#16 『窮迫武人は化け狸』

カフワが予選決勝を終えた後、Bブロックで戦っていたグレインもまた、勝利を収め本戦出場となる8人の魔導士が決定した。


「カフワ、こうなったらもう目指すは優勝よ。負けたら呪い強化の刑だからね」


「なんだよそれ、カロは始めあんまり乗り気じゃ無かったじゃないか」


「よく考えたら私が指導してるんだもの、その辺の魔導士に負けるわけがないでしょうが」


「俺よりテンション上がってるなぁ……」


「この先はもっと気合入れていかないと、酷い目にあうわよ」


無事、本戦出場を果たしたカフワであったが、これから先の戦いは更に熾烈を極める事になるだろうと予想された。


審判を代表してサイフォンが今後のスケジュールを取り仕切っていた。


「えー。それでは本戦出場が決まった選手のみなさん、おめでとう御座います。このあとは魔力補充と1時間程の休憩をして、次の戦いに備えて頂ければと思います」


サイフォンはそれぞれの休憩用控え室へ案内に向かおうとしたが、一度立ち止まり付け加える。


「失念してました、見たところ皆さん割りと大丈夫そうですが、怪我や痛いところがあったら運営担当に申告してくださいね。専属の治癒魔導士が向かいますので」


それからカフワ達はグレイン達と談話しながら開始時間を待った――






 ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※






 時間になり会場に向かった先では、予選と違って観客席は全て埋まっており、近くに炎があるかの如く、熱気で包まれていた。この大会は街の娯楽としても年に一度の大きなイベントであり、国の有力者や、腕のいい魔導士をスカウトしようと魔導産業のビジネスマンも多く注目する経済発展の中心でもあるのだ。


「皆さんお待たせいたしました。それでは、これから国際魔導闘技大会の決勝トーナメントを開始いたします。審判はわたくし、転身のサイフォンが務めさせていただきます」


 審判のアナウンスが終わった後、予選で使われていた4つのリングが震えだした。カフワはこの大会が初参加の為知らなかったが、4つのリングは地響きを始めると、ゆっくりそれぞれが中央へ向かい、合体して1つのリングとなった。


「おぉー凄い、あのリングそんな仕掛けがあったんだね」


「なんか地面からも出てきたわよ」


カロが言う方向を見ると、大会のトーナメント表が描かれた魔導掲示板がせり上がってきた。



挿絵(By みてみん)



「それでは、選手の方は呼ばれたらリング中央へお願いします」


サイフォンが慣れた様子で取り仕切る。


「まずは、魔力測定2位にして今大会初参加! 期待のルーキー、百識の魔導書を持つ宝石魔法の錬金術士、カフワ・バジオラーーーー!」


「うわぁー、また一発目だよー緊張するなぁもう」


会場の熱気の中から声援に送られリングに進むカフワ。


「対するは、近年稀に見る武術界からの参加! 魔道具による見えざる攻撃で勝ち進んだ、ガヨウ・バーゼルトーーーー!」


向かい合う2人には、目があっただけでお互い空間が歪みそうなほどの緊張があった。


「カロ、あの格好どう思う?」


 対戦相手のガヨウは前情報どおり容姿からしても明らかに魔導士ではない。筋骨隆々に上半身裸、その上マントに猫耳? さらにはお尻から大きな毛むくじゃらの尻尾まで生えていた。参加条件に魔導士である事は加えなくていいのだろうか?


そんな疑問を抱くカフワだったが、抗議するにはもう遅かった。


「……そうね、意味がわからないわ。とにかく、油断しないでいきましょう」


向かい合う2人が準備出来たと見て、審判の合図が入る。


「では、始め!」


試合が開始された時、その異常な事態にカフワは目を疑った。まず、対戦相手がどこにも居ない。気配も全く感じられず、周りを見渡してみても予選であったような相手が瞬間移動をしたような感じはなかった。


