魔法少女とライダーが恋したら

相田サンサカ

第一章

01:魔法少女とライダー

 ある朝、女子にパンツを脱がされる悪夢から目を覚ますと、僕は装甲ライダー・マグマになっていた。

 腕をムキッとさせるポーズをとる。と、体の真っ赤な装甲がキラリと光る。

 虚空をキックしてみた。固かったはずの脚が、簡単に動かせる。ハイキックだって余裕。

 腰には変身ベルトつき。それを使えば、変身解除もできるんだろうな――と、僕は直感する。でも、そうする気はなかった。だって、こんな強そうな格好なら、もうどこへでも行ける気がするじゃんか。そう、学校へだって。

 「父さーん! 起きたら、僕なんか変身してたー!」

 喜び叫びながら、自分の部屋を出る。

 何かおかしいな? と思った。僕の声が、異様に低かったのだ。

 下手したら、父さんより低い。 

 ……そっか。今の僕は、もう大人に変身したんだ! ちょー強そうっ! 最高じゃん!

 その瞬間、おデコに衝撃が走る。あんまり不意打ちで、あおむけにスッ転んでしまう僕。そうか、今の僕は身長だって伸びているんだ……! ドアのへりには、まるい凹みができていた。

 その日、僕は久しぶりに学校へ行くことができた。

 男子の友達とも、けっこう話せたし。

 女子とは……うん。なんと、同じ教室で過ごす――くらいのことはできたんだ。

 すごい! これがライダーの力なんだ!


 あれから6年。

 女子と同じ教室で過ごすという苦行を、俺はなんなく乗り切ってきた。

 これからもずっと、乗り切れる。そう思っていた。

 けど、今日からは?

 ……えぇっと……一体どうなるのこれ。

 「いらっしゃい! 二人とも、船旅は疲れたでしょう」

 その女性は、いちおう、優しげだったが。

 彼女は優子さんという。親父の再婚相手だ。親父はさっそく、その優子さんにべたべたボディタッチしている。彼女が抱えている赤ちゃんは、なんと親父との子どもだという。本当に、手が早いな。

 「こんっ……ちは」

 俺はペコリと頭を下げた。

 ……痛っ! 舌を思い切り噛んでしまった。

 「あらー、夏樹(なつき)くんも、本土からはるばるお疲れさま。それにしても……かっこいいわねぇ。おっきいし」

 「ぇと……いや……ははっ。それほどでも……ないです」

 どう見ても、「それほど」ある。

 近くの窓ガラスには、デカい変身ヒーローと化した俺が映っていた。頑丈で強そうな体を情けなく曲げ、へこへこし、頭を掻きながら挨拶している。あぁ、もうやだ。汗かいてきた。

 そう。

 あれから6年。

 無事成長し、晴れて高校二年生となる今この時まで、俺は装甲ライダー・マグマを貫いてきた。……自分とすれ違う、全ての女性の前で。

 そんな自分自身に、言いたいことがないわけでもない。

 けど、この真紅の装甲ライダーをやめるつもりは、今のところない。

 俺は顔を上げた。

 ……あれ? おかしいな。

 この場には、俺と、親父と、赤ちゃんを抱えた優子さん。

 それから……男がもう一人いた。男といっても、俺と同じで高校生くらいだ。さっきからやたらぶすっとした顔をして、俺をにらんでいた。

 「ええっと……そっちの彼は、いったい……? 息子さんとかは、いないんすよね……?」

 優子さんに息子がいたなんて話は、寡聞にして知らない。

 むしろ、高校生の娘さんがいるとかって聞いてたんだけど。

 だから心臓が(恐怖で)ドキドキして、こんな気合入れた格好(全身フル装甲)してきたんですけど……?

 その時、場の空気がガチッと凍りついたように思えた。

 「む、息子っ? ……ええっと、息子じゃなくて、この子は」

 「私、女だけど」

 その怖そうな男は、優子さんの言葉に割り込んだ。

 ……って。今、なんて言った!?

 「お、女……だと!?」

 「え、えぇ、ちょっとカッコ良い感じだから、男の子に見えたかもしれないけど……娘の真子(まこ)ちゃんよ。仲良くしてあげてね」

 「ま、マジすか! あんまりにも目つき悪すぎて、俺これから殺られんのかと思いましたよ!? 変身してるから、こっちのほうが強いはずなのに! ……あ」

 あまりにビビり過ぎて、つい流暢に喋ってしまった。すると真子(まこ)という女が、ますます目をほそめて睨みつける。目つきもそうだが、この人女にしてはかなり背が高い。たぶん、変身してないときの俺と同じくらい――170センチくらいはある。けっこう迫力あって、ホント怖い。なんで俺、こんなこと言っちゃったんだ……?

