04:服屋さんでデート

 話し掛けているのに、真子さんは一向に俺の顔を見ない。ただ、そのくせ抱きつく姿勢は継続中だった。このチグハグさはなんなんだろう?

 「あの、なんか……怒ってらっしゃいます? お姉さんのことで……」

 「何で敬語?」

 ぐっ、と真子さんが俺の装甲を握った。なんだか、落ち着かないから止めて欲しい。

 「別に、怒っていない」

 「ほんとかよ……? なんか変だと思ったんだけどなぁ」

 真子さんは、首を振った。

 「怒ってないの! ただ……あの姉は、外面だけは良くて、すぐ調子に乗るから。ほいほい言うことを聞いてはダメ」

 「そうなの?」

 「そう」

 真子さんは、ようやく俺の顔を見て言った。

 「夏樹くん、分かったの!?」

 「あ、はい……分かりました」

 つい、敬語になってしまう。なんだろう、このはがゆさというか、くすぐったさは……「くん」づけで呼ばれると、やっぱりなんとなく落ち着かなかった。

 「本当かしら」

 「わ、分かった、分かってるってば。美佳さんに気をつければいいんだろ?」

 「そう。上出来」

 俺の胴に腕を回したまま、真子さんは顔をすりすりとこすりつけてくる。

 「なっ……!?」

 甘える犬みたいな行動に、俺は体を硬直させた。

 「ちょっ、そんなことしてほっぺた痛くならないか?! 俺の装甲かなり硬いけど」

 「別に、痛くない。文句でもある?」

 「いや……ねぇけど」

 「じゃあ、いいでしょう」

 多少、女子に慣れたとはいえ。

 バス移動中、ずっと頬をこすりつけられるというのは、どうにかしてもらいたかった。

 「これでもう、姉さんは要らない」

 「は?」

 「あれに頼らなくても、女性に慣れる訓練はできるでしょう。私が手伝ってあげる」

 「あぁ……そういうこと」

 真子さんの冷徹な顔で「あれ」「要らない」とか言われると、お姉さんを日本海に沈めるつもりかと勘違いしてしまう。怖いから口ごたえはしないけど……

 「もう、捨ててきたいくらいよ」

 「だからこえぇって、その言い草!」

 

 とある休日。

 右側に真子さん。

 左側に美佳さん。

 背中に春彦。

 ――を伴って、俺はとある洋服店に来ていた。

 美佳さんが、

 「夏樹くんの苦手克服も兼ねて、今日はみんなでデートしない?」

 といったのが事の発端だった。

 いちおう「両手に花」みたいな状況だ。が、俺には荷が重すぎる。姉妹が、服を選び出して俺から離れたとき、すこしほっとしてしまったくらいだ。ダメだなぁ、俺……。

 「ねぇねぇ、見てー。これ可愛くない?」

 と、試着室からでてきた美佳さんが言った。クリーム色のシンプルなデザインのワンピースを着ている。しかも、麦わら帽子つき。

 これ、感想を言わなきゃいけないんだよな?

 「ええっと……まだ春ですけど、なんか夏っぽいですね」 

 「そうでしょう? ねぇ、真子ちゃんはどう? これいいと思う?」

 「いいんじゃない」

 と、真子さんはポーカーフェイスで言った。

 「真子ちゃんも似合うかもしれないし、着てみる?」

 「いや、私は……その服は」

 真子さんは、必死に首を振って否定した。珍しいな、ここまで否定するなんて。

 「いいじゃない、せっかく来たんだから。ほら、こっちこっち」

 と言って、姉妹は試着室の中へ入った。中でもぞもぞと脱いだり着たり、衣擦れの音がする。

 女性が着替える音なんて、少々、刺激が強い……。とくに、ライダー状態で聴力がよくなっているので、余計に悶々としてしまう。俺は軽く口笛を吹いて待った。そして、

 「あら~、やっぱり可愛いじゃない、真子ちゃん! ほら、夏樹くんにも見せて見せて」

 「っ……!」 

 真子さんが、美佳さんに押し出されるようにして試着室から出てきた。

 「こ、これは……!?」

 「ね、可愛いでしょう?」

 「かっ――」

 俺は一瞬、言葉につまった。

 ひらひらしている丈の長いスカートが、純真っぽさを演出している。短髪なのも、夏っぽく感じる。ただ……。

 真子さんが、やたらに姿勢がいい。それから、服の可愛さに比べて、目つきの鋭さ・かっこよさだけが異様に突出してしまっている。

 ぶっちゃけ、変装している殺し屋っぽく見えてしまう。

 「か?」

 「か……可愛いっすね」

 「……なんで横を向いて言うの」

 「い、いやー。その、真子さんがちょっとまぶしく見えて。はは、あはははっ!」

 「良かったね~、真子ちゃん。夏樹くんがか・わ・い・い・だって!」

 「……」

 真子さんは腕を組んで、照れ隠しのようにくちびるを舐めた。

 こんな、適当な褒め方でよかったんだろうか……?  

