09:告白

 「……くっ」

 真子さんは、どこかへ一目散に走り去った。

 「あ、あれっ? なんで? 怒らない……のか?」

 「さぁ、ボケっとしてちゃダメよ夏樹くん!」 

 とんっ、と美佳さんに胸を押される。

 「今がちょうどいいわ。追いかけて!」

 「ええええ!?」

 「言うべきことを言ってくるの。今、この場で! 男ならここで決めてきなさい! さぁ!」

 こうしている間にも、真子さんの後ろ姿は、もう見えなくなりそうだった。あの人、足速すぎる。

 俺は慌てて、

 「は、はいっ……!」

 と、ダッシュで追った。


 「……ちょっ、真子さん待って!」

 俺は叫んだ。

 待ってもらって、それでどうするというのか――その決心さえつかないままに、呼ぶ。

 真子さんはやがて砂浜に入り、海の方向へ走った。

 あまりにも強力な真子さんの脚力によって、砂が後ろに蹴り上げられる。

 いつしかそれは空気中に煙幕のようなものを構成し、視界がさえぎられてしまった。

 周囲が360度、舞い上がった砂で覆い尽くされている。

 なんとも、デタラメな運動能力だった。

 「くっ、見えねぇ……! どこだ!」

 腕を左右に払うが、もちろんそんなことでは視界は晴れるはずもない。次第に、方向感覚までも失ってしまった。

 「まったく真子さん、頭がいいというか、機転が利くというか……くそっ、装甲ライダー・マグマの魔の手から逃れられると思うなよ!」

 正義の味方らしからぬ台詞を吐きつつ、俺は膝を曲げた。渾身の力を込める。地面を蹴り、その力の全てを一気に解放した。

 いわゆる、ライダー・ジャンプというやつである。

 空中約20メートルに到達すると、砂の影響がなくなる。海のほうへ走る真子さんの姿が、その方角が確認できた。

 「自分から逃げ場を失くしていくなんて、詰めが甘いぜっ」

 着地し、そちらへダッシュする。やがて、視界が晴れると、真子さんの背中が再び見えた。

 「真子さん、ちょっと待って! 話を、聞いてくれっ!」

 彼女は俺のほうを振り向き、頷いてくれる。

 「ほっ……よかったぁ」

 と、俺が安堵した直後――

 彼女はざぶざぶと海へ分け入り、猛烈な勢いで泳ぎだした。

 「ええええっ!? なんで……っ」

 信じられない。

 真子さんは、水泳が苦手じゃなかったのか?

 それとも……俺がほんのちょっとバタ足を教えただけで、いきなりあんな超速のクロールで泳げるようになったとか?

 ……いやいや、ありえないでしょ。

 ありえないと思いたかった。

 けれど、水しぶきを立て泳ぎ去る真子さんの姿は、どう見ても現実のものだった。

 真子さんの運動神経と学習能力は、常人の想像の範囲をはるかに超えているらしい。

 「くそっ、待ってくれるんじゃないのか! 騙したな!?」

 何を言うべきかは、分からないけど。

 でも、放ってはおけない。

 俺は迷わず海に飛び込んだ。しかし……すっかり忘れていた。

 『エラー! エラー!』

 海中では、変身が解けてしまう――

 俺は、生身の水泳パンツ姿に戻ってしまった。

 まったく……。装甲なんて、肝心なところで役に立たない。自力で泳ぐしかないな。

 別に俺は、水泳などちょっとしかやったことないし、得意でもなんでもない。 足が重かった。泳いでも泳いでも、どんどん、真子さんから引き剥がされていく。

 「ちっ! ……なんなんだ、ちょっとくらい手加減してくれよっ」

 口の中に、しょっぱい海水が入った。息が苦しい。

 こんなに必死なのに、追いつけない。むしろ距離が開いていく。

 だけど、言わなけりゃ――という気力だけで、俺は動いていた。

 真子さんに、何を言いたいのかは分からないが。

 でも、アホみたいな勘違いをされて、真子さんに嫌われたままなんて……そんなのはごめんだ。

 もっと……もっと急がないと!

 その時、俺の右脚がつった。

 「っ!?」

 「こむら返り」というやつだ。……って、冷静に分析してる場合じゃないっ。

 「いってぇっ!」

 あまりの痛みに体を丸めてしまう。焦り過ぎて、呼吸がお留守になった。口の中へ海水が一気に入り込む。

 「んっ、ぐ、がぼっ……!?」

 しまった。今の俺は生身だった。

 ライダーじゃないのに……飛ばし過ぎたらしい。

 足の激痛と、息苦しさに、俺は海中に引きずり込まれていく。俺の意識は遠くなって行った。

 

