#14 『魔導の相性』

試合が終わりカフワがリングを降りた後、すぐに対戦者ジパールの意識が回復した。


「……俺は負けたのか」


カフワの魔法が直撃した頭を抑えながら、運営スタッフに肩を貸されてジパールは残念そうにリングを離れてゆく。


「カフワあんた、わざと石を砕けやすく錬成して手加減したわね」


「だって、硬いまま思いっきり当てたら、死んじゃうかもしれないじゃん」


「確かに、そのまま水晶の塊が頭に当たれば只ではすまないでしょうね」


 カフワはあの極限状態においても、相手が防御出来ないであろう事を考慮して衝撃を抑えていたのだ。


その結果水晶は細かく砕け散り、あの派手な演出となったのだが、それが計算されていたかは定かではない。


 いや、おそらく偶然の副産物なのであろう。


しかし殺傷をご法度とするこの大会ルールにおいては派手に自分の魔法を当てるという行為は、勝敗審議が判定となった場合、審判の目から見て間違いなく高ポイントである。


図らずともカフワの魔法は土壇場でこの場にうってつけの昇華を成し遂げたのだった。



「よし、しばらく俺の対戦はないだろうから、グレインの応援にいくよ」


そうしてBブロックのリングで丁度、グレインと身長2メートル近いんじゃなかろうかという神官の服装をした大男との戦いが始まっていた。


グレインが頭を掻きながら悲しそうな声で愚痴を漏らす。


「あちゃー。あんたが対戦相手か、天敵なんだよなぁ。相性でいうと多分最悪だよ」


対戦相手の男がこれに返す。


「そうだろうな。俺もお前の魔法は見ていた。いまのうちに諦めても良いんだぜ」


「それもいいんだけど、やるだけやってみるさ」


「……後悔するぞ」


そう言い捨てるとグレインの対戦相手の大男は魔法の呪文を唱える。


「熱い魔導の防鎧!グリューエンリュストゥング」


唱えた後に大男の体が薄く赤いベールに包まれ、なにやら強化されたような様子である。


「たぶん、見ていて知っているだろうが、引いてくれる事を願って教えておこう。この魔力の鎧には半端な魔法は通用しない。そして力も少しだが強くなるのだ」


「知ってるさ。でも簡単に諦めたら師匠に怒られるんでね。精一杯頑張らせてもらうよ」


「引いてはくれんか。……いくぞ!」


赤いオーラで包まれた大男はグレイン目掛けて突進してくる。


それに対しグレインも突進を避けるように走りながら魔法で応戦した。


「燃ゆる鋭い飛翔槍!シュピッツフェルド」


突進を避けグレインの放った魔法は大男の肩に当たった。


「これも見ていたぞ、炎の槍か。面白いが、残念ながら俺の鎧には炎に耐性がある。無駄なことはやめて諦めろ」


少し笑みを浮かべグレインが答える。


「無駄かどうかは、もう少し試してから僕が決めるよ。どうかな肩の具合は?」


「なにっ!? 肩の炎が消えない!」


「僕の魔法にはちょっと変わった特性があってね。当たったどんな場所にも張り付くんだ。しばらく消えないよ」


「くそっ! 炎の効果を打ち消すのに魔力が削られる!」


「一応、効果はあったようだね」


「だが、大したことはない。魔力が尽きる前にお前を倒せば済む話だ。うぉぉぉぉぉ!」


再度グレインを捕まえに向かってくる大男。捕まれば間違いなくやられるであろう体格差だが、状況はグレインが有利に進んでいた。


「昔、盗賊やってて良かったとが唯一あるんだ……逃げ足が早くなった事さ」


逃げ回るにはそれほど広くないリングで大男と鬼ごっこをするグレイン。


そして、更に炎の槍をもう一発、大男の左手に打ち込む。


「ぐわっ!」


大男は口にはしなかったが、内心不利な状況に焦りを見せる。


(このままではまずいな。早く捕まえないと魔力が持たなくなる……)


さらに壇上での鬼ごっこは続き、グレインの持久戦勝ちになるかに見えた。大男はグレインに掴みかかるもあと少しで届かない。


そんなやりとりが続いていたがリングの角に追い詰められたグレインが大男の脇を器用にすり抜け紙一重でかわしたと思った瞬間。


大男の手ではない何かに足を掴まれたのだった。


「なんだって!」


バランスを崩し一瞬で引きずり倒されて地に伏せるグレイン。


「ふぅ、やっと捕まえた。」


グレインが自分の足の掴まれた部分を見ると、大男の体から伸びた赤いオーラが手の形をして足に掴みかかっている。


「奥の手だ。鎧のオーラを伸ばすのは消耗が激しいからな。だがこれで終わりだ」


そう言い放った瞬間、大男の口元に炎の槍が着弾する。


「むぐっ!?」


予想外の奇襲に藻掻く大男。


(しまった! 顎に当てられた炎で息ができない!)


