07:海水浴へ

 4月が終わり、5月がやってきた。

 大型連休ということで、俺と真子さんが通っている波止総合高校(はとそうごうこうこう)も休みに入る。

 「ふぅ……陽ざしあったかいね」

 「ええ」

 俺と真子さんは、離島(田舎)特有の無駄に広い庭で、ビーチチェアに横たわっていた。もちろん、サングラスを装備中である。さんさんと降り注ぐ陽ざしは、俺たち二人の体をほどよく温める。普段の疲れを、癒してくれた。

 「何か、高校生じゃないみたい。私たち」

 「中年みたいだな」

 と言うと、真子さんはゲッと顔をしかめた。とはいえ、ほんとにそうだろう。若者なのに、休みの日に遊びに出かけるでもなく、家で寝ているだなんて。

 「二人で家回すのって、ほんと疲れるんだな」

 「そうね……」

 赤ん坊(春彦)の世話、家事、それから学校と、重荷が重なればいくら若者でも限界はあった。

 今日は学校が休みの上に、美佳さんが手伝ってくれることで負担が軽減されている。俺たちはつかの間の休息を味わっているのだ。

 「ところで……装甲の上にサングラスかけるなんて、意味あるの?」

 「まぁ多少、遮光効果がね。あ、そうだ、真子さん喉渇かない? なんか飲み物取ってくるわ」

 「お願い」

 家の中の冷蔵庫から、冷たいコーラの缶を二つ持ってくる。

 「どうよこれ?」

 真子さんに示すと、彼女は黙ったまま親指を立てる。グラサンのワイルドさもあいまって、非常にかっこいい仕草だった。まるでマフィアのようだ。

 「しかも、これだけじゃないぞ」

 「?」

 「ねっ転がったまま飲めるように、ストローまで持ってきたんだ」

 「……きみ、最高」

 プルタブを開き、ストローを挿してから真子さんに渡す。ついでに、俺の装甲兜の口の部分もオープンにし、飲み物が飲めるようにした。

 「「乾杯」」

 缶を軽く合わせてから、二人ほぼ同時にコーラで喉を潤す。ほどよい刺激と冷たさが、普段の疲れを癒してくれる気がした。

 「ぷは~~っ!」

 「ふぅ……!」

 俺も真子さんも、目をつぶる。喉を潤すその快感に耐えていると……

 「二人とも何やってるの! こんな……天気のいい休みの日に!」

 コーラ缶が二つとも、一気に取り上げられた。そこには、美佳さんが立っている。

 「休んでるの」

 「それは見たら分かるわ!」

 「いやー、毎日けっこうきついんすよね、正直。だから今日くらいは休もうかなって。……やっぱ、高校生を置き去りにする親とか、マジないですわ」

 「だからって! こんなお天気のいい日に、のんびり寝てるだけなんてありえないよ! さぁ、二人とも、立って立って。今から行くわよ!」

 「どこへ?」

 真子さんが、グラサンを目の上に上げて、尋ねた。美佳さんは、ふんぞり返って答える。

 「海よ、海!」

 

 美佳さんに強制的に車に乗せられ、揺られること約十分。俺たちは海岸に到着した。綺麗な青い海が広がっていて、開放感を感じさせる。

 「なるほど……まだ五月だけど、けっこう暑いからわりと海へきても大丈夫だな」

 「この時期はあんまり人もいないしね。ね、来て良かったでしょう?」

 見回しても、他に海水浴に来ている人はほとんど見えない。穴場というやつらしかった。

 「確かによさそうっすね」

 「でしょう?」

 「……のんびりできそう」

 真子さんが、ぼそっと言った。

 「こらこら、せっかくの海なんだから泳がなきゃ。ほら、二人とも行ってきたら? 春彦くんは私が抱っこしてるから」

 「でも――」

 真子さんが何か言いかけたところ、

 「はいっ、真子ちゃん口ごたえしない。行った行った!」

 「やっ……!?」

 美佳さんは、真子さんのパーカーを無理やり引き剥がした。先日買った、例の白色のビキニだけを身につけた状態で、晴天の下に放り出される。

 「じゃ、私、車を置いてくるね。あとは若いお二人でどうぞ~」

 去り際、美佳さんは俺にだけ意味深なウインクをし、行ってしまった。

 当然、俺と真子さんだけが浜に取り残される。

 「ええと……」

 「な、何よ」

 真子さんの瑞々しい水着姿を、俺はついつい凝視してしまった。

 「えと、いや、その……っ」

 美佳さんがウインクをした意味は分かっている。真子さんが、俺を好きとかどうとか言う話のことだろう。

 けど、本当なのか?