 「はい、じゃあ次行ってみましょうか」

 「ちょっと、美佳姉!」

 真子さんは着せ替え人形のように弄ばれた。

 おしゃれなロングスカートを着ると、スケバンにしか見えず。

 挑発的なホットパンツを履くと、スラム街の女王にしか見えず。

 長いズボンを履くと、男にしか見えなかった。

 うーん、ダメだ……。

 「ねぇ夏樹くん、真子ちゃんが着たやつ、どれが一番可愛かった?」

 美佳さんは、真子さんの肩に手を置きながら、くすくす笑って言った。

 「ええと……まぁ……一周まわって、やっぱり真子さんには長めのズボンみたいのが一番似合うんじゃないかな」

 別にウソはついていない。「可愛い」とは言ってないから。

 真子さんは嬉しさ半分、疑い半分という顔をした。

 「『一周まわって』って何?」

 「いや、えぇと……変に媚びた服に走るよりも、シンプルなのが一番かな~? みたいな……?」

 「なんで疑問形なの」

 真子さんは、俺の真意を探るようにじろじろと頭部装甲を見てくる。表情がバレなくって、本当に助かった。

 「そっかぁ、夏樹くんはこれが一番好きなんだって。じゃあ真子ちゃん、これ買いましょっか。私買ってあげるわ」

 「いや、要らない」

 「えぇ~? なんで? せっかく夏樹くんが――」

 「要らない」

 要らない、と言いつつ、真子さんはその服を美佳さんから奪い取った。

 「自分の服は自分で買う」

 と、言う真子さんは、子どものように頬を膨らませていた。

 「そう? ふ~ん……」

 美佳さんは、なぜかほくそ笑んだ。

 「うん、分かったわ。さ、じゃあ次いきましょ次」

 真子さんの両肩を押す美佳さん。通り過ぎるとき、なぜか俺にむかってウインクする。

 たぶん「この子、子どもみたいでしょ?」という意味だと思う。俺も、黙って頷いておいた。

 「……今度は、水着コーナー?」

 「真子ちゃん、もうすぐ夏よ。準備しておかないと。ひょっとしたら……誰か好きな男の子と、海に行ったりするかもしれないじゃない」

 「そんなのいないけど……」

 真子さんは、洋服店の一角の水着コーナーを眺め、つまらなそうに鼻を鳴らした。

 「水着コーナー」とはいえ、男性用のものはさして展示されておらず、大半は女性用だった。「どんな水着を着ようか」なんて悩むのは、大抵女性だけだろうしな。

 それはいいのだが、カラフルなひらひらした布をたくさん見ると、俺はどうも胸焼けを起こしてしまう。

 ちょっと、向こうに行ってようかな……。

 「あれー、夏樹くんどこ行くの?」

 「うっ!?」

 装甲の首もとを、美佳さんにつかまれた。

 「私たち水着選ぶし、ちゃんと感想を言ってくれなきゃ困るじゃない。なんのためにいっしょに来てくれたのか、分からないわ」

 「俺は感想を言う機械ですか?!」

 否応なしに連れて行かれてしまった。

 美佳さんと真子さんは、色々な水着を次々と体の前に当てていく。

 「ねぇ夏樹くん。この白とピンクのだったら、どっちがいいと思う? どっちも捨てがたいんだけど」

 「ええと……白かな?」

 「えぇ~っ? そう? でも、やっぱり私はピンク色のほうがいいかなぁ。そのほうが明るい感じがしない?」

 「そうですね……」

 たった5秒のうちに、矛盾した台詞を言ってしまう美佳さんすごいな……。

 一方、真子さんもなんだかんだで、手当たり次第にハンガーを手に取っていた。ただ、美佳さんとは違い、見せびらかしてこない。むしろこちらに背を向けて、隠している。

 やがて、二人はそれぞれ試着室に入った。

 カーテン一枚隔てたところで水着に着替えているのかと思うと、頭が沸騰しそうになってしまう。深呼吸して、落ち着こうとした。

 「落ち着け……落ち着け……!」

 「はい、試着完了ね。夏樹くん、おまたせ~」

 「ぐはぁ?!」

 俺は、床に膝をついてしまった。

 「ほらほら、見て。どうかな?」

 「え、えっと……」

 美佳さんは、けっきょくピンクのほうのビキニを選んだらしい。あっちがいいと言ったりこっちがいいと言ったり、大分忙しいな。

 色はともかく、水着自体は似合っていた。すらっとした体型が、ビキニのおかげでより強調されている。

 「と……! と、とととてもステキだとおおお思いますっ」

 「ぷっ……。夏樹くん、なんか声震えてる。おかしー!」

 「いや……はは……お恥ずかしい限りです」

 俺は髪をかいてごまかそうとする。が、装甲兜があって、髪を掻くのはムリだった。

 「さて、真子ちゃん? 何やってるの。早く見せてあげなきゃ」

 「わ、私はいい」

 真子さんは、カーテンをつかんでいた。体はしっかり隠し、顔だけ出している。

 「いいからいいから! せっかく着替えたのに見せてあげないなんて、もったいぶりすぎよ?」

 「いい! 私はいいから!」

 「もうっ、夏樹くんもだけど、真子ちゃんもだいぶ恥ずかしがり屋さんね。いいわねぇー、高校生って初々しくって」

 「……ばか」

 真子さんはスネた感じで言った。

 「あ、あのぉ、別に真子さんがイヤならムリに見せてくれなくても……。なにも無理やりってのは――」

 「はい隙ありー」

 俺の言葉を一切無視し、美佳さんはカーテンを一気にまくった。

 「やっ……?!」

 真子さんの身体が露になる。

 彼女は、白いビキニを身につけていた。そう、それはさっき、俺が「そっちのほうがいい」と美佳さんに言ったものだった。どうやら、姉から妹へ渡されたということらしい。

 「夏樹くんは白いのが好きなんだって。だから譲ってあげたの。ねーっ、真子ちゃん?」

 「……ぅ」

 真子さんは、美佳さんの後ろに隠れようとして、前へ引きずりだされるということを数回繰り返す。そしてついに諦めたのか、ようやくおずおずと俺の前に立った。

 こ、これは……。

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