炎がふたりに迫る。


『汝、彼の者達を守護る事を願わん……聖守護神(セラフィム)よ、我に力を貸したまえー…聖結界陣(ホーリー・シールド)!!』

ふたりの目の前に宙より舞い降りた一人の影。

白金色の光が二人を包み込む。


『その力は……、戦いが嫌いではなかったか?』

二人を襲った炎は相殺された。

『えぇ、紫王よ……』

『先に貴様を殺めておくべきであったな?水鵺ー……』

忌々しげに見据えるは紫王。

『だが、今は文が悪いな。仕方がないな……引き上げるとしよう。』

そう言うと紫王は小声で詠唱し、その場から姿を消す。


『待て!』

『嵩、深追いは止めて下さい。』

水鵺が嵩の腕を掴む。

『水鵺のお陰で助かったよ。有り難う。』

『いいえ、二人に怪我がなくて何より。それにしても、魔王は何て酷い行いを……』

周囲の惨状を見て青ざめる。

『とりあえず一旦、この場を離れよう。君の身体に障る。』

『あ、あぁ……』

『高等魔法をこんな場所で詠唱するからー…って、水鵺!』

崩れ落ちるように、水鵺が倒れ込むのと同時に嵩が身体を支えた。

蒼白な表情で気を失っている彼。


神の一族、古より世界を見守り続けてきた戦いを嫌う聖なる一族を指す。

彼の者達を、ライトエルフと人は呼ぶ。

玖皇家はライトエルフの中でも最も強い一族で神界を束ねている。


水鵺の父である神界の現神王である玖皇(くおう)が神の兵を率いて紫王と戦ってはいるが、やや不利な状況である。


嵩や壱を遠くの木陰から黙って見つめている影が一つ。口角を吊り上げ、不適な笑みを浮かべていた。

『玖皇水鵺……君には耐え難い環境でしょうね。大天使なんて召喚するから。』

その影は何かの気配を感じとったのか、目を細めて背後へ視線を移す。

『あぁ、人間共ね。黙っていないで、出てきては如何ですか?さぁー…』

その声で木の陰に隠れていた4つの影は強い追い風に押され姿を現した。

『えっ…!?』

『気をつけろ、夜詞。あいつに油断してはならない。かなりの強者だ。』

『そのようですね。』

『亜朱、俺から離れるな。』

『えぇ。』

四人は警戒し、体勢を整える。


『ふふ、……』

『何が可笑しい!?』

『月城弘……わたくしへの口の聞き方には気をつけなさい。』

ギロリと睨むと弘に向かって手を翳す。

『えっ!?』

一瞬の内に弘は暴風に飛ばされ、地面に叩きつけられた。緊迫した空気が更に張り詰めた。

『誤解をされては困る。貴様等如きが足掻いたとしても、痛くも痒くもないわ。』

『人族を甘く見ないで頂戴!』

『久遠夜詞、小娘の癖に癪に障るわね。』

『私達は貴方を倒します。絶対にー…!』

凛とした亜朱の仕草と瞳を見る謎の影。

『それは楽しみね。その瞳が絶望に染められた時に同じ台詞を言える?ふふ。』

高笑いをして余裕を見せる。


四人は唖然とした。

『死ぬわけには行かないわ。あの方達と合流しなくてはなりませんもの。此の世の勝利への道を歩む為に。』

『だね!分かってる。』

四人は互いに頷き勝つ為の道筋を見据えた。

相手は正体不明な魔族という情報しか無い。


その時、一陣の風と共に声が弾けた。


『幾ら君達でも、人数が少な過ぎないかい?』

『私達も仲間に加えてくれない?』

四人の前に現れて声をかけたのは、同じ位の年齢の男の子と女の子だった。

『今、仲間と言ったか?』

『うん。言ったよ?だってこの有り様は良くないもの!私だって微力ながらも、戦えるわ。』


弘の問いかけに答えたのは女の子。名前は暁莉咲(あかつきりさ)

人族と神族のハーフである。

実は神族の筆頭名家の一族である。


『僕だって戦うよ。その意志もある!例え誰だろうとね!?』


莉咲に続いて物申したのは男の子。名前は虹彩悠(にじいろゆう)