「カロ、なにかしたか見えた?」


「いや、分からなかったわ。彼の能力か、なんらかの魔道具を使ってるわね」


すると、対戦相手のガヨウの声がどこからともなく聞こえてきた。


「カフワ、と言ったか。俺はこれからお前の見えない死角から攻撃する。卑怯だと思うかもしれんが、俺には絶対に勝たなくてはいけない理由があるのだ。悪く思うな」


「……言ってた見えざる攻撃って、攻撃が早いとかじゃなくて全身見えてないのか」


「そうだ俺の魔道具【隠者の狢外套】は見た目は疎か、気配すら完全に断つ。狸耳と尻尾が生える副作用が気になるがな。嬲られて怪我したくなければ降参しろ」


「馬鹿言ってんじゃないわよ。まだこっちの魔法も見ずに勝った気で居るわね。カフワ!あんな奴炙り出してやりなさい」


「炙り出すって……俺火とか出せないよ?」


「あんたも大概馬鹿ね。見えないだけなら、攻撃はあたるでしょうが。例の魔法で解決よ」


「……ああ、成る程」


カフワが魔力を上空に投げたと同時に頬に激しい痛みが走った。


「ゴフゥゥ!」


どうやら見えない場所から相手に殴られたようだ。一瞬意識が飛びそうになったが、口の中を切っただけでなんとか持ちこたえる。


「始めなので手加減はしておいたぞ。降参しないなら、もっと思い切り殴らなければならないが気が変わらんか?」


またもや、どこからともなく聞こえてくる声。気配がなく、そういう効果があるのか、声が聞こえてくる方向も全くわからない。


だが、カフワにはこの状況を打開する手段を思いついていた。カフワは魔力を投げた手を握り込むと上空で錬成した宝石が勢いよく砕け散った。


「当たったのが分かるように、色の濃いやつにしといたよ」


「足りないオツムの割には考えたじゃない。でも撃つ時、まだ隙だらけよ」


相変わらず、うちの精霊は評価が厳しい。


細かく砕け散った石は黒い粒で、通常では見えないガヨウの体に当たり、うっすらとではあるがその輪郭が確認できる程には効果があった。


「なにっ!? 破片が体に!」


ガヨウは今まで居場所がバレずに勝ってきたため、黒い粒が付着する今の状況に困惑する。


「うぇぇー。まさかこの大会で素手で殴られるとは思ってなかったよ」


「今なら場所がわかるわよ。やっちゃいなさい」


カフワは切った口の血を吐き出しながら、魔法の第2波を当てに行く。その投げたツブテは相手が走ってその場を移動した事を確認し、正確にガヨウに向かってゆく。ガーンという音が鳴り、またもや砕け散る石粒。


「……あいつの為にも、はぁ。……はぁ。負けるわけには……いかないのだ」


どうやら透明で良くわからないが、手で宝石魔法を防いだようだ。だが、エーデルシュタインもそんなに軟な魔法ではない。当たったのが頭なら気絶は必至、素手で防いでも無事なわけはないのだ。


「カフワ、まだ相手は立っているわ。もう一撃よ。」


「……」


カフワは無言で再度、エーデルシュタインを放ちガヨウを追撃する。


響き渡る鈍い音と、ガヨウの物と思われる血が見えない体から滴り落ちる。


「……負けられない……んだ」


「また、手で防いだみたいよ。あんたが中途半端に手加減するから、逆にこっちが卑怯者みたいになってんじゃない」


「……」


またもや無言で魔法を放つカフワ。


無情にも相手のどこかわからない部分に宝石を直撃させ、確実に弱らせていく。


「……サイフォンさん。もういいだろ? 判定で」


カフワが審判に問う。


「ガヨウ選手に戦意がある以上、まだ止められません」


「……仕方ないなぁ。ガヨウさん聞こえてるだろ? 俺もこの戦い負けられない。だから今から俺は、上からあんたが死なない程度の岩を落とす。……もし、もう戦えないなら降参してくれないか?」


「……くそっ! くそぅ!」


魔力が尽きたのか、気配を消して隠れていた能力も解け、悔しそうに叫ぶガヨウ。


「何か事情がありそうだけど、それは俺も同じだよ。何にも持たずに生まれてきた俺が、生きる意味を見つけた英雄に、俺はなりたい。……もし、そのチャンスがあるのなら、俺は迷わず掴みに行く!」


啖呵をきったカフワは右手に魔力を込め、遮光された黒い宝石から溢れ漏れ出す輝きをガヨウに見せつける。


「あんた、予選で『もう無理だー』なんてあんなに弱音はいてたでしょうが」


「ほっといてよ。可能性見えてちょっと欲がでちゃったんだよ」


「……俺だけが特別勝ちたいだなんて、俺の勝手な傲慢だったようだな」


どうやら、ガヨウにもカフワの想いが伝わり、観念したようである。


「……参りました」


この言葉を内心心待ちにしていたサイフォンがそっと胸をなでおろす。




「トーナメント第一回戦!カフワ・バジオラ選手の勝利です!」


カフワはその後すぐ、両腕がボロボロで血だらけになったガヨウに肩を貸し、熱気と共に湧き上がる声援とリングから離れていく。



――控室にて。


「所でガヨウさん、そんなになってまで勝ちたかった理由ってなんだい?」


「……君に言っても仕方のない事さ」


「教えてくれてもいいじゃない。また来年もあるし、なんか力になれるかもしれないしさ」


「来年じゃ間に合わないんだよ!」


猛る言葉で一瞬、周囲を凍りつかせるガヨウ。


「……妹が重い病気で死にかかってるんだ。……大手の魔導病院で手術するには大金がいる。だから、どんな卑怯な手を使っても絶対に勝ちたかったんだ。勝たなきゃダメだったんだ!」


「それだったら、まだ諦めるのは早いよ」


「なんだと!?」


「いくら必要か知らないけど、俺が勝って賞金もらったらガヨウに譲るよ」


「それは本当か!」


「あんた、そんな安請け合いして私、知らないわよ」


カロが至極もっともな忠告をする。


「俺の欲しいのは英雄の称号だけさ。お金もあったら良いけど、まぁ無一文でも今まで生きてこれたしね」


「……そうか、そういう事なら、君を心から応援しよう。感謝する」


「この先勝てるか分からないけど、英雄は人を助けるのが性分だしね。そういう目的があった方が、なんかカッコイイじゃない?」


「……ああ、ああ。……君はカッコイイ魔導士だとも」


カフワに感謝を述べ続けるガヨウの目には、宝石に負けない輝きがあった。

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