05:ふたりの日常

 「あと……そろそろ、手離して」

 「離さない」

 あいつらが追いかけて来たら困るし。学校の外までは引っぱっていこう。

 ――というつもりで言ったのだが、真子さんは黙り込んでしまった。

 あれ?

 「離さないっ!」とか、今のセリフはちょっと……カッコつけすぎだったかな。

 「いやっ、あの、別に真子さんがどうこう、ではなくっ……! あいつらが、また来たら困るな~って!」

 と、ヘタレる俺。しかし、真子さんは意外なことを言った。

 「そうじゃなくて……。夏樹、女子に触れると、精神的にきついんじゃ――」

 「え?」

 俺の黒い手は、真子さんの白っぽい手首をしっかり握っていた。

 つつつっ……と、装甲の中に、冷や汗がつたう。 

 「うわあああぁぁぁっ!? そそそそそうだったっ!」

 「はぁ……」

 いきなり手を離し後ずさる俺に、真子さんは嘆息した。

 

 ここは離島の田舎だ。

 本来なら、車がなければとても生活できない。それなのに、運転免許が(取れ)ない高校生二人を置き去りにするなんて……あの親たちはいったい何考えてるんだ。

 幸い、家から100メートルくらいのところに大きなスーパーマーケットがある。そこで一通りの用は足せるだろう。

 いちど家に帰り、真子さんとスーパーに歩く。

 「相変わらず、俺ら見た目やばくない?」

 「うん」

 迷わず肯定する真子さん。

 俺は赤ちゃんを背負い。

 真子さんは、犬のリードを持っている。

 たしかに、新婚夫婦にでも間違われそうなのだ。でも。

 「『俺ら』というより、君の姿が全てを台無しにしてる気がする」

 「ごめんなさい……」

 「いや。ただの冗談」

 それにしても……。

 なんなのだろう。この状況。

 自慢じゃないが、俺は6年前から、女子と一緒に歩いたことなど一度もない。

 ライダーになる前は、口下手だったし……。

 なった後も、やっぱり、女子と積極的に関わったことはない。むしろ、近づかれるとつらいから、こっちから距離をとったくらいだ。

 それなのに。

 「何か用?」

 「いや……なんでも」

 「ふぅん」

 しまった。あまりに、真子さんの方を見すぎてしまった。

 なぜだろう。

 そこまで、話が盛り上がってるわけじゃない。俺はもちろん、真子さんだって寡黙なほうだ。さっきから黙々と歩いている。

 それでも。

 隣に女子がいて、一緒に歩いているというだけで、なぜか――怖いと同時に、俺は少々、浮かれた気分にもなっているのだった。

 なんだ俺。

 我ながらチョロ過ぎね?

 しかし、小中高と同じクラスで過ごした女子たちと、真子さんは何か違う気がしている。

 親切だし。気が利くし。何かにつけて、真摯な気がするし。

 「夏樹」

 真子さんは、急に止まった。俺の顔のほうを見上げている。やけに真剣な表情。

 そう、ちょうどこんな風に……。

 って、アレ?

 「えっ、な、なな何っ!?」

 まさか……何か甘酸っぱいイベントでも起こるっていうのか!?

 そう……たとえば告白、とかっ!?

 「春彦、吐いてる」

 「……は?」

 見れば、春彦くんが俺の肩に顔をのっけて、白い液体を口から鼻から盛大に吐き出していた。真紅に輝く装甲が、ドロッとした白で汚れている。

 「うわぁっ!? なんじゃこりゃっ」 

 「心配しないで。この歳の子は、よく吐く」

 「そ、そうなのか……。病気かと思った」 

 「汚れ拭くから」

 真子さんは断ってから、春彦くんの顔と俺の装甲をタオルでぬぐう。タオルごしなので、厳密に女子に触られてるわけではないが……少々、目をつぶって我慢する。彼女は、甲斐甲斐しくきれいにしてくれた。装甲の隙間にまで、指をつかってタオルを滑り込ませる。几帳面だな。なんだか申し訳ない。

 「す、すんません、真子さん」

 「いえ。それにしても、なんだか洗車している気分」

 「……俺、メタリックだもんね」


 犬をスーパー外の柵にくくりつけて置き去りにし、高校生男女と赤ん坊一人で店内に入る。

 「何買うん?」

 「必要なもの全部。母がいないから、全部自分で買わないと」

 「だよな……」

 真子さんは、メモを見せてきた。ずらっ、と色んな品物が並んでいる。

 「うわ、多!」

 「どうせ、ここの店にしか距離的にこれないから、色んな店を回るつもりはないけど。その分、ここでたくさん買わないといけない。君、持てる?」

 「今の俺はトラックだって持てるよ」

 「……モテモテね」

 真子さんは、しれっと言った。

 俺は、彼女をまじまじ見つめてしまう。

 「何?」

 「いや……真子さんって、冗談とか言うんだなぁって」

 「君は、存在そのものが冗談みたいじゃない」

 やはり、しれっと言われる。どうやら、毒舌でもあるらしい。まあ、俺も、自分がライダーだなんて、未だに信じきれないが。

 「魔女っ子になって、あざといポーズとって自撮りしてるのも冗談なの?」とか聞いてみたかった。が、無理だ。怖過ぎる。

 「ん……っ!」

 調味料の棚で、真子さんは一番上のお酢をとろうと手を伸ばしていた。しかし、身長が微妙に足りず、ぎりぎり届かない。いや、指先が届いてはいるが、つかめない様子だった。

 「真子さん、無理に取ろうとしたら、落っことして割れちゃうよ」

 「夏樹」

 真子さんは、俺の名を一言言った。返事の仕方がカッコいいんだよなぁ、あい変わらず……。

 「ライダーな俺のほうが背高いんだし、頼ってくれればいいのに」

 「そう」

 手を引っ込めて、真子さんは微笑んだ。

 思わず、ドキッとする俺。半分は、距離が近すぎることに対する恐怖だが……しかし、のこり半分は。

 どうしてだ……?

