05:魔女っ子とライダーが恋したら

 「ちゅっ……んっ、ぅ……」

 一度キスしたまま、ずうっとしっぱなしにしてみる。

 「~~ッ!」

 うわっ。キスしたまま、マコがぷるぷる震えてる。かわいい……! けど、これじゃ、どっちの苦手克服のためにやってんだか分かんないな。

 自分からやっておいてなんだが、マコの柔かい体やくちびるの感覚が伝わり、どんどん愛おしさが増していく。俺ももう、マコから離れたくない!

 「ん、んーっ……ちゅる、チュルじゅぷぷっ……んん、う~っ!」

 ふぅっ、とマコの鼻から空気が出ている。口を塞いじゃってるもんな……すまん。

 あぁ、なんで俺、女子を怖がってなんかいたんだろう? 本当にバカだったと思う。こんなに温かい気分になれるのに。

 後悔が、生まれた端から幸福に塗り替えられていく。そんなプロセスが、俺の頭の中をいっぱいにしていた。

 「……ん、んむッ、んンぅ~っ! ……ぷはっ!」

 俺も息苦しくなってきて、いったん口を離した。

 マコは、目の端に涙をためていた。紅潮した頬、それから荒い呼吸が少々痛々しい。まるで、俺が女子中学生をいじめているみたいだ。

 「あ、ゴメン、やり過ぎた?」

 「うぅん、そんなことない」

 あっ。唾液が、マコのくちびるの端からたらっと漏れてしまった。首を伝い落ちていく。

 「君に、されてイヤなことなんてないもの」

 「マ、マジすか……!?」

 あまりにも潔い台詞を堂々と言われる。俺のほうがまごつくくらいだ。

 「……まぁ、よっぽど変なことでなければ、マジよ」

 「じゃ、じゃあ、もっと苦手克服していい?」

 「いっ、いいけど」

 面と向かって言われると恥ずかしいらしい。マコは一瞬言葉につまった。が、ずっと俺と目を合わせたままだ。 

 俺も目を逸らさずに、そのままキスする。

 「ん……ぁむんっ、チュルるるっ……ちゅぱっ、ちゅっチュゥゥ~~っ!」 

 「マコ、マコ……マジで可愛い……! んぷっ」

 「くちゅ、クチュクチュぐちゅっ……うんっ! んぁ、ぺろっ、れるれろれろれろっ……はぁアンっ……はぁーっ、ぺろぺろぺろ……なつきぃ、うれしい!」

 ぺろぺろっ、と犬みたいにくちを舐められた。うわぁ、ぬめっとする……!薄赤い舌が視界の端でチラッとうごめく。体型のわりに、彼女は妙に大人っぽく見えた。

 マコは、俺を慰めるように、背中を繊細な手つきで触ってくれた。くすぐったくて笑いそうだ。けど、そんな単純なことで、妙に安心してしまう。

 「怖くない……怖くないから。誰も、もう君にいじわるなんてしない。いたとしても、そんな人私が追い払ってあげる」

 「ありがと、マコ……!」

 「お礼なんて……。君が私にしてくれたのと、まったく同じことをしてるだけだもの」

 ただただ直球で、優しい言葉をかけられる。俺は、グッときてしまった。涙腺が熱くなり、涙が垂れてしまう。チョット情けない、かもしれないけれど……でも、こんなに優しくされて、嬉しくないやつがどこにいる?

 「泣いてるの?」

 「う、うん……うんっ」

 「こんど、春彦にお手本を見せてあげたら」

 マコは、俺の後頭部を「よしよし」と撫でた。

 「君の泣き方、とても静かね。それに可愛い……可哀相なくらい」

 「うっ、ぐすっ……!」

 「今まで、ずっと我慢してきたのよね。女性が怖かったのよね。でも、もう大丈夫。大丈夫だから……」

 「マコ、ありがっ……ありが、と……!」

 「はむっ……ん」

 と、マコは予告もなくキスしてきた。抱きしめていた手を離し、今度は俺の両手をしっかりと握ってくれる。透き通るような細い指の感覚に、それだけで心地よさが走る。

 「んぱっ、む、ちゅぅーっ、ん……ハァ、はむんっ、ん、チュルるっ……! 」

 「ぷぁっ! マコ、マコ……!」

 「夏樹、なつきっ、はぁん、ぷちゅっ、チュルっチュククっ……はっ、んちゅ、ちゅっちゅっ、にゅるるっ……! ねぇ、大好きよ。大好きなの。もう、離れちゃヤダから……!」

