#19 『若き英雄の旅立ち』

「……いやったぁぁぁぁーー!」


勝利を告げられたカフワは黒い魔導書を両手で高々と天にかざし、その場でクルクルと回りだしたのだった。


「魔力使いすぎてたからちょっとだけ心配したけど、それだけ動ける元気があるなら、大丈夫そうね……ってちょ、ちょ、本にキスなんかして気持ち悪いでしょうが」


「やったよ、カロォ。俺、やったよぉぉぉ、んうぃぃ」


「まったく、なにも大の男がこんな場所で泣くことはないでしょうが」


「だってぇ、俺ダメな奴だったんだよぉ、今まで何かをやり遂げたことなんて一度たりて無かったんだよぉ。沢山あった図書館の本だって最後まで読んだことなんて無いんだ。それが、カロのお陰で……こんなに嬉しい事はないよぉーーうぃぃぃ」


号泣するカフワは黒い魔導書をを抱きしめ、その様子をアルーシャは優しい眼差しでずっと見ていた。


「しょうがない弟子を拾っちゃったわねぇ。あぁ、そういえば拾われたのは私の方か。あっ、ちょちょっと、いい加減にしなさいよ! 変態! へんたぁぁぁぁぁぁぁーい!」





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――そして優勝者の表彰、授与式が行われた。


「只今から、国際魔導闘技大会の授与式を行います。わたくし司会を進行を任されておりましたサイフォンと申します。よろしくお願いします。」


カフワの試合の審判全てを担当したサイフォンはどうやら結構運営内部でも地位、信頼の高い人物らしく度々台頭してくる。


「通例では、審査委員長のイブリック・シュトラウフから『優勝賞金5千万リューズ』と『英雄の称号』が授与されるのですが、今回は本人たっての希望により、名誉会長にして伝説の英雄、ヴェルス・ゼーベックより授与が行われます」


「それでは、カフワ・バジオラ殿、こちらへ」


そうして、表彰台に上がったカフワの元へ英雄ヴェルスが正装の騎士防具で飾りたて、こちらへ向かってくる。そして語りだした。


「カフワ君と言ったかの、君の戦い全て、見させてもらったよ。君はとても力強く優しい魔法を持っておる。その気になればもっと早く、大きい宝石をあつかえたにも関わらず、相手を思いやり、尚且つ自分の信念は通す。魔導の極みたる戦いであった」


「そんな、買いかぶりすぎですよ」


「傷つけずに勝つだなんて、ただの甘えた小心者でしょうが」


カロの呟きは回りには聞こえてないようだが、酷い言われようである。


ヴェルスは続けてこう言った。


「よって、この幾ばくかの賞金と英雄たる証の『精霊石の腕輪』を君に送ろう。この石、わしの剣のこの宝石とお揃いじゃよ。……さぁ、征かれよ! 若き新しい英雄の道は輝かしくも険しい。カフワ君の更なる邁進を願って」


