09:箒に乗って
魔女っ子と装甲ライダーが、空中に浮ぶ。
「すげぇ……高ぇ」
「飛んでいるもの」
俺たちは、箒に乗って飛んでいた。
具体的な高度というのは、よく分からないが。辺りの建物ははるか下にあり、波止島(はとがしま)の海岸線の一部がありありと見えるくらいだった。
「カラスって、こんな高いとこ飛ぶの?」
「さぁ。ただ……」
少し言いよどむマコさん。
「あまり低いと、地上から見られるし」
「あぁ、飛んでるのがバレるか」
ところが、マコさんは意外な動機を語った。
「スカートの中とか、見られそうで」
「いや、スパッツはいてるじゃん」
現に、今も、スカートが向かい風ではためいている。が、白いスパッツのおかげで、何も危険はない。
「そういう問題じゃない」
じゃあ、どういう問題なんだよ。
と、思ったが、そんなきわどい話題を続ける度胸は、俺にはなかった。
マコさんは、目的地が分かっているらしく、一直線に箒を飛ばしている。装甲表面を、向かい風がさかんに冷やしていた。高度が高いことが、冷えに拍車をかけている。
「あの……マコさん」
「なに」
「これ寒くないの? 俺は、装甲着てるから大丈夫だけど……。まっ、マコさんはなんか、顔とかふくらはぎとか出てるし。寒くね?」
「妙に、気が利くのね」
子どものように高い声で、しかし大人のように落ち着いた口調で、マコさんは言った。
「いや……なんか、『女性は体を冷やしちゃいけない』とか、よっ……よく、言うじゃん?」
「じゃあ、上着でもかけてくれる?」
「悪いけど、今そんなもん持ってない!」
マコさんは、くすっと笑った。上着どころか、今の俺は装甲だけだ。
彼女は、ちょっと俺のほうを振り返る。
「夏樹……どうしてそんな座り方しているの」
俺は、箒の一番後ろギリギリに、股を挟んでいた。
マコさんは逆に、箒の一番前あたりに席を定めているというのに……。不自然に、箒の柄が開いている。
「い、いや……なんか、近づきがたいというか……」
「またそれ」
マコさんは、目を閉じながら前を向いた。なんか、失望されてるみたいな感じなんだが……。
「君、体重いくつ?」
「今は……変身してるときは、百キロ超えてたかな」
「そんなのが、箒の一番後ろに座ってたらどうなると思う?」
「……ほ、箒が、安定するとか?」
「傾いているんだけど」
なるほど。
さっきから、箒全体が俺に引っぱられている。箒の後ろ側から、地面に落っこちかねない状態だった。
「あ、あははははっ」
俺は乾いた笑いを発した。
「ごまかさないで。もう少し、前へこれないの?」
「いや……その……やっぱり、女子にベタベタ触れるのはちょっとな~って」 「別に触れなくていいから。もう少し、前へ寄って」
「はぁ……。うん、オーケー」
仕方なく、尻一つ分くらい箒の前へ行く。
多少、箒の姿勢が安定した。
「やっぱり、女子に近づくのは……苦手なの?」
「あぁ、まぁ。うん。そりゃ、ねぇ」
「そう」
やばい、なんか気を悪くさせたかな。この人、あんまり感情的じゃないし、少し分かりにくい。とくに、前向いていると。
「君の体質にどうこう言うつもりはないけど」
マコさんはぽつりと言った。猛烈な向かい風に曝されているので、聞き取りづらい。
マコさんは、でも、かたくなに前を向いていた。
「あまり露骨に避けられると……少し、傷つく。かもしれない」
「あ……す、すまん」
「……うん」
あれ? 俺、なんか悪者になってないか。
いや、でも、女子に近づくのほんと怖いし……。
