#15 『水瓶と金色の人魚』
戦いを見ていたカフワは手を振りアルーシャに存在を知らせると、さほど疲れもないかのようにこちらに駆け寄ってくる彼女。
「応援に来てくれたのねカフワ君」
「うん。アルーシャの戦ってる所始めてみたけど凄いね! あんな魔法見せられたら自分が戦っても勝てる気がしないよ」
「うちはカフワ君の魔法だってかなりいい線いってると思うわよ。宝石飛ばすなんて凄く綺麗で素敵だし。術者と違って」
「……は、はは。そうかな」
(凄く貶されてる気もするけど、これたぶん自覚ないんだろうなぁ……)
「カフワ君の方はどうなの?」
「今2勝してて、何とか生き残ってるってところかな、そっちは本戦出場決定なんでしょ? こっちのブロックより随分決まるの早いね」
「そうね。私は4勝してるけど、1試合の対戦時間が短いからでしょうね、あんまり試合が長引いても審判が判定で決めちゃうし」
「なるほど、そっか。おっとそろそろ自分の試合場に戻らないと」
そういってカフワはアルーシャと一緒にAブロックのリングに戻ったのだった。
リング前についた頃、何かを探す審判のサイフォンと目があい鉢合わせた。
「ああ、丁度良かったカフワ選手、次の予選最終試合の出番です」
「あれ最終戦? 自分3戦目だけど他の人より対戦回数少なくない?」
「それが、カフワ選手の対戦相手が試合前に棄権したので早まったんですよ」
「またいつの間にか運で勝っちゃってるのか。……まぁいいか」
「それでは、お願いします」
リングへ上がろうと向かうカフワの肩にアルーシャが手をかける。
「まって。あのリングに上ってる対戦相手、前大会の準優勝者よ」
「うぇ!? 本当に? あの小さな子供が?」
「えぇ、彼女の名前はティコ・リオッテ。通名【金色の人魚】ああ見えて相当な腕前よ」
すでにリングの上で準備運動をしている少女は年齢12~13歳くらいだろうか。金髪で明らかに幼さの残る容姿に青いパレオ。あとは、膝のあたりまである大きな水瓶を前に置いてあるのが見える。
アルーシャは続けて彼女の情報を教えてくれた。
「ティコはあの水瓶から水をだして自在に操るの。詠唱も全く無くて、凄まじい精度で攻撃してくるわ。前大会優勝者も『もし自分が他の属性なら負けていた』と言わせしめる程に」
「……全然そんな風に見えないのが逆に怖いなぁ。でも、やるしか無いよね」
「気をつけて」
そう言って送り出されたカフワはゆっくりとリングに上がる。
「それでは、Aブロック予選最終戦、ティコ・リオッテ選手対、カフワ・バジオラ選手対戦始め!」
審判サイフォンの開始の合図と共に金色の魔力を放ち雰囲気が変わるティコ。
「あっ、宝石のお兄ちゃんだ」
「……カロ、起きてる? カロ」
「じゃ、いくヨォ!」
ティコは全く敵意らしいものも感じさせず、自然な流れで水瓶の口をこちらへ向けた時だった。いきなり飛んできた水鉄砲でこかされ、そこからさらに大量の水で少し押し流された。
「うわぁぁぁー」
アルーシャの話からどんな攻撃が来るか薄々予想できていたはずのカフワだったが、あっさり水鉄砲を喰らい、尻もちをついた上に夥しい水流に見舞われ、まさに『ビショビショ』だった。
「魚?」
リングに着いたカフワの手元に魚が跳ねている。だが今はそんな事を気にしている場合ではなかった。油断するとリングの外まで流されそうなほど、強い水が流れ続ける。
いや、油断していたというより、心の何処かでそんなに強い相手なら負けても仕方ないと思ってしまっていた。
そんなカフワにカロの喝が入る。
「……だから、魔力消費抑えて消えてあげてるってのに。気合入れなさい! 勝てない相手じゃないわ」
「そんな風には思えないよー。あれ見てよ、無茶苦茶だよ」
少女の水瓶から溢れ出す水はさらに凄まじい勢いで吹き出し、リングの表面を四方に川のごとく押し流していた。リングの周りで見ていた審判も、選手でさえも、足元が水流で濡れ動揺している。
気がつくと、魚も数匹リングの上で跳ねている。一体どういう仕組なのだろうか。
