03:強引な逃避行
「怒ってない」
「……え?」
相変わらず、唐突な言い方に、俺は顔を上げる。
真子は、ちょっとだけ寂しそうに、しかし9割がた無表情で、言った。
「映画館、途中でいなくなっちゃったこと、別に怒っていないから」
「そ、それは……」
単なる慰めか。
それとも、もう俺のことなんか、どうでもいいってことなのか。
聞きたかったけど、やっぱり言葉がでない。
「むしろ、君も私も被害者よ。親のあれこれに振り回されて……二人で、必死に暮らし抜いたと思ったら。かえって、それが原因で離婚だもの。バカにしている」
「……え、えぇ」
「向こうに着いたら、連絡を頂戴。メールでなら……ふつうに話せるでしょう?」
「そ、そうっすね……っ」
真子は、抱いている春彦の腕をとった。
「ほら、春彦。お兄さんにバイバイしなさい」
彼は、手を振った。真子に誘導されて、だが。まぁ、こいつは状況分かっていないんだろうから、気楽でいいけど。
「さようなら」
「……じゃあ」
また頭を下げる。4月から、ほんの2ヶ月半ほど滞在しただけの家を、俺は後にした。
バカ親父と港で合流する。あとは本土に帰るだけだ。カーフェリーという、でかい船に乗り込むばかりとなった。
親父は俺の気も知らず、昼間から缶ビールなど飲んでいる。もう勝手にしろ。
せめて、高校でも出ていれば、こんな親父と一緒に行動する必要などないのかもしれない。けど……俺はまだ高二だ。さすがに、高校を退学してまで、島に残る度胸はなかった。
仮に、そこを乗り越えたとしても、女性と話せないという問題もあるし。
ピピッ! と、ICつき切符を改札に通して、船に乗り込む。
あぁ……。これで、後戻りできなくなってしまった。
装甲をまとっている俺には、船の座席はかなりきつい。主に尻の部分が。
……出発まで、船の手すりのとこにいよう。強そうな装甲ライダーが、港を眺めて手すりにションボリ寄りかかっているというのも、おかしな光景だろうな。
真子が居れば、ツッコミを入れてもらえたのに。
「はぁ~~っ……」
……ま、まぁ。
別に、今生の別れってわけじゃないんだし。
それどころか、島に行こうと思えば行けなくもない。
女子が怖いのを治してから、あらためて来たっていいじゃないか。
それまでに、真子に他のカレシでもできたら……と思うと、胸がモヤモヤして死にそうになるが。
それでも、メールで連絡を取ることはできる。
真子も……怒ってないって、言ってくれてたし。
「お~い、夏樹。探したぞ、冷凍みかん食うかぁ?」
と、親父がややふらつきながらやってきた。
座席についてください、というアナウンスが鳴り響く。そろそろ、出航時間だな。
俺は、手すりを蹴り飛ばして、船の外に飛び出した。
「……はっ!?」
親父は、ビックリしているようだった。
だが、知ったことじゃない。
やっぱり……。
いくら、言い訳を重ねようと、けっきょく俺は行かないわけにはいかなかった。だって……そうだろう?
ライダー特有の超視力で、俺は港にいる人影を捉えていた。もともと、見送りにくる人たちでけっこういっぱいになっているのだが……。
その一角に、男が立っている。
短髪で、すらっとしていて、やたらに姿勢が良くて。
遠目には男にしか見えない。なのに、女。
榎真子(えのきまこ)が、俺のカノジョが、ポツンと港に立っていた。
来るって連絡さえもせずに。メールだってできるだろうに、なんでしねぇんだよ。バカか。
ひそかに、見送りに来てくれているとか。……そんなもの、放っておけるわけがないじゃないか。
そこまで想ってもらって――なお応えられないっていうなら、俺はもう死んだほうがマシだ。
港に着地する。と、俺の足の裏を中心に、地面にひびが入った。
「な……な、なつ……き?」
騒然となる港の中で、真子の囁きだけがはっきりと耳に入る。
「いくぞ、真子」
「ちょっと、なに、いきなり、どこへ――っあ!?」
がしっ! と、真子の手首をつかむ。
そして、彼女をむりやり引っぱり上げ、いわゆるお姫様抱っこ状態にする。
「き、君っ! どうして? 女性に、触れないんじゃ……!?」
「そんなことはどうでもいい。とにかく、行こう」
真子は目を白黒させた。こんなに困った真子は珍しい。あれ? 「こまったまこ」って回文になってね? ――などというどうでもいい思考を排除し、俺は全力でジャンプした。
どうだ、これが本気のライダー・ジャンプだ! 港の建物もコンテナも通り越し、道路、町へとあっという間に移動していく。
向かい風の中、真子は大声で聞いてきた。
「どこにっ……! 行くのっ……!」
「決めてねぇっ! けど……家出、だよっ!」
夜になったら、パトカーの音がやたらうるさくなってきた。……ひょっとして、俺らのせい?
