04:同棲開始

 「ん……?」

 「起きて、夏樹」

 揺さぶられ、ハッと目を覚ます。

 今、まさか……女子に触れられた!?

 「ごめん、起こさないとだから。触った」

 「あ、ハイ……どうも。おはようございます」

 真子さんは、急いで部屋から出て、ドアの外から目だけでこっちを覗いていた。さすがに、それだけ離れてくれれば大丈夫だ。むしろ、その仕草がちっちゃい子どもみたいで微笑ましい。

 ……これも、真子さんには言わないほうがいいな。

 「……ご配慮、ありがとうございます」

 「どういたしまして」

 さて、新家族5人で朝食か。真子さんといっしょに食べただけでも、けっこう良い感じだった。5人だと、もっといいかな?

 そんなことを思いながら階下に行くと、まだ親たちは帰ってきていなかった。

 「あ、あいつら、朝まで何やってんだ……?」

 「まだ、向こうにいるみたい。母が朝食を作ってくれるはずだったんだけど……。とりあえず、今日はバナナ食べて」

 二人……いや、正確には、三人で食卓を囲む。メニューはバナナとミルク。春彦くんは離乳食。

 「いただきましょう」

 「……いただきます」

 俺は、真子さんの唱和に続いた。

 「ん、何?」

 「いえ、何でも……」

 真子さんは、あむっ、とバナナを噛み切る。くちびるについたミルクを指で取って、ぺろっと舐めていた――そんな真子さんの姿がやけに色っぽく、つい見つめてしまう。

 装甲越しの視線がバレるって、そうとうだぞ俺。

 「あの、学校って、バスで行くんすよね」

 「うん。今日は朝練もないし……案内しようか?」

 「あ、どもです。よろしくおねっ……お願いします。で、彼は……どうするんですか?」

 「春彦は、母が帰ってきて面倒見る。私たちが出るまでには、帰って来るって言ってたから。あと……一ついい? 君、16歳よね」

 「そう、ですけど」

 「なら……敬語使わないで。同い年だし。私だけタメ口なのは、ちょっと……」

 「な、なんか、装甲ライダーを傅かせてる、女王様みたいな感じっすよね」

 「そういう風に見られるの、ヤだから」

 真子さんはチラッとこちらを見た。俺が変なことを言ったせいか、心なしか目線がヤクザみたいに鋭い。言わなきゃよかった……。

 「わかりま……分かったよ。じゃ、じゃあタメ語で」

 「よろしく」

 真子さんは微笑した。俺も、つられて笑い返す。頭部装甲のせいで、伝わらなかったと思うけど……。 

 「それにしても……。制服、にっ、似合ってる……ね。真子さん」

 女子に褒め言葉をかけるとか。ちょっと恥ずかしいのだが、あまりに似合ってるので言えてしまった。

 「そういう君は制服着てないじゃない」

 「こんなデカい装甲の上に、着れるサイズの制服なんてないよ」

 「そう……。で、似合ってるって、どういう意味?」

 彼女はセーラー服とスカートを着用している。

 こうして見ると、けっこう体つきは曲線的で、しっかり女性っぽいな。って、どこを見てるんだ俺。

 それは抜きにしても、セーラー服の可愛らしさのせいで、イケメン顔が余計に引き立って見えた。つまりは、めちゃくちゃかっこいい。

 「いや、えーと、その、かっ――」

 真子さんの瞳が、また鋭くこちらを睨みつける。

 「うっ……! いや、そうでなくって……普通に、セーラー服とか、スカートとか、いいんじゃないか?」

 「どこ見てるの」

 腕を組んで、胸を隠す真子さん。

 でも、行動の割に、こころなしか声が柔かくなったような? 俺は調子に乗って、

 「いやっ、まっマジでいいと思う。これは、もう、アレだわ、男でも惚れるんじゃね?」

 「男『でも』……?」

 あ、ヤバ。また怒ってる。

 「男でも惚れる」って。

 逆に言うと、普段は男に惚れられないほど可愛げがない――ってことになっちゃうじゃん。ようやく、俺は自分の失言に気づいた。

 「君は、人をからかうのが好きなの?」

 「っ……! ごごごごごめんなさいっ!」

 

 けっきょく、家を出る直前の時間になっても、親どもが帰って来る気配はなく……。

 「ちょっと! 何言ってるの、ふざけないで。母さ――」

 それきり、真子さんは諦めたように電話を切った。

 「二人とも、なんて?」

 「なんだか……二人きりで過ごしてるうちに盛り上がってきちゃったから、帰らないって」

 盛り上がってきたって。無責任すぎる……。それでも親か?

