10:魔女っ子完堕ち
「うるさいっ! この男が、僕から真子を奪ったんだ! ほら、そこの道着の女の子を! ……あれ、おかしいな。いない? ……と、とにかく、僕の恋人を奪ったんだよ! その上、僕を嵌めて濡れ衣を着せ、おかげで停学になってしまったじゃないか! こいつのほうがよっぽどおかしいんだ!」
「……はぁっ」
マコは心底呆れたという風に首を振った。
「それは全て、あなたの妄想でしょう。偉そうに色恋を語る前に、精神科の受診を勧めておく」
「うるさいっ! 僕は、誰の指図も受けないぞ! 死ね、人見夏樹!」
「うわっ!?」
アクアが、もう一度俺に向けて拳を振りかぶる。が、
「させない!」
マコは魔法のステッキを振った。すると、不思議な紐のようなものが現れ、たちまち装甲ライダー・アクアの手首・足首を拘束する。
「く、くそっ! 動けないっ……!」
「夏樹! 今よ、やって!」
と、マコが叫んだ。
いける! アクアが動けない今なら!
痛みをこらえて、俺はふらふら立ち上がった。まだだ……まだやれる! 俺はまだ戦えるぞ!
「食らえっ、ライダー・パンチ!」
灼熱の炎を帯びた拳を、俺はアクアの複眼にたたきつけた。
がりゅっ! という痛々しい音とともに、アクアの装甲兜が砕け散る。
「がああぁぁぁっ!?」
俺の単純な名前の必殺技を食らったアクアは、ふらふらと数歩のけぞった。わなわなと手を震わせている。
「真子は俺の恋人だ! 諦めろ、アクア!」
「くそっ、くそっ、くそっ! ちくしょおおおぉぉぉぉぉぉぉっ!」
アクアは膝から崩れ落ち、体ごと倒れ伏す。そして、ついに力尽き、その体は大爆発を起こした。激しい閃光と熱が、ステージ上に撒き散らされる。
……うーん。
こうして、装甲ライダー・アクアは、マグマの拳によって倒された。
めでたしめでたし!
って、んなわけない。
何も力尽きるときまで、そんなに装甲ライダーらしい果て方をしなくてもいいじゃねーか……。
これ、あとかたづけすごい大変だぞ?
気が抜けたら、膝の力が抜ける。俺は、へなへなとしゃがみ込んでしまった。
「……夏樹っ! 大丈夫!?」
と、桃色の魔女っ子が、駆け寄ってくる。俺の背中に手を回し、心配そうに覗き込んできた。
「くそっ。とんだ、ストーカー野郎だったな……!」
まさか、あの先輩があんな本性を隠していたとは。思いも寄らなかった……。
「どこか怪我したの!?」
「頭がくらくらする……」
体力の限界が来たらしく、変身が勝手に解除されてしまった。特に出血などはしていないようだが、体中が痛い。
「やだっ。おでこのところ、すごく腫れてるっ。目、見える?」
「あぁ、見える。マコがめちゃくちゃ泣いてんのが、よく見えるわ」
「ばかっ!」
マコは、俺をぎゅうっと抱きしめる。
「ムリしないで! 死んだらどうするのっ」
「……ムリくらいするさ」
「しないでよ!」
「するよ……。だって、放っておいたら、お姫様が何されるか……分からなかっただろ?」
「……っ!」
自分が「お姫様」と呼ばれたことに気づいたらしく、マコは顔を真っ赤にした。
「本当に、君はっ……! そんな、マニュアルどおりみたいな台詞を!」
「そりゃ、マニュアルどおりにもなるさ。こんなこと……はじめて言ったし」
「……! ほんとに、バカ……でも、ありがとう」
マコは、俺の頬に軽くキスをした。
「夏樹、お待たせ」
「……あ、あぁ」
いろいろと大変だった文化祭一日目が終わって、二日目。校門をくぐる。
ふと、マコは俺のおでこを触った。少しふくらんでいて、その上に絆創膏が張られている。
「大丈夫? 名誉の負傷ね」
「あぁ。普通に見えるよ。別に歩き回っても大丈夫だな。まぁ、不恰好かもだけど」
マコは、黙って首を振る。そして、嬉しそうに笑った。
「そんなことない。とてもかっこいいと思うわ」
「そ、そうかな?」
マコは、俺の耳元にそっと口を近づけて、
「王子さま」
と言った。
くそっ、昨日のお返し――もとい、仕返しか!
