第3話

時を同じく、魔族の王家が住まう闇城(ダークパレス)の王の間でひとつの影が佇む。

肩までの白金色の髪を紐で結んで、装飾品に身を包まれている男性が溜め息をついた。

彼は現魔王ー…紫王(しおう)

魔族の中で最も強い力を持つ者で、壱の父である。


『お疲れなのですね。此方のお飲み物でも如何でしょう?』

そう言ってひとりの臣下が紫王へ茶器を差し出す。

『お前は……初めて見る顔だな、すまない。頂くとしよう。』

何も疑わずに、茶器を受け取り口に含む。

冷たい液体はゆっくりと喉を通る。少しの間の内、紫王は目を見開いた。

『……っ…』


『紫王様はお疲れのようですね。ごゆるりとお休み下さいませ?』

その場にいた臣下達は紫王をただ見つめていた。

虚ろな瞳には、何も映ってはいなかった。

『おのれ、…貴様は……』

『申し訳ありませんが、臣下は既に我が手元に。大丈夫ですよ、紫王様も直に楽にしてさしあげます。』

紫王に向かって手を翳(かざ)す。

『貴様は……誰……だ、…』

そのまま床へと倒れる魔王。


『私の名ですか……?我が名はー……』

相手が名乗るも、紫王はそこで意識を手離す。


『んー……』

臣下の声で目を覚ましたのは、翌日の早朝のこと。

『王様、大事はありませんでしょうか?』

心配そうな臣下に微笑む紫王。

『悪かった、大丈夫だ。』

『紫王……心配しましたわ。』

涙を流し、膝をついたのは魔界の王の妃ー…紫妃(しき)

腰まである白金色のウェーブした髪が揺れる。


『この所、ずっと御無理をなさっていましたもの。もう少し休まれた方が……』

紫妃が心配そうに紫王を見る。

『いや、私にはする事がある。』

そう言って立ち上がった紫王は、妃に微笑む。

その笑みは決して優しい瞳ではなかったー…

『し、……紫王………?』




数刻の時が刻まれた頃、十字架学園内では緊迫に包まれた空気が漂っていた。

『これはー……どういう事だ?』

学園内には水晶で創られた鏡があり、危険を察知すると映像が映し出される仕組みになっている。

『あれは、魔族軍よね!?』

『どうして人族の民を……?』

『神族が応戦しているが、劣勢だな。』

生徒達がざわついた。

中には混乱に陥る生徒も。

教員が鎮めようとするも、収まらず。


『大丈夫だ。』

見かねた壱は一声をあげる。

一瞬で、静まり返った学園内は不気味な程に静寂に包まれた。

『最早此処も決して安全の保証が出来かねます。どうするおつもりですか?』

そう言ったのはこの十字架学園の理事長ー…久遠美叉(くどうみさ)

夜詞の母であり、久遠家の現当主でもある。

『何か方法でもあるのならば、私も手をお貸しいたしましょう。』

美叉の後に発言した女性は副理事長であるー…白酉庵(しらとりあん)

亜朱の母であり、白酉家の現当主。


『これはこれは……助かる。お二方の力があればこの学園は大丈夫だろう。』

『壱、行くのですね……』

『行かなくてはならない。理事長、後は頼みます。この学園を……』

『嵩、貴方も行くのね?』

『副理事長、俺は壱を守らなくてはならない。』

『えぇ、理解っています。壱、王子としての責務を果たして下さいませ。』


そう言って二人は十字架学園を後にするのであった。


二人が去った後の学園では生徒達が黙って水晶鏡(すいしょうきょう)を見つめていた。

その中には夜詞と亜朱の姿も。


『どうなるのでしょう?』

『さぁ?でも危機的状況だよね、私達。』

『このまま黙って見ているしか無いのでしょうか…不安が募りますわね。』

『ならさ‥…』

ふたりは互いの顔を見合わせ頷く。

その様子を端から見ていたのは、弘と雅紅。

『夜詞、俺達もついて行くよ。』

『微力ながらも、お手伝いしましょう。』

その言葉に微笑む二人。


『お待ちなさい。』

四人は呼び止められて、振り返る。

『母……じゃなくて、理事長。』

『夜詞?まさか行くつもりではないでしょうね?』

『そのつもりです。』

きっぱり答えたのは弘。

『なっ……命知らずにも程があります。』

『それでも僕等は行きます。』

揺るがない意志を返答する。

『魔族軍を率いているのは……紫王です。純血の魔族の強さには貴方達は叶いません。』


純血というのは、始祖から現代に至るまで一滴の血も他種族の血が混ざって居ない血統を指す。

純血種族は年代を重ねる毎に少なくなっている為、近年では稀な存在となっている。

どの魔族と神族のみ純血種が最も強い力を持っている。


『副理事長まで何を言うのですか?』

対抗したのは雅紅。

『雅紅……貴方まで‥…』

『母様!私達は死にません。生きて帰りますから…』

『亜朱……』

悲しそうな表情も一瞬の内、直ぐに切り替える。

『分かりました。では行きなさい。』

『この子達の行く手を阻む訳には行かないですね。』

『えぇ、貴方達に聖霊の恩寵がありますように……』


『はいっ!』

四人は返答をし、壱と嵩の後を追うように十字架学園を去った。

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