三つ国の世と理
七瀬
第1話
この世界は魔族(まぞく)と神族(しんぞく)と人族(じんぞく)の種族が其々住まう世界。
互いに過度な干渉をする事なく仲良く暮らしており、緩やかな時間が流れていた。
平和で美しい世界はずっと続くのだろうと、誰しもが当たり前のように思っていた。
静かに足音もなく、その平和が崩れおちかけていた。
誰もが気付かないだろう。
どす黒い影はすぐそこまで、忍び寄っているのに…………
其々の国,世界にはひとりの王がいる。
魔界の王の名は紫王(しおう)
紫王家が王族として君臨。
神界の王の名は玖皇(くおう)
玖皇家が王族として君臨。
人界の王の名は竜凰(たつおう)
竜凰家が王族として君臨。
各王家を補佐する立場である筆頭名家も存在している。
この世界の中心には魔族・神族・人族の子供達が通う大きな学園が存在する。
その学園の名が聖・十字架学園(セイント・クロス)という。
もう1000年以上も続く伝統ある学園で、初等部・中等部・高等部と年齢層毎に分けられている。
クラスもA・B・Cクラスと能力の強さに分けられる。Sクラスという特別クラスも100年前から設置された。
このクラスについては後に知る事になるだろう。
今は謎が多いクラスと説明しておく事とする。
『今日も良い天気だよね!そー思わない?』
明るい声が特徴的な女の子の声が響く。
『そうね、やっぱり春は良い季節よね。』
静かな物腰で返答するのは、隣を歩いている女の子である。
『やっぱり?春といえば、花見だよね。あーぁ、こんな晴天の晴れ渡る日に講義なんてヤダなぁ~』
文句をブツブツ言う。
この子の名は久遠夜詞(くどうよし)で人族の高等部の女の子。
『あらあら、今日もでしょう?夜詞は毎日、講義を嫌がっているじゃない。』
クスクス笑う。
この笑っている女の子の名は白酉亜朱(しらとりあす)で同じく人族の女の子。
このふたりは人族でありながら、強い戦闘力をもっており魔石(ませき)を用いて戦うのは折り紙付きである。
魔石というのは人族が戦う時に使う道具で、魔力や神力を持たない人間が魔力を魔石より媒介して魔法を使う為の物である。
『そーいえば、あのふたりは遅いね?』
夜詞は辺りを見渡す。
『そうねぇ、どうしたのかしら?先に魔法堂(まほうどう)へ行って、待ってましょ?もうすぐ講義が始まるわ。』
亜朱は校門前の大きな時計塔を見る。
時計の針は8時55分を指していた。
講義は9時から始まる為、少し急がなくてはならない時刻になっていた。
『そうだね。』
ふたりは少し早足で1講目の魔法学の講義会場となる魔法堂へと足を運ぶ。
カーン、カーンと時計塔の鐘が講義の始まりを告げた頃にはふたりは魔法堂の席に着いて講義を受けるべく講師を待っていた。
因みにふたりの所属するのはAクラスでSクラスの次に優秀な生徒の属しているクラスである。
Sクラス、Aクラス、Bクラス、Cクラスとなっている。
『講師の先生遅いわね?』
『そりゃあ、そうだろ。』
『何で………?』
ざわざわと生徒達が話していた。
ふたりはクラスメイトの話に耳を傾ける。
『何でも、今日は合同講義だってさ。』
『嘘!?』
『ふぅーん。で、何処のクラスなわけ?』
『Cクラスならヤダね。』
『ばっか!Sクラスだよ。』
耳を疑うふたり。
『Sクラス?……そんなわけ…』
夜詞は亜朱に小声で言う。
『珍しい組み合わせですわよね。でも何故でしょう?クラスメイトの皆様が浮かれているような…』
『だよね。見た目が秀麗だからかなぁ?』
『そうですよね。私や夜詞とは違う魔族と神族の方々しかいないそうですから。』
『あんまり意識して見た事ないから、初めて近くで見る事になるよね!?』
ふたりは優秀な生徒であるのだが、他のクラス、他種族に関心がなかった。
そのせいか、Sクラスのメンバーについて殆どと言って言い程、何も知らなかった。
『どのような方々かしら?』
『えー?知らないの?』
亜朱の呟きが聞こえたのか、クラスメイトのひとりが驚いた表情をする。
『ふたりとも人族の筆頭名家なのに、知らないとはね。』
『悪かったわね!』
夜詞が反発すると、悪い悪いとクラスメイトが苦笑いをした。
『魔族の筆頭の紫王壱(しおうかず)様は幾ら何でも知ってるわよね?』
『何せ魔族の王家だものね。でもその補佐をする名家の架尹嵩(かいんたか)様も素敵よね。』
クラスメイトは分かりやすく、ふたりに説明してゆく。
『あとは……あぁ、神族の……』
言いかけた所で、魔法堂の扉が開く音がした。
コツンコツンと数人の靴の音が響く。
ふたりはじっと見つめた。
初めに入って来たのは、肩までの金色の髪をした男の子だった。
次に入って来たのは肘の辺りまでの黒色の髪をした男の子。
魔法堂内には女子生徒の、声が響く。
人気が高いのは、聞くまでもない。
『今日も凄いなぁ。』
金色の髪をした男の子が呆れ気味に小声で言う。
この男の子の名前は紫王壱(しおうかず)
『確かに。』
黒色の髪をした男の子が頷いた。
