05:ゲーセンでデート
いつもは強気な彼女だが、今は転校したての小学生のように見える。自身なさげにそっぽを向き、心なしか脚も内股気味になっていた。じつに気弱だ。見ているだけで、こっちの胸がくすぐられる。
「で、夏樹くん。真子ちゃんが頑張って着たわけだけど。感想は?」
「え、ええと……その……!?」
真子さんは必死に目を合せまいとしていたが――俺が口を開いた瞬間、ひかえめにこちらを窺っている。やはり反応が気になるようだ。
これは……滅多なことは言えないじゃないか。
「かっ、かっ……!」
「か?」
「カカカカッ! ……カワイイと……お、思います……っけど。ハイ」
今回は、ウソではない。
カッコイイよりも、真子さんがカワイイと思えたのだ。
ただ……「水着が」可愛いというよりは、真子さんの恥ずかしがってる様子が可愛い……という感じなのだが。
声が震えすぎて、そんな長ったらしいことはとても言えない。
「カワイイだって~。良かったわね、真子ちゃん」
「……っ!?」
美佳さんが真子さんの背中を押した。真子さんはバランスを崩し、俺のほうへ倒れ掛かってくる。装甲ライダー特有の反射神経で、俺は彼女の肩をつかんだ。
「あ、ご……ごめんなさい」
真子さんは俺のほうを見上げて、そう言う。
な、なんだよ。
なんで、そんなか細い声なんだよ?
もっと、ぜんぜん自分が悪くないみたいな、高圧的な感じで謝ればいいじゃんか! 普段みたいに!
あまりに真子さんが近い。
彼女は姉の美佳さんよりも発育が良いのか、白いビキニがかなり丸く押し上げられている。
とたんに俺の顔がカーッと熱くなり、装甲兜内部がいきなり猛暑になってしまった。
「いっ……いえっ、こちらこそごめんなさいっ……!」
「……なんで謝るの」
「べ、別に……!」
「? 何か、怪しい……こ、こっちを見て言って」
「は、はぁ……お望みなら……」
装甲兜越しに、真子さんと目が合う。
なんだ? こんな時、なんと言ったらいいんだろう。
まともに女子と会話しはじめたのは、ほんの一ヶ月前――という、会話能力の貧困な俺には思いつかない。
真子さんと目が合い、恥ずかしくなってちょっとそらし、また目を合わせる、という無意味な繰り返しを重ねるだけだ。
あまりにも無意味なせいか、真子さんは吹き出した。
「ふっ……おかしい」
「そ、そだね」
「ふふ、ふふふっ」
「ええっとぉ……」
「……」
「……」
延々と見詰め合ってしまった。
装甲ライダーと、水着の女子高生。まったく、おかしな取り合わせだ。
「はいはーい、二人ともそろそろいいんじゃない? 何分そうやってるのかな?」
「「はっ!?」」
美佳さんに指摘され、俺たちはようやく正気を取り戻した。
真子さんの服と、それから美佳さんが大量に購入した服で、合わせると大分結構な量となった。俺はその全てを片腕で背負う。
「すごーい、夏樹くんって力持ちなのね」
「いや、軽いですし、このくらいはライダーでなくても持てると思いま――すけどっ!?」
突然、美佳さんは、俺の開いているほうの腕にしがみついてきた。こ、これは……!?
