09:もう一人のライダー
「……ふぅっ」
マコはため息をつきながらも、大人しく俺の膝に腰かける。先ほどよりも、やはり身体が一回り小さい。近くで見ると、髪や服のあざやかな色彩に圧倒された。
「わ~すげー。本物の魔女っ子じゃん。久しぶりだなぁ、よく顔見してよ」
「ちょ、ちょっとっ」
うつむきがちなマコの頬をつかみ、よく見えるように引き寄せてみた。
「これって、自動的に化粧されんの?」
「あ、当たり前でしょ」
アイシャドーやチークの部分を、つんつんと優しくつついてみる。マコは、反射的に片目を閉じたり、身をよじったりしていた。
「私、あなたのお人形じゃないんだけど」
「ごめんごめん、珍しくって……へーっ。なんか、目もすげーくりくりしちゃってるじゃん」
「そ、そうかしら」
マコのまぶたを、キュッと開けてみた。とても瞳が大きく、幼い印象を受ける。
「んー……でも、顔の輪郭は、わりと変身前と似てるな」
「く、くすぐったい」
あごのラインを、つつつっとなぞってみる。子どもじみた小さい頬が、ほんのりとピンク色に染まった。
「すごい似合ってるよ。可愛い」
「……っ」
俺はマコを抱きしめた。すると、ちょっと小さめな顔がすぐ目の前にやってくる。
「可愛いばっかり言って……。適当に言っているだけでしょう」
声も高く、可愛らしくなっている。が、喋り方だけやたらに大人びているのが、少々違和感だった。
「いやいや、ほんとに可愛いだろこれは。誰が見たってそう思うぞ。ま、俺はとくにそう思うけど」
「……本当?」
「あぁ、ほんとだよ。嘘ついてどーする」
「じゃあ……」
マコはゆっくり目を閉じた。くちびるが、やけに艶かしくつやつやして見える。もしかして、グロスか何かついているのかもしれない。
え……。
もしかしてキスしろと?
女子中学生(?)にキスするって、倫理的にokなのだろうか。
まあカノジョなんだし、いいよな……?
あっさりと疑問を乗り越える。マコのくちびるに、優しく、ソフトなキスを見舞う。
「ん……」
いつもより幼い顔が、ゼロ距離にまで近づいた。
「ンちゅ……ちゅっ、ちゅうぅっ……チュぱっ! はぁ……っ」
ぷはっ、とくちびるを離すと、マコはぼんやりした半眼になっていた。
「おいおい、だいじょぶか? なんか天国行ってない?」
「へ、平気」
「お前、顔真っ赤だぞ? 風邪ひいてるみたい」
「……っ!? き、君が、可愛い可愛いって、うるさいからっ」
俺の腋の下に腕を回し、マコは俺を抱き潰そうとした。
「いやいや、本当に可愛いんだしさ。もっと、自信持っていいんじゃないか?」
「自信……? 何の?」
マコは、不思議そうに俺を見上げた。
「いや……その……っ」
「なに? どういうこと」
「いや……えっと。なんかマコって、その魔女っ子の格好すごい恥ずかしがってるし、他人にはぜんぜん見せないし……もしかして、自分の容姿に自信ないのかなーって。だって、普通の女子だったら、たぶんこんな姿に変身できたら、周りに見せびらかしそうじゃん?」
マコは、両手で俺の背中をきゅっと握った。
「なぁ、マ――」
「私は、元の姿と違いすぎる」
突然、きっぱりとした口調で言う。
「たぶん、笑われるだけ」
「そ、そうかな……? 俺は……みんなに見せてもいいんじゃないかと思うけど。ほら、文化祭でうちのクラスおかしいのやるし、そん時とか、今の格好だったら絶対盛り上がりそうじゃん?」
「無理よ。見せるのは、もう君だけで充分」
「……そっか」
俺はうなずいた。
「あの、実は一個謝んなきゃいけないことがあんだけど……」
「何?」
「実は……マコの部屋のタンスん中、間違って見ちゃったんだ。あの、コスプレ衣装とか、ドレスとか、あと……魔法少女もののマンガとかアニメとかいっぱいあったろ?」
俺は、タンスの中に見つけてしまった大荷物を、思い出した。
「だから、ほんとはマコって、ああいうのが好きなんじゃないかって……。だったら一回くらい、文化祭のときにでもみんなに見せびらかしたって、バチは――」
トンっ、と、マコは俺の胸を押した。立ち上がる。
「マコ?」
「見た……のね。あれを」
「あ、うん……ごめん、わざとじゃなかったんだけど、間違って」
「別に。どうせ、もっとすごいところを散々見られてしまってるんだし……。でも、私は他の人に、こんな姿は見せない。だから、二度とそんなことは言わないで」
「は、はい……」
そのまま、マコはにこりともせずにリビングから消えた。
やっぱり、俺、余計なこと言っちまったかな……?
