02:魔法少女とライダー

 「も……申し訳ありませんでした」

 装甲ライダー・マグマに変身した俺は、三つ指ついて土下座していた。

 「いや、もういい」

 「も……もう『アンタには失望したから家から出てけ』って意味ですか?!」

 「ちがうっ! 赦す……赦すから」

 身を鎧でガチガチに固めたでかい装甲戦士が、室内で女の子相手に土下座している。めっちゃチグハグで情けない格好だろうけど、しかたない。

 真子さんも、俺に向かい合って正座していた。

 「ほんとに、すいません……てっきり、ここが俺の部屋だと思って、べ、……ベッド、使っちゃいました」

 「いえ……。越してきたばかりだから、間違えてもしょうがない。私の部屋、ぜんぜん物がないし、なおさら」

 「そういえば、そうっすね」

 キョロキョロ見回しても、真子さんの部屋は本当に何もない。インテリアもなければ、遊び道具も勉強道具もない。シンプルすぎて、座禅を組めば悟りを開けそうだ。

 「せ、整理とか……好きなんすね」

 「別に。物がないだけだから」

 「へぇ~。か、かっこいい……」

 「そんなこと言われてもうれしくない」

 真子さんはそっけなく言った。

 この人「かっこいい」は禁句なのかな。かっこいいのに。

 「母と……隆英(たかひで)さんは、今二人で買い物行った。車で。仲良さそうに」

 隆英というのは、俺の親父のことだ。無駄に渋い名前しやがって。

 「そすか。……ま、まあ、再婚したばっかですしね。あの……っ」

 「親たちだけじゃなくて、俺たちもこれから仲良くしましょう。よろしくお願いします」というような、気の利いた台詞を言いたいと思った。が、女子にそんなこと言うのは、俺にはレベルが高すぎた。

 喉元まででかかった言葉が、もごもごと消える。フルフェイスの装甲兜を顔にまとっているおかげで、俺がどもっている気色悪い姿は見られずに済んだ。

 「君の部屋は、あっちの、南の角の部屋ね。もういいから、早く行って」

 真子さんは南を指差した。

 魔女っ子・マコ(と俺の中では呼ぶことにした)からもとに戻った真子さんは、やはり、さっきまでの男っぽい女だった。

 中学生みたいなちっちゃい身長が、男並みの高身長に戻り。

 長くゆらめいていた金髪が、黒い短髪に戻り。

 桃色のワンピースから、半そで短パンに戻り。

 化粧顔から、スッピンに戻る。

 戻ったことで女らしくなったのは、ゆいいつ、もとのグラマラスな体型を取り戻したということくらい。

 「あの……ひとついいすか。なんで声、さっきと違うんすか? 変身してたときは、もっと……なんつーかこう、ソプラノっぽいかん高い感じだったけど。今はすっごい、ハスキーというか、アルトというか」

 「やっぱり、うちから出てって」

 「えええぇぇぇっ!? 何でっ!?」

 「冗談」

 「こっ、こめかみの血管を浮き上がらせながら言われても……せ、説得力ないんすけど」

 「……変身中は、声が変わるの。今は、こういう声だけど」

 イラつきながら、「こういう声」という部分を強調する彼女。なんで急に怒ってんだよ。

 「あっ……あぁ。えっと、そのっ。お、俺も、昔は声変わってましたね。低い声になって。今は地声が低くなったんで、ほとんど変わんないすけど」

 「声変わり前から変身してたの、君?」

 「はい。小四の時、くらいから」

 「へぇ……」

 俺たちはそこで沈黙した。

 や、やりづらい……。というか、もう、ほんとに息が苦しい。

 ひとつ、気になっていることがあった。普段は怖そうな彼女が、どうして、あんなきゃぴきゃぴルンルンな格好に変身して、あざといポーズで自撮りしてたのかってことなんだけど。

 まぁ……聞かないほうがいいよな。

 「君は何も聞いていない」

 真子さんは、ぼそっと言った。

 「は?」

 「君は今、何も聞かなかったし、何も見なかった。その代わり、君は私の部屋に入ったり、ベッドを使ったりもしていない……ということにしとく。いい?」

 「え、えと……」

 「いい!?」

 真子さんの剣幕には、有無を言わさないものがあった。

 「……はいっ。あの、一つだけっ……いっ、いいすか?」

 俺はおずおずと手を上げた。

 「もしかして……ゆ、優子さんとかも、知らないんすか? 今の……変身のこと」

 「……」

 「いやっ、詮索するつもりはなくてっ。ただ……た、ただ。優子さんには言っちゃってもいいのか、どうなのかなって」 

 「……言っちゃダメ。母も、このことは知らない。というより……他人に知られたのは、君がはじめて。魔法ッ……少女のことを知ってるのは、君だけなの」

 「ま、マジで……?」

 「……うん。お願い、誰にも……誰にも言わないでっ。お願いだから……!」

 急に、真子さんは涙目になった。俺にずずずっと近づいてくる。いくら男みたいに鋭い目つきとはいえ、やはり女子だ。顔を近づけられて、俺は反射的にのけぞってしまった。

 しかし、そこまで知られたくないのか……!?

