04:魔女っ子とライダーが恋したら

 真子をどうにかなだめすかしつつ、俺は釈明する。

 「ま、まあ、以前の、女子が苦手なのがちょっと復活しちゃったってだけでさ……」

 「それは知ってる。見れば分かるもの」

 そうですね、ハイ。

 カノジョと仲直りして抱きしめあっているというシチュエーションなのに、俺は装甲をまとわずにはいられないのだ。

 「君のそれ、前から聞こうと思って、でも遠慮していたんだけど――」

 「あ、そうなの?」

 「君だって私をさらったんだから、もう遠慮しない」

 「ごもっともです……」

 もしかしなくても、俺って、誘拐犯になっちゃったんじゃね!? と、今更ながらにビビる。

 真子の同意はある……からセーフ。だと思いたい。

 「君が女性を苦手になったのって、何か理由があるの?」

 「うーんと……まぁ、そもそも、俺あんまり人付き合い得意じゃないからさ。あんまり、女子のことがよくわかんなかったんだよね」

 「それだけ? それだけなら、私にだって当てはまるけど」

 「……ええっと」

 俺はビクビク震えた。装甲を着ているはずなのに、急に寒くなって鳥肌が立つ。

 「じ、じつは……思い出すとちょっと怖いんで、あんま言いたくないんだけど……っ!」

 「そうみたいね。夏樹、すごく震えてる」

 真子は俺の胸部装甲に耳を当てた。

 「じゃ、じゃあ――」

 「でも言って」

 「そんな無慈悲なお言葉っ!?」

 「私だって、もうイヤなの。理由も分からず、急に君がいなくなるなんて。それに……君だって、私のタンスの中を勝手に見たでしょう。本当に恥ずかしかったんだから」

 真子は頬を膨らませつつ、俺の首もとにだきついた。「怒ってる」というアピールらしい。

 「そ、それは……!? わ、分かったよ……俺だけなんか秘密にしてるってのも、寂しいもんな。で、でも、別に大した話じゃないんだ。小4のとき、ちょっとウザい女子がいて。俺いじめの対象になってたんだよね」

 「そうだったの?! 君がいじめられていたなんて……悔しい。同じ学校だったら、私が守ってあげれたのに」 

 「つ、つええ」

 真子、めちゃくちゃ頼りになるなぁ。俺が女だったら惚れてた。あれ? なんかおかしいぞ……? まあいいや。

 「それだけなら大したことなかったんだけど、ある日に……す、水泳の授業があって」

 俺は、言葉を切った。

 すべてをありありと思い出すのは、怖かったのだ。

 「な、なんか俺、水泳パンツ脱がされちゃったんだよ……みんなが見てる前でさ。そ、そそそそれで……っ!」

 「だ、大丈夫、夏樹?!」

 「あぁ、ちょっと怖い……けど、言うよ。それで……その日から、そのことでずっと、かっ……かか、からかわれて、さ。しばらく、学校行けなくなっちゃったんだ。でも、ライダーになったのが、ちょうどその時で。装甲着てれば、なんとか学校へは行けたんだよ。ま、女子が苦手なのは、けっきょくそのままだったけどな」 

 「そう、だったの……」

 真子は俺の頭を胸で抱えるようにして、抱きしめてくれた。

 「辛かったわね。それは」

 「あぁ……でも、話したら、ちょっとはスッキリしたよ。サンキューな」

 さきほどからの震えが、少々おさまっている。

 話す前は、ただただ怖かったんだけど。ちょっとは、よくなったってことかな。

 「な、なぁ……もうちょっと、このままでいてもいいかな?」

 「夏樹……?」

 俺は、自分でも分かるくらい、はっきりと涙目になっていた。

 「ひっ……人に話したの、真子が初めてなんだ。あのバカ親父は、何言ったって聞いてねえからさ。だからっ……もうちょっと……!」

 「構わない」

 真子は、黙って10分ほども俺を抱きしめ続ける。

 まったく……。

 こんな良い子を、なぜ俺は放り出したりしたんだろうか?

 俺は、アホじゃないか?

 「こ、こんなに楽になるなら、最初から……話せばよかった……っ!」

 「自分を責めないで。君はべつに、何も悪くないじゃない」

 「そうだな……ありがと……ありがとな……っ!」

 いつの間にか、俺の変身は解けていた。

 ぜんぜん、変身ベルトは触っていないんだけど……。

 たぶん、もう、必要なくなったからだろう。真子に対して、壁を作る必要なんてないんだ。

 俺は、絶対的な安心感を覚えていた。

 

 「むにゃっ……んんっ……?」

 「あ、目覚めた?」

 どこからか、女性の声がした。

 「おっ……俺、寝ちゃってたのか」

 まぶたが、異様に重たかった。目をこする。

 「泣き疲れたんじゃない。泣くのって、けっこう体力要るみたいだから」

 「そ、そっか……」

 なんだか、真子の声がやたらに高い。カナリアが鳴いているみたいだ。魔女っ子形態に変身でもしているのかな?

