02:お姉さん乱入
「お疲れさま」
「……いや、別に」
俺は、いつも通り、スーパーマーケットで買ったものをすべて片肩に抱えていた。真子さんには、ひとつも持たせていない。
学校が終わり、スーパーによった後も、昼休みの件はまったく俺たちの話題に上らなかった。
うぅん? ……おかしいな。
ちょっと、盛り上がりすぎた。こっちからあんなことを話題にするの、恥ずかしいんだけど……真子さんから、話ふってくんないかな?
たぶん、向こうも、同じことを思ってる。さっきから、微妙にチラチラ見られている気がした。ただ、俺のほうから見返して、目が合ってしまったりすると、
「……っ」
こんな風に、とたんに目をそらしてしまう。
ええっと……なんだろう。この、胸のすくような感覚は?
じれったい。じれったすぎるぞ、これはっ! 意を決して、俺は口を開いた。
「あの、真子さ――」
「あ~っ、真子ちゃんじゃない?! 久しぶりねっ! 今、学校帰りなの?」
急に、女性の声がした。俺のすぐ横――つまり車道に、車が一台止まっている。
開いた窓から、運転者の顔が見えた。
長い髪の、爽やかな女性だ。
「あっ……美佳姉(みかねぇ)!?」
と、真子さんが言った。
「姉(ねぇ)」ということは、もしかして真子さんの姉なのだろうか。
「いつ、島に帰って……?」
「こないだね。今、そっちに遊びに行こうと思ってたの。ちょうどいいわ。車、乗って乗って。もう、お家まで50メートルくらいしかないけどね。ええっと、ところで――」
美佳というお姉さんは、急に言葉を詰まらせた。
「それ……いったい何?」
美佳さんは、指差した。
全身真紅の装甲ライダーが、その先にはいる。
まぁ……まずそこだよね。
家に戻ると、美佳さん、真子さん、俺、ついでに春彦はリビングで会見した。
「――へぇ。今、そんなことになっているのね。面白いじゃない、真子ちゃん」
「……全然、おもしろくないんだけど」
親が消え、俺たちがまいにち必死に生活してるという顛末を聞くと、美佳さんは笑った。
「そうかなぁ? 面白いと思うけど。だって……ねぇ、夏樹くん……だったよね? 楽しいでしょ?」
「……楽しい、かなぁ?」
むしろ、やたら苦労をさせられてる。
「だって、高校生の男女が二人きりで、一つ屋根の下――だなんて。やだー、私、ちょっと羨ましくなっちゃったかも。あーぁ、いいわねぇー、はじける若さがうらやましいわ~っ」
「あ」
それは……確かに。
「もう、美佳姉!」
真子さんは、ソファから腰を浮かせた。
「あらっ、ごめんごめん。それにしても、お母さんが再婚したのは知っていたけど。まさか、こんな面白い連れ子さんが来るなんてね」
「やっぱ面白いっすよね」
俺は自虐気味に言った。
「うふふ。でも、こんなに強そうだったら、真子ちゃんも安心だと思うわ。ねぇ真子ちゃん?」
「……それは、まぁ」
「ところで夏樹くん」
美佳さんは、人さし指をほっぺたに当てて、首をかしげた。妙に、ポーズがわざとらしいな。
「ってことは、もうやっちゃったのかしら?」
「何をです?」
「真子ちゃんと、やることをやっちゃったの?」
「「えっ?」」
俺と真子さんの喉から、とぼけた声が出た。
「……っ!? や、ややや『やることやる』って……いや、あ、ぁ、そんなことは……っ!」
震えすぎて、俺の膝がテーブルの裏にぶつかってしまった。装甲のおかげで、特に痛くはなかったが。その代わり、コップの中が大嵐になってしまう。
「み、美佳姉!」
真子さんも真子さんで、顔が真っ赤になっている。
「ごめんなさい、ちょっと変な質問をしちゃったわね。ふふふ」
うぅ。冷や汗で、顔がやばいぞ。顔がベタベタして本当に気持ち悪い。
「それで……美佳姉、どうして急に来たの? 連絡もなしに」
「いやね。本土で働いていたんだけど、ちょうどお休みが取れたから来てみたのよ」
「そう……。これからどうするの? しばらくうちにいる?」
「うん。お母さんにも挨拶しようかと思ったけど……新婚ラブラブっていうんじゃあ、ねぇ? 邪魔しちゃ悪いもの」
ま、マジか……?
じゃあ、このお姉さんも、しばらくここで暮らすんだ。
この美佳と言う人、ほんとに姉妹なのか? というくらい、真子さんに似ていない。かなり、雰囲気が柔かいタイプだ。
ただ、一つ似ているのは、目の細さだ。
目が細過ぎて、瞳がほとんど見えない。そのため、常に微笑んでいるように見える。洗練された大人の女性、という感じ。
「……」
ついつい、俺は美香さんを観察してしまった。すると、真子さんが、俺のほうをじろりと見る。
ええっと……?
