02:ライバル?登場
「こんちは~っ」
俺は、空手部の道場の扉を開いた。
そこから顔を出すと、中にいた連中のうち何人かが、ぎょっとしてこっちを見る。
そりゃそうだ。
部活中に、とつぜん赤ちゃんを背負った装甲ライダーが現れたら、自分の目を疑うよな。
とはいえ、大半の生徒は「やー! やー!」と威勢のいい大声をたてながら、パンチか何かの練習をしている。いちいち、こっちを振り返ったりしない。
「えぇっと、どちら様ですか?」
壁際で練習を見ていた生徒が、俺に話しかけて来た。彼も空手の道着をまとっている。
「あのー。二年の、人見っていう者ですけど――」
「あ。君、うちの生徒なんだ」
「えぇ。これはちょっと、事情があって」
俺は自分の装甲を叩いた。
いちおう、真子に対しては生身で触れても大丈夫だ。それどころか、抱きついてもキスしても大丈夫になってしまった。たしかに、俺は「やらしい」人間になってしまったのかも。
が、他の女子に近づくと、どうなるかはよく分からない。だから、外ではいちおう装甲ライダーのままでいることにしている。
「それで、何か用かい?」
「はい。二年の、ま……じゃなくて、榎(えのき)さんを待ってるんすけど」
「いま、二年は練習中だよ。あと10分くらいで終わるけど、中で待ってるかい? 外は、陽ざしがすごいだろう」
「じゃ、そうします」
俺はうなずいた。
「さぁ、どうぞ」
「ども」
その男子はドアを開け、ニッコリ笑って招き入れてくれた。やけに紳士な人だ。けっこう、かっこいい顔してるし、その動作もサマになっている。うぅむ、うらやましい……。俺も、真子に対してこのくらいになれたら――と、思う。彼自身、いかにもカノジョとかがいそうな人である。
「僕は、部長の流潤(ながれじゅん)です。三年なんだ。よろしくね」
「はぁ、よろしくっす」
俺たちは、壁際で二年の練習が終わるのを待った。
「真子と一緒に暮らしてるんだってね」
「……え? え?」
二回も「え」と言ってしまった。
当たり前のように、真子を名前呼びしてるというのが……ちょっと……妬ましいというか。
ま、まぁ、真子自体が他人を呼び捨てにしまくっているので、それに応じて――というだけかもしれない。別に、深い意味はないだろう。
「えっと、なんで知ってるんすか」
「噂でね。義理の兄弟の装甲ライダーと、一緒に暮らしてる。とかなんとか。あまりにへんな噂だから、とくに本人には聞いてなかったけど、そうか。噂は本当だったのか」
「はは……噂かぁ」
「それと……もう赤ちゃんがいるとかも」
流という先輩は、俺の背中をチラッと見た。俺はあわてて手を振る。
「いやっ、それは噂がおかしいんすよ。この赤ん坊は、弟です」
「へぇ、ずいぶん歳が離れてるんだな」
その時、練習が終わったらしい。真子は、俺の存在に気づいていたのか、すぐに俺のほうにわき目も振らず走ってきた。
「夏樹、どうして?」
「いやー、たまには迎えに来ようかなと」
「……そう」
真子は、周りを注意してから、微笑した。笑顔を周りに見られたくないのだろうか?
「じゃ、帰りましょう。先に外で待ってて。私、着替えるから」
「オッケー」
「それでは、潤、お疲れ様です」
真子は流という先輩に声をかけた。やっぱり、先輩に対しても呼び捨てなのか。かっけーな……。
「うん、お疲れさま」
先輩が手を振り、真子が更衣室と思しき部屋に消える。
「じゃあ、僕は練習に入るから。これからも、いつでも来てくれよ。人見くん」
「あ、はい。どーもっす」
良い人だなぁ。と思いながら、俺はお辞儀した。
「僕のカノジョをよろしく頼むね」
「……えっ」
それっきり、流先輩は喋らず、道場の真ん中で練習をはじめていた。
今、あいつなんて言った!?
僕の……「カノジョ」……とか。言ってた、ような?
頭がぐちゃぐちゃになり、俺はしばらくそこに立ち尽くしていた。
「君の勘違いでしょ」
真子は、ほのかな汗と制汗剤の匂いを漂わせていた。
部活帰りの女の子っていいなぁ。
――って、そんなことを考えてる場合じゃない。
「いや、勘違いって……でも」
「私が、潤とつきあっているわけがないでしょう。君とつきあっているのに」
真子は俺の手をぎゅっと握ってくれた。
いちおう、俺の心配をわかってくれる、ということだろうか。
「そりゃそうだよ。そうに決まってる……決まってるけど、あの先輩が言ってたんだもん。真子のことを、『僕のカノジョ』とかって」
「ただの言い間違いじゃない」
「そうかなぁ? とくに、噛んでたり言い直したりは、してなかったけど」
数分前の記憶を思い出す。流先輩は、むしろすらすら言っていたように思う。
「それか……」
信号待ちの最中、真子は目をつぶって考え込んでいた。
「後輩たちを、自分の子どものように親身に思っていて、だから『僕の』ってつけてしまった――とか」
そんな、マザー・テレサみたいな……。
「え、あの人、そんな面倒見のいい人なん!?」
でもたしかに、あの先輩かなり親切だったな。感じよかったし。
「ええ。私も、入部当初からお世話になってる。合宿のとき、一日じゅう千本突きの練習に付き合ってもらったこともあるから」
今、さらっと言われたけど、なんだよ「千本突き」って……。
魔女っ子になれるのに、さらに必殺技を身につけるつもりか?