「あの水瓶を狙うのよ。たぶん何らかの効果のある魔道具だわ。……あの子はどこ?」
水瓶から吹き出る噴水に目を奪われた間にティコを見失うカフワ達。とはいっても、このリングに隠れるような場所はない。
「カフワ後ろよ!」
それを聞いて振り向いたカフワだったが、見えたのは水中に飛び込むように消えていく金色の巨大な魚らしき尻尾だけだった。
「今度は右前方へ出たわ」
「え? え? どういう事?」
バシャっという音と共にまた消えていく巨大魚。そしてキャッキャと笑う少女の声。
「完全に遊んでるわねあの子、逆に水瓶を狙うなら今がチャンスよ」
「あの水瓶を壊せばいいんだね」
そういって放ったカフワの宝石魔法だったが、水瓶に当たる直前で吹き出る水はまるで生き物のようにうねり、飛んでゆく宝石を弾いた。
「無駄だヨォ」
少女の声が聞こえた時、水瓶横の水流から飛び出したのは、紛れもなくティコだったが下半身が魚のように変身していた。
「やはり、そのままじゃ当てられないか。何か柵を練らないと」
「やっぱり無理だよーあんなの人魚の化物じゃんか」
建設的な意見を述べるカロに対し弱音を吐くカフワ。
試合開始から1分ほど経つが、絶え間なく水瓶から湧き出る水。水瓶の容量など、最初の水鉄砲でとっくに超えている。彼女のそういう魔法なのだろうが、あまりの規模に気圧されてしまっている。
「あれだけの魔法、きっと何か弱点があるはずよ。この流れる水をなんとか出来れば……」
「あんなに早く移動するんじゃ、本体も魔法で狙えないよ」
「あれは恐らく限定条件下の転送魔法ね。水流を封じないと止められないわ」
「何にも手が思いつかないよ。……あれ? この魚さっき流れていった魚だ。また居る」
「魚なんて同じ種類ならどれも見た目同じでしょうが」
「いや、さっきと同じ魚だよ本人がそう言ってる」
「……! 対話スキル! そうか、分かったわよ」
カフワ達が作戦を練る間もティコはさっきカフワが投げた宝石をいじって遊んでいる。舐められているのか、それとも強者の余裕なのか。
「何がわかったのカロ?」
「珪藻土、あれを錬成するのよカフワ」
カロの言っていることが分からずさらに問いかける。
「なんだっけそれ?」
「もう! 川で水汲む時に使ってた密度の薄い石でしょうが」
「あんなんで、あの量の水何とかなるかなぁ」
「いいから目一杯錬成しなさい、魔力ケチっちゃダメよ」
カロの言われる通り全力で水を吸う石を錬成し続けた結果。
「……疲れたーこれくらいでいい?」
そこには縦横長さ30mあるリングの3分の1近くを埋める大岩が形成されていた。作り出したそばから流れる水を岩の上方へ吸い上げてゆく。
結論から言うと、カロの予想通りであった。
「あれ、水が出ないヨォ? どうして?」
異変に気づいて困惑するティコ。
「やっぱりね。あの水瓶から出る水は無限じゃないわ」
「どういうこと?」
「あの子が水中を転移してたから、ひょっとしたらと思ったけど。カフワが言う魚の件で確信したわ。湧き出る水も、ある程度の場所で水瓶に転移して循環してるようね」
「じゃあ、あの吸い取った分で全部なのか。思ったより、大したこと無かったんだね」
「水が戻ってこないヨォ……」
人魚状態を解いて半べそになるティコ。そこにはもう強者の余裕は無かった。
「どうやら、カフワの魔力の影響で吸い取った水までは制御できないようね」
「どうなのこれ? 勝ったの?」
「あの規模の魔法だもの。あの子に他の魔法が使えるとは思えないわ」
「ぐすっ。……参りましたヨォ」
為す術が無くなったティコは諦めて泣きながら降参する。
「知識の差の勝利ね。古代からずっと『土は水を克服する』って言うでしょうが」
「古代の話なんて知らないよー」
「カフワ選手の勝利です! 本戦出場決定ー!」
時は太陽が頭上へ登ってきた頃、観客の増えてきた会場から、いっそう大きな拍手が鳴り響いた。
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