そして週末。
待ちに待った、というほどでもない文化祭の日がやってきた。五月はもうすぐ終わりで、微妙に薄暗い天気だった。それなりに人は出ている。
そこを、俺は一人で登校してきた。
「みんなと打ち合わせがあるから、早く行く」と言って、真子は一人だけ先に行ってしまったのだ。
たぶん、それは嘘だろう。
「独りで登校すんの、ひさびさだなぁ……」
高一までは、ほとんどずっとそうだったのに。その寂しい感覚を、少し思い出してしまった。
仕方ない、行くか。
せっかくの文化祭だというのに、真子はクラスの女子と一緒にいるばかりだ。やむなく、一人(正確には、春彦と二人)で学校をぶらついたり、中庭のベンチを占領して横になったりしていた。
「ん……。そろそろ出番か」
校舎の掛け時計は10時半を指していた。
体育館で、クラスメイト達と合流する。みんながみんな、キテレツな、あるいは小奇麗な格好で出番を待っていた。
「さーて、みんな頑張ろうぜ! たぶん、観客は大笑いだぞ!」
クラス委員の恭介が言うと、みんなが「おーっ!」と歓声を上げる。俺もいちおう、それに従う。離れたところで、真子も空手道着姿で同じく腕を掲げていた。
うぅん……文化祭が終わるころまでには、機嫌直してくれるかな?
そして、ステージ上の天幕が上がった。
筋書き通りに、「シンデレラ」のストーリーを進める。シナリオはありきたりもいい所だ。が、シンデレラの台詞があるたびに女子の大半が同じ台詞を合唱する。風変わりな演出に、体育館はひかえめに言っても爆笑で包み込まれていた。
お、そろそろ王子様の出番か。
といっても、これも男子十数人でいっぺんに演じるわけだが。
俺も含めて、男子が壇上に躍り出る。まずは、お城のダンスシーンである。男女ともに、ダンスの相手は事前に決まっている。
俺は真子が相手だ。順当なところだが……。
「ま、真子」
「……」
真子は、こくっとうなずいただけで、あとは素知らぬ顔で踊るだけだった。やっぱり、機嫌がよくないな。
魔女っ子姿は、そんなにいやか?
真子の腰を抱き、ぐっと体を押し倒すように傾ける。俺も真子も、片脚で体を支えた。
装甲ライダーの俺は、けっこう重いはずだが、真子は平気で俺の体重を受けている。
動きはていねいだ。けれど、真子は明らかに浮かない表情だった。ちらちらと、視線を横に向けている。
クラスの、他の女子を見ている? 色々とお洒落している女子達を。
ってことは、やっぱり真子は……。
その時、俺は横に倒れた。
考え事をしたせいで、周りを見ていなかったのだが……そこには、男が一人立っていた。
どうも、俺は蹴り飛ばされたらしい。
「え、だ……誰だっ!?」
「くそっ! 僕の、僕の真子を奪いやがって! お前だけは許さないっ!」
がつっ! とお腹を蹴飛ばされる。装甲があるおかげで痛みはないが、しかしそれは本気の蹴りだった。
「お前は……流、先輩……!?」
な、なんでこいつがここに!