たかが、服を持ってあげてる程度に対するお礼としては、やりすぎだと思う。
「ちょっと、美佳姉! 夏樹くんはっ――!」
「あぁ、そっか。あんまりベタベタしちゃまずいんだったわね。ごめんね~、夏樹くーん」
「いや、まぁ……ははは」
怒りをむき出しにする真子さんの眼力に監視され、俺はめったなことも言えない。ただ曖昧な返事をするしかなかった。
次に寄ったのは、ゲーセンである。
といっても、スーパーの一角にあるゲームコーナーだ。ファミリー向けのゲームしか置かれてない。真子さんや美佳さんを伴って訪れるには、ちょうどいい所のように思えた。
「あ、ねぇねぇ二人とも。これやってみない?」
美佳さんは、パンチングマシーンを指差した。スポンジのついている部分を殴り、パンチ力を測って遊ぶという、よくあるゲームだった。
「ずいぶん、バイオレンスなやつからいきますね……」
もっとこう、クレーンゲームとかプリクラとか、そういう分かり易いのがあると思うんだが。
「私、こういうのやったことなくって。一度やってみたかったのよね」
コインを投入し、パンチングマシーンが起動する。美佳さんは拳を構える。
「よし、いくわよ~っ!」
「美佳姉、頑張って」
美佳さんは、深呼吸してから、拳を勢いよく突き出した。
……斜め方向に。
当然、拳は目標に当たらず、空を切っていた。
「キャーっ!? やだっ、ずれちゃったー!」
大げさに振りかぶったわりには、かなり情けない結果だった。美佳さんの言い方は、あまりにわざとらしい。故意に外したんじゃないか……?
「美佳姉、真面目にやったら?」
「もう一回もう一回! 次は外さないから。えいっ!」
再び拳が突き出される。今回は目標に命中した。が、測定されたパンチ力は、一番低い程度のものだった。間抜けなサウンドが流れる。
「うーん、いまいちだったわ。残念。二人もやってみたら?」
「じゃあ、俺やろうかな……。あ、でも」
俺は、自分が装甲ライダー・マグマに変身していることを思いだした。自分の真っ黒い拳を、握ったり開いたりしてみる。
「このまま殴ったら、多分マシンをぶっ壊しちゃうな」
「じゃあ夏樹くん、一度変身を解いたら?」
「え? でも……」
それは……そんなことをしたら。生身で女性に近づく、ということになってしまう。
美佳さんは、俺の逡巡も知らず、微笑をたたえながら俺に詰め寄る。
「大丈夫よー、パンチするほんの一瞬くらいなんだし」
「で、でも……」
女性にもやや慣れてきたとはいえ、生身というのはちょっと……。
「いいじゃない。私、夏樹くんのお顔見てみたいなぁ」
猫なで声を発しつつ、美佳さんは俺の肩にしなだれかかる。これはまずい……と、俺は、助けを求めるように真子さんのほうを見た。
「……脱いで。夏樹くん」
「えええぇぇぇ!? 真子さんまでっ!?」
真子さんは意外にも、美佳さんに賛成する。ただ、彼女に対抗するかのように、俺のもう一方の腕にしがみついた。
美佳さんはともかく、真子さんまでこんなことをするなんて……。そんなに、美佳さんに負けるのがいやなのか?
真子さんは、じっと俺を見つめ、無言の圧力を加え続けてきた。
えぇと……どうしよう?
「真子さん……俺は女性が苦手だからどうたらって、自分で何度も言ってなかったっけ?」
「今はいいの」
「なんでっ!?」
「やらないと離さない」
なんだ? この拷問は!