「ハァっ」
と、真子は地面に大きめの葉っぱをしいて、そこに腰を下ろした。
「そんな、すっごいため息つかなくても……」
俺は装甲を着ているので、真子のすぐ横の地べたに座っても構わなかった。
ここは、波止島のとある山中である。
うっそうとしていて、昼間なのにけっこう暗い。
「もっと、ロマンチックなところに連れて行ってくれるのかと思ったのに」
「ロマンチックって……どこ?」
真子は少しばかり考え込んで、
「……パリとか」
「さすがに、そんなとこまではジャンプできねえよ!」
今度は俺がため息をついた。
「それで?」
と、真子が短く言った。
「はい?」
「勝手に私をさらって行ったんだから、説明くらいして欲しいんだけど」
「……あ、要る?」
「要るに決まってるでしょう」
真子はわずかに口をとがらせていた。たぶん、クラスメイトとかの前では絶対見せないような顔だと思う。
やべー、これはお説教されるかな……。と思っていたら、意外にも、真子は涙目になった。
「……今まで、寂しかったんだから」
と、涙声で言い、俺にしがみついた。あんまり勢いが良いので、包丁でもぶっ刺されるのかと、一瞬勘違いしてしまったくらいだ。
俺は、真子の背中に手のひらを置いた。ぽんぽん、と軽く叩く。
「ごめん。ほんとに……ゴメンな」
「……デートを放り出して帰っちゃうし。急に、話してくれなくなったし。もう本土に帰っちゃうっていうし。私の……私のことが、嫌いになったのかって……っ!」
真子の泣き方は、とても上品だった。
春彦のようにギャンギャン泣きわめいたりせず、大人しい幼児のようだった。なので、余計に胸にチクリとくる。
「マジでごめん!」
きつく抱きしめ返す。
「もう、あんなことしないから。絶対!」
「うん……」
彼女はしばらく泣いていた。俺はその間、頭をなでたり、背中をさすったり、とにかく慰めようと苦心したのだった。
「――そろそろ、落ち着いたか?」
「えぇ。ありがとう」
真子は、まだやや鼻声で、目や鼻の付近が真っ赤になっていた。ハンカチもよれよれになっている。とはいえ、泣き止んでくれて助かった。
いつもの通り、俺の膝の上に腰かけている。まるで赤ん坊のようだ。
「ぷっ……」
ヤバイと思ったときには、すでに吹き出してしまっていた。
「何笑ってるの」
「いや、なんか真子、春彦みたいだなって」
「……?」
そこで彼女は、ようやく俺に抱っこされていることに気づいたらしい。少々ふてくされた顔で、じと~っと俺をにらむ。
「いいじゃない。好きなんだから」
真子の腕が、俺の背部装甲にぴとっと張り付いた。
うおぉ。なんだ、この反応!?
「な、なんか……やたら素直じゃね? ちょっと、今……可愛すぎて頭くらくらしたわ」
「なら、ちょうどいいわ。これで、もう私を放っておけないでしょう」
「な、なるほど……!」
得意げに笑う真子に、妙に納得させられてしまう。
「ま、真子には逆らえないなぁ」
「もっとも――私を見つけたら、船を飛び降りてまで駆け寄ってきちゃうくらいだから。あまり、その必要はなかったかもしれないけど」
「ぐっ!?」
「私が春彦だっていうなら、君はまるで犬ね。尻尾を振って私に駆け寄ってきちゃう、かわいいお犬さん」
「ぐぬぬっ!?」
真子は、他人をあからさまに攻めたりしない性格だったと思うが……今の彼女は、ややサディスティック。ハスキーな声が、今にもひっくり返りそうな喜悦に満ちている。トラウマがやや刺激され、身体がビクついてしまう。
「聞いていい? どうして、私のところにジャンプして来たの。最初から、そのつもりだった? それとも……私を見て我慢できなくなっちゃった? 教えてくれる」
「そ、そんな、根掘り葉掘り聞かなくても……」
「カレシのことなら、なんでも掘りたいわ」
「それ以上はいけない!」
俺は話題に方向修正をかけた。
「ま、まぁ……ほんとは、どうにか一緒にいたいとは思ってたけど。真子を見つけて、我慢できなくなって……つい、ジャンプしちゃったって感じか」
「そう」
真子はもぞっと俺の膝の上で動いた。
「嬉しい」
――と、言った顔はとびきり可愛く思えた。
「お、俺も……嬉しいよ」
「ねえ、装甲脱いで。どうせ、まわり誰もいない」
「い、いや……それは、ちょっとムリかも」
「どうして」
俺は、ちょっと頭を掻いた。
……装甲ごしに頭を掻いたって、何の意味もないんだが。
「いやー、ちょっと……また女子が怖くなってきちゃったっていうか」
「え……!?」
「いやっ、真子は好きなんだけど。触るのは抵抗あるっていうか……」
頭をペコペコ下げるが、真子はみるみるうちに怒りだした。
「……あんなに、私のことを触っておいて?」
「め、面目ない!」
「お風呂場で、私の体中をあんなにベタベタ触ったくせに……今はもう飽きたとでも!?」
「ちっ、ちが~~うっ! 俺は、そんなひどい男じゃないぃっ!」
ばさばさばさっ!
俺の大声に驚いたのか、鳥が羽音を響かせながら去って行った。
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