 あれから少し考えたけど、やっぱりそうとは思えなかった。

 真子さんが俺を好きなんて……。そんな、光栄すぎることはあり得ない。

 どちらかというと、あんなこと言われて、逆に俺のほうが真子さんを意識してしまっている。……正直、寝不足だ。

 なのに、二人っきりで海とか。やりにくいなぁ。

 ――なんてことは、言いたくても言えない。

 ひとまず、機嫌をとっておくことにした。

 「か、可愛いな、その水着」

 「……!」

 真子さんは、胸を抱いて隠した。

 「いやいやいやっ、別にそこを見て言ったわけじゃっ」

 「……ふん」

 照れ方が、やたらかっこよかった。

 「ところで、君はそれで海に入れるの?」

 「俺? いや……なんか未知数なんだよね。変身して、海に行ったことなんてないし」

 「そういえば、いつも、お風呂の時は生身に戻っているわね」

 「うん。でも、たぶん大丈夫でしょ。水に浸かったら戦えないなんて、そんなんライダー失格だし?」

 「試してみましょうか」

 俺たちは海に浸かった。

 足先、ふくらはぎ、太ももと、先に進むにつれて海水がせり上がる。

 「うん、大丈夫っぽいな。良かった良かっ――」

 ところが、腰のベルト部分が海水に浸された途端、異変が起きた。『エラー、エラー』とベルトが電子音声を吐き、そのまま変身が強制解除されてしまう。

 「……あ」

 俺は生身で、いきなり海に放り出された。海水が冷たくて震える。 

 「ダメみたいね」

 「……うん」

 どうやら、水中戦闘フォームは別売りらしかった。……どこに売ってんだよそんなの。おもちゃ屋?

 「久しぶり」

 「……う、うん」

 確かに、生身で相対するのは久しぶりかもしれない。ライダー姿ではいやというほど会っているけど。

 装甲が消えるとなんとなく心細くなり、俺は真子さんに目を合わせることもできなかった。後ずさりながら明後日の方向を向いている。

 うぅん……女の子と海へ遊びに来たって言うのに。これはないよな。……でもムリなんだ。すまない。

 「少し寂しいわね」

 「え?」

 「何か、拒まれている気がして」

 真子さんは、浮かない顔でこちらを見た。

 「いっ……いやいやいやっ、俺が真子さんを拒むとかないですから! そんな恐れ多い!」

 「今度は卑屈すぎ」

 真子さんはくすっと笑った。

 「本当に?」

 「そうそう! 本当本当!」

 「なら……よければ、手伝って欲しいんだけど」

 「何を?」

 「水泳の……練習」

 真子さんはぼそっと言った。

 

 海中で、真子さんの両手を握る。ふわっという、指先の感触がたまらない。

 「う……うっ……!?」

 「変な声を出すのはやめて」

 「はい……」

 俺は黙った。

 しかし、女の子と手を握っていると、そこからじわじわ身体が融けていきそうで怖ろしいのだ。うめき声でも出さないと、やってられない。

 「手を握れたのは、褒めてあげる」

 「あぁ、うん……。多分、こないだから大丈夫になってたんだな。もう失神はしないわ。ちょっと怖いけど……」

 こないだというのは、空から落っこちてきたマコさんのクッションになった時のことだ。

 「怖くない。私、何もしないから」

 「分かってはいるんだけどな~。中々、どうしてもな。ところで、真子さんって泳げなかったんだね。離島住みなのに」

 「……文句ある?」

 「さっそく何かしそうな目で、俺を睨まないで!」

 俺は、真子さんの手を引き、バタ脚の練習に付き合っていた。

 すらっとした脚が海をはたいている。姿勢もいいし、この分なら普通に泳げるようになりそうだ。

 「真子さん、運動神経よさそうなのに」

 「いえ……なんとなく、水泳が苦手だったの。というより、海ね」

 「なんで?」 

 「ほら……海草とか、ごみとか、あぁいうのが体に絡まるのが気持ち悪くて」

 「はははっ、よくある理由だなぁ」

 俺が笑うと、真子さんは少しむっとした顔になる。

 「子どもの頃のことよ。でも今は……案外、海に入ってみたら大丈夫だった。もっと、早くくればよかった」

 「あぁ、子どもん時ダメでも、大人になったら大丈夫だったって、よくあるよなぁ」

 具体的には、ピーマンとかにんじんとかトマトなどを、俺は思い浮かべていた。

 「夏樹くんは……何かあったの?」

 「え?」

 「女性が苦手になったんでしょう? だから、子供のときに、何か――」

 真子さんが言いかけて、しかし中断した。

 「きゃあっ!?」

 体を海面に浮かべていた真子さんだが、急に立ち上がる。逃げるように数歩、前へ走った。

 「どっ、どしたの?!」

 「足……足に、何か絡まって!」

 真子さんが足を上げる。すると、足首のところにでっかい海草が絡まっているのが見えた。

 「なんだ、ただの海草じゃん」

 「あぁ……ビックリした」

 真子さんは胸をなでおろしていた。微妙に息があがっている。よっぽどビックリしたんだろう。

 しかし……こんなに動揺する真子さんって、あんまり見ないよな。なんかちょっと、ギャップが可愛いというかなんと言うか。

 「可愛い」と言ったら……喜ぶ? 喜んでくれるような気がする。

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