壱に頷いた男の子の名前は架尹嵩(かいんたか)
このふたりは、十字架学園の王子様的存在である。
現に壱は王子なのではあるのだが。
女子生徒が次々と席を立ち壱と嵩の周りへと集まる。
ふたりは動くつもりがなかったのだが、何故かクラスメイトに腕を掴まれ、席を立つ羽目に。
人ごみ、もとい女子生徒の群れに流され流され気が付けば輪の中心。
夜詞は何とか輪の中心まで流されずに済んだのだが、亜朱だけが流されてしまった。
そして誰かに押されてしまい、床へ。
手が床につき、膝を折るように転ぶ亜朱。
『痛っ……』
辺りが静まり返った。
そこへ手を差し伸べる人影が。
『大丈夫ですか?』
亜朱は差し伸べられた手をとり、立ち上がった。
『有り難うございます。』
頬がほんのり桃色に染まる。
『貴女に怪我がなくて、何よりです。』
銀色の腰までの髪がさらりとたなびいた。
亜朱に手を差し伸べたのは玖皇水鵺(くおうみや)
壱や嵩と同じSクラスで神族の出身。
『次は気を付けてね。』
そう言うと亜朱に背を向け席へと向かう。
庵も席へと戻り、教科書を開いた。
夜詞が心配そうに亜朱を見る。
『怪我なくて、良かったよ。』
『あ、うん。心配かけたよね。ごめんね。』
『良いの。怪我ないなら。』
話していると、講師が魔法堂へ入って来た。
『いやー、遅れて悪かったねぇ。さぁ、講義を始めるぞ。』
生徒達の文句の嵐。
『悪かったと言っとるだろう。全く……。おお、そうだ。今日はSクラスの生徒もいるから、仲良く講義を受けてくれ。』
そう言うと講師は教科書を開き、説明を始めた。
カーン、カーンとお昼の鐘の音が、講義の終わりを告げる。
『やっと終わったね!』
『やっと終わったね、じゃないわよ。夜詞ったらまた寝ていたわね!?』
『えへっ、バレた?』
笑って誤魔化す夜詞に、亜朱は呆れた。
『夜詞は食べる事しか頭にないもんな。』
『そうそう。私って食べる事しか頭に……って失礼な!あ、弘(ひろ)ったら今頃来たの?』
弘と呼ばれた男の子は返事代わりに口笛を吹く。
この男の子の名前は竜凰弘(たつおうひろ)
人族出身であり,人界の王家の一族。
『まぁ、僕達には講義など、皆無(かいむ)。不要です。あ、弘には必要でしたね。』
この講義を受けない理由を正当化している男の子の名前は月城雅紅(つきしろがく)
同じく人族出身である。
『いえ、分かるような気がしますが、駄目ですよ。ちゃんと受けましょう?』
呆れながらも、諭す亜朱。
『まぁ亜朱が言うならば、僕は快く講義を受けるとしましょう。貴女を悲しませたくはありません。』
『私は別に悲しまないですが…講義を受けて下さるなら、どうでも良いのですが…』
気障な台詞に余計に呆れる亜朱。
『やはり噂通りの愉快な人間共だな。』
夜詞達は声がした方を向く。
『その物言いは不快だわ。』
反発したのは夜詞。
『夜詞……』
亜朱は止めようとするが、夜詞は無視。
『真実であろう?違うと言いたいのか?ふん、貴様達は人族だろう。魔族にとるに…足ら………』
言い終わる前にペチンと軽い音がした。
『嵩は何様のつもりですか?』
そう言って嵩の頬を叩いたのは水鵺。
驚いた表情をする嵩。
『嵩が失礼をしましたね。久遠さん、許して下さい。』
申し訳なさそうに、黙っていたはずの壱が嵩の代わりに詫びを入れる。
『別に良いわ。』
『夜詞!敬語……を…』
亜朱が小声で夜詞に促すのを見た壱は小さく笑う。
『白酉さん?敬語は必要ありませんよ。素でも構いません。』
『はぁ?壱は何言ってや……』
またしても、最後まで言えずじまいな嵩。
『水鵺、止めろ…耳を引っ張るなっ。』
『君も懲りませんね。失礼ではありませんか?壱、申し訳ありませんが、先に失礼しますね。』
そう言って嵩の耳を引っ張りながら、水鵺は魔法堂を出て行った。
かなり痛そうな光景である。
『痛そうだな……』
弘が呟いた。その呟きに壱以外が頷く。
『重ねて詫びる。彼を許して欲しい。悪い奴ではないんだ。口が悪いだけだからね。性格は……多少は歪んではいるが、問題ないはずだ。』
壱の言葉に亜朱達は突っ込みをかなり入れたかったのだが,我慢した。
魔族の王子様にそんな事は出来ない。
『詫びも兼ねて、君達を夕食に招待をしたい。どうだろうか?』
壱の突然の申し出に戸惑う四人。
『何でも好きなものを用意しようと思うのだが……』
壱のその一言に夜詞の目は輝いた。
『本当に……?』
亜朱は嫌な予感がした。
『あぁ。君の好きな物も沢山、用意しよう。』
天使的微笑みをする壱。かなり黒いが。
その言葉と表情に夜詞は頷いた。
『行きます!』
亜朱の嫌な予感は的中するのであった。
かくして、運命的とは言えないが出逢った其々の世界の者達。
楽しい学園生活はまたまだ序章に過ぎない訳であるが、この時は平和が崩れるだなんて想像もしていなかった。
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