今日、俺たちは、普通に文化祭を客側で楽しむことにしていた。幸い、俺の怪我はたいしたことなかったからである。
「しかし……俺はともかく、マコはその格好でいいのか? お前、恥ずかしかったりしないのか?」
「えぇ、大丈夫」
マコは――魔女っ子・マコは、長い金髪をなびかせて、クルリとその場で一回点した。
その光景があまりに可憐だったからか、周囲の祭り客がしきりに写真で撮影している。
しかし、マコはそれに恥ずかしがるでもない。むしろ、
「やっほー、みんな元気かな? 私、魔女っ子・マコっていうの。よ・ろ・し・く・ね?」
――誰だこいつ!?
と、言いたくなるくらい、甘えた声で調子のいい台詞を吐きまくる。そして、ピースサインをしながら、もういやというほど写真にとられていた。
「げっ!? おっ、ちょい、マコ!」
マコの可愛さのせいか、ものすごいたくさんの人がわらわらと集まり始めてしまった。埒が明かないぞコレ。
すると彼女は箒にまたがり、俺を引っつかむ。
「みんなー、待ったね~っ。チュッ!」
と投げキッスをして、空へと飛び去った。俺の背中にいる春彦が、キャッキャッと嬉しそうに騒いでいる。大物だなお前。
そして、マコは学校の屋上へ降り立つ。俺も、箒から降ろされた。
学校で、誰はばかることなく魔女っ子へ変身している――そんな異常事態に、俺はただただ脱帽するしかなかった。……装甲兜は脱げないけど。
「……ええっと、マコさん? これは、その……どういうことなんですかね?」
「どうもこうもない。ただ……心境の変化よ」
後ろに両手を組み、マコは可愛らしい笑みを浮かべた。
「やっぱり、昨日のことで?」
「ええ。昨日は、君を助けたい一心で、つい人前で変身してしまったけど。本当に、無我夢中で。でも、気づいたら、みんながステージの私を拍手してくれてた。べつに、変身なんて、何も恥ずかしいことなかったんだって……分かったの」
マコは、胸のところで自分の両手をキュッと握った。
「そりゃあ……まあ、昨日はやばいことになってたからな」
昨日の劇は、凄い結果に終わった。
俺とアクアの戦いの全てを、「劇のストーリー」と勘違いした観客たちは、大盛り上がり。俺らのクラスによる「シンデレラ」……もとい、魔女っ子+装甲ライダー、夢のコラボ大活劇が、人気投票で一位になってしまう有様だった。
「うん。むしろ、変身した姿をみんなに見てもらうのが、すごく楽しかった」
「そっか……そりゃ、まあ……良かったな」
「えぇ。全部、君のおかげよ」
マコは、俺の腕に体ごとしがみついた。非現実的なまでに可愛らしいデザインの魔女っ子が、俺に密着している――という事実に、頭がくらくらしてしまう。
「えっ……俺!? ナンデ!?」
「君が、背中を押してくれたでしょう。今までずっと、私のこと、可愛い可愛いって、何回も言ってくれたじゃない」
「そ、そういえば、そうかも」
思い出そうとしてみる。が、色んなとこで言っていて、何回言ったかは思い出せない。
家でも言っただろうし、海に行ったときも言ったかもしれない。そして、本格的にお付き合いをはじめてからも、かなり言った覚えがあった。
「それに、みんなの前で変身してみたら? って、言ってくれた。あの時は、つれない態度をとってしまったけど……本当は、考えていたの。もし、魔女っ子姿を皆に見てもらって、褒めてもらえたら、どんなにステキかって」
