06:真子は恋してる!?

 あ……。分かったぞ。

 この人、絶対このぬいぐるみ欲しいんだろ。しかし、真子さんみたいなカッコイイ人が、こんなかわいらしいテレビアニメのキャラクターが好きなのか? ちょっとミスマッチな気がするが……。

 でも実際、魔女っ子に変身してしまうくらいだから、実はこういうのが好きなのかもしれない。

 ごほん、と俺は咳き込んだ。

 「ねぇ真子さん……ひょっとして、これ欲しいの?」

 「要らない。そんな子どもだまし。大体、こんなに大きいものどこに飾るの? 掃除の邪魔になるだけ」

 やたらと、強烈な反発をしてくる真子さんだった。

 「ふぅ~ん……」

 「な、何」

 「真子さんが要らないなら、俺がとっちゃおっかなー」

 俺は財布を取り出し、小銭を全て投入した。

 「!? いきなり、な、何をやって……」

 「いいじゃん別に、俺が欲しいだけだし? よーし、取っちゃうぞー!」

 真子さんが落ち着かなさげに見守る中、俺はそのクレーンゲームに挑戦した。

 「夏樹くん、どう? 自信ある?」

 と、美佳さんが尋ねる。

 「ふっ、あんなにでっかいぬいぐるみなら、どこにでも引っ掛けられそうだし、余裕余裕っすよ」

 ッターン! と勇んで操作ボタンを押す俺。

 ところが……。

 「あ、あれ……? 取れない……だと!?」

 思ったよりアームの力が弱く、ぬいぐるみが中々動かない。動いても、微々たる物に過ぎなかった。

 ぬいぐるみがちょびっとだけ空しく動き、ついに入れた小銭の分をすべて消費してしまう。

 「お、おかしい、なぁー……」

 「……へた」

 「ぐっ!?」

 真子さんの一言が、俺をつらぬいた。

 なんだか、クレーンを動かしている最中、真子さんのほうが俺よりよほど真剣にクレーンを凝視していたのだが……やっぱり、欲しくてたまらないんじゃないか。

 今も、名残惜しそうにぬいぐるみを眺めているし。

 「どうするー、夏樹くん。もう止めちゃうー? あんまりお金使いすぎてももたいないもんねー?」

 「そ、そうっすね、もう止めとこうかなぁ? さ、行こう真子さん」

 すたすた、と二人で歩き去る。

 「あ……」

 真子さんは寂しそうに、筐体をチラチラ見ていた。

 そして、ついに諦めたのか、トボトボついてくる。

 こりゃ重症だな。そんなにあれが欲しいのか? だったら……!

 俺はそのまま歩き去る――代わりに、立ち止まった。

 目の前にある両替機へと、持っていた紙幣を全て投入する。

 「なっ……?! 夏樹くん、何を!? そんなに、たくさんのお金」

 「ちょっと気が変わったんだ。やっぱ、取れるまでやろうと思って」

 あふれんばかりになった小銭を、俺はクレーンゲームの筐体に投入した。

 そして、悪戦苦闘の末、ついに俺はぬいぐるみをゲットする。まぁ腕前は下手くそだし、大量のお金を犠牲にした人海戦術みたいなものだから、誰でもできる成果だろうけど。

 「キャ~ッ! 夏樹くんすごーい! こんなおっきいぬいぐるみ取れちゃうものなのね」

 「うーん、下手な鉄砲数撃ちゃ――ってやつですかね!」

 「すごい……」

 俺の上半身ほどもある巨大な「トリちゃん」のぬいぐるみを、真子さんは飢えたような目で眺めている。そんなに欲しいのか……!?

 「はい、真子さん」

 「えっ」

 俺は、真子さんへぬいぐるみを渡した。

 「あげるよ」

 「いっ……いいの? でも、君の……お金で」

 「オッケーオッケー。普段、お世話になってるし、お礼だと思って。ほら」

 すると、真子さんはそれを受け取った。

 赤ん坊をいつくしむお母さんのような、慈愛あふれる顔になる。もふもふのぬいぐるみに、頬を柔かくこすりつけていた。まさに至福の瞬間! といった感じだ。

 「あっ、ありが――はっ!?」

 ところが、急に、ぬいぐるみをつっかえしてくる。

 「――い、いらない。こんなのもの、もらっても困る!」

 「えぇ!? まだ断るのかよ……でも真子さん、ぜったいこれ欲しいんでしょ。めっちゃじろじろ見てたし」

 「いらない! 私には、こんな可愛い物は……!」

 「ぶっ!?」

 あまりに強く突き返すので、俺はトリちゃんとキスしてしまった。装甲兜を身につけていて助かった。

 「……はぁ~っ」

 俺はため息をつく。 

 めんどくさい!

 この人、すごいめんどくさい!

 なんでこんな頑固なんだ? 欲しそうにしてるのが、バレてないとでも思ってるのか? 素直に受け取ればいいのに……。

 しかたなく俺は、なんとか、真子さんにとって都合のいい言い訳をひねり出してみる。

 「じゃあ……こっ、こうしよう。あくまでも、そのぬいぐるみは俺の物。でも、俺の部屋荷物いっぱいあるし、真子さんに預かっといてもらうってことで。ほら、持ってて」

 「俺の物」というところを強調しつつ、説得する。 

 すると真子さんは、子どものようにパッと顔を輝かせた。

 「そういうことなら……しょうがない」

 といいつつ、トリちゃんぬいぐるみを、いとおしげに抱きしめる真子さん。ぜんぜん「しょうがな」さそうじゃないんだけど……?