 「た、頼まれたって、もう離れてなんかやんねーよっ……んむっ!?」

 マコが、体を押し付ける力を急に強くしてくる。あやうく後ろにコケるところだ。

 「ハァッ、嬉しいっ……チュぅぅっ、ん、クチュチュるんっ……ねえ、好きって言って、いっぱいっ……はむん、はっ、ちゅっ、じゅるるるるっ……!」

 結界の中はとくに暑いわけでもないのに、マコはつーっと汗を一滴ほお骨にたらしていた。気づけば、俺も全身が汗ばんでいる。熱い。身体が、熱い!

 「んんぐっ、す、好きだよマコ。好き、好き、好き、好き、大好きだから……っ!」

 俺も、マコに負けないように力を加える。今度は逆に、マコが俺に押し倒されそうになった。

 「はあ、ァッ、私も好きよ……んん、ぁむんっ! ぺろっ、チュクチュクチュクちゅくぅ……ハァッ……大好き、だいすきぃっ!」

 なぜだか、押し倒されてキスされているマコが、ちょっと涙を流していた。もらい泣きというやつだろうか。真っ赤な顔して、一生懸命「好き」と言ってくれることに、感動している俺がいた。

 女子と……もっと言えばマコと、こんなに気持ちが通じているなんて。

 マコとくちびるを重ね、手を握り、体どうしを擦り合わせていると、それだけで、恐怖も苦手意識も、すぅーっと頭から融けて、蒸発していくように思えた。

 これは……奇跡だ。

 いや、魔女っ子だから、魔法なのか。

 「マコ、俺と結婚してくれ」

 前ふりもなく、俺はそう言った。

 「なっ……夏樹……!?」

 ぱっとくちびるを離してしまうマコ。

 その瞬間、マコの身体が光につつまれる。「ぽんっ」という、失敗した理科の実験みたいな音がする。そしてものの1、2秒で、魔女っ子・マコは高校二年生の榎真子(えのきまこ)に戻ってしまった。

 「そ、それって……!」

 ぱっ、と両手で口を押さえ、真子は顔を真っ赤にした。

 そして、涙がものすごい勢いで目の端から流れ落ちる。なんだか、ぶっ壊れた蛇口みたいだ。

 「う、うわっ!? ど、どしたんだよ、目の病気か!?」

 ふるふるっ、と真子は首を横に振った。

 「違う……っ! 今の、本当? 本気で言っているの?」

 「……当たり前だろ。いくら俺でも、そんなバカな冗談言わない。本気だよ。プロポーズ、とか……申し込みとか……そういう奴だよ」

 「!」

 もとから細い真子の目が、さらにきゅっと細くなった。

 「嬉しい……嬉しいっ!」

 「わっ!?」

 真子は、とびばこに飛び乗るような勢いで、俺に抱きついてきた。完全に形勢逆転し、俺が押し倒されてしまっている。下が土でよかった。下手すりゃ怪我してた。

 うーん、でも……もうちょっとだけ、かっこよく言わせて欲しかったんだけどなぁ? 

 「あ、あの……いま、思いついた瞬間に言っただけだから……前々から思ってたとかじゃないから。ゆ、指輪とか、そんなのないけど……! っつか、高校生の身分じゃ、んなもんまだ買えねぇけど……っ!」

 「いい、いいの。それでも、嬉しい、すごく嬉しいっ!」

 「じゃ、じゃあ、いいのか? 俺で……」

 「いいどころじゃないっ。もう、君以外に考えられないもの。よろこんで、受けるわ。私も、君と結婚したい……君の奥さんになりたいっ!」

 だ、誰だこの子!?

 と言いたいくらいに、真子は幼児なみの無邪気さを見せる。その笑顔は、最高に可愛かった。

 あぁ……! う、ウソだろ?