真子さんのしがみつきのガッチリ具合からすると、それは冗談でもなさそうだった。
「分かったよ……。ただ、生身で触れられるのはガチで失神するかもしれないし、ちょっと離れてくれよな」
二人が体を離した後、俺は変身を解いた。
真紅の装甲が消えうせ、体全体が小さくなる。
自分の部屋以外で、しかも公共の場所で、変身を解き生身になる――それは、6年ぶりの快挙だった。
「こ、これはっ……!」
今までデカかった俺は、急に姉妹とほぼ同じくらいの大きさに戻された。視線の低さがなつかしく感じる。
「へぇ、夏樹くんって本当はそんな感じなのねー。カワイイ~っ!」
美佳さんは、俺に触れないようにしながらも顔をせい一杯まで近づけてくる。
「うひぃっ……!?」
装甲越しでは伝わらない、美佳さんの顔の「気配」とか「空気感」みたいなものが感じられ、俺はつい体をそらしてしまった。危うく、春彦を下敷きにしてこけるところだ。
「え、何ー夏樹くん? 今のでも、そんなに恥ずかしかったの?」
「えっ……ええ、そ、そそそそその通りで……!」
「うふふっ、面白いわね」
「美佳姉!」
「ごめんごめん。じゃあ夏樹くん、パンチしてみたら? どう、自信ある?」
「ええと……そっ、そうっすね……マシーンをぶっ壊さない自信はありま、す」
「うふふふっ、冗談がじょうずね!」
いったん春彦を預けてから、俺はパンチを繰り出した。無論一発で命中し、パンチ力としては真ん中より少し上くらい(520kg)まで到達していた。
「すごーい、さすが男の子ね。私よりぜんぜん上だわ」
比較対象が美佳さんしかないので分からないが、未変身時ならまあこの程度だろう。
俺は急いで装甲ライダーに戻った。
もう、ライダー姿に「戻った」と表現してしまう時点で、何かちょっとおかしい気もするが……気にしないでおこう。
「夏樹くんって、何か鍛えたりしてるの?」
「いえ、これといっては」
「それなのに、こんな威力出せちゃうんのね。すご~い、かっこいいわ」
と、また美佳さんは媚びるような声を出し、俺の肩にしがみつく。
「いや、えっと、別にたいしたことじゃ……」
「大したことあるわよ~」
ここぞとばかりにスキンシップ(?)を図る美佳さん。
その時、鈍い打撃音が響いた。
真子さんが、マシーンへパンチを繰り出したのだ。
あまりにもきっちり正しい姿勢からのその打撃は、測定限界の数値をたたき出していた。
すなわち、900kg。もちろん、実際のパンチ力はさらに上回っている可能性もある。あくまで、測定限界なのだから。現に、パンチングマシーンが、心なしかひしゃげていた。
なんて威力だ……。
こんなんで殴られた日には、ライダーでも苦戦するだろう。
「……次、行きましょう」
と、真子さんはクールに告げる。
ええっと……これは怒っていらっしゃる?
彼女は俺たちの先頭に立ちズカズカ歩いて行った。
「もう、真子ちゃんったら、またすねちゃって」
「すねてないっ」
引き続きゲームコーナー内をぶらぶらしていた。
俺はふと、真子さんが何かを見ていることに気づく。
「……ん?」
みれば、それはクレーンゲームである。
お金を入れてクレーンを操作し、内部の景品を取る――という、これまたよくあるゲームだ。
真子さんが見ているのは、ガラスケース内にかなりでかめのぬいぐるみが景品として置かれているものだった。
「あれ? 真子さん、何見てるの」
「!? いえ、別に……」
真子さんは、あからさまに視線を逸らす。そこの景品に興味があるのだろうか?
ケース内には、両手に抱えないと持てないような、大きなぬいぐるみが一種類ある。
「『ハナ魔女ゆりん』の使い魔『トリちゃん』――大人気・でっかいプライズシリーズになって登場!」と説明書きにあった。
「あれー? これさー、真子ちゃんが好きだったやつじゃない? ほらほら」
美佳さんは、その筐体を指差した。
そういえば、「ハナ魔女ゆりん」という、子ども向けのアニメがけっこう前にやっていたことを思い出した。
女の子向けのアニメであるはずだが、男の俺が知っているくらいの認知度があった。ゲーセンの景品になっているのも頷ける。
「小学生くらいのときだっけ? いっつも夕ごはんのときにテレビで見てたじゃない?」
「……さぁ。もう、覚えてない」
真子さんは素知らぬ顔で言う。が、目が泳いでいた、というより溺れたように目線がふらふら動いていた。
「なつかしいねー。ほら、あの。目が点になってる鳥さんよね」
「俺も、子どもん時見てたなぁ。まだけっこう人気あるんすかね?」
俺と美佳さんが雑談していると、真子さんは立ち止まった。今度は、しっかり目線をぬいぐるみに向けている。それもやたらに情熱的な目線を。
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