 真子さんは片腕を腰にあて、怒りのポーズをとる。

 「……馬鹿にしてるの?」

 「すいません、失言しました」

 初っ端から、俺のせいで最悪の空気だ。

 車の中で、親父と優子さんは、それを払拭しようとしてか、いろいろ会話していた。すまんな。

 話を振られれば、俺もなんとか答える。ずっと、突っかかりながら喋っていたが。

 単純に、女二人と一緒の空間で緊張しているってのもあるけど……。

 バックミラー越しに、助手席の真子さんが俺をずっと睨みつけてくる。それも原因の一つだ。

 いやああああぁぁぁぁっ! ライダー助けて! ――と、頭を抱えたくなる。  ……ライダー、俺だった。

 

 優子さん家に着いた。

 みんなが席につく。

 「えっと、人見夏樹(ひとみなつき)っす。よろしく……お願いします。こんな格好っすけど……気にしないで下さい。その、体質なんで」

 新家族の中で、俺だけ異様に存在がデカい。さっきも天井にぶつかるかと思った。今だって、椅子から尻はみだしてる。

 「へぇ~っ。それ、ゴハン食べるときはどうするの?」

 「こうやって……口ん所を、開いて飲みます」

 俺は、顔の下部分の装甲をオープンにした。そこからお茶を飲んでみせる。

 すると優子さんが――そして真子さんも、しげしげと俺のほうを見た。とたんに、俺の身体が熱を帯びる。急いで装甲をクローズし、事なきを得た。

 「じゃあお手洗いは? お風呂は?」

 「そん時は……さすがに変身解除しますね」

 「大丈夫なの?」

 「はい……。まぁ、トイレや風呂に入ってるときに、女子に遭遇するってのはありえないんで……なんとかなってます」

 「なるほどー。じゃあ今まで、大変だったんじゃない? 学校とか」

 「……」

 俺はちょっと黙った。

 「これからは、お家の中にも女の子が二人もいて大変だろうけど、ちゃんと夏樹くんのお部屋は用意してあるからね。勝手に入らないようにするし。部屋の中では、安心して変身解除しても大丈夫よ。あ、部屋は二階の角のところね」

 「……ありがとう、ございます」

 再婚するような年齢の優子さんが、自分のことを「女の子」に勘定していたのはツッコまないとして……。知らない女性と同棲という大惨事のわりに、俺の新生活はなんとかなりそうだった。

 椅子・机・ベッド・タンスしかない殺風景な部屋が、二階の角にあった。ここが俺の部屋か。荷物整理は後でしよう。

 みんなは、犬の散歩に行った。

 俺だけ、部屋のベッドで寝てる。

 勘違いしないで欲しい。犬が俺を見るとムチャクチャに吠えるので、仕方なくご遠慮申し上げただけだ。

 「ふぅ……いったいいつまで、こんなことを続けるんだろーなぁ。俺」

 今だって、変身解除すればいっしょに散歩に行けたかもしれない。

 でも、ムリだ。

 生身で女性に近づくとか……ちょっと怖すぎる。

 俺は、いつの間にか眠りに着いていた。

 

 6年前、小学4年生のあの時――なぜ、俺が変身したのかは分からない。

 ただ心当たりはある。

 もともと口下手な性格だった。男子の友人はともかく……。小3、4のときには、もう女子と話すことはほとんどなかったように思う。

 女子という生き物に、得体の知れないものを感じてしまっていた。

 ファッションとか、芸能人とか、男子が一ミリも興味がなさそうなことで、ものすごく盛り上がっていたし。

 教室でも廊下でもどこでも、男子ではありえないくらい長時間みんなでかたまり、ひたすら雑談をしていたり。

 その場にいない別の女子のことを、平気で陰口を叩いて笑っていることもあった。

 もちろん、俺にだって、女子に近づきたいという欲求はあった。……まぁ、とくに可愛い子には。

 けれど、できなかった。

 毎日、同じ空間で生活していながら、別次元にいるみたいに交わることのない子たち。

 前後左右の席にいつもいるのに、視線も言葉も空気みたいにすり抜けてしまう子たち。

 教科書を借してもらう時とか、消しゴムを拾ってあげる時だけ短く会話を交わす子たち。

 それが、俺の中での「女子」の定義だった。

 そんな隔たりが決定的になったのが、あの事件――ってことなんだろう。

 また、悪夢を見た。

 

 「――!」

 目が覚めると、目の前に壁があった。

 背中側には、ベッドがある。なんか、めっちゃ挟まれてた。たぶん、寝てる間に落っこちたんだな……。

 「やれやれ」

 ぶつぶつ言いながら、起き上がる。

 部屋の中央には、スマホで自撮りしてる魔法少女がいた。

 「んっ……?!」

 二度見する。

 三度見した。

 ……やっぱりいる。

 優雅なウェーブのかかった、ボリュームたっぷりのロング金髪。

 ショッキングピンクの、ひらっひらなワンピース。

 しっかり太ももをガードしている、まぶしげな白スパッツ。

 肘に立てかけた、魔法のほうき。

 これを「魔法少女」と呼ばずしてなんと言う?