 「じゃあ、春彦くんとかどうすんだろ? とりあえず今日は、どっちかが学校休んで――」

 真子さんは首を振った。

 「今日だけじゃない」 

 「……え?」

 「今日だけじゃない。母も、隆英さんも、しばらく向うに居て、こっちに帰らないって言うから。だから……その……」

 真子さんは困ったようにうつむき、そしてちょっと俺に目くばせした。

 「しばらく、私たちだけでここに住んで……だって」

 「そ、それって」

 家の中に親がなく、高校生の男女二人で取り残される。

 あとは、赤ちゃんと犬だけ。

 なにこれ?

 「い、いわゆる、どどど同棲ってやつなのでは?」

 「……それは、語弊があるけど」

 真子さんはじっと俺を見た。

 「どうしよう」

 「さ、さぁ……?」

 春彦くんがギャンギャン泣き出す中、俺たちは顔を見合わせるしかなかった。

 

 しかし。

 よくよく考えたら、ものすごい急展開だ。

 親父の再婚相手と、いっしょの家に住むことになり。

 と思ったら、娘さんのとんでもなく可愛らしい秘密を知ってしまい。

 翌朝には、二人きり。

 なんだか、頭がついていかなかった。

 嬉しい展開、といえばそうなのかもしれないけど。でも大丈夫なのか?

 ……とりあえず、悩んでるヒマはない。何はなくとも今日を乗り切らないと――

 「ええっと、人見夏樹っす。よろしくお願いします……」

 転校初日ということで、黒板の前で挨拶する。装甲ライダーになっている俺はかなり背が高いため、教卓に立っていると蛍光灯に頭をぶつけそうになる怖さがあった。そんな俺を、クラスみんなが奇異の目で見ている。

 ふと、クラスの女子が俺に質問をぶつけてきた。

 「ねぇねぇっ。朝、真子と一緒に登校してたけど、どういう関係なのー?」

 ざわっ……! と教室に喧騒が広がる。余計な事を言いやがって……。

 「えっと、親が再婚した関係で、いっしょに住むことになったって言うか」

 キャーっ! と、さらに黄色い声が広がる。俺と真子さんに視線が集中していた。

 それにしても、俺がライダーに変身していること自体には、あまりツッコミがなかった。

 みんな、結構おおらかなんだなぁ。

 とりあえず、一番後ろの空いた席に向かっていると――

 「よっ」

 ある男子が、声をかけてきた。

 彼は、真子さんの隣に座っている。

 「なんか大変そうだな、えぇっと……夏樹だっけ」

 「あ、あぁ」

 「榎(えのき)さんと同じ家に住んでるんだって? だったら、彼女と隣のほうが都合がいいんじゃないか? 良かったら、変わってやるよ」

 うっ?!

 ありがたい申し出なんだけど。同棲してて、学校でも隣同士なんて、さらに噂になってしまうような気がする。

 ……ま、まあいっか。断るのも妙だし。

 「じゃ、じゃあ……そうさせてもらう」

 「そうか。あ、俺は恭介だ。よろしくな」

 「あぁ、よろしく」

 「それにしても、ほんとに大変だなぁ。事情は知らないが、学校に赤ちゃんまで連れてこなきゃいけないなんて」

 恭介は、俺の背中のほうを覗き込むようにして言った。

 そう。

 装甲ライダーである俺のでかい背中には、春彦くんが背負われている。だって、赤ん坊を家に置き去りにするわけいかないし。

 普通なら、俺か真子さんか、どっちかが休んで面倒見るところだが……学校に相談したら、教室に連れてきてもいいというので連れてきたのだ。田舎の学校は、やっぱりおおらかすぎるから困る。

 「榎さんも、夏樹も、困ったことがあったら声をかけてくれよ」

 恭介は、真子さんと俺のほうを交互に見ながら言った。こいつ、聖人のようなやつだな。

 「それにしても、凄いな。高二なのに、もう出産と同棲をしちゃうなんて。俺には想像もつかないよ。夏樹が18になったら、やっぱ結婚とかするのか?」

 恭介の言葉に、さらに教室が色めき立つ。

 「出産?」「同棲?」「結婚?」と……。

 真子さんは真子さんで、「け、けっこ……」とか言って、珍しく顔を耳まで真っ赤にしているし。

 「ちっ、ちげぇよ。この子は――!」

 言い訳しようとしても、もう恭介は後ろの席に行ってしまった。まったく、悪魔のようなやつだ……本人に、その自覚はなさそうだけど。

 「あの、真子さん……よろしく」

 「……」

 真子さんは、こちらをあまり見ないまま、無言でコクリと頷いた。

 そりゃ……恥ずかしいよな。こんな装甲ライダーと、結婚だのなんだの言われたら。ははは……。

 

