04:ふたりでお風呂

 「とにかく、君はもうあの先輩と会う必要はない。というより、会わないで。あれのせいで夏樹の心がかき乱されるなんて、とても不愉快。私が、すべて話をつけるから」

 「あ、『あれ』って……容赦ねえな」

 「そんなものあるわけないでしょう。夏樹のためなら、容赦なんて一生ゴミ箱に放り込んでおいても惜しくない」

 す、すげぇ……。

 言い回しがかっこよすぎる。どっからこんな言葉が湧いてくるんだ。

 それに、なんていう愛の重さ!

 「な……なんか、ありがとうございますっ……俺のために、そこまで」

 真子のあまりの剣幕に圧倒されたのか、ついに春彦が、俺の腕の中でギャンギャン泣き始めた。バスの中ということもあり、焦る。

 「いいえ」

 真子はクールに言った。春彦を俺から奪い取ると、優しく揺すって頭をなでてやっている。

 驚いたことに、まもなく春彦は泣き止んだ。

 「あやすの上手いな、真子」

 「弟だから」

 「俺にとっても弟なんだけど?」

 「君はゴツすぎるの」

 「……」

 装甲ライダーとして、否定はできなかった。腕も胸も手も、ナントカ合金でカチコチに硬いからな。

 「そりゃ、真子のほうが柔かいよな。その……身体が」

 ふと、真子は横目に俺をにらんだ。

 「……やらしい」

 「えっ、なんで!?」

 「『身体が柔かい』だなんて……」

 真子は、春彦ごとそっぽを向いた。

 「いやいや、そういう変な意味ではっ!? そ、その……そう、皮下脂肪的な意味で!」

 「冗談だから」

 しれっ、と真子は言った。

 冗談かよ、おい。

 「――それから、あいつが、流とか言う先輩が言ってたんだけど」

 「今度はなに?」

 「義理の兄弟姉妹だと、結婚できないから付き合っても意味ないだろ的なことを言われたんだけど」

 「そんなことまで吹き込まれたの?!」

 真子は、悔しそうにくちびるをゆがめた。

 「義理の兄妹とか、姉弟は、普通に結婚できるわ。血はつながっていないから」

 「あ、そうなんだ? なぁんだ、驚かせやがって……」

 俺もさすがに、これはカチンと来た。流先輩が勘違いをしていたのか、知っててウソついたのかは知らないが。

 ただ、この話題を続けると、「じゃあ俺たち将来結婚しね?」といった話になりそうで気恥ずかしかったので、黙っておいた。

 「……だから、私たちが付き合うのには充分意味がある。あんなのの言葉は聞いちゃダメ」

 「ん。じゃ、これからは、道場の外で待ってるよ。道場の中に行かなきゃ、あいつには会わないだろ」

 「そうね。そうして」

 話し込んでいたら、あっという間に自宅最寄のバス停についた。

 道路に下りると、

 「そうしないなら、私は部活やめる」

 俺は仰天した。

 「や、やめるなんて、そこまでのことじゃねーだろ」

 「そこまでのことよ。私だって、被害を受けているんだから」

 「被害?」

 「君が私に、ちょっとでも疑いをもった――そんな風にさせたというだけで、私は許せないの」

 「……あぁ、俺も悪かったよ。あいつには近づかないようにするから。だから、頼む」

 俺は、真子の肩をそっとつかんだ。

 「夏樹?」

 「空手部はやめないでくれ。ずっと空手やってたんだろ? 真子がせっかく続けたことをやめるなんて、それこそ、今度は俺にとって被害だぜ」

 「……夏樹」

 真子は、一瞬目を丸くした。が、すぐにいつもの鋭い目つきに戻る。

 「ありがとう。私のこと、考えてくれて」

 「いや……こっちこそありがとな。正直、そこまで俺のことをす、好きでいてくれてるなんて……光栄だぜ」

 「……え、ええ」

 うおぉ。これはいい雰囲気じゃないか? 超信頼し合ってるカップル、という気がする。

 なんとなく、俺たちは少しの間黙っていた。それは、とても居心地の良い沈黙だった。

 「あれの話は、このくらいにしておいて」

 「他人のこと『あれ』っていうのは止したほうがいいと思うぞ……?」

 たとえ、嫌なやつが相手でも。

 「少し、口直しをしましょう」

 「く……くくくくちなおし!?」

 あれぇ? 何か、どうしてもエロティックな意味で捉えてしまうゾ? 仮にも、男子高校生なのだ、俺は。ゆるして。

 「え、何すんの?」 

 「お互いの愛情を、確かめ合うの」

 ……やっぱり、「そういう意味」にしか聞こえなかった。俺って、心が穢れているんだろうか?

 

 その日の晩――

 俺と真子は風呂場で対面していた。

 お互いに、背筋をピンと伸ばして直立姿勢である。そして一礼した。

 「……お願いします」

 「こ、こちらこそ」

 といっても、これからするのは、空手の試合でもなんでもない。

 一緒にお風呂に入るのである。

 先ほどから、奥歯がガチガチガチガチ鳴っていた。

 無理もないよな……。

 以前は、生身で同室しているだけで恐怖だったのに。今は互いにタオル一枚だけ。それも風呂場の中に入れば脱ぐことになる。

 真子の言う「口直し」とは、そういう意味だった。

 たしかに、嫌なことを忘れられそうではあるけど……。

 あるけど!

 これはおかしくないか!? まだ高校生だぞ、高校生!

