05:ふたりでお風呂

 「きゃっ……!?」

 「な、何変な声出してんだよ」

 「だって、急に……」

 「た、タオルなきゃ洗えないだろ?」

 さっき言われた事を、そのままお返しする。

 タオルがなくなると、真子のお尻が露になってしまう。が、そんなものに集中していては、いつまで経っても洗えない。俺はごしごしとタオルをあわ立てた。

 「じゃ、じゃあ……洗うから」

 「うん」

 「や、優しく、するから」

 「……うん」

 ごしごし、ごしごし。ごしごし、ごしごし。

 洗う音が延々と響く。背中、肩、腕、と。

 そ、そうだ。

 真子のことが好きなのだから、ちゃんと洗ってあげなければ――と、興奮を抑え込みつつ、体表をこすっていく。

 「……っ」

 「どうかしたの?」

 「いや……な、なんか……真子って柔かいなぁって」

 「……君のガチガチの体よりは、柔かいでしょうね」

 直接触れているわけではないのに、タオル越しに柔かさが伝わってくるほどだった。

 「ほら、ちょっと……腕上げてくれ」

 「はい」

 わき腹から、腋の下へタオルを持ち上げる。

 「ひゃっ……!? く、くすぐった、い」

 「あ、ゴメン……ゆっくりやるわ」

 「ふっ……ぁ……!」

 真子は目を細めた。いつものハスキーな声で、しかしやたらに可愛い悲鳴のようなものをあげる。

 「お、お前反応カワイイな……カワイくない?」

 「わ、わざとじゃない! ……ただ、くすぐったかっただけ」

 「そそそそうか」

 ダメだ……。あのかっこよかった真子が、やたらに色っぽく見えてしまう。さらに悪いことに、まだ洗うべきところは残っていた。

 「えっと……胸とかも洗うわけ?」 

 「当然よ。全部、洗ってくれないと」

 「や、やっぱりデスカ」

 「私だってやったんだから」

 仕方なく、俺は真子の前に回りこんだ。

 こうして見ると、やはり真子の発育はかなり良い方のようだった。

 ……あぁ!

 風呂場でカノジョの素っ裸を品評するだなんて、世も末だ。俺の中に豊富に残っていた少年らしさが、純粋さが、次々と失われていく気がする……!

 恐怖半分、期待半分でおずおずと手を伸ばすと、

 「夏樹、あの」 

 「な、何か?」

 「他人に、触られるのなんて初めてだから……実は……少し、不安なんだけど」

 「あ――」

 そ、そうなのか。

 俺も不安だが、真子がそうでもおかしくないよな。

 「こっ、ここ怖いのか?」

 真子はうなずいた。

 「だから……すごく、優しくして欲しい」

 「わ、分かってるよ。怖いなら、目つぶっててもいいぞ」

 「そうやって目をつぶらせて、いやらしいことする気なのね」

 「ちげぇよ!」

 俺にそんな度胸があるわけない。

 どうだ、参ったか!

 「変なこと言ってないで、大人しく洗われてろ」

 「あっ……!」

 タオルで、真子の胸にまんべんなく泡をつけていく。変に力を強くしないよう、細心の注意を払いつつ、表面をなでた。

 「きっ、気持ちいいか? 痛くない?」

 「んふっ……あぁっ……だ、大丈夫」

 いつもは低めの声が微妙に高くなり、やたら悩ましい声を出している真子。どうも、うまくいっているようだ。

 「も、もういいだろ。じゃあ、次は……ちょっと、腰あげてくれるか?」

 「うん……」

 真子は真っ赤な顔で、自分の口を押さえた。珍しいことに、俺の顔を見れていない。それどころか、顔を横に向けて、目を完全につぶっていた。

 おいおい……やめてくれよ、そういう反応。

 「い、いいか? た、ただ、カノジョの体を洗ってるだけなんだからな! 何もやましいことなんかないんだからな!? 後で訴えるなよ!?」

 「……暴力に? 法廷に?」

 「両方だよっ!」

 いくらいやらしい意図がないとはいえ、異性が触れるのは穏当ではない部位だった。俺は完全に目をつぶり、いったいどこに触れているのかよく分からないまま、どうにか洗いきった。何か、自分が一皮むけた気がする。

 「じゃ、じゃあシャワーかけるな。あ、ちょっとこれ、水冷たいな……」

 少し待って、水を温水にする。

 「オッケー、かけるぞ。目、つぶってくれ」

 「うん」

 真子の首から下にシャワーを浴びせ、泡を洗い落としていく。彼女は気持ち良さそうに目を閉じた。

 「はぁ……っ」

 お互いにガチガチに緊張していた一瞬前とは異なり、本当にリラックスしているようだ。

 「水、あったかいよな?」

 「うん、ちょうどいい……ありがとう」

 はぁ、洗い終わった。本当に死ぬかと思った。 

 

