06:ふたりでお風呂

 「ふふっ……夏樹、激しすぎ」

 くぱっ……と、真子は口を開けた。はぁ、はぁっ、という熱い息が吐き出されるのが、肌の感覚で分かる。

 「だって、まっ……真子が可愛すぎなんだもん」

 「嬉しい……。好き。大好きよ、夏樹。もっと、いっぱい、キスして……んんっ!」

 興奮のせいか、すぐ目の前にある真子の瞳孔が、かっと開いているのが見える。真子も、俺にキスされて嬉しいんだな……。

 あぁ良かった。

 こんな俺でも……。

 今まで、まったく女子と関わることのできなかった俺でも、男に生まれてよかった。と、心から思える。

 「真子、可愛い、可愛いっ……! 俺も好きだっ! あっ、あんなやつには、絶対渡さないかんな! ん、ぐちゅっ……!」

 「あんッ! 夏樹、なつき……くちゅっ、にゅぢゅっ、ぢゅっ……ちゅちゅっ、んじゅっ!」

 ぎゅ~~っ! と、真子が抱きしめてきて、胸骨がつぶれそうな錯覚を覚える。

 「当たり前でしょ! 私ももう、君のこと以外、考えられない……! んっ、れろ、れろれろ……ちゅぱちゅぱ、ちゅパっ! んは、あぁ……はぁ、はぁっ……くちゅ、じゅううぅぅっ!」

 「んんんっ!? ちゅ、ちゅぷんっ……! ま、ままま真子、ちょっと食いつきすぎじゃね?」

 「だって……君が大好きなんだもの。もう、ずっとキスしていたい……! はやく、はやくぅっ……。もっと……もっと、思いっきり、キス……して?」

 真子は、体を密着させながらも、俺の両手を握ってきた。

 「くっ……! なんか、今日のお前、素直すぎてめちゃくちゃ可愛いぞ?! わ、分かったよ。気が済むまで、きっ、キスしようぜ」

 「きゃあっ!?」

 今まで、二人とも上半身を直立させていた。が、今度は、俺が真子を押し倒す形になった。真子が風呂のへりに後頭部をぶつけでもしたら大変なので、加減はしているが。

 「真子、可愛い、可愛いっ……! んんっ、ちゅうぅっ!」

 「んはァンっ! ちゅっ、ちゅっ……じゅるりゅんっ、くちゅちゅっ……!」

 キスが濃厚すぎて、水あめを口に流し込まれているような気分になってくる。

 「はぁ、はぁっ……ちゅる、っん! ぬちゅぬちゅぬちゅっ、じゅるる、はンっ……なつきぃ、うれしいっ……! いっぱい、チューしてっ……んっ、くちゅん、ずりゅ、じゅるじゅるじゅるっ、クチュクチュチュぅ……んっ」

 キスのほうも相当に激しいものだったが、それに飽き足らず手の指同士も絡ませあう。

 真子の細い指が、キスするたびにピクピクッと震える。俺の手に甘えるように、指で包み込んできた。赤ん坊並みに、素直な仕草だった。

 そこまで、俺のことを想ってくれているんだ――と思うと、もっとキスして、真子を喜ばせてあげたいという気持ちになる。

 「だめ、夏樹、まだ離しちゃだめっ……! んハっ、あぁん……くちゅ、ちゅ、ちゅぅ~~~っ、ん!」

 ちょっ!?

 真子は、腕のみならず脚までも、俺の体に巻きつけてきた。その上、くちびるも強烈に吸いつかれている。これでは、どっちが襲われているのかよく分からない。

 「んぐっ、じゅぽんっ! ……お、おい! 息ぐらい、させてくれっ!」

 「やぁっ……! もっと、もっとキスしたい! はぁっ、好き、好き……夏樹が大好きで、止まらないのっ……はあァッ! んん、ちゅっ、ちゅっ!」

 真子さん、どうしたんだ一体……。本当は、こういうキャラだったのか? 普段のあれは、かっこつけているだけとか? もはや別人格だ。

 つないだ手が湯船に叩きつけられ、ばちゃんっ! と水しぶきが跳ねる。

 「ちょ、お前可愛すぎ……だろ!?」

 「あぁ、嬉しいっ。私が、可愛いなんて……ん、んん~っ! ちゅっ、ジュパジュパれろっ、クチュぢゅりゅンっ……! はむっ、んぁっ! んちゅぅっちゅっ!」

 「好きだっ! 真子、まこっ!」

 「んはぁッ、ちゅるちゅる……私もッ……ねちょねちょじゅりゅリュッ……! 大好き、夏樹、なつきぃっ!」

 そんな高校生ふたりの熱すぎる叫びは、風呂場の壁にこびりつくのではないかというくらい、激しく反響していた。


 ほんの五分後。

 家の中は、すっかり静まり返った。いまだに春彦は寝ている。その上、俺たちの口数も少ない。

 「……はい、タオル」

 「……う、うん」

 脱衣所で、バスタオルを真子に渡した。ゴソゴソと、二人で着替える。

 「な、なぁ?」

 「な、何?」

 「ちょ、ちょっと……盛り上がり過ぎたかな?」

 「そうね……」

 「ある意味、あのワケワカラン先輩のおかげだな」

 「そうかもね。ねぇ夏樹」

 「ん?」

 ぱちんっ、と下着の止め具をはめながら、真子は言った。

 「また……一緒に入りましょうね」

 「うっ!? あ……あぁ」

 果たして、これからの毎日、俺たちはどうなってしまうんだろうか……。何せ、ほぼ二人きりの生活なんだぞ? 俺は、濡れた頭をかきむしって、照れ隠しするしかなかった。

 

