#12 『幸運の召喚魔法』

 魔力測定による一次選考を通過したカフワだったが、測定票を持って向かった先で待っていたのは参加受付の書類と、何やらややこしい文章が沢山書かれた誓約書だった。


受付の書類にはいくつかの記入項目があったが、これはあまり賢くないカフワでもすぐに理解できる範囲でスラスラと書き込んでゆく。


「……名前と、年齢と、過去の参加経験は無しと。得意魔法? そんなの無いよ」


「攻撃魔法1種類しか無いんだから、それ書いておけばいいでしょうが」


「そっか、それもそうだね。これでよしっと。……あと、使用魔道具ってのどうしよう? 一個だけ持ち込めるらしいんだけど」


「武器として使用が無ければ記入不要、って書いてあるでしょうが」


「でも何も書かないのも寂しい気がするなぁ。……一応書いとくか」


「言っとくけど、私はアテにしないでよね。ただの本なんだから」


一通りの受付記入を済ませた後、問題の誓約書に目を通す。


「なんかコレ難しい言葉でいっぱい書いてあって分けわかんないよ」


そこへ一緒に来ていたアルーシャが先に受付を済ませカフワの所まで戻ってきた。


「ああ、ソレね。確かに難しく書いてあるけど、大した事じゃないわ」


前年度も参加していたアルーシャが分かりやすく内容を教えてくた。内容は要約すると大会の『ルールを守って精一杯頑張ります』という事を誓う旨と、大会の闘技中に『怪我をしたり万一死んでしまった場合の責任は持ちませんよ』ということだった。


「……」


死ぬという言葉を聞いて一瞬たじろぐカフワ。そして恐る恐るアルーシャに質問してみる。


「この魔導大会で死ぬ人ってどれくらいるの?」


カフワの心配そうな言葉を爽やかに笑い飛ばすアルーシャ。


「ふふふっ。滅多なことでは死なないわよ。ルールで故意な殺人を禁止してるし、うちも前回の大会参加で大怪我をしたんだけど、専属の回復魔法を扱う魔導士も控えてるんだから大丈夫よ。死人が出る頻度で言うと数年に一度くらいかしら?」


「はぁ。そうなんだ」


それを聞いて少しほっとするも、正直ビビっていた。剣士の時を含めてまともに人と戦った経験のないカフワには危険そうな言葉全てがあらぬ不安を掻き立てる。


「もし、やめるなら今のうちよ。お世辞にも安全で健全ってわけじゃないんだから」


「……いや、やるよ俺。折角ここまで来たんだから」


「そうこなくっちゃ。カフワの宝石錬金魔法、見れるの楽しみにしてるんだから」


 それからアルーシャ達と一旦別れた後、カフワは明日の大会に備え、残り所持金の全てを使って近くの安宿に泊まって疲れを癒やした。




 ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※



――そして大会当日。


「それでは、これより第123回、国際魔導闘技大会の開催をいたします! 予選開始の前にまず大会審査委員長のイブリック・シュトラウフ導士から挨拶があります」


運営進行の大会開催アナウンスから委員長へ、手持ちの声を大きくする魔道具らしき物が渡される。


「みなさん、おはようございます」


会場の参加魔導士や関係者がそれに続いて朝のあいさつをする。


「えー、開会にあたりまして一言、ご挨拶申し上げます。全国各地からはるばる来訪し、選ばれた魔導士の皆さんを迎えるにあたり、この大会の趣旨について少し触れておきたいと思います。」


軽く咳払いをしてシュトラウフは挨拶を続ける。


「開催123回目を迎えるこの日までに、この国では様々な厄災、敵対する魔の襲撃に晒されてきました。これを乗り越え、打ち払って勝ち取った平和はひとえに皆さん同様、優秀な魔導士や戦士たちがいたからに他なりません、誇るべきことです」


会場から控えめの歓声が上がる。


「差し当たって、この大会はその名の示すとおり、魔導の力で闘う技術を競う場となります。その点を踏まえ皆さんには今日まで磨き上げた技術を出し切り、正々堂々と闘って頂きたい!」