 とはいえ、半分は期待してしまっており、「やめよう」なんて言い出せない。

 「……今日は、一緒に入ってくれて、ありがとう」 

 照れくささを隠すためか、真子は、無駄に礼儀正しくなっていた。

 「い、いやっ……ありがとうだなんて。そんな……俺なんて、真子に何百回お礼を言ったらいいか! 今もう、興奮し過ぎて死にそう……だよ?」

 「……ばか」

 真子は、胸を自分の腕でギュッと隠した。その仕草を見た瞬間、頭がクラクラする。冗談でなく、すこし気が遠くなる気がした。

 俺はもう一生、装甲の中に閉じこもって、女性には縁がないものだと思っていたのに……。たった一ヶ月と少しで、こんなことになるなんて。思えば、遠くに来たもんだ。

 などと、カッコつけてる場合じゃあない。

 もし春彦がぐずってくれれば、どちらかが残らないといけないから一緒に入らなくて済む――とヘタれたことを考えていたが、あいにく彼は大人しく寝てくれやがっている。いつもそうしてくれると、助かるのに。いらん時だけ……くそぉっ!

 「ま、ままま真子、べべべべべ別に緊張しなくていいんだぞ。たっ、たっ……ただ、体洗うだけなんだからさ」

 「そ、その台詞、そのまま返すわ」

 真子も頬を紅潮させ、まともに俺の目を見れないでいた。

 「きっ、緊張なんかしてねーしっ!? は、早く入ろうぜ」

 「あっ……」

 俺は真子の手をつかんで、風呂場のドアを開けた。

 二人とも、他の男の話が出てきて、お互いにナーバスになってはいたのだが……。

 いたのだが!

 だからといって、こんなことしていいのだろうか?

 「落ち着いて、夏樹。私たち、つっ……つ、つきあっているんだから。別に、この程度は当たり前よ」

 「!? ……そ、そうだよなっ? たかが体を洗う程度で、一々騒ぐほうがおかしいよっ! 風呂なんて、毎日入るもんなっ!」

 真子は、俺を風呂場椅子に座らせた。

 「私から、先にやらせて」

 「お、おう……」 

 「あんな男のことなんて、忘れさせてあげるから」

 「その言い方は、なんか誤解を招きませんか、真子さん」

 「誰が誤解するの?」

 俺が腰に巻いていたタオルを、真子はあっさりと剥ぎ取った。

 「ひいいいいいぃぃぃぃぃぃっ!?」

 俺の情けない悲鳴が、風呂場に反響する。生まれたままの姿を、暴き出されてしまった……。

 「ちょっと……耳が痛い」

 「ごめん。でも、タオル……」

 「これがなかったら、身体が洗えない」

 ごしごし、と剥ぎ取ったタオルを泡立てて、真子は俺の体にそっと当てた。

 「ふっ……んっ……」

 真子さんは実にていねいに洗ってくれた。いかがわしい意味抜きで、普通に心地良い。女の子に体を洗われるなんていう、もう死んでも良さそうな幸運な状況なのに、ついつい眠ってしまいそうだった。

 眠ったらもったいな過ぎる! ――という一心で、まぶたをこじ開ける。

 「ん……ふぅ」

 「あの、真子……さん。う、上手いっすね、洗うの」

 「そうかしら」

 「うん。あと、それはいいんだけど……あ、洗うときに、いちいち声あげるのやめてくんね? なんか、妙な気分に――」

 「!? こ、声なんか出してない。ただ、息が漏れてるだけっ! ……ほら、お尻上げて、夏樹!」

 「そんなところまで洗うのか!?」

 「当たり前でしょう、一番汚いところ……なんだからっ」

 真子は、がっつりと俺に組み付いた。危険な部位にタオルを伸ばし、思いのほかしっかりと拭ってくれる。

 綺麗にはなりそうだが、それはまずいって!

 「ひっ……うわああぁぁぁっ!?」

 全身をあまさず洗うと、真子は満足げに息を吐いた。

 「ふぅ……終わった」

 その顔は真っ赤だったが、しかし手つきはしっかりかつ大胆で、ためらいなど感じなかった。さすがは真子、できる女は違うと思ってしまう。

 「じゃ、流すから」

 「お願いします……っ」

 シャワーをかけられ、同時に真子の手が直接俺の体に触れた。手のすべすべした感触がたまらなく、触れられた部位が震えるように思える。

 「夏樹」

 「な、何?」

 「やっぱり、良い体ね」

 「そう……かな?」

 真子は、後ろから俺の体の前側を覗き込むようにし、水をかけていく。

 「うっ……!?」

 その際、真子の胸が俺の背中に触れた――というより、密着した。生暖かく柔かい感覚に、カーッと頬が熱くなる。







 「うわ、うわ、わっ……!」

 なんだこれは……。

 ちょっと、やわらか過ぎないだろうか?

 「どうしたの?」

 「いえ……なんでもないです」

 真子は、すぐに俺の体のほうに興味の対象を戻したらしい。じっと見つめられる。

 「うん、腕も、胸も、お腹も……筋肉が盛り上がってる。贅肉もないし」

 「はは……それほどでも」

 「私が鍛えても、こうはならない」

 水と手の動きで、泡が洗い流されていく。

 「そりゃあ、まぁ女の子だし。筋肉がついても限度はあるだろ」

 「ええ。自分にはないから、珍しいのかも」

 真子は水を流しながら、俺の腕に触れた。腋の下、胸、お腹、と手が移動していく。

 「だからって、そんなねっとり触らなくても! ……うっ、あ……!?」

 「ふっ……。夏樹、面白い」 

 「俺は真子のおもちゃじゃねぇっ!」

 そしてようやく、俺の体は綺麗になった。逆に汚されてしまったような気もするが……。

 「じゃ、次は真子を洗うか」

 「お願い」

 俺と入れ替わりに、真子が椅子に座る。

 興奮し過ぎて死なないかどうか、激しく心配だが……ここで洗わなきゃ男が廃るっ! と、捨て鉢になる。俺は、真子の腰のタオルを奪いとった。

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