 休日を挟んだ月曜日。

 放課後、例のごとくクラス会が開かれた。

 「――よし、ってことで配役決定な!」

 クラス委員である恭介が、機嫌良さげに「ぐっ!」と拳を握った。

 討論の結果、劇の概要が決まったのである。

 演目はシンデレラ。そこまではいいが……。

 「なんで、王子様とシンデレラの役がこんなに多いんだよっ……!」

 驚いたことに、黒板の「シンデレラ役」「王子様役」のところに、クラスの大半の生徒の名前が記されている。それ以外は、少数の裏方や端役だけだ。

 ぼそっと言っただけなのだが、恭介は耳ざとく聞きつけたらしい。

 「なんだ、異論でもあるのか夏樹。お前みたいな面白いカッコの奴がいるんだから、ここはネタに走ったほうが面白いだろ。みんなで仮装しまくって、王子様とシンデレラやろうぜ!」

 彼が掛け声をかけるとともに、割れるような拍手と、ヒューヒューという口笛がクラス中に満ちた。みんなノリいいじゃないか……。

 「んじゃ、男子も女子も、役のやつは各自衣装用意してくれよなー。面白い格好でも、ガチでオシャレとかしてきてもいいぜ。んじゃ今日は解散。よろしく~」 

 クラスメイトたちは、どんな格好をしようだのと口々におしゃべりしながら、三々五々に散って行った。

 「真子……」

 「どうしたの?」

 「このクラスのやつって、ちょっと頭やばくね……?」

 「君の格好もやばい」

 「……そ、そうだけど」

 真子は、今日は部活がないらしい。いっしょに帰ることにした。

 「で、でもさ。もう真子のおかげでだいぶ女の子に慣れたし、そろそろ外で装甲解除してみてもいいかなって思ってるんだけど――」

 「ダメ」

 真子はキッパリ首を振った。

 「え……なんで?」

 「その方がいいから。装甲をつけてれば、変な虫はつかないし……私にだけ、素顔を見せてくれるってことだし」

 「……は、はぁ。そうなんだ」

 「だから、外では装甲のままでいて」

 「……ハイ」

 俺は素直にうなずいておいた。すると、真子は満足げな笑顔を見せる。

 結構、真子って束縛きついタイプなのかな……? まぁ、真子はその分献身的でもある。痛し痒し、というところか。

 「あ、俺ちょっとトイレ行って来ていいかな」

 「どうぞ」

 「じゃ、ここで待っててくれ。……えと、男子トイレでは変身解除していいよな?」

 「ダメ」

 「ええっ!? んじゃ小便できねーじゃん!」

 「冗談よ。どうぞ」

 真子はくすっと笑った。コノヤロー!

 俺は、近場の校舎に入る。さて、さっさとすませてしまうか。

 ――と思ったのだが。

 「ん?」

 何か不穏な気配を感じ、俺は振り返った。

 耳を澄ます……と、何か口論のような声が聞こえる。かなり語調が激しい。おふざけやじゃれあいで、済ませられるものではなかった。

 そして……それは真子の声だった。

 「なっ……!? どしたんだ一体!?」

 小便している場合ではない。俺はあわてて踵を返す。

 そこには、例の流先輩と真子がいた。先輩のほうが、真子の両手をつかんで何事か言っている。

 「お、おい! 何やってんだ!?」

 俺の声も届いていないらしい。二人のつかみあいは終わらない。

 むしろ、もっと危険なことになる。先輩が、真子を校舎の壁に押し付けてしまった。

 さらには、真子を押し倒し、その上に馬乗りになる。

 真子は叫び声こそ挙げないが、気丈に首を振って抵抗していた。カノジョが組み敷かれている光景に、俺の中で怒りがフツフツと滾ってくる。

 「くそっ……ふざけんなっ!」 

 俺はライダー・ダッシュで二人のもとに駆け寄った。

 「おい、何やってんだ! やめろ!」

 流先輩の頬に、拳を叩き込む! ――とやれたら、気分は良かったかもしれない。が、装甲ライダー状態で人を殴ったりしたら、本当に殺してしまいかねない。引き剥がせば充分だろう。

 俺は、先輩の肩を強く引っ張った。

 「このっ!」

 先輩が離れた瞬間、なんと俺の代わりに(?)真子が先輩へこぶしを叩き込んでいた。 

 お前が殴るのか……。

 「真子、いったいどうしたんだ!?」

 「この人、私たちのことをつけていたみたいで……夏樹がいなくなった途端、いきなり!」

 「マジかよ……」

 どういうことだ?

 この先輩、もしかしてストーカーか何か?

 頬を押さえて倒れこんでいる先輩を立たせつつ、しかし真子との間でさえぎるように俺は立ちふさがった。

 「おい、何やってんだよ、流先輩。真子が嫌がってるだろ?」

 「くっ……! なんでだよ真子! 僕達、つきあっていたじゃないか!? どうして、最近、この装甲ライダーとばかり一緒にいるんだ! おかしいだろう!」

 と、先輩は悲痛に顔をゆがめた。

 「……だから! 先輩とつきあった覚えなんて、これっぽっちもありません! 私は、この人と……人見夏樹くんとつきあっているんです!」

 「そ、そんな馬鹿なっ! 僕達は、確かに、ずっと……!」

 「そんなに信じられないなら、見せてあげます。証拠を! 夏樹くん、こっちに来て!」

 言われるがままに真子のもとへ近寄る。さらに真子は、俺の装甲兜の口の部分をオープンにさせた。

 うわ。

 何をするつもりなのか、大体分かってしまったぞ。

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