一瞬静まり返り、シュトラウフは大きく息を吸い込んで、次の締めの言葉を発する。


「今年もこの国際魔導闘技大会を無事に開催できることを平和の象徴として、関係者ならびに選手の皆さんに心より感謝すると共に、尊敬の意を込めて、開催の挨拶とさせていだだきます」


 こうして拍手と盛大に上がる空砲を皮切りに、魔導大会が開始されたのであった。




 ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※



――それから程なくして朝から予選開始となった。


会場のAからDまでの4つのリングは少し離れて観客席に囲まれており、まだ予選だというのにすでに数百人は居るだろうか、結構な数の観戦者が座っており田舎育ちのカフワには緊張と萎縮の原因として精神にくるものがあった。


「わたくし、このAブロックの審判と進行係を勤めさせていただきます【サイフォン】と申します。役割の性質上近くを動く事がありますが、わたくしに魔法攻撃はまず当たらないので気にせず闘ってください」


軽く自己紹介を済ます審判のサイフォン。


「それでは、346番カフワ選手! 前へ」


予選開始間もなくリングに呼ばれるカフワ。


「うわーやばい、すごい緊張する。あれ? カロ?」


カロも人混みが苦手なのだろうか? 魔導書の実体化を解いて消えていた。


「対戦者、128番サラーム選手、前へ」


審判兼、進行係の白服男サイフォンが対戦者を呼び出す。


「よろしくお願いします」


自分と同じか少し若いんじゃないだいだろうか? 正直強そうに見えない彼にカフワは内心安堵する。綺麗な緑のローブを着た対戦者の青年はリングに静かに上がった。


「それでは、始め!」


サイフォンの言葉で試合が開始されるも、相手は動かない。様子を伺っているのだろうが、カフワも何からやればいいのか分からずカロを呼ぶ。


「カロ、カロ!」


呼んでみた結果、紫の禍々しいオーラを出し不機嫌そうに胸元へ浮いて出る魔導書。


「なによ! 魔力消耗抑えるために消えててあげてるんでしょうが」


意外なやさしさに気づくも、そこには触れずアドバイスを求めるカフワ。


「いや、俺魔法で真っ向から人と闘うとか初めてだし、相談しようかと」


「知らないわよ! 自分で考えなさいよ」


要望をバッサリ切られて落ち込むカフワ。


「……召喚魔法!?」


その時、対戦相手が一言口にし表情が強張る。


「とにかく、攻撃魔法一つしか無いんだしソレ全力で撃つしかないでしょうが」


「だよねー」


そういって一歩出て、カフワが右手に魔力を込めた時に勝敗は決まった。


「参りました!」


いきなりの降参宣言。カフワには一瞬何が起こったのか分からなかったが、審判のアナウンスで一応の状況は理解する。


「勝者、カフワ選手!」


その後、腑に落ちないまま審判のサイフォンに案内されリングを降りるカフワ。


「カロ、どういう事なの?」


「正確にはわからないけど、実力の差を感じて降りたんでしょうね」


「どうして? まだ何もしてないのに」


「召喚魔法は結構、高等技術なのよ。だから自分より上だと思った。あの子の発言からもそういう事だと思うわ」


「へぇー」


「まぁ私が召喚させてるんだから、カフワの実力とは何の関係も無いのだけれど」


「確かに、相手の勘違いで勝つのはなんか申し訳ない気もする」


「まさに運も実力のうちってやつかしら」


こうして何の苦労もなく予選の初戦突破したカフワだったが、実力を全く出さずに終わってしまったことにモヤモヤが残るのであった。


「カフワさーん」


別のブロックで戦っていた様子のグレインが駆け寄ってくる。


「グレイン! そっちはどうだった?」


「僕も初戦勝ちましたよ! たまたま相手が油断してたみたいですね。カフワさんもその様子だと余裕みたいですね」


「ま、まぁね。余裕と言えば、まぁ余裕ある状態で勝ったかな」


「さすがですねカフワさん」


 まだ予選が始まって数分、こんな幸運で何とかなるとは思わなかったが、ひとまず初戦敗退という残念パターンを回避できただけでも良しとするカフワであった。

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