「そ、そっか……」
だって、マコ。
いつだか、魔女っ子姿で自撮りしまくっていたもんなぁ。
本当は、ずっと人に見てもらいたかった――そういう願望があった。ということかもしれない。
けっきょくのところ。
マコも、ちょっと恥ずかしがりなだけで、ごく普通の女の子なんじゃないか。今までぜんぜん、彼女のことを分かってなかったのだ。俺は、つい苦笑してしまう。
「……いや、俺のほうこそ助かったよ。マコが変身してくれなきゃ、あそこで殺されてたからな」
「当たり前でしょう? 好きな人を助けるのは」
すると、マコは俺の背中に回りこんだ。春彦を背中から外し、脇に座らせる。
「す、好きな人か。サンキューな」
「お礼よりも、変身を解いてもらっていい?」
「ん? いいけど」
幸い、屋上にはカラス以外の生き物はいない。
……おい。また、春彦を連れ去ったりしないだろうな?
俺はベルトを叩き、装甲ライダーから生身の状態に戻った。
「でも、なんで?」
「装甲があったら、キスもハグもしづらいでしょう?」
マコは、俺の膝の上にちょこんと腰かけた。
「あ、そういう……」
「これは、ご褒美よ」
マコは、俺の髪をかきあげた。おでこに、軽くキスしてくる。その拍子に、ウェーブのかかった長い金髪が、俺の鼻先をくすぐった。
「へっくしょんっ! ……うぅ、本物の魔女っ子にキスされるって、すごいなぁ」
今のマコは、魔女っ子あるいは魔法少女もののアニメから、そのまま飛び出してきたような容姿をしている。こんな光景、そうそうお目にかかれまい。
見惚れていたら、両手を握られた。
「あっ?!」
「隙アリ」
マコは、にやっと笑った。
「もっと、キスしてみたい?」
くちびるがつややかに、妖艶に光る。俺はごくりと息を飲んだ。
「あとは、君からしなきゃダメよ」
「うぅ、ずるいなそれ……!」
我慢できずに、俺はマコのくちびるにキスした。その瞬間、マコのちっちゃめな指がピクンと動く。刺激に反応しているらしい。
「はむっ……ん、ンっ……ちゅる、じゅるるっ! なつきぃ、好きよ……! んっ、ちゅっ、ん、ぅ……!」
アイシャドーの塗られた場違いにセクシーなまぶたが、ばちばちと目の前で瞬いている。
お、幼いんだか、大人っぽいんだか……両方を兼ね備えているようで、なんとも贅沢な魔女っ子だ。
「ぷはっ! お、俺も好きだ、マコ……お前がいてくれて、よかった……本当に! んんっ!」
「はぁンっ、チュるるじゅっ……ぺろぺろ、んん、くちゅルルっ! 嬉しい、なつ、き……んっ、ちゅぅぅぅっ、じゅるンッ、れろれろえろっ! ……ねぇ、可愛いって、言ってっ! ちゅっ、ちゅるちゅる、んぱっ、ちゅぺろンッ!」
少々、弟の教育に良くないシーンかもしれない。けれど、止められそうになかった。許せ。
「あぁ、か、カワイイ、可愛いよ。普段の真子も可愛いけど、こっちのマコも……すげぇ可愛いっ」
「はぁッ、うれしい……! ずっと、一緒にいて、夏樹っ! ん、ちゅる、チュッ……!」
――などと甘ったるい会話を繰り広げつつ、俺たちは延々と屋上でイチャついていた。
キスに夢中で、文化祭を見て周る暇も無く一日が終わってしまったのだが、それはまた別の話である。
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