 俺たちは、湯船に入った。

 ごく狭い湯船に、二人で。俺の太ももの上に、真子が腰かけるような形で向かい合った。それほどくっつかないと、とても入りきらないのだ。

 「って、シャワーだけじゃないんかいっ!」

 「期待していたくせに」

 「はっ、はい。実は……」

 真子はくすっと笑った。

 「春彦、起きるかと思ったけど寝てるみたい」

 「そうだな……寝つきいいな」

 こんなにずっと大人しいまま泣き出さないなんて、春彦にしてはファインプレーだった。自分の兄と姉の間の恋を、応援しているのかもしれない。

 もっとも……おかげで、俺の羞恥心が爆発しちゃいそうだったが。

 「しばらく、このままでいましょう」

 「ああ」

 湯船には生ぬるい温水がためてあり、まわりの空気もほんのり温まっている。

 真子の顔につーっと汗が垂れた。

 「あ、汗かいてる」

 「そう?」

 「ここらへん、ここらへん」

 と、真子の頬のあたりに触った。

 「少し熱いかも」

 「そうかなあ? お湯40℃もないけど」

 「男の子とお風呂入って、すごく、恥ずかしかった」

 「あ……そういうこと」

 恥ずかしいといいつつ、真子はじっと目を合わせようとしてくる。俺のほうがたまらず、顔をそらしてしまった。

 「君も、恥ずかしがりみたい」

 「そりゃあもう……俺は女の子に対して恥ずかしがるプロだぜ」

 「生身で外に出れないくらいだものね」 

 くすっ、とお互いに笑ってしまう。

 「どう? 嫌なことは忘れられた? 私と一緒にお風呂に入って」

 「それどころか、記憶を全部忘れそうだったな……」

 「耐性なさすぎ」

 真子は、クツクツとずうっと笑っている。

 普段と違って、短髪がぺたんと頭に張り付いていた。普段はかっこいいのに、それとのギャップがやたら可愛く思え、愛おしさが膨れあがる。それは、いつのまにか羞恥心を乗り越えた。

 「真子……!」

 真子の背中に触って、そっとこっちのほうに抱き寄せた。それから、もう片手で、濡れた髪を撫でるように動かしてみる。

 「やっ!? ……どっ、どうしたの?」

 「ま、真子ってやっぱ可愛いな~って思って」

 俺の腕の中で、真子は顔を上げた。そして、俺の胸にぴとっと触れる。

 「うれしい」

 と、満面の笑みを見せた。彼女が、ここまで素直に笑うのはめったにないと思う。

 「ねぇ、夏樹の胸すごいドキドキしてる」

 「えっ、そう?」

 自分の体内に耳を澄ましてみる。と、確かに、心臓が大仕事しているのが分かった。

 「やべえ、今気づいた! 俺、死なないよな……?」

 「心臓が止まったら、私が救命処置してあげるから。けど、夏樹……ちょっと、私も触ってみて。私も、すごくドキドキしてる……」 

 「う……っ!?」

 真子に手をつかまれ、半強制的に胸を触らせられる。

 「ほら」

 「いや……ちょっとよくわかんないな~、なんて」

 脂肪の層が厚過ぎるからか、心臓の振動はさほど伝わってこない。

 「そんなこと言って。ずっと触ってるつもり?」 

 「違うって! ほんとにわかんないんだって!」

 もう少し、自分の胸の大きさについて自覚を持って欲しかった。

 「ホントに、ドキドキしているの。ちゃんと確かめて!」

 「うぐぅっ……!?」

 脂肪の層を搔き分けるようにして、胸を触らされる。

 「分かった?」

 「あぁ、ええと……なんとか」

 「そう。もうこれで、不安じゃないでしょう。私が他の男とつきあっているだなんて、そんなことありえないんだから」

 「あ……」

 そうか。真子は、それを分からせようとして、胸を。頭良いっ! ……かなぁ? 鼓動を確かめるだけなら、首とか手首でもよさそうなんだけど。

 「あ、あぁ、分かったよ。真子がんなことするわけないしな。ありがとな」

 「うん。……ねぇっ、もっと……もっと確かめて」

 と、真子は俺にベッタリと抱きついた。顔をこちらに向け、ゆっくり目を閉じる。

 「疑われるのはイヤだから。私を、君のものにして欲しい」

 「ま、またそれ? もももも『物』とかそんな、恐れ多い……!」

 真子じしん、そんな台詞は恥ずかしいらしく、耳まで真っ赤になっている。そして、

 「はやく。好きなだけ……きっ……キス、して。いいから」

 「!」

 真子さんにしてはあまりに従順すぎる物言いだった。きっと、ムリして言っているところもあるのだろう。それでも、単純な俺の脳みそは、そんな台詞で容易に焼ききれてしまった。

 「……真子!」

 「あっ、夏樹……んんぅむっ!?」

 真子をきつく抱きしめる。同時に、くちびるも強く接触させた。 

 「ふぅっ、んぐっ。ちゅっ、ちゅぅっ……!」

 うわっ……真子のくちびる、すごく柔かい。

 真子の目が気持ち良さそうにとろけているが、向こうも同じ様な感想を持ってくれてるのだろうか。

 「んっ……くちゅ、れろれろれろれろっ、なつ、きっ……! じゅぴゅンッ、ぷちゅ……んンっ!?」

 くちびるを離す。と、ねっとりとしたよだれが、俺たちの間に橋をかけていた。

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