 その日は、ホームルームだけで学校は終了した。帰ろうとしたら、真子さんの席に、急に女子が殺到してくる。

 俺は正義の味方の直感でそれを事前に察知し、教室のドアの向こうに隠れていた。なんとか、女子の群れに飲み込まれず、生きながらえている。

 少々情けないが……仕方ない。だって、いくら変身してても、あんなにいっぱい女子に近寄られたら、俺、気が遠くなっちゃうし。

 どうやら、女子達は「結婚」「同棲」「出産」だのの件について、真子さんに尋ねているようだ。教室の、ほとんど全ての女子が集まっている気すらする。

 「ねぇコンマさまっ、あの人とどういう関係なの!? ほんとに結婚しちゃうの!?」

 「いや……私たちは、そういう関係じゃ。親の都合で、一緒に住んでいるだけで」

 「じゃあ、あの赤ちゃんはなんなんですかぁっ?!」

 女子達が、潤んだ目で真子さんを必死に見つめている。

 「コンマさま」というのは、真子さんのあだ名らしい。

 様づけ&丁寧語って……真子さん、ほんとに女王さまか。

 それは冗談だとしても、彼女が同性にモテてるのは間違いないらしい。

 確かに、あの怖いくらいの鋭さを感じさせる、イケメン風のあるいは中性的な顔。

 やや寡黙で、さっぱりした言動。空手部所属という点。すべてが男らしいと言わざるを得ない。

 いかにも、女子に人気が出そうだ。まさか、クラスの女子でハーレムを築いているとは思わなかったが。

 「あの、ちょっと、この後用事があるんだけど……」

 「そんなっ!? 納得できるまでお帰りいただくわけにはっ……! コンマお姉さま!」

 「お姉さま」だって。なんなんだ、あの空間?

 真子さんも、かなり困った顔をしている。あまり無下にもできないのだろう。

 ……まぁ? あんなに女子いっぱいじゃ、俺はとても近づけないし。

 無理やり引き剥がすわけにもいかないしな。部外者は、話が終わるまで待っていたほうがいいだろう。

 「――あんな、子供向けヒーローみたいなわけの分からない男なんて、コンマお姉さまにはふさわしくないよっ!」

 ぐっ……。

 ……ま、まぁ? 確かに、学校にくるのに全身装甲って意味不明だよな。俺だって、意味分かんないんだもん。初対面ですらない傍観者に、そう思われるのも仕方ない。好きなだけ、バカにしたらいいさ。

 「――コンマお姉さまはすごく格好いいんですから! もっと相応しい相手がいますよ!」

 ガラッ――と教室のドアを開ける。

 ガラスが割れかねないような勢い。すごい音が鳴り、教室の生徒がみんな俺のほうを見た。

 あのな。

 真子さんに「かっこいい」は禁句なんだよ。

 俺だって、言いたいの我慢してるのに。

 俺は、真子さんに声をかけた。

 「帰ろう」

 「あっ、夏樹……!」

 赤ちゃんを背負った真紅の装甲ライダーが、ずかずかと歩み寄ってくる――というのは、相当迫力があったらしい。みんなあっけにとられている。女子が苦手ということもこの時だけは忘れて、俺は女子の集団に割って入る。

 そして、これはちょっと自分でも驚きなのだが、俺は真子さんの手首をつかみ、無理やり引っぱった。

 俺たちが立ち去りそうになったことで、ふと我に返ったらしい。真子さんハーレムの女の中で、いちばんうるさそうな奴が口を開いた。

 「ちょ、ちょっと貴方! なに勝手に、コンマお姉さまの手に触れてるのよ! ずるいわよっ! 大体、あんたみたいなぽっと出の男が、コンマお姉さまと同棲だなんて、許せないっ!」

 「別に、あんたに許してもらう必要はない」

 「なっ……!?」

 自分から先に喧嘩をふっかけてきておいて、その女子はちょっと言われただけでたじろいだ。まぁ、これだけゴツいライダーに言われたら、ビビるだろうけど。

 ……っていうか、ほんとにちょっと泣いている。これじゃ俺が悪者みたいだ。

 「えっと……家庭の事情だ。他人には関係ない」

 「他人じゃないわっ! 私たちは……私は、コンマお姉さまのっ」

 「知らねーよ。興味ねえし勝手にしろよ。でも、俺は昨日から、義理とはいえ真子さんの家族なんだよ。関係ない奴に詮索されるいわれはない。それから、この赤ちゃんは、親の子どもで、当たり前だけど俺と真子さんの子どもなんかじゃないぞ! 変な勘違いするなよな! 話はそれだけだ」

 後ろでまだギャーギャー言っていたが、すべて無視し尽す。俺は真子さんを、教室から下駄箱まで引っ張って行った。

 「夏樹、あのっ……あの子、茜っていうんだけど、ちょっと過激な子で。少し困ってた。ありがと……」

 「いえ、別に……お礼とか言わなくていいし。ってか、俺がもともと、女子がいっぱい来たから逃げ出しちゃっただけなんで。もとはといえば、俺のせいだし」

 「そんなことない」

 「そ、そうかな?」

 「そう。……だから言わせて。ありがとう」 

 「……あ、うん」

 なんだろう、なんか真子さんがやけに優しい。普段も親切ではあるけど、なにか声の調子が柔かいというか。

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