 「夏樹……くん」

 「え、何? やっぱりヤダ?」

 「ち、違う!」

 ぬいぐるみを抱いたまま、真子さんは慌てて首を振った。

 「その……預かるだけなら……いくらでも、預かっておいてあげるから」

 トリちゃんを熱烈に、キュッと抱きしめている。鼻先をそのぬいぐるみにうずめながら、真子さんは、上目遣いで(顔がぬいぐるみに埋まっているので、自然とそうなってしまう)言った。

 もう、99年だって預かっといてくれそうだった。

 ……す、素直じゃないなぁ! ほんとに!

 でもまぁ、ぬいぐるみに夢中ってのは、ちょっと意外な一面って気がして……いつもの真子さんとぜんぜん違う気がして、少し、可愛いと思うけど。

 「……はいはい、そりゃどうも! もうずっと預かっといてくれよな、場所とりそうだし」

 「うん」

 真子さんは、ニコニコ笑って言った。

 

 そこからは、もう、彼女の機嫌は有頂天だった。 

 スーパーマーケット内部におかれている、とある喫茶店に、俺、美佳さん、真子さん、春彦の四人は座っている。

 「美佳姉、私のひと口食べる?」

 「うん、もらうもらう」

 「はい」

 真子さんは、パフェをすくうと、美佳さんの口にそっと含ませた。

 「ウ~ン、いちご味も美味しいわね!」

 「うん」

 美佳さんが食べるのを見て、真子さんは優しく微笑んだ。

 ええっと……誰だこれ? 真子さん、最高に機嫌がいいみたいだ。お姉さんとは、喧嘩してばかりだったのに。

 「はい、春彦も。あ~んっ」

 うわぁ、真子さんが「あ~ん」だって。正直、可愛らしい……不気味でもあるけど。

 なんだろう。さっきの、ぬいぐるみが効いたのかな? もちろん機嫌がいいに、越したことはないけど。

 真子さんがトイレに行く。と、美佳さんは俺に話しかけてきた。口に手を当て、ナイショ話のようなトーンで喋る。

 「ねぇねぇ夏樹くん。あのさ、真子ちゃんのことなんだけど……」

 「なんすか?」

 俺は上半身を屈めて、耳を近づけた。

 「真子ちゃんね、君にぬいぐるみとってもらって、やたら機嫌がいいじゃない?」

 「そっすね」

 「それと、私が君にくっついたら、やたらに怒ったでしょう?」 

 「はぁ」

 「あの子ね、たぶん君のことが好きなのよ」

 美佳さんの顔が、にやぁ~っと心底楽しそうな笑みにつつまれる。

 「え!?」

 俺の上半身が、ビクンと飛びのいた。 

 一瞬、何を言われたか分からなかった。フリーズしたパソコンさながら、頭の回転が止まる。

 「あれ? どしたのー夏樹くん?」

 「いやっ……何いってんすか、美佳さん? ないない! 真子さんが、俺のことを好きとか……一緒に住んでるから、信頼してくれてるってのはあるかもだけど。だいたい、真子さんが好きな男って、たぶん香港映画の主人公みたいな超格闘強いタイプでしょ?」

 「まさかー、そんなわけ。香港映画はただの趣味よ」

 「趣味ではあるんですね……」

 「ところが、恋愛対象についてはそうでもないのよ。あの子、あれでけっこう乙女チックな所があるから」 

 ……どこが?

 子どもむけアニメのキャラクターのぬいぐるみに、ご執心だったりはしたけど。普段はあんなんじゃないぞ?

 なんにしても、彼女が俺を好きだなんて、信じられない。美佳さんの勘違いじゃないか?

 「いや……でも。一ヶ月近く一緒に住んでて、甘酸っぱいイベントも色っぽいイベントも、特に……ほとんど、なかったっすけど」

 「じゃあ、これからあるんじゃないかな?」

 「マジすか」

 ゴクリ、と俺の喉がなった。

 「ま、とにかく私は応援してるからね。具体的には……わざと君にベタベタして、真子ちゃんの嫉妬を煽ったりとか」

 「えっ……そういう意図でやってたんですか?!」

 「その通り! ま、他にも色々と手を考えてはいるんだけど……とにかく、私は真子ちゃんを応援するつもりだから。君だって、別に真子ちゃんは嫌いじゃないんでしょう?」

 「そりゃあ……まぁ、嫌いではないですよ。今までずいぶんお世話になったし」

 「じゃ、これからも、もっと頑張って仲良くしなきゃね!」

 「が、頑張ってって。……あのですねー。俺は女性が苦手だから、いつも、こんな格好をしてるんですけど! だって、これなしじゃ手もつなげないんですよ、俺は! とてもじゃないけど、まだ恋愛とかそういうのは――」

 その時、真子さんが帰ってきたため、話は中断されてしまった。

 どことなくそわそわしてしまう。が、真子さんは機嫌がいいからかそんなことは気にも留めない。

 「はい、夏樹くんも」

 いちごクリームのかかったパフェをすくい、真子さんは俺に差し出した。

 「あ、えと……」

 「遠慮しないで」

 と、言って、スプーンを無理やり俺の口の中に入れてくる。

 もごもご言う俺を見て、真子さんの頬はほんのり赤くなり、瞳はやや潤んでいる。

 確かに……これって、恋してる顔かもな。

 と、思えなくもなかった。

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