 どくっ、どくっ、どくっ、どくっ!

 瞬時に、心臓が三倍くらいに加速する。

 今、俺は生身の状態だ。寝てる間に変身が解けたんだろう。それなのに、女子がすぐ近くにいる。

 「あ、ぁ……っ」 

 声が震える。

 いや、なんなんだこいつ。……なんなんだこいつっっ!?

 なんで、起きてみたら、いきなり見知らぬ少女と同室してんだ! 不法侵入だよ不法侵入!

 かたや、そいつはのん気なもんだった。

 片目をつぶってウインク。

 チロッ、とチャーミングに舌を出して。

 横倒しにした「ピース」サインを、顔の側面に当てて。

 バシャシャシャシャシャシャッ! と。自分自身のかわいらしい姿を、バーストモードで連続撮影していた。

 「ウわああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

 「きゃあああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

 俺は、まるでゴキブリが現れた時みたいに、壁に抱きつく。

 「出てって! 出てって! 出てってくれえええぇぇぇぇぇっ! 頼むぅぅぅぅっ! 俺のそばに寄らないでええええええっ、あぁぁぁぁぁぁっ!」

 俺の悲鳴に不意を突かれたらしい。少女も少女で、こてんと尻餅をついた。まぶたがひきつり、口がガタガタ開閉している。

 「なっ……何言ってる!? ここは私の部屋! 出て行くのはあなたの方! というか、いつの間に部屋の中に……!? このっ……変質者っ! 覗き魔! 痴漢!」

 少女は、真っ赤な顔で悪罵を投げつけてきた。一瞬遅れて、スマホも投げつけてきた。俺の額に見事命中し、微粒子レベルにまで粉々に砕けちって消滅する。

 「いってえええぇぇぇぇぇ!!」

 壁によりかかっていなかったら、倒れてたと思う。

 額に触ったら、めちゃくちゃ痛い。しかも指先に、血がついていた。額、割れてるかも。そのくらいの威力だ。強肩すぎる……。

 「死ねっ! 変質者!」

 少女はまた投擲姿勢をとっている。おい、ふざけんな。

 「は、はぁぁぁぁ? なんで、どうしてっ! どこに、俺が変質者っていう証拠だよ!?」

 「その格好!」

 「……へ?」

 よく見たら、俺はパンツしか履いてなかった。

 「んくぅぅっ!? ち、ち、ちちちちちち違うっ! 変質者じゃないいぃぃっ! 暑いから脱いだだけだよ! おれ普段、装甲ライダーに変身してっから、中がけっこう暑いんだ! だから、下着だけしか履いてなかったんだよぉっ! ってか『私の部屋』ってなんだよ!? 俺の部屋だよ、ここはよぉっ! マジお前だれだよ! 警察に通報しちゃうからな!」

 俺は自分のスマホをとろうとした。が、手が震えて、カバンのチャックが開けられない。生身で、こんな近くに女子によられたのは、いったいいつぶりだろう? どうしても、恐怖に耐えられない。

 その時、可憐な幼き魔法少女は、間の抜けた声を出した。

 「は? 装甲……? 変身……? もしかして……きみ、夏樹(なつき)?」

 「え? な、なんで俺の名前を」

 こんな知合い、いない。

 いてたまるか。

 「いや、さっき会ったから」

 「はぁ?」

 「あの、私……真子。ここん家の、娘の……っ!」

 「……はっ!?」

 少女は、胸の辺りで手をキュッと握った。口を真一文字に結んで、くちびるが真っ赤になっている。青っぽいアイシャドーと、ピンク色のチークで塗られたあでやかな顔は、困惑と羞恥に歪んでいる。いかにも庇護欲を誘いそうな、危うく悩ましげな表情。

 「……は?」

 「だから、真子……なの。いま、変身しているの……私も。君と同じで」

 「……」

 「……」

 「えっと……真子だけに…………『魔女っ子マコちゃん』とか?」

 俺の横っ面が、ほうきではり飛ばされた。

 ……うーん。覚えやすいと思ったんだけどな。

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