停学じゃなかったっけ?
と思ったが、よくよく考えると、今日は五月末だ。そういえば、停学は月末までとか聞いたっけな。
じゃあ、こいつは。
停学明けに、いきなり真子を奪いに――あるいは、俺を襲いに来たっていうのか。
「げ、元気良過ぎだろお前っ!?」
「黙れっ!」
流は目を剥いて襲い掛かってくる。
「夏樹っ!」
脇で尻餅をついている真子が叫んだ。
「心配するな真子、こんなやつ!」
けど、俺が装甲を着ている限り、無敵だ。いくら怒り狂っているとしても、生身の人間に負けるはず――
「――変身!」
流は叫んだ。
腰のベルトをたたき、その瞬間、彼の全身は光につつまれる。
一瞬、我が目を疑ってしまった。
「なっ……まさか!?」
けれど、間違いない。それは、いつも俺が毎朝やっているのと同じ、変身の動作だ。
そして、青い怜悧なフォルムをした装甲ライダーが、俺の目の前に出現した。
「お、お前もライダーだったのか!?」
乱入者が――いや、乱入者も変身したことで、ステージには赤と青のライダーが並び立つ。
観客の面々は、それを何かの演出と勘違いしたらしい。一層、興奮した歓声をあげていた。
……おい、これはシャレにならないし、ぜんぜんシャレじゃない!
青いライダーは、俺をびしっと指差した。
「僕は、装甲ライダー・アクア。他人の恋人を奪う貴様のような奴は、絶対に許さんっ! 食らえ!」
高速回転からの回し蹴りが、俺の腹に激突する。その結果、俺はステージの端にまで吹っ飛ばされ、壁に叩きつけられた。
「ぐはぁっ!?」
それでも、攻撃は止まなかった。
アクアは高速で俺を追い、一瞬で俺のいるところに追いつく。そして、俺の顔に拳を叩き込んだ。走り方にも、拳の使い方にも、無駄ひとつない。俺でさえ、目で追えないほど素早かった。
そうだ……この人、空手やってたんだよな。俺みたいに、単に変身してるってだけじゃない。素の状態でも武道やってんだから……そんなのが変身したら、俺よりも強くて当然だ。と、俺は今更ながら気づかされる。
「食らえ、食らえ!」
「ぐぁっ! うぅっ!?」
装甲兜があっても防ぎきれない衝撃が、俺の頭に襲い掛かる。目に火花が走った。あっという間に、身体が動かせなくなる。ダメだ……意識がぼんやりする。
ついに、パンチのせいで俺の装甲兜が砕け散る。
視界が、ナマの光で明るくなった。俺の裸眼や鼻先が、開いた穴から露出してしまったのだ。
「これでトドメだっ!」
アクアは、一切手加減する素振りもなく、拳を振りかぶる。生身の体でライダーに殴られたら……死んでもおかしくない。いや、間違いなく死ねる!
くそっ! 俺はこないだ、お前にちゃんと手加減しただろ! なのに、そっちは本気で殺しに来るなんて、不公平過ぎる! ずるい!
拳がほんの目の前まで迫った。
……もう、ダメなのか!?
そう、絶望しかけた時、
「やめてっ!」
という、やけに幼い声がした。
俺も、アクアも、はっとして空中を見上げる。
そう、その声の主は空にいた。箒に乗って、ピンク色のドレスを身にまとった魔女っ子・マコが、こちらに叫んでいる。
この魔女っ子の出現も、「劇の演出」ととったのだろうか? 客席は、極限レベルの盛り上がりを見せた。演出で、空が飛べるわけないだろうに……。歓声で、耳が痛いくらいだ。アクアでさえ、怒りを忘れたようにマコに見入っている。
マコ……。人前で変身するのは、あれほど嫌がっていたのに。
まさか、俺を助けるために!?
「流潤(ながれじゅん)っ! なぜこんなことをする!? 正義の味方のくせに、恥を知りなさいっ」
マコは大声で説教した。
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