第2話
夕暮れ時の校舎に四つの影。
『まさかあそこまで食い意地はってるとは思わなかったぞ、夜詞。』
『だーかーら、謝ったじゃんか!弘の分からず屋。』
『まぁまぁ、落ち着いて。』
亜朱が二人を宥める。
『しかし、本当に行くのかい?』
『雅紅君が心配する気持ちは分かりますわ。ですが、了承してしまいましたし。』
『それに、貰えるご馳走は貰うべきだよね!楽しみ~』
『やっぱり夜詞!お前は口だけだろ。』
文句を言い合いながら、壱達が待つSクラスの寮の門へと向かう一行。
この学園はクラス毎にそれぞれの寮がある。
Aクラスがラファエル寮、Bクラスはガブリエル寮、Cクラスはウリエル寮、Sクラスはミカエル寮となっている。
『ミカエル寮って魔族の王子様が住むだけあって、豪華だよね。凄いや。』
夜詞が見上げながら、ぼんやりと呟いた。
『噴水はどの寮にもありますが、確かに細工の施し方は最高ですわね。私達のラファエル寮よりも上ですねぇ。綺麗だわ。』
『亜朱が言う通りですね。この細工の噴水は美しい。宝石が散りばめられているようですね。天使の羽根も細かい部分まで、掘ってあるようですよ。』
三人が寮の中庭を見渡しながら歩いている横で、弘だけが忌々しげな表情をしていた。
『けっ、嫌みな寮だな。』
『なら来なくて結構だったのだがな?』
『嵩、君はまたそのような事を……』
『水鵺は黙っていろ。文句は聞き飽きた。うんざりだ。』
弘の発言に苛立ちを隠せない、いやーー…隠さない嵩。
『えっと、架尹殿。ごめんなさい。』
謝ったのは、夜詞。
『いや、此方も挑発に乗ったから別に良い。』
罰の悪そうな嵩。
もっと罰の悪そうな弘は何も言わない。
『さぁ、中へ案内しましょう。どうぞ……』
水鵺の案内で、寮内へと入る一行。
『お腹すいたなぁ。』
『ふ、……久遠さんは素直な方ですね。』
クスリと笑う水鵺。
『あ、それは……』
『素直なのは、良い事です。私は愛らしいと言っているのですよ?』
赤紫色の瞳が夜詞を捉える。
『うん…』
珍しく夜詞は照れていたようで、耳まで紅色になっていた。
そんな彼女を見ていた弘の表情は余計に引きつる。
話している内に食堂ホールへ着いた。
『此方でお待ち下さいね。』
そう言って水鵺と嵩は席を外した。
『玖皇殿は紳士だよね。』
『確かにそうですわね。』
『弘も見習った方が良いよ?でも架尹殿も男気あって、頼りになりそうな魔族人だね。』
『紫王様も王子様なだけあって、素敵ですわね。周囲の女生徒が騒ぐはずです。』
ふたりの会話に苛々が頂点になる弘。
雅紅は黙って耳を傾けているのみ。
『あのなぁ……ふたりは騙さ‥…』
その時、扉が開く音がした。
『お待たせして、申し訳ない。さぁ、晩餐にしようではないか。』
壱が指をパチンと鳴らすとテーブルの上には豪華な品々が次々と顔を出す。
その様子に四人は驚いた。特に夜詞は目を輝かして喜ぶ。
『わぁ、凄い。食べても良いんですか!?』
そんな彼女を見て微笑む壱。
『構わない。好きなだけ食してゆくと良い。』
『君等が飲めるものも用意したから、どうぞ。人族は二十歳からでないとお酒は飲めないのだろう?』
嵩は四人に席に着くように促す。
今、言った通りで人族は二十歳で成人を迎える。
魔族・神族は十歳で成人を迎えるのだが、人間の歳で言うと魔族は十歳で三十歳となり、神族は二十歳となる。
簡単に言うと、年齢から二から三倍をかける形となるのである。
『いただきま~す!』
『夜詞ったら、声に嬉しさ全開なのが出ています。』
『夜詞らしくて、良いんじゃないですか?亜朱も嬉しそうな表情をしていますよ。』
『ふん、折角の御厚意だから食べてやるさ。』
相も変わらず弘は素直になれない。
四人はそれぞれ席に着き、食べ始める。
壱がワイングラスの縁にスプーンを軽く当てると音が鳴り響いた。
『それではー…』
壱の合図により、晩餐は開始となる。
豪華な食卓を囲み会話が弾む面々。