「いや、すんません。前も言ったかもだけど、別に、マコさん自体を嫌ってるとかではなくて――」
「それは、分かってる」
マコさんは、少し強い口調で俺の言葉をさえぎった。
「ただ。私は――」
その時。
鳥が、バカにしたような鳴き声でマコさんの言葉をさえぎった。
カラスの声だった。
「おい、マコさん! 斜め下! あそこにいるぞ!」
「っ!?」
俺とマコさんは、そろってその方向を見る。黒い鳥が、翼を伸ばして飛翔していた。
そいつが、くちばしに何かをぶら下げている。
頭部装甲複眼を凝らして、俺はそいつを見る。そこには、服をひっつかまれて、力なく宙ぶらりんになっている春彦の姿があった。
「俺が春彦を取り返す。マコさん、もうちょっと寄せてくれ」
「分かった」
ぐんっ、と箒が高度を下げる。カラスに接近していく。春彦の表情がよく見える位置に来た。彼は、すっかり目を閉じている。
「うわ。あいつ寝てるよ。すげえな」
「……将来、大物になりそう……。でも、見捨てるわけにはいかない」
「そっ……そりゃ、そうだよ。マコさんに、こんな寒い思いさせてまで来たんだ。怪我ひとつさせてたまるか」
「うん」
がくんっ! と、急に箒が揺れた。
「うわっ!? お、落ちる落ちる! ちょ、箒のコントロール大丈夫か!?」
「ごめん」
ずっ、と箒がカラスの真横まで行った。
「いいよ、取って。夏樹」
「オッケー」
ぎりぎりまで体を横に張り出し、手を伸ばす。春彦を奪い取ろうとして――
「うおわぁっ!?」
俺は、バランスを崩した。身体が百八十度、さかさまにひっくり返る。車座にした脚だけで、なんとか箒にぶら下がっている状態だった。
「……こうもりみたい」
「こんな赤いデカいこうもりはいない!」
もう一度、体勢を立て直す。
「マコさん、カラス野郎の下に回りこめないか?」
「ちょっと……難しい」
カラスは、かなり高度を低下させている。下手にこっちが高度を下げると、建物に衝突しかねない状況だ。横から手を伸ばすしかないらしい。
「けど、俺またバランス崩すかも。なんか、箒とか摑みにくいし。あんま安定しないんだよな」
「じゃあ……」
マコさんは、俺のほうをまたチラ見した。
「私を摑んで」
「……えっ!?」
「私の肩か、腕でもつかめば、少しは安定するはず」
「そりゃ、そうだけど」
でも、それは。
マコさんに……女子に、触れるってことじゃないか。
「やっぱり、ムリ? なら……大人しく、カラスが止まるまで待とう」
「……いや、だめだ。カラスがずっと春彦を運ぶとは限らない。ととと途中で落っことすかもしれないし。はっ、はっ……は、早くとっかえさないと」
「声、震えてるけど」
「し、四の五の言ってられないし! じゃ、し、失礼して……」
「うん」
がくがくと震える手で、俺はマコさんの二の腕の辺りをつかんだ。その辺りは、魔女っ子服ごしなので、ちょくせつ肌に触れているわけではない。ないが……それでも、その下の肌の、人間の体の柔かさが感じられる。俺の震えが、さらに増していた。
「何か、電動マッサージ器みたい」
「震えすぎで、すっ……すすすすまん……!」
確かに、女子は怖い。
触れるのも、触れられるのも、もうまっぴらだ。たとえ、マコさんが相手だとしても。
しかし……春彦が怪我するのはもっと嫌だ。
俺の弟で、そしてマコさんの弟でもある、彼が。
「くっ……! カラス野郎、俺らの弟を、返せっ!」
手が伸びる。一センチ、また一センチと。俺の身体がせり出していく。
そしてついに、春彦の服に手が届いた。
「よしっ!」
後一歩で、体をつかめる!