 「……!」

 ぺちぺち、と頬を叩かれる感覚がする。

 俺は、その不快感に目を開けた。 

 目の前に、天使がいた。

 「えっ!? ……げほっ、ごほっ!」

 驚きのあまり、咳き込んだ。心配そうに、俺の顔を覗きこんでくる、一対の瞳――涙がたまり、ぽつっと一筋垂れているのが見える。それは現実離れして、美しく見えた。

 「夏樹くん! 大丈夫!?」

 「え、あ……その声は……天使、じゃなくてマコさん?」

 そこにいたのは、魔女っ子・マコさんだった。

 中学生くらいの体格に、かん高いソプラノの声。

 そしていつもの桃色のワンピース状ドレス――と思いきや。

 なぜか、彼女は水着だった。体だけ魔女っ子で、服だけがやたら開放感のある格好なのである。

 「あれ……マコさん変身してんだよね? なんでそんな服、ていうか水着……?」

 「……魔女っ子は、水中でも活動できる」

 「へぇ……」

 どうやら、装甲ライダーより魔女っ子のほうが融通が効くらしい。

 ……何か、納得いかないぞ。

 「びっくりした?」

 マコさんは半笑いで言うと、俺に抱きついた。

 「んんっ?!」

 俺もマコさんも、ふたりとも水着ということになる。しかし、肌が直接触れてどうこう、とか、そんなことを気にしてる余裕はない。俺は、状況が飲み込めていなかった。

 「良かった……良かった……! 君が、私の後ろのほうで溺れているのが見えて。急いで助けたの。生きてて良かった……!」

 あ、そうか……。

 マコさんが、助けてくれたのか。

 死んで天国に行っちゃったのかと思ったじゃん。

 「ごめん、サンキュ。なんか俺……おっかけんのに必死になって、いつの間にか溺れてたっぽい」

 「ばかっ」

 マコさんは涙をぬぐいながらそう言った。そして俺の上半身を起こしてくれる。

 「ええっと、ここどこ?」

 「浜からちょっと離れた……岩場みたいなところ。ここが一番、近かったから、ここまで抱えて泳いだの」

 「マコさんすげぇ」

 「そんなことはいいの。それよりも、どうしてあんな無茶したの? 馬鹿じゃないの、君」

 「ゴメン、馬鹿です。ええと、理由は……」

 俺は、美佳さんとの顛末を説明した。

 「――と、いうわけで、俺が美佳さんに倒れ掛かってたのは、別に色っぽいシーンでも犯罪シーンでもないんだ。お姉さんが、わざとやっただけなんだよ。でも、真子さん逃げちゃうし。……だから、説明しようと思って」

 「そう、だったの……」

 とん、とマコさんは膝を地面に落とした。

 「なんだ、馬鹿みたい」

 「マコさん?」

 「その……私、夏樹くんを美佳姉にとられたような気がして。そのせいで……。あの姉、あとでお仕置きしないと」

 マコさんは半笑い・半泣きだった。

 ちょっと待て。

 「夏樹くんをとられた」――ってことは、やっぱり、マコさんは俺のことを……好き、なのか!?

 今までは、何かの間違いのような気もしていたけど。

 でも、こんな台詞、やっぱり好きでもないやつに言うはずがない。

 なら、俺は……。

 ええい、もうどうにでもなれ!

 「真子さん、あの、ありがとう……助けてくれて。……あと、すっ……好きですっ……!」

 「……え?」

 くそっ!

 恥ずかし過ぎて、まるで「ついで」みたいな告白しかできなかった!

 「いや、だからその……好きですよ? というか……」

 「……ええっと」

 マコさんは不思議そうな顔をした。

 「溺れるのが?」

 「ち、違うっ!」

 溺れるのが好きって……。

 俺には、自殺願望なんてない!

 「だから、俺は、マコさんが好きなんだよ! あぁもうっ……!」

 自分のせいとはいえ、三度も「好き」と言ってしまった。

 もうお婿に行けない……! 俺は自分の顔を覆ってしまう。まったく、俺のこの奥手ぶりはどうにかならないのか。

 「……なっ!? ほ、本当?」

 「あぁ、ほんとだよ」

 「好きって……私のことを? それって、家族とか、友達としてってこと……?」

 「い、いや、違う……っ。likeじゃなくて、ら、loveのほう。できれば恋人になりたいっていう意味だ、けどっ……!」

 するとマコさんは、ふにゃっと破顔した。

 「うれしいっ!」

 と言って、俺の背中に手を回す。俺も、同じ動作で、おずおずと真子さんを抱きしめる。

 ……といっても、メチャクチャに震えながらだけど。

 「なんでそんなに震えてるの」

 「いっ、いや、きききき緊張してるるるというかっ!」

 「寒いのかと思った」

 さらに、ぎゅっとマコさんが密着する。身体が寒いどころか、むしろ熱くなって脱ぎ捨てたい感じだった。

 「えと……つーことは、マコさんも……俺のこと好き……なの、か!?」

 「うん」

 「ま、まじで!?」

 「……気づいてくれてなかったの?」

 「ええと……気づいたは気づいたんだけど……はは」

 マコさんは俺の肩をつかんで、じっとこちらの顔を凝視した。すげえやりづらい……。

 「いつ?」

 「んー、確信したのは……一分前くらいかなぁ、なんて。ははははっ」

 マコさんは、呆れ顔になった。ちなみに、海にもぐったはずなのに化粧ははがれていない。さすが魔女っ子パワー。

 「なるほど。分かった……どうせ、美佳姉が何か余計な事をしたんでしょう」

 「はっ!? なんで分かんの?」

 「君に美佳姉を襲わせて、私の嫉妬を煽ろうとした――とか、そんなところじゃないかと思うんだけど。美佳姉の考えそうなことくらい、私には丸分かり。あの人、単純だから」

 「そ、そっかー」

 さすがの洞察力だった。マコさんに隠し事とかはできなそうだな……。別に、する気はないけど。

 「……うん、そうだぜ、美佳さんが一方的に俺たちをくっつけようとしてただけみたいだな」

 「じゃあ……」

 マコさんは、急に可愛い顔を不安げにゆがめた。

 「『好き』って言ってくれたのは、それだけなの? 美佳姉に言われたから?」

 「いやっ、そんなことは……!」

 俺は首をふる。

 「それがきっかけってことはあるけど……やっぱり、マコさんは頼りになるし、かっこいいし……。あ、ゴメン、これ禁句だっけ?」

 「むっ……」

 マコさんは、口をとがらせた。

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