『魔族ってもう少し、嫌みな性分だと思っていたよ。』
夜詞がお肉を口に運びながら、言う。
『いや、充分に嫌みな性分だろ。特に……』
弘はまたもや、余計な一言を言わんとする。
『………ん?』
ギロリと赤色の瞳を向けたのは嵩。
弘は不覚にも怯んでしまうのだが、それだけに止まらなかった。
崇の瞳が仄かに光ると周囲にあったナイフやフォークが宙に舞う。
『架尹、俺を脅すつもりか!?』
『いや、そんなつもりはないが?然し貴様は礼儀を弁える事は出来ないのか。俺に様付けをしろ。敬意を払え。』
『何様のつもりだ!偉そうに。』
『俺様だ。』
『ふざけるな。』
周囲に刃物が浮いているのを忘れて席を立つ。
『竜凰君、危ないですよ…』
危なげな弘を放っておけなかった水鵺も席を立つ。
軽く灸を据えるつもりで、ナイフを動かす嵩。
『嵩……魔力をそのような事に使ってはなりませんよ。』
水鵺の頬の近くでナイフの刃の部分がギラリと光る。
流石に人である弘は息を呑む。
頬の近くで浮いているナイフを見つめ、刃先に人差し指を当てるとナイフは砂と化し床に零れ落ちた。
銀色の砂と化したナイフが水鵺の足元で静かに光っていた。
『危ないです、と申したはずですが?』
一瞬の内に嵩の真後ろまで移動していた。
『水鵺……その男を庇うのか。はぁ,軽い冗談のつもりだ。もう止めるさ。』
そう言うと指を鳴らしてナイフやフォークを元の位置へと戻す。
冷やりとした空気から、穏やかな空間へと戻る食堂ホール。
『弘は大人気なさすぎだよ。馬鹿じゃないの?』
『ごめん、夜詞……』
しゅんとする彼を余所に夜詞は再びお肉を口へと運ぶ。
『このフカヒレは最高ですわね。』
場の雰囲気を少しでも和ませたい亜朱は食卓に並ぶ品々を誉める。
『あ、これも美味しい!あれも!』
口一杯に頬張る。
『ゆっくり食べたらどうです?夜詞は本当に食いしん坊ですね。』
『雅紅君だっていつもよりも、食欲が増しているようですが?』
『亜朱の言う通りですね、美味たるものです。流石に食欲も増しますよ。』
若干二名を除けば、和やかな食卓を囲む亜朱達。
亜朱はふとした疑問を壱に投げかけた。
『あの……私達に何かご用でもあったのですか?私達は人族です。架尹様から……』
『あぁ、そうだね。嵩が喧嘩を売るような真似をして済まなかった。』
『それは……』
『つい、ね。楽しそうな雰囲気に誘われたでは駄目かな?』
腑に落ちないながらも、亜朱は納得する姿勢のみ見せる。敵対したい訳ではない。
納得するのが、無難と考えて、これ以上の詮索をせずに下がる。
夜空に月も顔を出し、すっかり夜も更けた頃合いになり晩餐会も終わりを告げようとしていた。
『もう夜も更けた、晩餐を御開きにしよう。』
壱の一言で、晩餐会は終わりを告げた。
『お気をつけて。』
ミカエル寮の門前まで見送りに来たのは、水鵺。
『玖皇殿、有り難う。美味しかったよ!』
夜詞は満面の笑みを向ける。
『久遠さん、ちょっと上を向いて。』
そう言うと胸元からハンカチを出して、夜詞の口角の辺りを軽く拭う。
『えっ…‥』
『汚れていましたよ?はい、これで良いでしょう?』
『あの、待って!それ……』
それ、というのはハンカチを指す。
『洗って返すから。』
ぷいっと横を向いてハンカチを掴む。
『帰るぞ!!』
その様子に腹を立てた弘は水鵺を睨んでから、夜詞の手を取り歩き出した。
『あ、玖皇様…失礼しますね。』
『それでは。』
亜朱と雅紅も礼を言って、ふたりの後を追う。
そんな様子を黙って見つめる水鵺。
『楽しかったのか?』
『君は不機嫌でしたね。壱に叱られますよ?』
『ふん、余計な世話だな。神族の野郎に言われる筋合いは無い。』
『そうですか…』
嵩の言葉に苦笑する。
『もう戻るぞ、何時までも門前に居るつもりか。』
『分かっている。』
二人の影は寮内へと消えて行った。
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