なんか、最高に怖い目つきだ。
ま、まぁ、お姉さんをじろじろ見られたら、機嫌が悪くなってもしょうがないよな。
「あら~、春彦くんこんにちは~っ。初めましてー、美佳お姉さんよー? 可愛いわねーっ!」
春彦を胸に抱き、頬ずりする美香さん。
「自分の弟ながらなんですが、俺もかわいいと思いましたね」
「夏樹くんはかっこいいわねー?」
「わっ!?」
いつの間にか、美佳さんが俺のすぐ隣に座っていた。そして、俺の固い装甲兜を撫で、頬ずりしている。
思わず声をあげてしまった……。
まだ、完全に女性慣れしていない。でも、どちらかというと瞬間移動みたいに急にやってこられたのがびっくりだった。
「ねぇ、教えてくれないかな? なんで、装甲なんか来てるの?」
「いやっ……ちょっ……そういう体質でして……!」
「体質?」
「はい、その……女の子が苦手で、気づいたら……こんな装甲がないと、女の子の前に出れなくなっちゃったというか……!」
「へぇ~、そうだったのね。じゃあ、恥ずかしがり屋さんなんだ? 可愛い~っ」
「……ッ!」
さすがに、こうベタベタされるのはちょっと……いくらなんでも、まだキツい!
と、困っていたら、真子さんが立ち上がった。美佳さんの肩を引っぱる。
「美佳姉! 夏樹くんに、あまりベタベタしないで!」
「えー、どうしてー? いいじゃない別に、義理の弟なんだし。仲良くするのは当然でしょ?」
「だめ! 聞いてなかったの? 彼は……女性が苦手なの。そんなにくっついたら、きっと……不愉快に思う」
「そう? 苦手と言っても、こんな装甲を着てるんだから、大丈夫なんじゃないかしら? ねー、夏樹くん」
「う……いや、その……っ!」
装甲を着ていても、美佳さんの大人の色気(?)は、それを貫通してくるように思えた。俺は硬直してしまい、拒絶さえできない。
「あ、分かった! 真子ちゃん、やきもち焼いてるんでしょう?」
「!?」
真子さんは、セーラー服が破れそうなくらい、胸をぎゅっとつかんだ。
「ち、違う……! 私は、ただ……夏樹くんが、辛くないかと……!」
「そうなの? 真子ちゃん、なんだかずいぶん、夏樹くんのことを気にしてあげているのねぇ?」
美佳さんは、真子さんへ余裕の視線を送った。
「別に……私は……っ!」
「ん? なぁに?」
あくまでも、にこやかに尋ねる美佳さん。
他方、真子さんは口ごもってしまった。言いたいことが何かありそうなのだが、けど、どうしても出てこないという感じ。代わりに、剣呑な視線で美佳さんを睨みつけている。
すごい目線だ……怖過ぎる。けれど、それにまったく動じない美佳さんもすごい。俺は、分厚い装甲をまとっているのに、とても耐えられない。
「あーっ……と、とりあえず、お茶っ……お茶のお代わり淹れてきますよ。それじゃっ」
と、美佳さんを振り払い、台所に逃げた。素早くお茶を出し、「久しぶりに会ったんだから姉妹水入らずで話したら」とかなんとか言って、自分の部屋に逃げ出してきてしまう。
「はぁ……」
と、重い吐息が口をついて出た。まったく、親が居なくなったと思ったら、代わりに義理のお姉さんの登場か。いったいどうなるのやら。
「それにしても、真子さん、やっぱり『夏樹くん』っつってたよな? さっき。んー……なんなんだろ。急に『くん』づけしたりして……」
べつに、呼び捨てでも、くんづけでも、女の子に名前を呼んでもらえるだけありがたいとは思うのだが――なにしろ、少なくとも6年間、そんな機会は一度もなかったのだから――ただ、急に呼び方を変えられると、何か含むところでもあるのかと疑ってしまう。
「くん」なんてつけられると……他人行儀な気もする。
例のカラス事件のとき、俺は真子さんを助けた。
呼び方が変わったのは、その時からだ。
ということは、「くん」をつけたのは、ポジティブな意味……なのだろうか?
「直接聞くのもアレだし……。あーぁ、わかんねーっ」
俺は思考を放棄し、固い体をベッドに横たえた。
姉妹が風呂に入った後、俺は一番最後に風呂場に向かう。
幸い、誰に出会うこともなく、お風呂を済ませることができた。
「なんか、美佳さんのせいで、俺の体質悪化しそうなんだよな……」
独り言をいった。正直、あの、「女女している」お姉さんのことは、少々苦手に思っている。やはり出くわさないようにしよう。
「うわっ?!」
「!」
何者かにぶつかった。
そこには、真子さんがちょっとよろめいて立っていた。
「び、びっくりした……。ちっと、何でこんな廊下に突っ立ってんの、真子さん? 電気もつけないで」
「あ、夏樹くん」
真子さんは、暗闇の廊下に立っていたようだ。
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