 この歳で婚約だなんて、まさか。

 女子が苦手だった俺が! 嬉し過ぎて、どうにも現実感がわいてこなかった。ただただ、真子を抱き潰しかねないほどに抱きしめ返す。

 「良かった……! 俺、ぜったい真子のこと幸せにするからっ!」

 「うんっ、ありがとう……大好きっ!」

 そうして、言葉もないままに、しゃくりあげながら、何分も俺たちは抱き合っていた。

 「ええと……ゴホンッ。君たち、そこで何してるんだ?」

 「わっ!?」

 急にまぶしくなり、俺は手で光をさえぎった。どうやら、懐中電灯を向けられているらしい。

 あ、あれ……っ?

 よく見ると、辺りは山の中だった。数人の人が、俺たちから少し離れて立っている。

 「ちょっ、真子、真子! 結界、ねぇ結界は!?」 

 「うんっ、結婚、結婚したいっ! 私も、夏樹と結婚したいよぉっ!」 

 「ちがーう! けっかいだ結界!」

 真子は、ムニャムニャとろれつが回らなくなって、何を言っているか分からない。

 魔女っ子の結界とやらは、いったいどうなったんだ? 見つからないはずじゃないのか?

 ……って、よく考えたら、真子、もう魔女っ子から変身解除しちゃってるじゃん。そうか、変身がとけて、結界も解けちゃったんだな。

 ……なんて、納得してる場合じゃない。

 目の前にいるのは、着ている制服から警察だということが分かった。空は、もう夜になりかけている。たぶん、親のどちらかが捜索願いとかを出したんだろう。

 と思ったら、その親たちもいた。各々、懐中電灯を持って、警官の後ろに立っている。

 「な、なんだ……探しに来てくれたのか」

 「おい夏樹、お前たち一体、な、何を……」

 「真子、そ、そんなに夏樹くんに抱きついて……」

 「え……っ」

 親父も優子さんも、目が点になっている。それ以上の言葉もなかった。

 これ……プロポーズするとこ、ひょっとして見られてた……ってこと? 

 「うわあああああぁぁぁぁぁぁっ!」 

 カノジョに結婚申し込みすんのを親に見られるとか。最っ悪じゃねえか!

 だらだらっ、と一気に汗が吹き出る。お、終わった……!

 「き、君っ! もしかして、君がその……榎真子さんを連れ去った犯人かね?」

 警官が、若干引き気味に言った。本当に、こんな恥ずかしい姿を見せてしまい、俺は申し訳ないと思った。

 ええと、どうしよう。

 家出&誘拐とかしておいて、俺、具体的に何も決めていない。ただ、山中で真子とイチャついているうちに見つかってしまった。まだ、ひと晩だって明かしていないのに!

 これじゃ、子どもの家出そのものだ。

 「はぁ~~~っ……!」

 俺は、真子を引っぱりあげつつ、立ち上がった。警官の前に立つ。

 腰に手をかざすと、虚空から変身ベルトが出現――

 しなかった。

 ああ。

 ここで、装甲ライダーに変身して。大人どもをぶっ飛ばし、二人で愛の逃避行――というのが、一番かっこいいのかもしれないが。

 その必要はない。

 だって、もう真子と約束できたし。

 それに……俺が真子から逃げ出すことも、もうないだろう。

 たった今、俺はそう確信できた。

 「そうっすよ。俺が……真子さんを連れ去った装甲ライダーです。ちょっと、今は……なんでか、変身できないっすけどね。どうぞ、逮捕して下さい」

 片手をひらひらさせ、戦意がないことを示す。警官は、俺に手錠をかけた。

 「夏樹っ!」

 「大丈夫」

 俺がしごく落ち着いているからか、警官はムリに引っぱったりしなかった。その間に、ちょっと体を屈める。真子の頬に軽くキスした。

 「っ……!?」

 「ぜったい、そのうち迎えに行くから。ちょっとだけ待っててくれ」

 真子は、また目にいっぱい涙を溜めて、

 「……分かった。私、待っているから。君が戻るまで、ずっと」

 と言い、俺の頬にお返しのキスをする。

 ……この一部始終も、ぜんぶ親と他人に見られてるんだよなぁ。みんな、気まずそうにしてるし。

 まぁ、しょうがないか。

 警官が無線か何かで連絡する。ふもとまで行くと、パトカーが会ったので乗せられた。

 親とも、真子とも、その場で別れる。いったい、どうなったのかは分からなかった。

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