 まぁ、大体、理由の想像はつくが。

 「うーん……そっ、そこまでして隠すことなんすかね? 普通に、可愛かったような……」

 「可愛い」と言った後、真子さんの顔が真っ赤になり、こぶしをぴくぴく震わせた。そして、俺のメタリックな肩をわしづかみにしてきた。途端に、俺もびくびく震えてしまう。 

 「いっ、いいからっ! 余計なことは絶対に言わないでっ! 分かった!?」

 「ひええええっ、触んないでっ!? わ、分かりましたよっ! 絶対、ぜったい言わないので、もう、ちっ……近づかないで、もう、ちょっと離れて下さい! 俺が死にますから!」

 こうして、同棲初日に。

 俺たちの間には、早くも「二人だけの秘密」ができてしまった。手が早いのは、どうやら、親父譲りらしい。

 

 トントン、とノックの音が聞こえる。

 「いる?」 

 俺は腰に手をかざした。空気中から変身ベルトが出現し、装着される。「変身!」と小声で呟き、ベルトにタッチすると、全身が光につつまれる。そして、真紅の固い装甲が俺の体を覆った。この間、約3秒。

 「どうぞ」

 「……夏樹。夕食できたから、下きて」

 それにしても、いきなり「夏樹」呼びか。

 初対面で呼び捨てにしてくるってのが、また本当にカッコいいんだよな、この人。

 「ども。あっ、ありがとう、ございます」

 もう家族だから、お礼を言う必要はないのか? と思ったが、まだそうも割り切れなかった。

 「アレ? 親父たちは……?」

 「今日は、隆英さん家の旧家に泊まるって」

 「あっ、そういう……」

 俺は赤面した。装甲のおかげでバレてないとは思うが。一方、真子さんはそっぽを向いていた。

 まぁ、二人で過ごしたいっていうのも、無理ないか。結婚初日くらいは、大目に見てやろう。

 「赤ちゃんと犬の世話だけ、うちに押し付けてね」

 「あの二人サイアクだろマジで! ……あれっ? でも……。ってことは、今日、ここん家に寝るの俺ら二人だけすか?」

 「二人じゃない。春彦もいる」

 春彦というのは、赤ちゃんの名前だ。

 「いや、えと……は、春彦くん以外は、俺たち二人だけ……?」

 「……そうね」

 ずるるるっ、とうどんをすすりながら、真子さんはクールに言った。俺も真似して、音を立てて食べてみる。変身中の俺がやると、ヒーローショーの休憩中に昼食を摂る、被り物の中のおっさんみたいですごく下品だった。

 「食べづらくないの、それ」

 「慣れれば、平気っすよ。……しっ、失敗すると、装甲の中に食べかすが入っちゃって、気持ち悪いですけど」

 「そう……」

 一瞬、真子さんが微笑した気がした。俺は思わず顔を上げる。

 頭部装甲の複眼越しに彼女と目が合ってしまい、あわてて逸らす。もう、どっちが女なのだか分からない。

 「あの……そっ、それでいいんすか? 真子さんは」

 「何が?」

 「いや……な、なんつーか……。見知らぬ異性と、二人きりの家で寝るとか……それって、なんとなく不安にならないのかなっていう……」

 「不安なのは、君のほうじゃないの? 女の人が苦手なんでしょう。だって」

 「ウソついてたの?」とでも言いたげな冷たい顔で、真子さんは俺を見下ろした。

 いや、目線は俺のほうが高いんだけど……なにかこう、この人はいちいち視線が怖すぎるんだ。

 「えぇ、まぁ、それはそうですけど、おおお俺が言いたいのはそういうことでなく――」

 「ご飯も、いっしょに食べないほうがいい? 言ってくれれば、考えるけど」

 「い、いえっ、さすがにそこまではっ! 変身してれば、まぁ……触られたり、超近づかれたりしなければ、なんとか普通に過ごせるんでっ! お、お気遣いっ、ありがとうございます! あ、あと、風呂入る時は、変身解かなきゃなんすけど」

 「あぁ、お風呂。じゃ……入る順番決めておこう」

 真子さんは、やたら頭の回転が早かった。

 「は、はい。別に俺は後でいいんで。真子さんが、一番風呂でいいんで。あっ……別に真子さんの入った後のお湯をどうこうしようとか、そういうやましいことはぜんぜん考えてなく――!」

 「じゃ、私が先で」

 さらっ、と真子さんは言った。

 うぅん……なんだろう。この即断即決? 妙な男前っぷりは。たまらないな。

 まぁごちゃごちゃ言わないってことは……「家族」として信頼してくれてるってことだから、悪い気持ちではないんだけど。

 そもそも、俺が「男」と認識されてないってだけかもしれないが。

 ん?

 いやいやいや。義理とはいえ、これからは兄弟姉妹みたいなもんなんだぞ? 「男」と認識されたら、むしろ困るだろう。何考えてんだ、俺は。

 「あ、そういえば……あの、さっき船着場で、『男』とか言っちゃってすんませんした……。さすがに……わっ悪いこと言ったかなと……」

 「別に」

 真子さんは、俺のコップに水を注いでくれながら言った。

 あれ? この人、実はけっこう優しい?

 「ふとした言葉の端に、本音はどうしても出てしまうものだから」

 言葉にすごみが増すと同時に。水が、満タンになってコップのふちからあふれまくっていた。

 やっぱ、怖い人じゃないか……。

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