 と思ったら、

 「うわああぁぁっ!?」

 変化しているのは、まわりの世界すべてだった。

 いつの間にか、真っ白な立方体の部屋の中みたいなところにいる。

 タンスも、机も、椅子も、ベッドもない。それどころか、窓も机もない。マコの部屋より殺風景とはびっくりだ。

 あれ……?

 俺、波止島のどっかの山ん中にいたんだけどなぁ?

 なんでいきなり、こんな病院の中みたいなところに。

 はっ!? ま、まさか……誘拐犯として警察に逮捕された!?

 それとも、いままでのことは全部夢オチで、精神病院に入れられてたとか!?

 「そんなわけないでしょう、夏樹」

 「あ、マコ……。あれ? な、なんで俺の考えてることが分かるんだよ!?」

 「君、ぶつぶつ独り言言ってたから」

 マコは、「頭痛がする」とでも言いたげに、首を振った。

 「魔女っ子の力で、ちょっと結界を張ったの。これで、万が一のときも、他の人に見られなくて済むから」

 「あ、そうなんだ」

 便利だな、魔女っ子。

 「でも、人に見られないようにって……何するつもりなんだ」

 マコは黙って、ステッキで俺の体を指差した。

 俺は、パンツ一丁だった。

 え。

 寝てる間に、ズボン脱がされて。人に見られたくないようなことをするって……まさか!?

 そういうこと!? そういうことなの!?

 「いっ、いやあああぁぁぁ! まだ、そういうのは、はっ早い早い早いっ!」

 尻もちをついたまま、俺はマコの足元から後退した。

 「何勘違いしてるの。君が装甲を脱いだら、勝手に下着一丁の姿になっていただけ。私が脱がせたわけじゃない」

 「あっ……そっか」

 よくよく考えたら、装甲の保温性が高いので、装甲の下に下着しか履いていなかったんだ。それに、梅雨はしとしと雨が降って、湿気がすごいからな。装甲の下に服なんて着てられない。

 「なるほど……パンツの俺が他人に見られないように、こんな便利な結界を! 助かったぜ」

 「でも、人に見られたくないことはするわ」

 「……はい?」

 マコは、下着姿の俺に抱きついた。俺のわき腹に触れるような形で腕を伸ばし、背中でぴったりあわせている。

 ドレスの、やたらに明るいピンク色の色彩が、目にまぶしい。

 「どう、怖い?」

 「え、なんで」

 「だって、下着だけでしょう。その……いじめられた時と同じ様に」

 「あ、そう言えば……そ、そう言われると……おおおお思い出して怖くなってきたかも……」

 結界内部は、適温で暖かい。ましてや、マコにぴったり抱きつかれてるから、寒くはない。なのに、またちょっとブルってきた。

 「私、手伝うわ。君が、苦手を治せるように。女の子は、別に怖くないんだって……そう、分かってくれるまで」

 「ま、マジで?」

 マコの柔かい金髪が、ふわっと俺の頬や耳をなでる。くすぐったさと、香水のような優雅な香りにくらっとした。

 「そんな、ご迷惑な……」

 「迷惑なら、山に誘拐された時点でじゅうぶん迷惑よ」

 「め、メメメメ面目ないっ!」

 やべー、俺ガチ犯罪者じゃんっ。あの、流なんとか先輩より、よっぽど重罪かもしれない。

 「じょうだん。私が手伝いたいから、やってるだけ。君だって、私に優しくしてくれたんだから、そのお返しがしたいの。いいでしょう?」

 「い、良いのか? 俺なんかが、こんな良い目にあっても……!? 俺なんて、しょせん……装甲がないと、女子と手もつなげないヘタレなのに……っ! 一生、女性に縁がないんじゃないかって、そう思ってたくらいなんだぜっ!?」

 「そんなこと、どっちでもいい」

 マコは、女子中学生相当に幼くなった顔で、しかし真剣な表情で俺を見つめた。

 満月のように、おおきくまんまるな瞳で。

 「今、私は幸せ。だって、君が行ってしまうと思ってたのに、帰ってきてくれたんだから」

 「そ、そっか」

 なら、結果オーライだったな……。誘拐はしちゃったけど。

 「私と同じくらい、君にも幸せになって欲しい。それだけなの」

 「マコ……」

 「……だから、最初の一歩は君から踏み出して。夏樹」

 「マコっ!」

 こっちからも、マコを抱きしめる。魔女っ子であるマコは、体格が幼くなっており、俺の腕の中にすっぽりおさまった。

 これで、がっちり抱きしめ合ったな!。

 と思いきや、マコは両脚を俺の腰のあたりに巻きつけ、腕と同様ほどけないように組み合わせた。スカートの下にスパッツを履いてくれてて、ほんとに助かった。

 「ありがとう……俺なんかのために! もう……もう、どこにも行ったりしないから」

 「嬉しい」

 俺は、マコのくちびるに吸い付くようなキスをした。なんだか、頭から脚まで、全身マコだらけで頭がおかしくなりそうだ。

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