そう思った瞬間、箒の魔女っ子と装甲ライダーに追いかけられるのが、我慢の限界にまで達したらしい。
カラスは、くちばしを開いて、春彦を落っことした。
「うっ――!?」
ゆっくりと、ゆっくりと――春彦が地面に近づいていく。そう、見えた。
マコさんの反応は、早かった。たちまち方向転換し、下方向へほとんど垂直に突進する。
「夏樹! お願いっ!」
「うわあぁぁぁぁぁっ! まにあええええぇぇぇぇえっ!?」
もはや、マコさんの体をつかんでいるのかいないのか。それすら曖昧になるほど、無我夢中で、俺は手を伸ばしていた。
「――はっ!?」
俺は、目を覚ました。
すぐに思い出した記憶は、視界がぐるぐると回ったこと。そして、体全体に走った、大きな衝撃だった。
「うっ……う~ん……?」
俺は、どっかの空き地に叩きつけられてしまったらしい。俺の周囲に、軽くクレーターみたいのができていた。これが建物の上に落ちていたら、屋根が破れただろう。
「はっ! 春彦は……マコさんはっ……!」
二人は、俺のすぐ真上にいた。
どうやら、装甲ライダーである俺をマコさんがクッションにし、さらにそのマコさんを、春彦がクッションにしているようだった。
「おいっ! 大丈夫か、二人とも!?」
「う……な、なつ……き……?」
「おい、怪我ないか!? どっか痛くない!?」
「いえ……。さっき、わざと君を下にして落ちたから……。大して、痛いところはない」
わざとだったのか……。
たしかに、俺が一番頑丈だけどさ。
その時、ちょうど春彦も元気に泣きだした。特に、血が出ているとかそういうこともない。マコさんも、春彦も、大事はなさそうだった。
「あぁ良かった……。二人がつぶれたら、どうしようかと!」
思わず、俺は二人をまるごと抱きしめた。春彦はもちろん、今のマコさんは小さい。簡単に覆うことができる。装甲ごしなので、二人のぬくもりは分からないが、しかしその感触だけはしっかり分かった。
「夏樹、くん……!」
マコさんは、俺の腕の中でもぞもぞしていた。その声には、ほんの少し、感動の色が混じっている。
声が高いだけに、かなりしおらしく聞こえた。
……ん?
マコさん、今、俺のことを夏樹「くん」とか言わなかった?
普段は、当たり前のように呼び捨てだったのに。
なんだこれ?
まるで、他人行儀というか。丁寧というか?
急にそんな呼び方されると、なんか……なんか……!
ちょっと……不気味なんだけど?
「夏樹くん……痛かった?」
「い、いや……んなことない。二人に、けっ、怪我なくて、よよよかったっす」
若干、動揺して俺の言葉も変だった。
「……でも、どちらかというと、君のほうも深刻じゃない?」
「い、いや? 大丈夫だよ。俺は装甲あるから、トラックにひかれたって死なないし。こんな程度じゃ、ぜんぜん――」
「そうじゃなくって。その……君、私に思いっきり触っちゃってる」
「……え?」
俺は、マコさんを後ろから抱きしめていた。
よく、子どもがテディベアを抱きしめながら寝たりすると思うが……ああいう感じ。装甲腕で、マコさんの(今は)華奢な体を、しっかり守るように抱えていた。
……ってか、何他人事みたいに言ってんだ俺は。
さっき、自分で抱きしめたのに。
「あ、マジだ!? ……きききき気づかなかった。ま、まぁ……ひっ、必死だったから、かなぁ」
「今、気づいたでしょう。……平気なの?」
マコさんはうつぶせになり、俺のほうを振り向いた。アイシャドーの通った可憐な魔女っ子フェイスが、俺のすぐ目の前にある。
目の前だぞ、目の前?
女子が、すぐ目の前にいる。
なのに……平気だった。
背中が触れても。腕が触れても。顔が目の前でも。
震えないし、ビビらないし……怖いという感情が、さしてわいてこない。
「あの、俺……なんか治った? みたい。女子に……触れないのが」
「……え!?」
カッと、マコさんの目が見開いた。
俺自身が、一番ビックリだよ……。
普段よりちっちゃくなってるマコさんを、いったん脇にどかす。そして、手をつかんで立たせてみた。
「ありがとう」
マコさんは、服についた土を払いもせず、そう言った。
「いや~っ! 良かった。もし女子に触れれるようになったら、こういうかっこいい行動をしてみたかったんだよな」
「分かりやすい」
マコさんは、ぷっと吹き出した。
なんだか……正直、この姿のマコさんは、素直にかなり可愛い気がする。
いまだに手をつないだままそんな顔をされ、俺も照れ隠しに笑ってしまった。
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