まぁ、真子の人外ぶりはいつものことだからいいとして。
一日中、練習に付き合ってくれた――か。親切だが、親切を通り越している。と、言えなくもない。
「そっか……確かに面倒見のよさそうな先輩だな」
「それから、少しナルシスト入っているし」
「身も蓋もねぇ!」
「あ」
真子は俺のほうを見た。
その「あ」というのが、妙にいじわるな声音だったため、俺は身構える。
「夏樹、もしかして妬いてくれてる?」
「っ……!? べ、べつに妬いてねーし……ちょっと心配になっただけだし……!」
「安心して。潤とは、単純に先輩後輩というだけ。それ以外の関係はない」
緊張で固まった俺の腕を、真子は強制的にとった。自分自身の腕を巻きつけてくる。
背伸びして、俺の耳元に口を近づけると、
「私は、君のものよ」
――と、ささやいた。周りの通行人にこんなこと聞かれたら困るから、ということだろう。台詞の中身も、言い方も、妙に色っぽい。俺は、心臓をわしづかみにされたような心地がした。
「ま、真子……っ!」
ちょうど信号が青に変わった。真子は、俺を荷物のように引っぱる。あやうくこけるところだ。
「その代わり、君は私のものだから」
真子は、妖しげに笑った。
「……はいはい、分かってますって!」
なんか最近、妙に大胆になってないか? ――と、思いながら、俺は真子の横に並んだ。
翌日の学校。
授業が終わり、放課後となる。が、俺たちは席を立たなかった。
更に言えば、クラス全員が未だ座ったままだ。
「えー、では、文化祭の出し物決めをしまーす。みんな、なんか意見出して」
教卓のところに、恭介が立っていた。彼はクラス委員を務めているらしい。ご苦労なことだ。
「文化祭は五月末なんで、それまでにできるものにしてくださいね」
文化祭か……。
俺はがくっと頭を落とした。
「どうしたの、夏樹」
「いや……嫌なことを思い出して」
「いやなこと?」
「あぁ。高一ん時……前にいた高校の文化祭で、こんな格好だからって、いろいろ借り出されてさ。ビラくばり、喫茶店の店員、お化け屋敷――とかな」
「よかったじゃない」
真子は、あっさり言った。
「なんで?!」
「行事に積極的に参加したなら、友達もできたでしょう」
「女子には話しかけれなかったから、できたのは男子の友達だけだけどな……」
「よかったじゃない」
真子は、あっさり言った。
「なんで?!」
「他の女と仲良くなってたりしたら……妬けるから」
「ま、真子……!」
そんなに俺のことを?!
「むしろ、虫唾が走ったかもしれない」
「そこまでですか……」
クラスの生徒たちは、あまり文化祭に積極的というわけでもないらしい。ほとんど手が上がらなかった。喫茶店、劇など、数個が挙げられているのみだ。みんな冷めてんなぁ。
「あっ、そうだ」
恭介が急に口を開き、みんなの視線が集まる。
「今年は、ああいう奴がいるんだからさ。劇とか仮装喫茶店とか、面白そうじゃないか?」
――と、不穏なことを言って。
彼は、俺を指差した。
「え……ああいう奴って、俺?」
「そうだよ。だって、お前本物のライダーだろ? 夏樹。おあつらえ向きじゃないか。他のクラスに、こんなやつ一人もいないぜ。いい差別化になるよ。なぁ、みんなそう思うだろ?」
彼がクラスに問うた瞬間――
拍手と歓声が教室に満ちた。
いままでやる気がなさそうだったにも関わらず、急に手が挙がりだす。議論と多数決を経て、あっという間に催し物は「劇」ということで決定してしまった。
「また文化祭で俺だけ働かされるのか……勘弁してくれよ」
「大丈夫。心配しないで、夏樹。他の女子と仲良くするヒマなんて与えないから」
「俺が心配してるのは、そういうことじゃなくて……!」
劇の題目は「シンデレラ」。もう、なんのひねりもない、全国の文化祭でやられつくし、手垢が着いた演目だった。別に勝手にすればいいが、シンデレラの中でどうやって装甲ライダーを活躍させるというんだろうか? 戦闘シーンなんてまったくないと思うんだが……。
「くすっ……」
「な、何笑ってんだよ」
「可笑しいから」
演目が決まったところで、クラス会はひとまず解散となった。周囲に生徒がいないことを確認してから、俺と真子は手をつなぐ。
俺たちがつきあっていることは、誰にも言っていない。
一緒に住んでいることがバレ、ただでさえ煽られまくっているのだ。これ以上、話のタネにされるのも癪に触るしな。
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