こうして、一連の波乱たる魔導大会の幕は閉じた――






 ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※



――控室に戻ったカフワ達。


そこで待っていた狸耳の武術家ガヨウがどこか、うかない表情で語りかける。


「優勝おめでとう。君なら勝つと信じていたよ」


「ありがとう、コレ約束の賞金だよ」


そういって授与用に作られた、大きな賞金の交換用チケットをガヨウに渡そうとする。


「いや、それはもう必要なくなったんだ……気持ちだけもらっておくよ」


「ん? どういう事?」


「さっき念架で連絡があって、妹はもう……」


「そんな! そんな事ってあるものか!」


「……俺も、まだ信じられない。だが、故郷に戻る前に君に礼は言っておかないと、と思ってな」


「礼なんて……俺、なんにも役に立ってないじゃないか!」


「いーや。役には立ったよ。たとえ一時でも俺の心は救われた。舞台で敵だった他人のお前にあそこまで言わせた事。それは本当に嬉しい気持ちで満たされた。救いだったよ」


「こんなのって……あんまりだ……」


「そういう訳で、俺は急いで戻らないといけない。あと、カフワ。お前にコレを貰ってほしい」


そう言ってガヨウは着ていたマントを外して折りカフワに渡す。するとガヨウに出ていた狸耳と尻尾がすっと消えていった。


「これは……?」


「うちの家宝の魔道具だ。【隠者の狢外套】魔力を送り込めば他人から見えず、気配も無くなる。俺にはもう必要のないものだ」


「こんな大事な物貰えないよ」


「いいんだ。武術家の俺には邪道すぎるし、お前が持っていたほうがきっと、いつか、役に立つ時が来る。貰ってくれないか?」


「……わかったよ。でも、他に何か力になれる事があったら言ってほしい」


「俺こそ、君の力になりたい。これ、俺の念架コードだ。何かあったら連絡してくれ」


そう言って、追加で硬い紙で出来た板を渡された。


「ありがとう。俺ここでのガヨウとの戦いは忘れないよ」


「ああ、それじゃ俺はこれで。また会おうカフワ」






――そんなやり取りの後、運営治癒魔導士チームのリーダーがカフワの所へやってきた。


「カフワさん! グレイン氏が目を覚ましましたよ」


「ほんと!? 今いくよ」


雷撃で黒焦げになったグレインに後遺症は無く、傷も腕のいい魔導士の力で元に戻っていた。まだベッドで横たわるグレインがカフワを見て微笑む。


「聞いたよ……カフワさんが優勝したって。おめでとう。それに引き換え、僕は情けない状態だなぁ」


「うん。でも、ちゃんと仇は取ったよ」


「取ったのは私でしょうが。」


感動的な対面にも空気を読まず、ちゃっかり手柄を主張するカロ。


「そういえば、そうだったね」


「魔導書の精霊さんも、ありがとう。……僕じゃ、あの人に勝つのは無理そうだからね」


「俺もカロが居なかったら、絶対負けてたよ! あいつ性格悪い上に無茶苦茶凶悪な攻撃魔法撃ってくるんだもん」


「あんたが、まだまだ未熟ってだけでしょうが」


そこへ審査委員長のイブリックが部屋へ入ってくる。


「大丈夫かの。グレイン」


「……はい師匠。こんな無様な事になって申し訳ありません」


「いいんじゃ、いいんじゃ。優秀で強い魔導士とは、戦闘で強いだけとは限らんのでな。現に君を救ってくれた治癒魔導士は、多分戦ったらグレイン、お前のほうが強いじゃろう。魔導士として本当に大事なことは何か、忘れちゃいかんよ」


「はい。これからも、よろしくご指導お願いします」


「そうじゃ、折角だから紹介しておこうかの。彼が、ここの治癒担当チームを率いる魔導士アウガルテじゃ」


「カフワさん、先程は緊急ゆえ申し遅れました。シュトラウフ先生の一番弟子アウガルテです。おとうと弟子が死にかかってると聞いて、私も少し焦っていたようですね」


「アウガルテはワシと同じ、魔力を他人に渡したりする事が出来る優秀な術者じゃ。結果それで体の自己回復力を強めたり、傷の治療に役立てたりするんじゃ」


「はー。僕にそんな凄い兄弟子が居るなんて知りませんでした」


「シュトラウフ先生は、才能ある魔導士を探して育てるのがライフワークなんですよ」


「そこのカフワ君も相当な才気を感じるが……既に良い師匠がおるようじゃからの」


すべてを見抜いたかのような眼差しで黒い魔導書を見つめる老導士イブリック。


「それで、カフワ君はこの後、どうするつもりなんじゃ?」


「俺ですか? うーん。とりあえずこの『カロ』と一緒に旅をしようと思います。アルーシャと同じように色んな物を見て、知って。困った人が居たら、今度こそ助けられるようなそんな、シュトラウフさんの言う強い魔導士を目指そうかと……」


「心構えはもう既に、一流の域に達しておるのう。そういう事ならもはや助言など必要あるまい。じゃが、もし気が向いたら半年後にここで邪悪な力を鎮める催し。地霊祭が行われるから来ると良い。カフワ君にとっても何か刺激があると思うぞ」


「わかりました。それじゃ、とりあえず半年、世界を見て回ってみます。今は偶然、上手くいっただけの魔導入門者なので」


こうして、国際魔導闘技大会が終わった後、カフワは知り合った仲間たちと別れの挨拶を済ませ、特に目的地も決めずに旅立ったのであった。

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できる!独学魔導入門 イズクラジエイ @IZUKURAZIEI

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