「危なかったけど、さすがにこれなら効くでしょ?」


大男は呼吸ができないまま、グレインに殴りかかるも食らった炎のおかげで視界も悪くうまく当たらない。


力弱まった魔力の手から抜け出し、グレインは服についた埃ををはらう。


少しして、呼吸が出来ず意識が保てなくなった大男を見て、グレインは指を弾いて鳴らすと一瞬にして張り付いた全ての炎は消え去った。


膝をつき、静かにその場に倒れ込む大男。


「勝者、グレイン選手!」


カフワは事の一部始終を見届けたがその時、別ブロックの審判からある人物の呼び出しがかかる。


「アルーシャさんはいませんか? ……アルーシャ・アウデンリートさんいませんかー!」


その直後に返事はあった。


「はい、はいはいー。アルーシャです、今行きまーす」


アルーシャもまた、他のブロックに観戦に行っていたのだろう。去年も出てたって言うし彼女にも会場に知り合いがいるのかもしれない。


駆け足で自分の試合ブロックのリングに戻ってゆくアルーシャ。


カフワは戦闘後のグレインとの交流も程々に、そのままその足でアルーシャの戦いを見に向かう。


そこには審判に注意を受けるアルーシャの姿があった。


「あんまり遠くにいかないで下さいねアルーシャさん」


「ごめんなさーい。うち、すっかり他の試合に夢中になって」


そこへ対戦相手と思われる白髪のショートカットで青みがかった透ける薄手のローブの綺麗な女性が現れた。


「一年ぶりね、アルーシャ。てっきり私と戦うのが怖くて逃げたしたのかと思いましたわ」


知り合いらしい女性をキッと睨んで相手に指をさすアルーシャ。


「去年と同じようにいくと思ったら大間違いよナタリー」


「手加減はしまんわよ。今年は精々大怪我しないようにね」


「望むところよ!」


両者やるき満々でリングに上がり、規定の間合いを保ち顔を突き合わせた。


そして審判のアナウンスが入る。


「では、Dブロック予選最終戦、アルーシャ・アウデンリート選手対、ナタリー・シュネーベル選手、対戦はじめ!」


「すぐに終わらせてあげますわ!」


開始と同時に2人共逆方向へ弧を描き、相手を見据えながらながら走りだしたが、先手を取ったのはナタリーだった。


軽い詠唱のあと、ナタリーの魔法攻撃が発動する。


「蒼く突き刺す雹散弾ブラオハーゲル!」


呪文が唱えられるとナタリーの手からアルーシャへ向けて飛び出たのは、無数の指先ほどの氷のツブテであった。


「チィ」


走って移動していたため、幸い少しかすった程度だったが、氷粒の拡散するナタリーの魔法は避けにくく、その氷の先端はひどく鋭利だった。


「さっそく手首から血が出てましてよアルーシャ。去年のトラウマ、そろそろ思い出したかしら。わたしと貴方の相性は最悪でしたわよね?」


「うるさいわね。そういうのはうちの魔法を見てから言いなさい」


そう言ってアルーシャは魔法による反撃を開始する。


「裂けし荒ぶる真空刃トーベンレーレ !」


相手に向かって手で弧を描き放った魔法はアルーシャ自身をその反動で下らせ、前方のナタリーへ向かい空気の流れが目に見えるほどの真空刃が襲う。


「アイスシルト!」


対するナタリーは用意していたかのように、すぐ呪文を唱えると眼前に厚い氷の盾を作り出す。


真空刃は盾に当たり辺りに響く衝撃があったが、ナタリーにはかすり傷一つ見当たらない。


「その魔法、まともに当たれば致命傷なのでしょうけど。このわたしには通用しなくてよ」


「くっ。やっぱり防がれたかぁ」


「だいたい、威力は兎も角、手の動きで撃つタイミングがバレバレなのよ。自分も反動で動けなくなるようだしその魔法、欠陥だらけですわ」


「そんな事わかってるわよ。その為にこの一年修行してたんだから」


「おしゃべりが過ぎたようですわ。もう、お終いにしましょう」


そういってナタリーは先程の氷の攻撃魔法を先程より広範囲に連発する。


所がアルーシャは避けようともせず不敵な笑みでそれに対処する。


「甘いわね」


ナタリーの放った無数の氷粒がアルーシャに当たると思った時、地面から強い突風が巻き起こり全ての氷粒を弾き飛ばす。


「これが、あなたとの対戦を教訓に特訓して覚えた、私の新魔法よ。喰らいなさい!」


すべての攻撃を防がれ隙を見せたナタリーを見て、アルーシャは大きく息を吸い込んで呪文を唱える。


「猛る無慈悲な暴突風オルカーン!」


ナタリーは咄嗟に氷の盾を出し構えるも、アルーシャの魔法は正面から向かって来るものではなかった。


何処からともなくその風は地面から空へ巻き上げ、ナタリーを氷の盾ごと無理やり上空へ放り上げる。


少しして落ちてきたナタリーは既に気絶しており、アルーシャは相手に手をかざしそっと風で落下の衝撃を和らげる。


「確かに、うちとあなたとの相性は最悪だと思うわ。ただし、性格の話だけど」


審判は近づいて確認するまでもなく、アルーシャ勝利のアナウンスを宣言する。


「アルーシャ選手の勝利! 本戦出場決定です!」


「うち、やったわ! カフワ君も見ててくれたかしら?」


まだ少し、渦巻いた風が吹くリングでアルーシャは清々しい笑顔で振り返ったのだった。

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