 ただ、女子に、真子さんに、少しお礼を言われただけ。

 別に、男子からお礼を言われたことくらいだったら、もちろん、何度となくある。

 でも。ここまで嬉しいというか、得意な気分になったことはなかった。ただ、高い所のものを取っただけなのに。

 要は俺、浮かれてるんじゃないか。

 「夏樹!? 何やってるの!」

 「えっ」

 バキッ――と、ガラス質が砕ける音がした。その瞬間、悪臭を伴った液体が、俺たちに降り注ぐ。

 お酢の瓶が、割れてしまったのだ。

 一瞬後、黄色いお酢まみれの女子高生と装甲ライダーが、その場に出来上がっていた。 

 「夏樹……何やってるの」

 さっきと同じ台詞だが、すごく沈んだ調子だ。

 真子さんは、心底どんよりした目で俺を睨んでいた。

 「うわぁぁぁぁぁっ?! すんませんっ! ライダー状態だと、あんま手先が器用じゃなくてっ! 緊張したりしてると、すぐ物を握りつぶしちゃってっ!」

 「緊張?」

 「あ、いや、緊張って……いうか。その、真子さんのお言葉を謹聴していたというか」

 「なんで敬語に戻るの」

 真子さんは怪訝な顔でタオルを取り出した。春彦くんと、俺と、それから自分の汚れた制服をぬぐう。

 「じゃ、私弁償してくるから。あまり気にしないで。ここで春彦と待ってて」

 「うん……」

 純白のセーラー服が、黄色く汚れてしまったというのに……まったく騒ぎ立てる様子もなかった。やっぱり、この人かっこよすぎる。

 「あの、真子さん」

 「何?」

 「真子さんって……いいお母さんになりそうだよな」

 「いきなりなに……」

 

 汚れたからといって、家に帰るわけにもいかない。なにしろ、物資を調達しなければ、俺たち三人とも干物になってしまう。

 俺は春彦くんを背負いつつ、ショッピングカートをひいて真子さんに付き従った。

 「なんか……俺、めちゃくちゃ浮いてない?」

 戦うために作られた真紅の鎧。そんな装甲ライダーが、赤ん坊背負って買い物している。周囲を通り過ぎる買い物客や店員から、珍獣でも見るような目線を向けられていた。

 「すこし所帯じみてる」

 「だよね」

 「分かってるなら止めれば」

 「いや、無理……。女の人、周りいっぱいいるし」

 昼間のスーパーマーケットという性質上、周囲の男女比率としては女の人のほうがはるかに上だった。

 「ふぅん」

 俺ははじめてくる店なので、場所がよく分からない。真子さんが先導している。彼女は、こっちをちょっと振り返った。

 「あの……少し、聞いていい?」

 「何を?」

 「私のこと嫌い?」

 「んんっ!?」

 そういうきわどい台詞、軽々しく口にしないで欲しいんだが。

 「な……なんで聞いた、の。そんなこと」

 「嫌われてるなら、もう少し距離を置こうと思って」

 「直球すぎる……! いや、別に真子さんが嫌いってことはないけど……き、昨日から、親切にしてもらってるし」

 「そう。でも、近寄られるのは嫌なの?」

 「えっ……あぁ、まぁそうかな。変身中なら、ある程度は大丈夫だけど」

 「そうじゃなくて」

 真子さんはついに立ち止まった。

 「女性のことが嫌いじゃないのに……それでも、近寄られたり、触られたりするのは避けたいの?」

 「え、うん」 

 なんか、やけに突っ込んでくるな。

 「まぁそんな感じかな。近寄られてビクつくのは、半分病気みたいなもん」

 「なら、面倒だったんじゃない? 今まで、学校とか」

 「そうだなぁ……でも、学校は男子もいるし。けっきょく、やろうと思えば、女子と全く関わり合いにならなくても、案外ふつうに過ごせたっつーか。だから、ずーっとそのままで来ちゃったのかなあ」

 「じゃ、今は、もっと大変?」

 「え、なんで?」

 「だって、女子と絶対関わらなきゃいけないから」 

 真子さんは、自分の髪を触っていた。

 ひょっとして、その「女子」って真子さんのことか?

 「いやいやっ……別にそんなことは。一人であそこん家に置き去りにされたら、それこそそっちのほうがよほど大変だし」

 「でも、家事は得意なんでしょう」

 「いやっ……。赤ちゃん育てるとかは、絶対ムリなんで」

 「なら、もし、私も春彦もいなかったら? そっちのほうが楽?」 

 「え? 春彦くんがいなくなるとか、ありえないっしょ。だって、いちおう俺の弟だし。めっちゃ歳離れてるけど」

 「そう」

 真子さんは、春彦くんの柔かい毛を撫でた。

 「じゃあ、春彦『くん』って呼ぶ必要ないじゃない。弟なんだから」

 「あ、そういえば……」

 彼は生まれてから優子さん方で育てられてるので、俺が会ったのは昨日初めてだ。だから、なんか他人みたいに思っていたけど。

 そうか……弟なんだよな。

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