人族と魔族のハーフである。


そう、このふたりは十字架学園のBクラスに属する生徒であった。

クラスは違うので、初めて話す学園の生徒。


『そっか!私達以外にも立ち上がってくれる仲間が居たんだね。何か嬉しい。』

『夜詞の言う通りですね。私もです…』


決して今の夜詞達の状況は有利では無い。

寧ろ今のこのメンバーでは、魔族には立ち向かった所で負ける事になる。

其ほどに戦闘能力に差があったのだ。


『まぁ何人、集まろうが屑は屑ですわね。魔族に歯向かう等、愚かですわ。』


『やってみなきゃ、分からないじゃん?』

莉咲が笑って答えた。

『あら?ライトエルフのハーフの分際で口答えをするのね。水鵺以上に潰してあげたくなりますわね。』


『なるほど!水鵺の事を知っていて、嫉妬に狂うダークエルフは貴方ね。なら話が早いわ。』

そう言うと莉咲は天に手を翳す。

『我が主よ、道を示せ!!』

莉咲の掌から一筋の光が放たれ、辺り一面が光輝いた。


その頃、気を失った水鵺を背に、大地を踏み締めながら進むふたりの青年。


『神族には戦など、無理があるな。元々血なまぐさい類は駄目だからな。』

『嵩、そうは言えど神族が人々の為に力を行使してくれている。血が苦手な一族なのに。』

『特に純血だと余計にそうらしいじゃないか。神力も宝の持ち腐れのような物だな。』

『つまり嵩は水鵺がこの先、足手まといになると言いたいのかい?』

何も答えない嵩。黙って壱を見据えるのみ。


『それでも君達に着いて行く……』

ふたりは驚いて水鵺を見た。

『足手まといだろうけれど、連れて行ってほしい。』

『そんな状態では、直ぐに神力を使い果たすだけだ。魔族の格好の餌食になるぞ。』

背負っていた水鵺の襟元を掴み、容赦なく地面へと叩きつける。

『嵩……』

『お前など、如何に純血種族だろうととるに足らん小童だ。水鵺……お前をこの先の戦いには連れては行かせない。それでも行くと言うならば……』

『どうするつもりです……?』

冷静に水鵺は答える。

そんな水鵺に対して嵩は睨み付ける。嵩の紅の瞳がより一層、赤黒く光を放つ。

『どうして欲しい?』

地面に組み敷かれる体勢で、目線がぶつかる。

魔力で創られた剣の刃を、水鵺の胸元へと軽く当て、冷笑を浮かべた。

『俺の属性である闇の剣で、その身を貫けば、光の属性のお前は致命傷だな。』

『嵩、君は………』

水鵺が言いかけた瞬間、遠くの空に一筋の光が浮かぶ。

弱いながらも神力の波動を瞬時に感じ取ったさんにんは目を見開いた。


『水鵺、これは神力……』

壱が険しい表情で言う。

『嵩、悪いけれど殺すのは後にしてくれないか。』

彼に優しくも儚い笑みを向ける。

『水鵺、何をするつもりだ……』

ギリギリの所で、崇の手をほどき、立ち上がった水鵺はふたりの手を取り、目を閉じる。

『彼の者の所へ……』

水鵺が小声で呟くと、さんにんの気配はその場から消えた。


さんにんが向かったのは、神力が放たれた場所。つまりは莉咲達の所。


『口答えをするからどんな物かと思えば、大した力も無いのね。純血のダークエルフに挑もう等と愚かな事よ。』

そう言い放ち、倒れている莉咲に近付く影。


『莉咲!』

悠が近付こうとすると、倒れて傷だらけになっている莉咲が叫ぶ。

『来なくて良いから!私は平気だか…うっ…!』

言いきる前に彼女は胸元を踏み付けられたせいで、言葉が途切れた。

『平気ならまだ痛め付けても大丈夫かしら?』

手に魔力を込め始めた刹那、強大な魔力の気配を感じ取り振りかえる影。

その頬をかすった光の刃に目を見開く。

莉咲は何が起きたか理解して,安堵の表情を浮かべた。


『遅くなってしまって、すみません。』

白銀色の長い髪が風になびき、薔薇の香りがくすぐる。

『水鵺か……』

忌々しいと言わんばかりの表情を浮かべる影。


『お前は……』

嵩は影を見て、驚いた表情をした。

また影も嵩を見て硬直する。

『真矢(まや)……』

それは嵩の口からぽろりと発した言葉。

『嵩様、わたくしは……』

その瞳から一筋の涙が溢れた。


そして一瞬の内に、真矢と呼ばれた影はその場から姿を消した。

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